浦賀水道海戦
浦賀水道 富津市沿岸 臨編打撃群
この部隊は、3個護衛隊と1個潜水隊群を抱き合わせて臨時に編成された部隊だ。米軍のお膳立てと陸自・空自の攻撃でダメージを受けた母船型に対して最終的な攻撃を加えるのが彼らである。浦賀水道内では彼らが艦砲射撃を実施し、更に第4航空群が対潜爆弾の雨を降らせて追撃。浦賀水道から出ようとした所で待ち伏せしている潜水艦総勢8隻による魚雷の一斉射撃でこれを仕留める。魚雷の炸薬量を考えれば十分に目標を破壊出来るだけのエネルギーは持っていた。もしこれで上手く行かなければ銚子沖の米空母を南下させて共に追撃する算段である。そしてこの艦隊の先陣を切るのが、第1護衛隊群だけに留まらず地方配備を除いた機動運用全艦でも最古参の「はたかぜ」だ。前時代的な力強い艦影を持つが、システムや装備が諸外国の艦艇に比べて既に時代遅れとなりつつあり、2020年度をもって前線から退いて練習艦隊への編入が決定している。だがこの「はたかぜ」には姉妹艦である「しまかぜ」同様、他の護衛艦が持っていない大きな利点が存在した。前時代的な装備である事が現状に対抗出来る手段の1つとして見出されたのである。
「51番砲、状況」
『準備よし。この席に座って撃てる日が来るとは夢にも思ってませんでした。』
「52番」
『準備完了。部隊史に我々の名前が刻まれる事を希望します。』
「上申はしておこう、約束する」
艦内は異常な士気に包まれていた。何しろこれから行われるのは、全て有視界で行われる戦闘だからだ。他の艦も主砲照準を手動で行う事は出来るが、こちらのように殆どマニュアルに近い状態での射撃は難しいだろう。水雷科の人間も搭載している全ての短魚雷を右舷側に集めていた。ソノブイが音源を捉えればそれをインプットして撃ち込める上に、信管は全て触発にしてあるから目標に当たりさえすれば確実に爆発する。不審船対策用に搭載していたM2重機関銃も銃架に設置され、足元には50口径弾の収まる弾薬箱が敷き詰められていた。そして更に、後部のヘリコプター甲板で蠢く陸自隊員が存在した。
「しっかり固定しろ。船が揺れて全部引っくり返ったら洒落にならんからな。」
甲板上に設置された三脚を土嚢で固定。海側へ向けてその発射口を睨ませるのは87式中MATだ。レーザー照準で目標を捉え続ける事により誘導する方式のミサイルで、今回のような状況でTOWと同じく有効性が望める火器とされている。その隣ではミサイルチューブが丁寧に並べられており、転がったりしないように同じく土嚢で固定されていた。他の艦にも多数の陸自隊員が乗り込んでヘリ甲板上に展開しているが、これらは全て中央即応連隊の隊員である。第12ヘリコプター隊のUH-60や応援として駆け付けた中部方面航空隊のヘリによって機材と共に空輸され、30分ほど前に各艦へ到着したばかりだ。支援要員として各艦の砲雷科から手透きのミサイル員たちが借り出され、彼らには予備ミサイルの保管や発射後に残るミサイルチューブの管理等を任されていた。ハープーンやSSM-1Bを無闇に撃てない現状を考えれば微増だがこれで各艦の火力を底上げしたと考えていいだろう。またバルカン・ファランクスもブロック1Bを搭載する艦についてはこれを目視射撃で運用する事になっていた。まるで大昔の海戦が蘇ったようなこの状態に誰もが不思議な気分を味わっている。そして湾内にばら撒かれたソノブイが再び母船型を捉えたとの報告が達せられ、富津市の沿岸一帯に展開した水上部隊に緊張が走った。
よこすか湾岸通り 第1戦車大隊第2中隊長 西田一尉
哨戒機部隊からの報告が入った。目標は東京湾を南下して富津岬沖を通過。浦賀水道へと入りつつあるらしい。ソノブイによって位置を割り出した追撃の対潜ヘリ部隊が魚雷を投下して後方から追い立て、ダメージを負った母船型は浮上して水上航行を開始。そのままこちらへ向けて接近中との事だ。長らく待ちぼうけを食わされていたがようやく我々にも打順が回って来た。隷下の全戦車へ向けて回線を開く。
