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暁光

金田湾 臨編打撃群 護衛艦「はたかぜ」

主砲弾を撃ち尽くした「はたかぜ」をはじめ、船体を損傷した「きりしま」と「たかなみ」に「ゆうぎり」も停泊している。前面には損傷しつつも健在の「いかづち」「おおなみ」に加えほぼ無傷の「むらさめ」に「てるづき」と「やまぎり」「あまぎり」が4隻を護るように布陣。水中には第2潜水隊群から潜水艦6隻が警戒配置に就いていた。残り2隻は周辺警戒のため浦賀水道の出口付近を捜索している。ここで横須賀から補給艦「ときわ」が到着し稼動可能な各艦への補給作業が始まった。初の実戦で疲れ果てた戦闘部署の乗員たちは食堂で軽食を摘み、それ以外の人員が弾薬の搬入作業を行う中で艦内放送が流れる。

『新たな指令を達する。はたかぜを旗艦としたむらさめ及びてるづきは首都圏沿岸に着上陸した上陸艇型への艦砲射撃を実施。目標を速やかに撃滅せよとの事だ。各艦の補給作業が完了次第これに取り掛かる。戦闘部署の人員は現場海域到着まで少し休んでくれ、以上だ。』

仕事が増えた。今度は対地射撃である。手数では本艦に分があるが、対地射撃そのものを仕様に組み込まれて設計されたMk45を搭載する「てるづき」の方が正確な射撃を実施出来る可能性が高い。しかし、誰も本艦がその点で劣っているとは考えていなかった。さっきまでは目標が巨大で攻撃が効き難かっただけで、上陸艇型は母船型に対し約4分の1程度のサイズである。74式や16式の105mm砲でも十分通用するのなら、こちらの5インチ砲はもっと効果がある筈だ。51番及び52番砲の人員たちは今度こそ一撃で仕留めると気合を入れ直している。補給には小1時間程度を要したが士気は依然として高いままだった。「はたかぜ」を先頭に「むらさめ」と「てるづき」が隊列を組み、東京湾へと移動を開始する。


幕張海浜公園沖

巡視船「あきつしま」船長 柿沼二等海上保安監

陽が昇って来た。長い長い永遠にも思えるような夜がようやく過ぎ去ろうとしている。周辺に展開する海保船艇に対して発せられた自衛隊の統制は実質的にあってないようなものだった。これ以上の犠牲を出さないための措置として行われた一種の退避命令だったらしい。こちらは沿岸を行き来する監視活動を継続中であり、幸いにもあれ以降は生物群との接触もなく静かな時間を過ごせている。この隙を利用して「あきつしま」は2管区増援の「まつしま」と共に幕張海浜公園沖で沈んだ「かずさ」の残留物や遺留品を探し回っていた。右ウィングで双眼鏡を覗いていた乗員が報告する。

「右舷に漂流物を発見しました」

「何が浮かんでるか分かるか」

「えー……人の形をしているように見えます」

柿沼は直ちに高速艇の準備を下命。もし人型だった場合を想定して高速艇乗員には小銃での武装も厳命した。海面に下ろされた高速艇は白い航跡を残して走り去って行く。数分後に戻って来た彼らが回収したのは、なんと「かずさ」乗員の遺体だった。奇跡的にも体に損傷は見受けられず綺麗である。

「意識は」

「いえ、既に死後数時間が経過しています。海水は飲んでいないようなので、恐らく侵食1型のガスで窒息死してから海に落ちたと思われます。」

遺体のライフジャケットを脱がせ、水を吸って重くなった制服の胸ポケットから手帳を取り出し中を広げた。

「……三等海上保安正、門脇敬介」

間違いなく「かずさ」の乗員だ。それも記憶が正しければ、篠崎が実験的に導入した主席業務運用と言うポジションを任されていた人間である。船長以上に船を理解し、誰よりも船の仕事を把握する言わば『あるじ』的な存在だ。

