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鎮圧

木更津駐屯地 第1普通科連隊本部 保坂一佐

「報告、増強機甲小隊が到着しました」

土浦武器学校から出発した2個増強機甲小隊の部隊が到着。89式装甲戦闘車が4両と言う1普連が現状として最も欲しがっていた装甲火力のお出ましだ。

「遊撃班の編成状況はどうだ」

「レンジャー有資格者を中心に彼らの目で選ばせました。総勢1個小隊として編成完結しています。」

「では直ちに合流させろ。母船型が撃破された今となっては、残存する敵地上兵力の速やかな制圧が求められる。可能であれば午前の内に漁港の奪還宣言をしたい所だな。」

最前衛を務めていた偵察警戒車と露払いの部隊が後退を開始。そこへ現れたのは35mm機関砲と重MATを備える89式装甲戦闘車だ。機関砲の火力は言うまでもなく強力で、重MATもAH-1Sが運用するTOWと同じく有線誘導によって制御するミサイルである。ある意味でこの状況に最も適切な装備を持った戦力の投入が始まった。随伴するのは1普連所属のレンジャー有資格者たちによって選抜された隊員で編成される小隊だ。しかし選抜されただけでFVからの下車戦闘や連携行動の訓練なんてした事もない人間が大多数である。基本的にはFVを盾にしつつ、敵を機関砲でねじ伏せて小隊が脇を固める方針となっていた。よっぽどの事態でない限り随伴する小隊の出番は回って来ないだろう。

「乗員は富士学校の連中だ。ここは胸を借りる気持ちで行けと伝えてくれ。」

「了解」

漁港も大方は制圧が終わっている。後は小出しに上陸を試みる人型の小集団がいつ諦めてくれるかだ。連中にとって最初の上陸地点が失われつつある今、養老川の方へ敵兵力の移動が始まる事も大きな懸念の1つである。だが向こうの味方も相応の戦力が整っている筈だ。そちらは任せてしまっても大丈夫だろうと1普連の全員が思っていたが、あちらで今行われている作戦の事は誰も知らなかった。


小林巡査部長

何所かでガラスの割れる音がした。同時に院内の奥から何者かによる複数の足音が近づいて来る。人型が侵入して来た可能性が高い。ソファから右手を離し、体に押し付けて支えとしながら太ももの拳銃へ手を伸ばすが、体勢的にどうしても届かない。その間も足音はどんどん近付いて来た。誰もが挟み撃ちにされてこのまま殺されるのを覚悟する。しかし院内の奥から姿を現したのは、私服姿に防弾チョッキと機動隊のヘルメットを被った神川警部補を含む4人の刑事たちだった。

「援護するぞ!行け!」

瞬く間にこちら側の人数が10人に増えた。数的劣勢は変わらないがさっきよりは大分マシである。手と足の力を少しだけ抜き、背中全体を押して来る心地いい力強さに甘えた。

「待たせたな巡査部長、加勢に来たぞ」

「どうやってここまで」

「俺はこの町で生まれ育ったんだ、裏道も人ん家の庭先も何所をどう行けば目的地に着けるか誰よりも知ってる。こう見えてガキ大将やってたからな。近所の連中引き連れてあちこち開拓しまくったんだぞ。」

「何がこう見えてですよ、今だって十分ガキ大将じゃないですか」

部下の刑事がこき下ろすように毒づいた。さっきまで悲壮感に満ちていた雰囲気が消え去り、抗う力が湧いて来る。表の通りに鳴り響く銃声も次さっきより近付いているのが分かった。

「聴こえるだろ、もう少しだ、もう少しで味方が来る」

「了解!押し出すぞ!」

じわじわと後ろに押し込められた分だけ押し戻していく。飛んで来る毒針はソファに刺さるかヘルメットで跳ね返され、または後方へ空しく素通りしていった。銃声に混じって味方の声も聴こえ始める。メガホンで指示を飛ばしているあの声は前山警備課長だろう。防護のため施設に立て篭もって10時間以上が経過し、ようやく味方の救護を得る事が出来た。半ば覚悟していた死が遠ざかっていく。


産婦人科医院の駐車場に大盾をかざす機動隊員とMINIMIを構える空挺隊員が2人1組で展開。院内へ侵入を続ける人型の集団へ合計8つの銃口が突き付けられた。丹野二佐が前山警備課長からメガホンを借りて指示を飛ばす。