「全車に達する。目標が南下を続けてこちらに接近中だ。我が中隊はこれより攻撃態勢に入る。」
本管の施設連中が上空へ向けカールグスタフで照明弾を発射。夜の浦賀水道を数発の照明弾が煌々と照らし出した。淡い明かりが降り注ぐ海上を、浮上航行中の潜水艦にも見える巨大な物体が進んでいるのを視認。ヤツが母船型だ
「目標視認、距離は約2900」
「照準は各車砲手に任せる。弾種は対榴と徹甲を交互に使用、目標が射程内に居る間は全力射撃だ。艦隊に接近するまで可能な限りのダメージを与えるぞ。」
一列に並んだ74式戦車が油圧サスペンションによって車体へ傾斜を掛けた。これで通常よりも遠くへ砲弾を送り込む事が出来る。
「準備の出来た車両から発砲を許可する、自由にやってくれ」
待ってましたと言わんばかりに第1小隊が発砲。第2小隊も続いて撃ち始めた。夜の沿岸へ落雷のような砲撃の閃光が走る。本管施設小隊は照明弾を絶やす事無く撃ち上げて攻撃を支援。母船型の横っ腹へ戦車の砲撃が集中し、その度に抉れ飛んだ肉片が海へ落ちていった。既にFH-70も20榴も射程外のため攻撃していないが、未だ母船型をその長大な射程に収めているMLRSからの攻撃は続いている。M31単弾頭ロケットの運動エネルギーは凄まじく、母船型は着弾のたびにまるで上から踏み付けられたような格好で幾度も水中へ体の半分を没していた。悲鳴などは聞こえないが、少々ばかり痛々しい光景にも見える。
「効いてんのかよく分からんな。砲手、どうだ?」
「出血しているのは確認出来ます。十分に通用してると思われます。」
母船型は攻撃を受けつつ逃げるように浦賀水道の奥へと入っていった。既に中隊戦車が搭載する弾薬の半分以上を叩き込んでいる。だがここは出来るだけでもダメージを与えたい所だ。
「各車微速前進、追撃するぞ」
先頭の74式戦車がゆっくりと進み始める。行進間射撃と言えるほどのスピードではないが、中隊は移動しつつの攻撃を続行した。しかしそれも長くは続かず、後方の車両から次第に射界へ収められなくなり僅か数分で攻撃中断となる。だが給料分以上は働いた筈だ。冷戦真っ只中に生を受け、61式と共に日本の機甲火力を支えた老兵たちは、自慢の105mm砲から満足そうに放熱の揺らぎを燻らせていた。
護衛艦「はたかぜ」
そしてここに同じく、冷戦期に生を受けた海の古強者が待ち構えていた。むらさめ型よりも少し小さいその船体に重武装を詰め込んだ海自最後の在来システム防空艦の一翼。このまま退役を待つだけと思われていた所に舞い込んだこの活躍の機会が最後のご奉公になるだろう。
「機関始動、両舷前進中速、艦隊前へ!」
洋上司令部となる「いずも」だけは投錨して固定。直援も残さず、第1・第6・第11護衛隊の総勢10隻が攻撃部隊として「はたかぜ」を先頭に前進を開始した。南下を続ける母船型と並走する。
「全艦対水上戦闘用意。目標、右舷同行の敵母船型生物、各部署状況報告せよ。」
各戦闘部署、ダメコン、艦内各計器に異常無し。2門の5インチ単装速射砲はピッタリと母船型に照準を合わせている。短魚雷発射管も横向きに突き出され、水雷科の人間が次弾を用意して待ち構えていた。各艦からも攻撃準備完了の報が次々に寄せられる。127mmと76mmの各種速射砲合計11門が母船型を睨んでいた。MLRSは艦艇を危害範囲に捉えてしまうため攻撃を中断している。
「各艦、準備完了」
「それでは戦端を開くとしようか。51番、52番、撃ち方始め!」
前部と後部に備わる5インチ単装速射砲から砲声が鳴り響いた。同時に発射される短魚雷が水中へ次々に飛び込んで行く。負けじと発砲を始めるM2重機関銃も非力さを感じさせない射撃だ。そして後部甲板からは87式中MATが誘導レーザーに従って目標へ向け発射される。有視界戦である事が、この「はたかぜ」が有する5インチ単装速射砲にとって最大の利点となっていた。
「後続艦、発砲を開始」