「…………ご苦労だった」

遺体に手を合わせてブリッジへと戻って行く。その後は遺留品を幾つか回収し、比較的原形を保てている3人分の遺体も回収出来た。残りは夜の内に沈んでしまったらしく、海面に何か浮かんでいると思ってもゴミだったり関係ない物だったりと時間が過ぎていく。これ以上の捜索は無意味になりつつあるため一旦打ち切る事を考え、撤収を命じようとしたその時だった。今度は左ウィングで監視に当たる乗員が報告して来る。

「浮遊物を発見……恐らく乗員の第一種制帽と思われます」

「それを最後にしよう、回収を頼む」

高速艇が再び回収へ向かう。戻って来た乗員は沈痛な面持ちでブリッジを訪れ、回収した制帽を柿沼に手渡した。海水で湿った上にオイルで汚れているその制帽を裏返して氏名の欄を確認すると、そこには「篠崎洋治」と書かれているのが見て取れた。柿沼の顔が一気に落胆の表情へと変わっていく。

「……篠崎さん」

ブリッジの空気も重くなった。船長席に座ったまま制帽を握り締めて宙を見つめる柿沼に誰も声を掛ける事が出来ない。だがその空気は柿沼自身が取り払った。

「本船は一時撤収。指揮権はいずへ預ける、捜索は打ち切るが警戒監視は続行と伝えてくれ。」

「了解しました」

巡視船「いず」にその場を任せた「あきつしま」は「かずさ」乗員の遺体と篠崎の制帽を伴って横須賀の3管区本部へ帰港。心の何所かで「かずさ」の生存を願っていた多くの職員が悲しみに打ちひしがれ、3管区本部には暗い空気が漂い始めた。柿沼も報告を終えると船長室に閉じ篭り、声を押し殺しつつも漏れ出るその嗚咽を何人かが耳にしている。


不二石油袖ヶ浦製油所

第1普通科連隊第4中隊長 矢田一尉

夜通し燃えていたあの巨大な火柱が今はすっかりその姿を消し、燻ぶるような黒煙だけが空へ立ち昇っていた。何機もの消防ヘリが入れ代わり立ち代わり放水や消化剤の散布を繰り返す。消防隊の護衛と共に飛び火を警戒していた火の粉も完全に収まっていた。煤だらけの消防士たちが行き来するのを横目に、長浦消防隊が展開する指揮所から現状の掌握を続ける。

「報告、同地区の殆どを鎮火確認しました。まだ燻ぶってる所もありますが、火は完全に消し止めたと考えていいでしょう。」

長浦消防署からここまで行動を共にして来た石井消防士長が報告に訪れた。この報告により化学消防車周辺で護衛を行っていた小隊を含めた各隊を中隊本部へ一旦戻す事に決定。第4中隊は焦げ臭いコンビナート周辺の安全確認を開始するべく準備を始めた。しかしそこへ流れ込む消防無線で状況にまた少し変化が訪れる。

『袖ヶ浦中央06より長浦消防、現状にあってはコンビナートの北西地区における飛び火火災も鎮火を確認、支援情報あれば送られたし、どうぞ』

『平川第1小隊より長浦消防及び袖ヶ浦中央消防、火災警戒当該地域において不明瞭なるも人型生物目撃情報あり、近くに警察もしくは自衛隊の対応可能部隊が居れば増派願いたい、送れ』

どうやら空挺の追撃から逃れた小集団が居るようだ。こちらを見やる長浦指揮隊の中隊長と視線が合い、無言のまま頷いて無線機を持ち上げ1個班の移動を命じる。それを確認した中隊長は情報を送って来た平川消防の小隊へその旨を伝えた。

「長浦指揮隊から平川小隊、こちらを護衛中の陸自より部隊が向かう。付近の住民へ屋内退避を勧告すると共に自隊の安全確保も優先的に実施せよ、以上。」

『平川消防第1了解、要請を実行します』

移動を命じた班が高機動車に乗り込んで走り去った。それを見送りつつ本隊をコンビナートの安全確保へ動かす。敷地内では炭化した人型と侵食1型の屍骸を確認するも、生きている個体は一切見受けられなかった。岸壁に張り付いたまま体が半分焦げて絶命している侵食1型も目立つ。1時間ほどを掛けて捜索は終了し、コンビナート地区の掌握に成功。また一つこちらのエリアを取り戻した。徐々に撤収を始める消防隊と同じく、我々も移動の準備を開始する。