「足元を撃ちつつ前進!胴体は分娩室へ突き抜ける可能性があるから狙うんじゃないぞ!」

その隣で前山警備課長も叫ぶ。メガホンが無くても十分に通る声量だ。

「各隊員は自身と後ろの空挺隊員防護に専念しろ!拳銃は撃ってもいいが同じく足元を撃て!」

攻撃が始まった。MINIMIの連射が人型の足を撃ち抜いてアスファルトに引きずり倒していく。防御を担当する機動隊員たちも大盾越しに拳銃で射撃を送り込んだ。産婦人科医院へ侵入しようとしていた無数の人型が動きを封じられてもがいているのを、茨城拳銃器対策部隊がMP5の制圧射撃で仕留めていく。駐車場に溢れていた無数の人型を押しのけ、数名の空挺隊員がついに院内へ突入を果たした。


決死隊

倒れていく人型を蹴り飛ばして窓ガラスが全て割られた院内へ踏み込んだ。投射型の溶解液による攻撃で床は一部が溶け落ちている。院内は手酷くやられており、一見すると生存者が居るようには思えなかった。

「空挺団だ!誰か居ないか!」

「待て!人型が居るぞ!」

10体の人型が奥へ入り込もうとしていたが、謎の渋滞を起こして立ち往生していた。最後尾に居た数体がこちらへ振り返りながら左手を向けて来る。何の前触れもなく発射された毒針を床に伏せる事で寸前に回避し、素早く体勢を変えレッグホルスターの拳銃を引き抜いて全弾を人型の胸へ叩き込む。そこへ雪崩れ込んだ機動隊員たちが数に物を言わせて人型に突っ込んでいった。床に組み伏せたり大盾で取り押さえようとするも激しい格闘戦へ発展。平均的な人間よりも大柄な人型は全身を激しく動かして抵抗し、何人かの機動隊員は振り回される腕で吹き飛ばされて昏倒した。ある隊員はその腕を盾で受け流し、人型の脇腹へ正拳突きを送り込んで姿勢を崩す事に成功。そこへ2~3人の仲間が殺到して勢いそのまま床に組み伏せる。空挺隊員がその隙を見逃さず取り付き、銃剣を人型の首に突き立てて喉をかき切った。頭の上を飛んでいく毒針が院内に入って来た後続の空挺隊員と機動隊員に突き刺さり、前のめりに倒れ込んで痙攣を始める様を尻目に次の獲物へ飛び掛っていく。誰もが我を忘れて溢れ出るアドレナリンに身を任せながら戦うその場に辿り着いた茨城県警銃器対策部隊は、未だかつて誰も経験した事のないであろう光景を見て戦慄した。人型に味方が群がっているため下手に射撃しようものなら当たってしまう。部隊長を務める田端警部は制圧行動への支援を下命し、人型を取り押さえる彼らの手助けを始めた。

「味方ごと外に引きずり出せ!左手は人型の体に密着させろ!」

各々がまず左手に取り付いて関節を極めたり上に向けさせる事で攻撃手段を阻害。これさえ封じてしまえば人型は怖い相手じゃない。別に噛み付いてくる訳でもないし、手は指が3本しかないから首を絞めようとしてもへし折る事だって出来る。安全確認もロクに済んでいない所へやって来た前山警備課長が院内へ向けて叫んだ。

「警部補!巡査部長!無事か!」

最後の数体が外へ引きずられていく事で、診療区画からロビーへ突き出される針だらけのソファが見えた。ゆっくり下ろされたソファの向こうには、小林巡査部長率いる第3分隊と神川警部補以下4名の刑事たちが立ち尽くしている。神川警部補たちはまだ余力がありそうだが、小林巡査部長以下6名はこちらの姿を見て安堵したのか座り込んだ。小銃を背中に掛けた空挺隊員たちに肩を貸され、院内から連れ出される6人と共に外へ出た神川警部補は、駐車場の隅でタバコに火を点けて美味そうに燻らしていた。

「衛生班!こっちだ!」

駐車場に寝かされた6人はバラクラバとヘルメットを脱がされ、空挺衛生小隊の介抱を受けていた。取り押さえられた人型は群がる機動隊員に組み敷かれている。あのガスに長く触れていない個体が多かったようで、半数以上は虫の息に近かった。このまま放って置いてもその内に死ぬだろう。


前山警備課長

第1県機だけに留まらず、こちらも少なくない損害を出してしまった。だが銃対隊員を救い出した現状で優先すべきは、この院内に取り残されている人たちを保護する事である。空挺団の衛生隊員や茨城県警銃対隊員らと共に院内へ踏み込み、荒らされたロビーから診療区画へと足を進めた。分娩室を前にする。

