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急襲Ⅱ

千葉県警銃器対策部隊 第3分隊長 小林巡査部長

人型の死体がガンポート越しでも分かるようになって来た。既に10体以上の人型を倒している。弾薬はまだ7割近く残っていて通りに居るのは残り20体程度。数が少しバラけ始めたので車体を叩く針の音も少なくなりつつあるが、それは逆に人型が路地裏へ入り込みつつある事を示していた。こちらの数の少なさにやり切れないものを感じていると県警本部からの無線が飛び込む。

「本部より3分隊長、可能であれば状況送れ」

「3分隊、五井駅の手前で阻止線を張って市原署の人員と共に応戦中、彼我の距離が狭まったため現在我々だけで車両内から攻撃している」

「了解、付け焼刃に聴こえるかも知れないが茨城県警より銃対の派遣について打診があった。到着時刻は未定だが増援となるだろう。」

「3分隊了解」

何時くるか分からない味方より袖ヶ浦に向かっている部隊をもう1分隊だけ割けないか言おうと思ったが止めた。今からでは余計に時間が掛かる。無線に警部補の「下がれ!何か来る!」の大声が響いたその時、車が猛然とバックして全員が衝撃で引っくり返った。心労から来る面倒くささからか立ち上がる気が起きず変な体勢のまま運転席に声を掛ける。

「どうした」

「新手です!今までにない攻撃です!」

運転手も咄嗟の判断だったらしい。距離にして前方の至近2~3mの場所に液体の塊が降って来たそうだ。アスファルトが一気に溶解してポッカリ穴が開いたと言っている。起き上がりながらインカムのスイッチを入れて外に居る警部補たちに状況を訊いて見た。

「……警部補、何が起きました」

「ウミウシかナメクジみたいなのが通りに居て液体を飛ばして来やがったぞ。そのまま突き当たりから攻撃しろ。まだかなり距離はある。」

どうやら更なる別種が上陸したようだ。現在確認されているのは人型とヒトデだけである。それに加え今度は溶解液を飛ばしてくる生物が出現。そんなのを相手にサブマシンガンでどうすればいいか考えていると、市原署からの無線が割り込んで来た。女性の通信士である。

「市原PSより第3分隊、聞こえますか」

「3分隊長小林です」

「大至急で対応して頂きたい事態が発生しました」

2~3分前に五井総合病院とそこから程遠くない場所にある産婦人科医院から市原署に通報があった。病院は重病の入院患者と術後患者に寝たきり老人、産婦人科医院には出産予定2日前の妊婦と既に破水していて分娩室に待機している妊婦が居り、どちらも下手に動かすと危険な上に今からの脱出は困難な事から可能であれば施設を防護しては貰えないかと言う通報だそうだ。

「病院にはこちらの刑事課を向かわせますが、現在広範囲に渡って本署の人間が避難誘導中でどうにも手が足りてません。警備課を阻止線に送りますので、入れ替わりで産婦人科医院の方へ向かっては貰えないでしょうか。」

手数が圧倒的に足りない。もう1分隊でも居れば即決しただろうが、現状を考えるとそうもいかなかった。街中のいたる所からこだまするサイレンと銃声が自分達へ降り掛かる何重ものタスクのように感じる。車内の部下たちも撃ちながら次の命令を待っていた。頭が飽和仕掛けた瞬間、神川警部補の力強い声が耳に飛び込む。

「巡査部長、行ってくれ。ここは任せて貰おう。」

「し、しかし」

「我々なら大丈夫だ。そう簡単に突破させる気はない。これから産まれて来る命を守りに行ってくれ。」

「……了解、警備課が到着次第、産婦人科医院へ向かいます」

相応に厳しい訓練と経験をして来たつもりだったが、それだけの若造である事を思い知らされた気分だ。全部が終わったら転属希望を出して見るのも良いか等と思いつつ、2人の部下に対してここに残る事を命じる。当然だが2人とも理解出来てない表情だった。

「警備課にしたって拳銃しか持ってないだろ、万一の際に2人でその銃の制圧力を発揮して貰いたい。こっちは6人も居るし閉所での戦闘となると銃よりもその辺の家具の方が強力な場合があるだろう。予備の弾薬は多めに持っていけ。」

