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胎動

千葉県警第2機動隊長 佐々木警視

事態発生から既に3時間が過ぎた。持ち回りで受け持つ当番隊としては最高の状態での出動となる。人員はフル動員の上に特車隊と投光車も随伴済み。これで相手が情報通り未知の脅威でなければ蹴散らせるぐらいに士気は高い。SATと銃対は先に別ルートから出動しており我々が後から合流の予定だ。現在の方針としては両チームを直接的な火力として運用し我々がその隙間を埋める事になっている。出動直前に渡された敵のコピー写真を中隊長たちに見せるか見せまいか未だに悩んでいたが、敵を知らなければどうとも出来ないのが今の状態だった。言葉を選びながら口を開く。

「落ち着いてこの写真を見て欲しい。漁港を占拠している連中だ。」

写真を見せる。全員怪訝な表情を浮かべたがそれも無理はない。

「隊長、これがその…」

「そうだ。漁港の漁師と港湾職員を片っ端から殺した連中だ。死体は後から上陸した別種の餌になってしまったらしい。」

漁港一帯には現在更なる増援が上陸。別種の生物が噴き出すガスによってその行動半径を広めつつあるそうだ。ガス自体は何時までも空気中に滞留出来る訳ではないので、風向きによって薄れていくだろう。県警本部では人型と共に侵攻するヒトデをまず排除する作戦を検討しているらしい。

「それとこれは各員にも改めて通告するが、県知事から内閣へ治安出動の要請が出ている。我々が矢面に立つのはそこまで長くない筈だ。」

中隊長たちの表情が強張った。現在どういう事態になっているのかを詳しく説明している暇は正直言ってないがそれでは納得がいかないだろう。

「県警本部ではこれを武力侵攻に順ずる事態、正体不明国の軍として見ている。しかしながら相手は身振り手振りやカタコトの英語で対話の出来る相手じゃない。ただの野生動物を相手に我々が出張る必要なんて無い筈だ。可能な限り連中をあの一帯に押し留め、治安出動の認可が下りるまでの時間を稼ぐ。これが主な任務になるだろう。」

「無謀です。軍隊を相手に警察が何を出来ますか。」

「まぁ落ち着け。情報にある毒針だが、漁港から寸前の所で逃げ出した漁師の証言によると、衣服やアルミ缶は軽々と貫くらしい。しかしある程度の厚さのある鉄板やガラスは突き刺さって止まるか弾かれていたそうだ。幸い我々には盾がある。盾に角度をつけて身を守りながら包囲を狭めていき、有効射程から拳銃による集中射撃といった戦法も可能な筈だ。」

到着まで約1時間。先行しているSATと銃対の行動で状況をどれだけ有利に出来るかが鍵だ。ヒトデさえ何とかすればこちらにも勝機はあるだろう。頭の中で実行可能な戦術を思案していると無線担当の隊員に声を掛けられた。

「警備部長からです」

「分かった」

受令機を受け取る。田ノ浦警備部長から当面の行動方針が下達された。SATと銃対は車両を盾にしつつ突出している集団に対し集中的に攻撃、第2県機にあっては小隊毎に展開し各所で前進を阻止、拳銃とガス筒の使用に関しては分隊長の指示に一任、止むを得ず必要な場合を除いて突撃及び肉弾戦はこれを基本的に禁ずる。

「非常に苦しい状況である事は全員の思う所だが、陸自の到着より前に連中をこれ以上跳梁させる事は絶対に阻止しなければならない。避難の済んでいない地域もまだ無数にある。今ここで矢面を任せられるのは諸君らだけだ。」

「引き際だけは間違えないつもりです、やれるだけやらせて頂きます」

「頼んだ」

本部としては今以上の手段が無いのだろう。それもそうだ、陸自が来るまで民間人が虐殺されるのをただ見ている訳にもいかない。我々が県警の投入出来る最大の戦力なのだ。車列は千葉街道から東京湾岸道路に入り、一路木更津方面を目指す。各所で行われる交通規制に有難味を感じつつ暫し揺られ続けた。


陸上自衛隊練馬駐屯地 第1普通科連隊長 保坂一佐

どうにもきな臭くなって来た。師団本部より現在の部隊人員を計上し中隊長以上の者は常に連絡が取れるようにせよとの通達が成されている。官舎住まいの連中はすぐさま舞い戻り、夜の街へ繰り出そうとする連中も寸前の所で抑えられたので現在の人員は充足100%だ。各隊の点呼も終了している。一士や士長たちは折角の出掛ける機会を奪われ少々不満気味、官舎の家族持ち達は夕食を楽しんでいた所で呼び戻され子供の顰蹙を買ったと嘆いている。それに対しベテランの陸曹たちは自分と同様に何かを感じ取っているようだ。小会議室に集められた連隊幹部たちに口頭で最新の情報を伝える。