「いい眺めだ、写真も動画も出来るだけ記録しておけよ」
各艦のサーチライトが母船型を照らし出す中で攻撃は続行された。けたたましく鳴り響くのは76mm速射砲の連射とCIWSの目視射撃。127mm砲の重苦しい砲声、魚雷とミサイルの着弾、その隙間を埋めるのは各艦から放たれるM2重機関銃の銃声だ。このまま押し込めると思っていた所へ、思わぬ反撃が開始される。それに一番早く気付いたのは護衛艦「やまぎり」のヘリコプター甲板から中MATを発射していた中央即応連隊の隊員だった。
『こちらやまぎり分隊!ヘリ甲板に溶解液が着弾!反撃して来たぞ!』
洋上司令部「いずも」から陸自隊員の艦内退避が厳命された。重機関銃と短魚雷発射管に取り付いている乗員たちへも同じく艦内退避が命じられる。発射管が露出していない「てるづき」だけが短魚雷での攻撃を続行した。全艦はこれに対し甲板散水にて対処を開始。ダメコンチームが防護服と酸素マスクを用意して出動に備えた。この反撃によって「いかづち」「おおなみ」を含む数隻も溶解液の攻撃を受け若干の損害が発生したが散水によって洗い流す事に成功。ここで「はたかぜ」へ新たな命令が下る。
「溶解液の射出孔を目視射撃によって潰せと……随分無茶な命令だな」
「どうされますか」
「やってやろうじゃないか。しまかぜには悪いが有終の美を飾らせて貰おう。」
2門の5インチ砲へその命令が下達された。砲塔内の乗員たちは俄然やる気になり、ほくそ笑みながら作業に取り掛かる。レーダーと連動しているから位置を割り出すのは簡単だ。同時に距離を測る事によって砲身の仰角も決まる。しかし艦砲の場合「当てたい所に当てる」と言う戦車のような行為は中々出来るものではない。
『こちら51番、射出孔を捉えました。攻撃許可願います。』
「自由にやってくれて構わん、君たちの独壇場だ。他の艦には真似出来ない所を見せてやろう。」
射出孔への攻撃が始まる。着弾修正を繰り返しながら1つずつ潰していった。76mm速射砲搭載の護衛艦たちは弾種を調整破片弾へ切り替え、母船型の前面に弾幕を展開して視界を奪い反撃を防ぐ作戦を開始。これによって母船型は金田湾方面へ逃走を図ろうとしたが、駆け付けた第4航空群のP-1部隊が対潜爆弾の絨毯爆撃を開始した事でこれを断念した。海空の攻撃で文字通りボロボロになった母船型は浦賀水道の出口に達する寸前、突如として方向転換し艦隊へ襲い掛かって来た。レーダー室からの報告が達するよりも早く右舷の見張り員が叫ぶ。
「敵が転進!こちらへ突っ込んで来ます!」
「全艦に警報!可能な限り自艦の生存を優先しろ!」
艦隊全艦にサイレンが鳴り響いた。接近して来る母船型への回避運動が始まる。
第6護衛隊 護衛艦「きりしま」
母船型は第1護衛隊の後方を進む第6護衛隊目掛けて突撃して来た。「きりしま」「たかなみ」「おおなみ」「てるづき」の各主砲がそれを退けようと撃ちまくるが、向こうの方が質量が大きいため決定打にならない。
「目標接近!こっちに来ます!」
「たかなみが被弾しました!船体に溶解液が着弾しています!」
同時に溶解液の攻撃も再開され「たかなみ」が右舷船体と艦橋構造物に被弾。甲板散水で流し切れず軽度の損害が発生した。
「くそ、ヤツの予想コースを割り出せ。こんな所で沈んだら末代までの恥だ。」
「直ちに実行します!」
母船型の突入予想コースを割り出した4隻はこれを回避するため行動を開始。「きりしま」が一気に増速して「たかなみ」との間に隙間を作り、そこを通り抜けさせようと試みた。しかし急に増速した「きりしま」に対しその前方を行く「いかづち」が対応し切れず、艦尾と艦首がぶつかりそうになってしまう。「きりしま」は面舵を切って斜め右へ抜けようとしたがここで母船型が到達してしまい、結果として「きりしま」は艦尾を損傷。後ろに居た「たかなみ」も位置取りに失敗して煽りを食らい艦首を損傷した。一回り小さくなったとは言えその幅は200m近くあるため、目測を誤ったとしても仕方ないだろう。