市原署刑事一課 神川警部補

防弾チョッキを着て大盾を持つ刑事達に取り囲まれるのは、心電図やら点滴やらの繋がったICUベッドだ。それに寝そべる重篤患者とベッドを乗せた最後の救急車が走り去っていく。これで五井病院内は医師と職員を除いて退避が完了した。その医師らも避難を終え、病院をもぬけの殻にする事に成功する。

「市原01から市原PS、五井病院の完全な撤収と機能移転を完了、現状を確認したい、送れ」

『市原PS、現在周辺の各中小医院が市原市保健センターへ集結して医療拠点を構築中。五井病院の重篤患者についてもこちら一部受け入れを実施。相応の設備が必要な透析患者等に関しては帝大ちば総合医療センターへ誘導、千葉医大付属病院からも医師と医療物資の移送が始まっています。』

「市原01了解、えー緊急搬送の必要な患者等に関してはどうなっているか」

『現在DMATより複数のヘリが五井小学校の校庭を仮設へリポートに設定し離着陸を繰り返しています。専門医師の必要な患者については随所からドクターヘリによって移動と機上処置を実施中。』

「01了解、封鎖活動へ戻る」

無線機を仕舞った。ここの通りだけ未だに抵抗が激しい。空挺部隊が果敢に攻撃するが、連なる人型の群がそれを阻んでいた。養老川に押し掛けて来た上陸艇型は既に撃破されているも人型と侵食型とか言う生物の増援が止まない。漁港は粗方の制圧が終わったらしく、どうやらここが連中にとって最後の橋頭堡になりつつあるようだ。抵抗が激しいのはそのせいだろう。

「誰か煙草ないか、落としちまった」

「その辺の自販機か駅前のコンビニでも行けばいいじゃないですか。刑事がバカスカ吸ってたのは昔の話ですよ。」

「冷たいなお前らは」

足早に戦闘地域を抜けて五井駅前のコンビニへ入った。店員は既に避難しているが、店長だけは残っている。缶コーヒーを数本抱えてレジへ置き、愛煙している銘柄を頼んだ。

「19番のは5ミリのやつ?」

「ええそうです」

「じゃあそれを2つ、そういやこの辺は警戒区域に入ってるけど避難しないのか」

「上から何も言ってきません。死んだと思われてるんじゃないですかね。それに皆さんが頑張ってくれたお陰で安全になりつつありますし、駅員さんたちも買出しに来られます。私が居なくなったら無法地帯になっちゃいますよ。営業してるだけでも安心を与えられるでしょうし、心の支えになれば幸いです。」

同じぐらいの年と思われる中年の店長が物悲しい笑みを浮かべた。左手の薬指に光る銀色のソレだけが自分との違いな気がする。

「替わってはやれんが、家族に電話する時間ぐらいなら人止めするぞ。どうだ?」

店長は面食らった表情になった。咄嗟に俯いたまま黙り込んでしまうが、彼の肩を叩いて促す。次に顔を上げた彼は涙を流していた。

「……ありがとうございます、ちょっとだけいいですか」

店の奥へ入った彼を見送り、カウンターに代金を置いた。自動ドアを開けたその場で封を切って1本取り出し盛大に煙を吸い込んで吐き出す。店に入ろうとする五井駅の職員を制止し、店長は取り込み中と伝えるのを繰り返した。10分ばかりが経過した頃に店長が現れる。