「2時間ほど前に伝えた事だが、状況が悪くなり出した。そう遠くない内に我々が出張る事になるだろう。現在千葉県の袖ヶ浦漁港を正体不明の生物群が急襲、漁師や港湾関係者に対し無差別攻撃を実施、以後は漁港一帯を不法に占拠しその数を増やしつつある。更に別種の生物も上陸しその生物が噴霧するガスによって生物群に対し都合の良い環境が出来上がっている。十中八九だが我々人間には有毒な物だろう。警察はこれを武力侵攻に順ずる事態として対処しており、千葉県知事より内閣へ治安出動の要請も出ている。あと数時間以内には何かしらの命令が下ると思っていて貰いたい。」

静まり返ってしまった。確かに現実味の起きない事態である。怪獣が出現した方がまだ受け入れやすいかも知れない。

「質問を許可願います」

「許可する」

「どの程度の規模でしょうか、それと正体は」

「規模は現在の総数で200と少しだ。正体は一切不明、何しろこちらはまだ連中を一匹も殺してない。」

「何ですかそりゃ」

「毒針を飛ばして攻撃して来るそうだ。お陰で警察も近付けないらしい。」

「SAT当たりの出番でしょう」

「200体を殺せるだけの弾薬は無いだろう。それに彼らは対テロ部隊だ、訳の分からない生物を相手にするために存在してるんじゃない。酷な話だ。まぁ我々にも言える事ではあるが…」

会話を打ち切るために地図を広げた。東京湾を中心とした地図である。

「出動が命令されたとして、どのルートからの移動が最も早いかを全員で検討して貰いたい。無論だがフル装備で望む事になるだろうから武器弾薬の存在を意識してくれ。一筋縄とはいかんぞ。」

全員の顔付きが変わった。地図に群がってこの駐屯地から袖ヶ浦までの最短ルートを調べ始める。その場を一度後にし、各中隊長たちを別室に呼び出して再度状況の説明を行った。彼らには実際に連中と対峙した場合の部隊戦術行動を検討して貰う。頭号連隊とも呼ばれる第1普通科連隊、その練度は第1師団でも屈指の自負がある。しかしながら都市部での作戦行動を前提とされた結果で装甲火力が乏しいのだ。今すぐ引き連れていけるとしたら第1偵察隊の警戒車ぐらいだろう。時間的に戦車の支援は間に合わない可能性が高い。ならばすぐ動かせる物は使うべきだ。連隊長室に第1偵察隊長を急ぎで呼び出してその旨を伝える。こうして練馬駐屯地は静かに出動への準備態勢に入っていった。


巡視船「かずさ」 門脇三等海上保安正

監視を始めて既に数十分が経過。夜目の効く何人かがそれを捉えた。

「船長、上陸しようとしている人型を3体発見」

「…………こういう場合は撃ってもいいと思うかね」

「既に武力侵攻を受けていると考えるのであれば発砲は適正かと」

「しかし我々が直接攻撃された訳じゃない、それに我々が交戦権を云々とすると微妙な問題だと思うが」

篠崎船長は普段こういう事は言わない人間である。それが門脇の心に焦燥感をもたらした。声量が思わず大きくなる。

「他者の生命を脅かす脅威が明確に存在しそれが目の前に居るんです、現在ここでその脅威を排除出来る力を持つのは我々だけです」

「すまない、議論をする積もりじゃなかったんだ。一応本庁に報告を。今さら懲罰どうこうを気にする年でもないのに神経質になってたようだ、申し訳ない。」

「いえ…言い過ぎました」

全員が相応に緊張しているように、船長もまた緊張しているようだ。そこへ本庁の返答が舞い込む。内容は遠回しなGOサインだった。ならば持てる力を行使するのが妥当な所だろう。

「右舷1班射撃用意、発砲は班長の下命で行え。右舷2班は船体監視を強化。機関砲はもう少し様子を見る。」

船首付近に展開していた1班の船員たちが64式小銃の安全装置を外して射撃態勢に入った。「かずさ」から伸びる投光機の光の中に真っ黒い3体の人型が照らし出される。

「よーい!撃っ!」

班長の声の後で銃声が響き渡った。何発かの曳光弾が人型の体に吸い込まれていく。2体の排除に成功したが残り1体が海に飛び込んだ。

「1体逃げました!」

「距離をとる、無闇な発砲は控えてくれ。各班は敵の出現に最大限警戒。」

左右の2個班がデッキから船体構造物側に集まり水中からの攻撃に備える。ブリッジの人間も身を屈めて操船を続けた。幸いにも逃げた人型からの攻撃は無く「かずさ」は再び沿岸部に接近。各所で小出しに上陸を試みる人型を蹴散らして回った。甲板には次第に空薬莢と使い終わった弾倉が増え始める。