「警察です、どなたかお話が出来る状態でしたら幸いです」

引き戸のドアが開いて出て来たのは男性の医師だった。凄まじい冷や汗で顔色も良くない。落ち着きもなくて非常に焦っていた。

「私が院長の加野です!小林さんたちはどうなったんですか!」

「落ち着いて、全員先ほど救護しました。消耗が激しいため休ませています。自衛隊の衛生部隊が随伴していますので、必要な医療物資があれば申し出て下さい。」

ここで彼らにバトンタッチした。巨大なバックパックには、必要と思われる医療物資が詰め込まれている。加野院長は目を輝かせた。

「ありがとうございます!点滴もガーゼも底を尽きそうだったんで助かります!」

それから1時間と経たずに、元気な泣き声が周辺に響き渡るのを誰もが耳にした。市原市保健センターに設立された国民保護医療拠点から産婦人科医や助産師が支援のためドクターヘリで移送され、相応の態勢を立ち上げて処置に当たっている。安堵するのも束の間、もう1人の妊婦も産気付いたため急遽分娩が始まった。そこを医師たちと県機に任せた空挺団は部隊を再編成。10人以上の犠牲によって数が減った所へ、長浦での消防隊護衛任務を終えた1普連第4中隊が増援として加わった。これらによる合同部隊で、ダメ押しの一撃を与えるための作戦が立案される。


1普連第4中隊長 矢田一尉

「漁港はほぼ制圧を完了。ここが現状として唯一の抵抗拠点でしょう。」

「恥ずかしながら弾薬の底が見え始めています。幾らか融通して頂けますか。」

ここに至るまで激しい戦闘を繰り広げて来た臨編空挺中隊は、既に半数以上の弾薬を消費していた。何人かは手持ちの弾倉が最後と言う者も多く、セミオートでの射撃か戦闘へ積極的に加わらない選択肢を余儀なくされている。

「申し訳ありません、我々もそこまで余裕がある訳ではないのです。ですが、補給のアテならあるので頼んで見ますよ。」

腑に落ちない表情の丹野を余所に矢田は本部と交信を始める。作戦会議をしながらその補給を待っていると、上空に3機のヘリが姿を現した。白を基調とした塗装に青いカラーが走るその機体は、木更津海上保安所で待機していた海保のヘリである。彼らの保有する弾薬と1普連の弾薬を折半して運んで来たのだ。思わぬ補給に驚く空挺隊員たちは喜び勇んで弾薬を受領。作戦への準備が整い始める。

「五井大橋を基点に養老川を河口に沿う形で近接航空支援を実施。着弾後は迫撃砲で追い立て、混乱から立ち直る前に強襲。これによって同地区を掌握する。矢面は当然、我々が務めます。」

丹野二佐がそう言い放った。筋書きとしては悪い作戦ではない。しかし、それを計画通りに実行出来るかは別問題である。矢田がその辺について切り込んだ。

「向こうがどの程度まで陸地に侵攻しているか不明です。効力射で押さえ込んだとしても、連中がこちらの思惑通りに動くような生物じゃない事は承知の筈です。」

「川まで押し上げれば十分です。その後は高低差を利用し、土手の上から制圧射撃を送り込んで連中を川へ封じ込めます。そのタイミングでAHの部隊が直援に入るべく、準備を進めている最中です。」

どうやら空挺は自分たちだけでも作戦を続行するつもりのようだ。向こうは何とも思っていないだろうが、こちらからして見れば死に急いでいるように見えて仕方ない。彼らを抑えるブレーキ役が必要に思えた。

「分かりました。作戦の内容は受諾しますが、我々も前面に出ます。あなた方だけでは危なっかしい事をして下手に怪我人を増やすだけでしょう。」

釘を刺すような発言に何人かの空挺隊員が険しい表情になった。しかし彼ら自身も、矢田の発言で頭に上っていた血がゆっくり下がるのを感じている。丹野も同じ事を考えていたようで、軽く会釈した。

「……感謝します」

「支援部隊として県機の皆さんも追従願えますか」

「ここまで来たら乗り掛かった船ですな、喜んでやりましょう」

そう答える第1県機中隊長と後ろに居た前山警備課長、田端警部もこれを了承した。先陣は空挺と第4中隊が受け持ち。県警部隊はその後ろから残った脅威を排除しつつ前進する。部隊は五井大橋に続く吹上通りの交差点に集結。近接航空支援の到着を待った。