死にに行くつもりでないと分かったようで2人は命令を承諾してくれた。警部補にも伝える。

「警部補、2人残しますから使って下さい」

「分かった。いいようにさせて貰う。」

悪巧みするような声に思わず苦笑いした。そうこうしてる内に警備課を運ぶ2台の輸送車が現着。1台は白い小型の輸送車でもう1台は水色の中型輸送車だ。小型輸送車の方から出動服に身を包んだ恰幅の良い警官が現れる。ここに残す事にした2人を降ろすと同時に自分も一度外に出た。

「神川警部補、ご苦労だったね。遠回りで遅くなって申し訳ない。」

「応援感謝致します」

「非常時なんだから部署の垣根気にしている場合じゃないでしょう。しかし酷い有様だね。」

「千葉県警銃器対策部隊、第3分隊長小林巡査部長であります」

「市原署警備課長の前山です。袖ヶ浦に向かっている道中で申し訳ないね。ここは我々に任せて早く病院へ向かってくれ。」

「了解、第3分隊はこれより急行し当該施設の防護を行います。それと私の部下を2人残しますので万一の際の阻止火力としてお使い下さい。」

「感謝するよ、さぁ早く」

敬礼をし合って別れる。中型輸送車から降りた人員が点呼を終え、小型輸送車の吐き出す装備を身に着け始めた。それを尻目に車両へと乗り込む。回頭して走り去る特型警備車を阻止線に居る全員が見送った。


第3分隊は五井中央通りを突っ走り、本仲通りとの接点になる交差点を左折した。すると大盾で背中を防御しつつ老人を避難させている2人組の制服警官を発見。飛んで来る針の密度は低いが前進を阻害する効果は十分過ぎた。3人の盾になるように後ろへ回り込んで停車する。運転席の隊員がドアを開けて叫んだ。

「五井中央通りまで行って下さい!市原署の人間が阻止線を張ってます!」

「了解!感謝します!」

3人が交差点を曲がったのを確認してから車を進める。今度は路地の角から通りの様子を窺う若い制服警官と4人の親子連れを発見した。何とかして通りを渡りたいのだろうが、人型の放つ針がそれを良しとしない。路地の角に車体を付けて車外マイクで誘導を行う。

「ゆっくりバックしますからそのまま渡って下さい、五井駅に行けば避難誘導をしていますから逃げられる筈です」

「ありがとうございます!着いて来て下さい!」

5人を車体に隠して通りを横断させた。人型との距離が縮まり始めたので射撃を下命し数体を倒す。上部のハッチを開けて飛んで来る針に注意しつつの攻撃も行った。ゆっくり進んでいた割には意外に早く病院との十字路に到達し、既に到着して病院を防護していた刑事課の誘導を受ける。屋上に陣取る刑事一課長がメガホンで叫んだ。

「正面の通りを真っ直ぐ行けば産婦人科医院が見えて来る!頼んだぞ!」

「了解!そっちも無茶はしないで下さい!」

車外マイクで答える。屋上なので車内からその姿は見えないが有難かった。そのやり取りに針の雨が水を差す。屋上の刑事たちが通りを南下して来る人型の群に発砲。しかし五井駅の方よりも数が多かった。

「弾の無駄だ、突っ込め。あと少しだ。」

「分かりました、しっかり掴まってて下さい」

特型警備車が猛然とダッシュした。頑丈な車体に物を言わせて闊歩する人型を轢きながら突き進む。病院の屋上や窓から様子を窺っていた刑事一課はその勇姿に歓喜したらしい。それから1分もしない内に車両は産婦人科医院の敷地に滑り込んだ。正面入り口に車両を横付けして外に飛び出す。

「近いのから片付けろ!無駄に撃つなよ!」

医院の入り口に取り付いた。思わず大声を出しそうになったので冷静に努める。

「警察です、要請を聴いて来ました。開けて下さい。」

そう言いながらノックすると曇りガラスの向こうに女性の看護師が現れて鍵の開く音がした。ドアが開いた瞬間こちらの姿を見てギョッとしたがそれに構っている暇はない。

「物騒ですみませんがそれ程の事態になってる事を受け入れて下さい、これより施設の防護を行いますので中に入れて頂けますか」

「ど、どうぞ」

針の跳ね返る音がした。それもかなりの数である。殆どが車両に当たって跳ね返ったようだ。同時に響き渡る銃声で看護師が驚いて中に引っ込む。

「全員中に入れ!早く!」

看護師が突き飛ばされないような位置に居る事を確認してから全員を院内に退避させた。産婦人科医院に完全装備の銃器対策部隊とは似つかわしくない光景である。ロビーで院長が我々を出迎えた。冷静を装っているが額に冷や汗が滝のように流れている。