「すみません、もう大丈夫です」

「では、自分はこれで」

余計な話をされそうな気がしたのでそそくさと持ち場へ戻ると、さっきよりも銃声が激しくなっていた。どうやら旗色はあまり良くないらしい。


千葉県警銃器対策部隊 第3分隊 小林巡査部長

周辺は次第に鎮圧されつつあるが、この通りに居る連中だけが不思議と数を増やして頑強な抵抗を続けている。日差しが心地いい中、相変わらず成を潜めて様子を窺うもどうやらこの建物に自分たちの敵が取り残されている事に気付いたらしい。さっきからちょっかいを出すように意味もなく針を建物に当てる威嚇のような行動が目立った。幸い負傷者は居ないし全員が無傷である。だがあの数で攻められたら一瞬で蹂躙されるだろう。我々の真後ろには抵抗する手段を持たない丸腰の医師たちと、今まさに新しい命を産み出そうとしている女性が居るのだ。どうにかしてこれらを護らなければならない。全員を集めて意思の確認を行った。

「聴いてくれ、敵が増え始めている。さっきの比じゃない数だ。しかもこちらを威嚇するような行動も見せている。こんな事は言いたくないが、恐らく向こうの攻勢が間近に迫っているのは感じ取れる状況だ。」

隊員の視線が集中する。誰もが強い気持ちを持つ目だった。言わなくてもこちらの言いたい事が伝わっているような気がする。

「増援は要請する。だが万一の時、ここを死守しろと命令されたら、皆はどうする。正直に訊かせてくれ。」

無言の時間が続いた。ようやく喋り出した1人は「義務を果たします」とだけ答えた。頭の中を色々な事が渦巻く。そして自分を鼓舞するかの如く、ある言葉を声に出して見た。

「事に臨んでは身の危険を顧みず任務を遂行する……その事が今って訳か」

MP5の弾倉を取り外し、手持ちの弾倉も全て1人の隊員に預けた。

「この中じゃMP5の射撃はお前が一番だ、使ってくれ。その代わりに最前衛を任せるぞ。」

「しかしそれでは」

「こう見えても黒帯だ、それに県警の大会でも上位入賞の実力なんだぞ。簡単には死なん。」

これで自分は指揮に専念出来る。飛び道具はレッグホルスターの拳銃だけだが、射撃についてはこっちの方に自信があった。無線機を掴んで市原署への回線を開く。

「市原PS、こちら第3分隊長、聴こえますか」

『第3分隊、市原PSです。どうしましたか。』

我々がここに来る切欠を作った張本人の女性オペレーターだ。別に他意はないが、もし分隊がここで全滅したとしても気にしないで欲しいと言う思いがあった。そこまでの責任を押し付けるのは重過ぎる。

「敵が数を増しています。威力偵察のような攻撃も盛んに行われ、こちらの戦力を調べているように感じ取れます。もしかすると大攻勢の前兆かも知れません。」

『了解です、直ちに応援の要請を』

「それと一つだけ頼みが」

『はい?』

ふと、別に言わなくてもいい気がした。だがそれでは満足に死ねないだろう。

「……我々は最悪の場合でも、ここを護ります。だから、非情な命令が下っても包み隠さずお願いします。」

応答は暫くなかった。何か言おうとしたような雰囲気を感じ取った瞬間、誰かが回線に割り込んで来た。

『諦めるな巡査部長、死を覚悟しても人間はよっぽどでない限り怖気付く。だから気を強く持て。救出に向かう算段は準備中だ。もう少しだけ戦えるな?』

相変わらず一切の動揺を見せないその声は神川警部補だった。羨ましい限りである。こんな人が我々のような緊急対応部隊に居てくれたら部下は絶大な信頼を寄せるだろう。

「警部補、恐らく敵の攻勢は秒読みと思われます。今こうしてる最中に始まっても不思議じゃありません。」

『落ち着け、今から陸自のヘリが機銃掃射して間引きを行う。同時に敵拠点へ砲撃して後方を脅かしながら前進するらしい。だからそっちの仕事は我々が到着するまで防御に徹する事だ。打って出ようなんて考えるんじゃない。ベットでも何でも使って連中の侵攻を食い止めるんだ。俺も助けに行くから待ってろ。』