丹野二佐

「……来たぞ」

遥か航空から急速に降下するエンジン音が聞こえて来た。隊歴の長い人間なら何度か耳にした事がある馴染み深いエンジン音である。そしてそのエンジンを持つのは大きな主翼が特徴的な、一見するとデルタ翼機にも見える機体だ。それこそ、日本で実戦運用されている最後のF-4戦闘機である。最初で最後になるであろうこの空対地攻撃任務。日本最後のファントムライダーたちは、翌年に迫るF-4全機退役への少し早い手向けとしてこれを受領。望まれつつも望まれなかったその対地攻撃性能を、謎の生物群から国民の生命財産を護ると言う限定された状況下で最大限に発揮した。各機から投下される無数のJDAMが川に沿って見事に着弾し、大きな黒煙と水しぶきを上げている。

「各隊前進!連中を川まで押し込むぞ!」

空挺中隊と第4中隊の前進が始まる。この間に迫撃砲も連続射撃を維持。次々に起きる爆発で養老川の侵食1型は吹き飛ばされ、その爆風が人型にとって生命線となる黒いガスを薄れさせていった。

「進め!左腕さえ潰せば十分だ!ガスがなければ長くは生きられない!」

こちらの前進を妨害しようと立ち塞がる人型の左腕だけを集中して狙った。唯一の攻撃方法を潰された人型は立ち尽くすだけで、すり抜けていく隊員たちを呆然と眺めている。そして後から追い付いた県警の部隊に続々と拘束されては縛り上げられ、地面に転がされるだけの存在となっていった。

「川までもう少しです!」

「小隊毎に分散!各方面から土手へのルートを確保しろ!」

塊となって進んでいた部隊は一斉に分散。路地裏を突き進みながら各所で人型を蹴散らしつつ、土手の下の一本道を目指していった。そこへAH-1SとUH-60の合計3個編隊が到着する。

『グランパスチーム、現着した』

『こちらはストライカーチーム、指示を待つ』

『キムリックだ、支援のため土手の上に居る生物群を掃射する』

UH-60のキムリックチームが高度を落としてドアガン掃射を開始。グランパスとストライカーは高度を維持してホバリングを継続した。

「各隊状況」

全小隊が土手の下に集結を完了。掃射も粗方終了し、キムリックは高度を取って待機している。

「攻撃指示、目標は侵食1型か2型。もしくは生物の密集している所を頼む。」

この指示によって両チームが20mmガトリング砲で掃射を始めた。圧倒的な制圧力で川に蔓延る生物群を引き裂き、生き残っていた侵食1型や投射型も肉塊に変えていく。丹野はこの間に前進するよう下命した。

「土手の上に出るぞ!前進!」

小隊が横一列で土手を登り始める。もう少しで上に出ると言う所でキムリックから警告が入った。

『反対側から登って来るのが居る!注意しろ!』

このままでは真正面で鉢合わせてしまう。弾薬は制圧射撃のため温存したい。しかしここで足を止める訳にはいかなかった。疲労で考えが纏まらない丹野に代わって矢田が指示を飛ばす。

「総員着剣!使用は各自の判断に任せる!」

取り出した銃剣を装着しながら足を進める。ここに来て、空挺隊員は疲労の色が見え出していた。体力的に余流のある第4中隊の隊員の方が先に土手の上へと到達する。そして、間の悪い事に向こうから昇って来た人型と遭遇してしまった。

「くそ!」

左腕が上がるよりも先に前へ踏み込み、腕を銃剣の切っ先で下から上に向けて斬り上げ射線を外した。更に踏み込みながら胸へ目掛け小銃を突き出すと、鈍い感触と同時に刃元へドス黒い体液が貯まり始める。このまま捻りながら引き抜けば殺せる筈だが、どうにも固くて引き抜けなかった。それが焦りに変わっていく。

「ダメだ抜けない!」

「おい!もういい!銃を捨てて戻れ!」

班長が呼び掛けるそこへもう1体の人型が現れた。自分に向けて左手を上げて来るのを見た隊員は判断に迷ったが、間に割り込んだ小隊陸曹が人型の頭を一発で撃ち抜いて撃退。銃剣が刺さったままの人型は勢いよく蹴り飛ばして土手の下へと転がしていった。刺さっていた銃剣着きの小銃も同様に土手の下へ飛んでいく。小隊陸曹は隊員のドラッグハンドルを掴んで引きずり倒し、味方側の土手へ放り込みながら喋った。