「院長の加野と申します、ありがとうございます」

「千葉県警の小林です。ご覧の通りの格好で大体察しはつくかと思いますが、所属はあまり明らかに出来ません、ご容赦下さい。」

本当なら名前も出来る限り明かしてはいけないが状況が状況だ。名前ぐらいなら良いだろう。

「助かります。最悪の場合だと私たちだけでは妊婦さん2人を守れないと思いましたので、通報した次第です。他の医療機関への移送を考え始めた時にはもう……」

「窓には近付かないで下さい。動かせない方が居るのでしたら、窓をテーブルか何かで塞いでおいて下さい。手が足りなければお貸しします。」

「分かりました、早速ですがうちの職員と一緒にお願い出来ますか」

まずロビーの窓から始めた。テーブルやソファを立て掛ける。道路に面している方向の窓は取りあえず全て塞いだ。幸い病室から動かせない人間は居らず、当初の情報通り入院しているのは2名だけだった。まだ動ける方の1人は住宅地側に面する診察室に移動しているので全ての病室は空である。

「3分隊から市原PS、医院に到着した、これより防護を開始する」

「市原PS了解、ありがとうございます」

さっきの女性通信士だ。少々むず痒いのを感じたが気にしないでおく。院内の間取りを調べ、要所要所に人員を配置した。と言ってもこちらは6名しか居ないので場所はかなり絞って選ぶ。正面入り口には2名、非常口に1名、2階廊下の道路側の窓に1名、1階ロビーの道路側に1名、最後に自分は1階正面入り口の見える階段に陣取った。

「各員、攻撃は控えろ。下手に撃つと誘い込む事になる。そうなったらこっちが不利だ。」

長い夜が始まる。朝になったとしてここから動ける保障もない。だがそれぐらいには陸自が来てくれるだろう。そう思わなければ何かに押し潰されそうだった。


千葉県警本部 田ノ浦警備部長

あっちこっちから「応援を」が鳴り止まない。特に市原署からの催促が頻繁だ。五井駅周辺まで侵攻されており、署員たちは攻撃を掻い潜りながらの避難誘導を強いられている。警備課と刑事課が中心となって阻止線の構築を急いでいるが避難誘導も同時に行わなければならない。お陰で市原署は殆どもぬけの空だそうだ。

「各県機の現在地は」

「2機は既に袖ヶ浦の至近まで移動済みです。1機がそれを追うように移動中で現在は千葉駅を過ぎた当たりです、3機は40分ほど前に出発しました。」

「1機から1個中隊だけを市原に向かわせろ。3機は2個中隊を市原へ移動、残りはそのまま袖ヶ浦だ。」

動かせる駒が少なくなり始めた。そこへこれまでにない知らせが飛び込む。

「袖ヶ浦消防本部より、長浦消防署の消防吏員と民間人を救護出来ないかと緊急の依頼が来てます」

「どういう事だ」

「不二石油袖ヶ浦製油所で爆発と火災が発生、消火に向かった長浦消防署の消防吏員が敷地内で人型と遭遇し一時撤退、逃げて来た民間人と共に消防署で屋内退避中です。一帯には無数の人型を確認。特別出場により急行中だった化学消防車は引き返して無事ですが、応援に向かっていた別の消防隊に被害が出ています。」

あちこちの調整と指揮で只でさえ忙しい現状としては知りたくない情報だった。思わず椅子に深く腰掛ける。

「封鎖はどうなってる」

「長浦駅前交番が初期対応に当たりましたが無数の人型と遭遇し撤退、長浦駅周辺はほぼ人型の制圧下にあります。多勢に無勢過ぎて避難誘導もままならない状態です。市原署はこの有様で木更津署に関しても余剰人員が居ません。」

頭が痛くなりそうだった。自主避難しようにも外に出ればそれは死を意味する。だからと言って屋内に居続けてもいずれはガスでやられる可能性もあった。

「館山や茂原方面から応援を出せないか」

「相応に時間が掛かります。各所は今すぐの対応を求めています。」

「そんなのは分かり切った事だがこの現状だ、どうにもならん」

誰かが「陸自はまだか」と呟いたのがやけに鮮明に聴こえた。無駄だとは思うがもう1度ある人物に電話を掛けて見ようと思う。

「済まないが少しだけ席を外す、廊下に居るから何かあれば直ぐに知らせてくれ」

「分かりました」

指令室を出て携帯を取り出した。書類やファイルを持って走り回る職員たちをかわしつつ、重い足取りのまま2回目の電話を掛ける。

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