通信が切れた。陸自と警察の合同部隊が助けに来てくれるのは有難いが、刑事課の人間がそれに同行出来るのかと言う疑問が浮かぶ。まぁあの人なら何かしらの手段を講じて作戦に紛れ込むだろう。であれば精々、警部補の顔を拝むまでは死なないでいようと思う事にした。


五井病院至近

「産婦人科医院が危機に陥りつつある。早急的な救護が必要だ。しかし敵は依然として数を増しており、ここを力付くで突破しようとすれば大きな犠牲を出す事になるだろう。それでも志願してくれる者は名乗りでて欲しい。」

丹野二佐が拡声器片手に触れて回っている。既に30人を越す空挺隊員と20人近い機動隊員が志願し、応援のため到着していた茨城県警の銃器対策部隊も名乗りを上げていた。そこに神川を含む刑事4名も躍り出て丹野二佐に言い寄る。

「我々も同行させて下さい」

「ご冗談を、防弾チョッキ一枚と拳銃一丁でどうにかなる敵じゃない事は重々お分かりでしょう。上からも警察側の志願者は荒事に慣れてる警備部の人間に限定して募れと言われています。もしどうしても仰るのなら、少なくともそちらの上司に許可を得て下さい。」

「申し訳ありませんが現在刑事一課はもぬけの殻で自分が最上級の階級を有しております。そうしましたら前山警備課長の承認があれば宜しいでしょうか。」

丹野は半ば好きにしてくれと言いたげな表情で「ご自由に」とだけ言い放った。向こうとしては迷惑だろうが人手は欲しい。相応に分を弁えて怪我せず死ななければそれで良いとの結論に達したようだ。その後、激しい銃声が飛び交う中で産婦人科医院への強行突入作戦に関する簡単な説明が行われた。

「最前線で毒針の攻撃を防ぐ役目を、第1県機の皆さんにお願いします。そちらの大盾は我々にとっても魅力的な装備です。申し訳ありませんが、ここに及んでもう1度だけお力をお借りしたく思います。」

この発言で第1県機の士気は右肩上がりとなった。無言の闘志が彼らを包み込んでいる。戦力の中核となる空挺部隊に混じって進軍するのは、支援部隊として現地入りした茨城県警銃器対策部隊と小林が阻止線に残した2人の隊員だ。更にそれらを市原署警備課の人員と所轄警備課の合同部隊が取り囲んで支援する。警察としても諸事情があったとは言え、窮地に陥った仲間を救い出したい気持ちが強かった。こうして編成された奇妙な連合部隊は、産婦人科医院まで続く通りを前に集結。その時を静かに待っていた。


上空にUH-1の4機編隊が姿を現す。ドアガンのM2重機関銃から送り出される射撃が人型を次々に地面へ叩き付けていった。これを皮切りに駅周辺に展開している迫撃砲小隊が五井大橋一帯に集中攻撃を実施。通りの人型が後方への攻撃で浮き足立ち、同時にその数を減らした所へ病院屋上から74式車載機関銃の弾幕が降り注ぐ。指揮棒を握り締めた前山警備課長が突入部隊の後ろに立ち、メガホンが要らないぐらいの大声で叫んだ。

「全隊前へ!突撃!!」

大盾を構えた機動隊員が一斉に突撃を慣行。弱っている人型や瀕死の人型、負傷してよろけている人型を押しのけてこちらの陣地を拡大していく。その後ろから追い付いた本丸の空挺小隊がMINIMIで制圧射撃を送り込み、手榴弾や小銃てき弾で戦線を押し上げていった。ある程度前進した所で陣形を組み直し、産婦人科医院まで100m地点に到達。抵抗は激しいがもう少しだ。