「いい経験になったな三曹、帰ったら自慢していいぞ。ただし腕立てと便所掃除を生きてる有難味が感じられるようになるまでやらせるから覚悟しておけ。」

もう十分有難味を感じているなんて言えば、今度は向こう側の土手に放り込まれそうな気がしたので口答えを止めたと後に彼は語っている。態勢を立て直した部隊は土手の上から川の生物群へ向けて攻撃を開始。動いている目標は片っ端から撃ち抜いていく。約1時間を掛けて行われた攻撃により、養老川の敵生物群を粗方排除する事に成功。周辺の残敵捜索と警戒監視へ任務を移行させていった。


防衛省 中央指揮所 藤原統合幕僚長

「朗報だ、五井大橋の方はほぼ制圧を終えたらしい」

幕僚陣たちも胸を撫で下ろした。江東区に侵入した上陸艇型は陸路で急行した機動戦闘車小隊によって撃破されたとの報告が入っている。これで残るは浮島ICと晴海埠頭、袖ヶ浦漁港と荒川河口だ。

「荒川河口の方も土浦から向かった部隊が到着して対処に当たっております。もう間も無く何かしらの報告があって良いでしょう。」

「浮島ICと晴海埠頭の方はどうなっている」

「こちらは護衛艦の艦砲射撃で仕留めます。周辺建造物が少々多い上、特科の砲撃では被害が大きくなります。各省庁の大臣より、避けられる被害は避けて欲しいとの意向がありました。」

これで敵がまだ多ければ何を寝ぼけた事をと言いたい所だが、事態が収束に向かいつつある現状を考えれば仕方のない事だ。出さなくていい被害は出さない方がいいだろう。そこへ1枚の紙を持った幹部が姿を現す。

「報告します。1普連より袖ヶ浦漁港奪還の宣言が入りました。荒川河口に向かった増強機甲小隊も目標を撃破、これで直接的な地上戦闘はほぼ収束しました。」

たった半日か、ようやく半日か、全員がその辺の感覚を失っていた。長い夜だったとしか言えない状況である。だが、仕事はまだ山積みだ。事後処理だけでなくこれから暫くの間は続くであろう監視態勢の構築も急務だった。

「諸君、少し早いがご苦労だった。祝杯を挙げられるような状況ではないし、我々は何処かの国に勝った訳でもない。侵略行為と言えばそうかも知れないが、何とも判断しがたい事態だった。今後このような事態が起きないとは限らないと言う意識を持って日々望んで貰いたい。それでは、後始末の事を考えて行こうか。」

気が重い仕事が始まる。よく分からないまま始まり、深夜帯である事を付け込まれて後手後手に回り、勝ったのか負けたのか何とも言えない収束を迎えて取り戻した日常だ。逆を言えば、これからが彼らにとっては苦しい日々の始まりと言えるかも知れない。


浮島IC沖 護衛艦「はたかぜ」

各所で張り詰めていた雰囲が緩み始めたが、まだ一休みする事を許されないのが彼らだった。残ってる上陸艇型の撃破は急務である。

「左舷地上目標、各砲は上陸艇型に照準合わせ急げ」

浦賀水道から東京湾入りを果たした3隻が集結。浮島IC付近に着上陸した上陸艇型へ向けて2門の5インチ砲が仰角を掛けた。後続の「てるづき」もMk45の砲口を睨ませている。

『51番砲、照準よし』

『52番よし』

「撃ち方始め!」

3門の127mm砲による攻撃が始まった。「はたかぜ」は初弾を外したが「てるづき」は見事に初弾を命中させた事で「はたかぜ」も負けじと砲撃を繰り返す。2艦で合計30発前後を撃ち込んだ所で目標の撃破を確認し、晴海埠頭へ足早に船を進めた。今度は「はたかぜ」が初弾を命中させ、これを見た「てるづき」もまた追い縋るように射撃を送り込んでいる。「むらさめ」は攻撃に参加せず周辺警戒のため忙しく走り回っていた。もう起きないと思いたいが、水中からの襲撃を警戒しての行動だ。ここまで来てやられては成仏出来ないだろう。2体目も無事に撃破した3隻へは警戒態勢が解除されるまでの間、海保と共に沿岸の警戒監視任務に従事せよとの通達が下りていた。まだまだ休む事は許されないらしい。


その後、第32普通科連隊が若洲ゴルフリンクスと外側埋立地に進入し残敵掃討を開始。第1普通科連隊も漁港に1個中隊を残して各所へ部隊を送り、千葉県沿岸部の監視任務を始めていた。御殿場の第34普通科連隊も浮島IC付近と晴海埠頭へ部隊を送り込んで残敵掃討を行っている。これら第1師団の主力3個連隊が集結した事で神奈川-東京-千葉間における早期警戒監視網が構築され、昼夜を問わずしての生物群警戒の日々が始まったのは言うまでもない。


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