「各員足元に注意してくれ。薬莢はいいが弾倉は回収するようにな。」

右舷2個班に疲労の色が見え出す。左舷の班との交替を命じたその時、夜空が一瞬明るくなった。そして猛烈な爆音と衝撃波が「かずさ」を襲う。甲板の人間は海に吹き飛ばされかけて余裕が無かったが、ブリッジに居た全員は同じ方向を見ていた。赤黒くて巨大なキノコ型の爆炎が北東の夜空を朱色に染め上げている。


袖ヶ浦市消防本部 長浦消防署 石井消防士長

出払っていた救急車が戻って来て2時間近くが経過。漁港の方がどうにも騒がしいが俺たちの仕事ではない。ついさっきまではそう思っていた。何の前触れもない轟音と衝撃波が建物を大きく揺さぶる。外に飛び出すと、夜空に上がる巨大な爆炎が目に飛び込んだ。東日本大震災の時のコンビナート火災が脳裏を通り過ぎる。あの規模の爆発では自衛消防隊の手に余るだろう。

「通報に備えろ、全部の車のエンジン入れとけ」

「了解」

署内に戻って防火服に着替えヘルメットを脇に抱えて動き回る。全員の着替えが終わり、地図を広げて移動ルートの確認中に思っていた通りの要請が飛び込んだ。

「不二石油袖ヶ浦製油所の自衛消防隊から大至急の応援要請、直ちに出場せよ」

「行くぞ!早くしないと広範囲に広がる!」

けたたましいサイレンを鳴らして消防車両が次々に飛び出して行った。無線に様々な情報が流れ込んで来る。どうやら本部では既に特別出場の許可を出したようだ。一帯に配備された化学消防車の殆どが集まる事になる。現場での立ち回りを考えていると車列は早くも製油所の敷地に入った。目の前なのがこれほど良い事と思った事はない。高所放水車を主軸に放水を展開しようと準備に入ったその時、視界に異様な光景が飛び込んで来た。

「……人か?」

真っ黒コゲになった人間の上半身が転がっていた。しかしどうもおかしい。普通の人間より体格が大きい上に全裸のように見える。それにコゲたと言うより元々黒いようにも感じる。不審に思いつつそれを引っくり返した瞬間、全身が総毛立った。

「放水待て!ここに漁港を襲ったやつらが居る!退避しろ!」

部下や同僚たちの動きが止まる。それに苛立ちを感じつつ皆を消防車に乗せようと促したその時、フロントガラスを何かが連続して叩いた。振り返ると後ろの炎で余計にその黒さが目立つ人型が3体こちらに向け左手を挙げているのが見える。

「車両は捨てろ!早く逃げるんだ!」

降り注ぐ針の雨に対し防火服がよく仕事をしてくれた。背中の酸素ボンベに針が当たる音に肝を冷やしつつ製油所の敷地から脱出に成功。取りあえず全員無事だが消火をどうするかが大きな問題だ。

「長浦03から本部、敷地内に例の生物が居て消火が出来ない、指示を乞う」

「本部より長浦03、消火は中断して構わない、付近の封鎖と住民避難を最優先に行ってくれ」

「長浦03了解、これより避難誘導を」

後ろで悲鳴が聞こえた。運転手の部下が肩口に針を受けて崩れ落ちている。全員で声を掛けるが凄まじい痙攣を起こし顔が一瞬で青白くなった。泡を吹き出した時にはもう成す術がない事を悟る。そんな状況に構わず針の雨は降り注いだ。これでは逃げるしか出来ない。全員が今までにない命の危険を感じ出した。

「退避!署に戻るぞ!」

「早く逃げろ!早く!」

「長浦03!生物に襲われてる!署に戻って態勢を立て直す!」

本部の返信に聴く耳も持たず逃げ出す。署に戻ると逃げて来たらしい一般車が数台停まっていた。2~3台は生物と接触事故を起こしたらしくボンネットが破損している。血相を変えた民間人が掴み掛かって来た。

「助けて下さい!何なんですかあいつら!」

「そこら中に居ますよ!人間じゃない!」

「落ち着いて!早く署内に!」

「こっちに来るぞ!」

振り返るとさっきの奴らが消防署の敷地内に侵入して来た。このままでは拙い。

「署内に逃げて!車庫を閉めろ!絶対中に入れるな!」

民間人を署内に収容してシャッターを下ろした。全ての内鍵を掛けて中に入れないようにして長机やらパイプ椅子でバリケードを作る。民間人に怪我が無いかを調べ必要なら救急隊員に手当てを任せた。急に押し寄せる猛烈な疲労感から思わず座り込む石井の脳内を、これから何をすればいいかだけがグルグルと駆け巡っている。

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