千葉県警銃器対策部隊 第3分隊 小林巡査部長

味方の攻撃と同時に侵攻が始まった。ジワジワと嬲り殺すように院内へゆっくりゆっくり雪崩れ込んで来る。対応出来る時間がある所がこちらの息切れを誘うようで腹立たしい。無理に頭を狙わずとも胸に叩き込めば死ぬ事が弾薬を節約出来る唯一の救いだ。それでも次第に押され始め、待合室の半分まで侵入されるに至る。カウンターの中で攻撃を続ける隊員を院内の奥へ退避させ、阻止線を下げつつ攻撃を続行。ロビーは完全に占領されたが診療区画へ進むにはドアを開ける必要があった。奴らに「ドアノブを握って扉を開ける」と言う発想が存在しない事を逆手にとり時間を稼ぐ。

「残弾を確認しろ、ここが最後の阻止線だ」

4割から更に半分を切った。旗色が悪いのは承知である。だがここだけは何としてでも食い止めなければならない。遠くから近付きつつある味方の銃声だけが心の拠り所だった。無線を手繰り寄せて神川を呼び出す。

「警部補……まだですか」

『あと100mぐらいだ!もう少しで着く!』

ここからでも十分に聞こえるが、向こうは凄まじい怒号と銃声の嵐である。手榴弾と思しき爆発も連なって聴こえた。


50m地点

向こうから降って来る針の雨を、走りながらも横一列に並んだ機動隊員の盾が弾き返した。その真後ろを進む空挺隊員たちはMINIMIを掲げるように構えながら機動隊員越しに射撃を送り込んでいく。山なりに飛んで来る針を腕に受けて倒れ込んだ空挺隊員を、所轄警備課の人員が盾で身を護りつつ後方へ引き摺っていった。程なく始まる痙攣に驚きつつも通りの入り口まで到達し、衛生小隊へと手渡す。既に意識を失って脱力し口から泡を吹き出す空挺隊員を、衛生小隊の隊員が苦い顔をしながら後送していくのを尻目に彼らも通りへと戻っていった。横道は前山課長率いる警備課が塞ぎ、脅威がないと判断した時点で前線部隊に追従。弾切れの空挺隊員が再装填する間は茨城県警銃器対策部隊が全力射撃でこれを支援した。そうやって少しずつ距離を稼いで進み、人型の群を押し上げていく。産婦人科医院も目前に迫っていた。


産婦人科医院 小林巡査部長

押し寄せる人型の波で建材の軋む音がする。嫌な予感がすると同時に壁が壊れるに連れてドアも倒れ、ロビーと診療区画が繋がってしまった。通路の中へみっしりと詰め込まれた人型が雪崩れ込む。だがこれは予想していた事態だ。壁に立て掛けていたソファを5人で持ち上げてゲバ棒の如く前に突き出す。

「踏ん張れ!絶対にここは通すな!」

ソファで人型の群を必死に押え付けた。もう1人の隊員は床に寝そべり、ソファの下から射撃を送り込んで人型の足を撃ち抜いていく。視界は見たくもない人型でいっぱいだ。ふいに何かが人型越しに飛んで来た気がしたので顔を竦めると、ヘルメットに針が当たって跳ね返る音がした。もしバイザーに当たって貫いてしまったらと思うと身の毛がよだつ。ソファへ次々と突き刺さっていく針。無言のままこちらへ押し込もうとする人型。全員が恐怖に打ち勝つ事に必死だった。

「分隊長……そろそろ限界が」

誰かが喉から捻り出したような声で喋る。ヘルメットとバラクラバでよく分からないが、全員の顔は赤く染まっていた。10体以上の力をたった5人で支えているのがどれだけ無茶な事かは承知している。だがここを通す訳にはいかない。

「弾切れです!全部撃ち尽くしました!」

足元で撃っていた隊員がソファを押す5人に加わる。少しだけ楽になったが向こうの方が多い事に変わりはない。いよいよ最後が近付いているのだろうか。もう手と足が痛くて我慢ならないのを必死で堪え続ける。しかし、我々はゆっくりと後ろに押し込められつつあった。精一杯踏ん張っているつもりでもジリジリと位置が下がっていく。分娩室までは、もう残り僅か5mにまで迫っていた。

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