「艦尾損傷!ヤツは突っ切りました!」
「舵そのまま!いかづちに当たらんよう注意しろ!」
「後方のたかなみも艦首を損傷!右舷側に傾斜しつつあります!」
「損害状況を調べろ!主砲は撃てるか!」
「射界に収められません!おおなみとてるづきが追撃を開始しました!」
最後尾の第11護衛隊は減速して隊列を保ったまま艦隊から一時離れ、残った「おおなみ」と「てるづき」は左舷へ一斉回頭し追撃を開始。第1護衛隊は再度の突撃を警戒して右舷に回頭し退避。母船型は攻撃を受けつつも更に攻撃行動を始め、第11護衛隊の「ゆうぎり」へ向け突進。「ゆうぎり」は喫水線より下へ潜り込んだ母船型の突撃で艦底を抉られ損傷。浸水も発生して速力が低下する。尚も追い縋る「はたかぜ」の猛攻が母船型の前面に集中し、砲弾の当たり所が良かったのか大出血を確認。これによって母船型は突如として狂ったような泳ぎ方になり、そのまま外海へ逃れようとした。しかしその先で8隻からなる鋼鉄の鯨が群を成して水中で静かに待ち構えている事など、ヤツは予想もしていないだろう。
第2潜水隊 潜水艦「うずしお」艦長 菊地二佐
任務から帰還するも母港の一歩手前で足止めを食らい、待機し続けて早くも2時間が経過した。数ヶ月ぶりの我が家を目の前に全員が苛立ちを隠せていない。薄暗い非常灯の中で沈黙が続いたが、次に飛び込んだ一報が全てを塗り替えた。
『こちらいずも。敵母船型が間も無くそちらへ到達する。今一度確認するが準備は宜しいか。』
「本艦を含む8隻は既に準備完了しています」
『了解、攻撃のタイミング等に関しては全て一任する。頼むぞ。』
通信が切れた。ここで我々が仕留めなければ、米軍との本格的な追撃作戦が開始されてしまう。そうなる前に終わらせる事が至上なのは十分理解していた。
「メインタンクブロー!1番から6番まで魚雷戦用意!」
「メインタンクブロー!潜望鏡深度まで浮上!」
副長が間髪入れずに次の命令を下す。8隻はゆっくりと浮上し、接近しつつある母船型に対して扇状に展開した。魚雷発射管に収められた89式長魚雷の数は8隻で合計48本。全て炸裂すれば、もし相手が大型タンカーだろうと沈められるぐらいのエネルギー量になる筈だ。各艦より浮上航行する母船型を潜望鏡にて捉えたとの報告が相次ぎ、こちらも同じく目標を捕捉した。
「これより一斉射撃を実施する。各艦共にタイミングを合わせて欲しい。」
母船型の発する音紋は既にインプットしてある。そうでなくとも、今この周辺で動力を持つのは我々だけだ。間違えて何所かに飛び込む事はないと思いたい。2~3分ほどの時間を掛けて準備が完了する。
「全艦、準備完了」
「秒読み開始、10秒前……………5秒前、4、3、2、1」
「撃ぇ!」
一斉に撃ち出された48本の魚雷は、この水中にたった一つしかない音紋へ向かって突き進んでいった。そしてこの時、恐らく母船型から発せられたであろう【声】を全艦が記録している。それはまるでザトウクジラのような優しい声で、謎の生物群を上陸させ虐殺を繰り広げた親玉とは思えない雰囲気を纏っていた。迫り来る魚雷を探知した辞世の句か何かの叫びか、もしくはこちらの存在を知った事で仲間とでも思ったのか、それは誰にも分からない。全ての魚雷は程なくして母船型へ次々に突き刺さり、凄まじいエネルギーとなって爆発を起こした。その水柱と爆煙は上空数十mにまで達し、追撃に備えて待機していた第4航空群の各機が映像に収めている。8隻の潜水艦は同深度に待機したまま警戒を続行。爆発の雑音をフィルターで押さえ、母船型の音紋だけを探し出す。しかし10分が経過し、20分が経過しても母船型の音紋を捉える事は出来なかった。上空の第4航空群も同じく水中に母船型らしき物体と音紋を感知していない。ここに来て「うずしお」艦長の菊地二佐は、敵母船型生物の撃破を中央指揮所に宣言。歓声も何も湧き起こらない勝利だった。沿岸部での戦いはまだ続いており、未だ予断を許さない状況なのである。




