統合任務部隊
米海軍第7艦隊 第5空母航空団
第102戦闘攻撃飛行隊【VFA-102】 通称:ダイヤモンドバックス
引き上げていくロイヤルメイセスに代わって我々は再び現場空域へ舞い戻った。溶解液を対空砲火のように飛ばし続ける噴出口へ目掛けてMk82をお見舞いしていく。初戦だったロイヤルメイセスと違い、1回目の攻撃で感覚を掴んでいる我々は直上から機体の機動性をフルに生かして接近しロケット弾とバルカン砲の雨を叩き込んでいった。何機かは試験攻撃名目で搭載して来たマーベリックミサイルの発射も始めている。ミサイルが噴出口に飛び込むと、微動だにしなかった巨体が僅かに揺れた。どうやらそれなりにダメージを与えられているらしい。
「各機、噴出口を集中的に狙え。それ以外は有効弾にならない可能性が高い。」
一度潰した場所へも執拗に攻撃を加える。第2次攻撃の開始から30分と経過しない内に弾切れが続出するも、ある程度の噴出口を潰す事には成功していた。飛び交う溶解液も最初よりは少なくなっている。
『リーダー、前より大人しくなりましたね』
「気を抜くな、相手は未知の生命体だ。何を企んでるか分からんぞ。」
編隊は空中にて再集結した。部隊を纏めて厚木への帰路を急ぐ。その最中、母艦であるロナルド・レーガンからの通信が入った。各編隊は現時刻を持って攻撃を中止。再度の要請に備え補給が完了次第、至近の空域にて待機せよとの命令が与えられた。どうやら自衛隊側の準備が整ったらしい。お手並みを拝見させて頂こう。
防衛省 中央指揮所 藤原統合幕僚長
「多摩川第1特科陣地展開中の臨編特科隊、射撃準備完了」
「横浜ノース・ドック第2特科陣地の特科教導隊4中隊、同じく準備完了」
「1師戦車2中隊、準備完了しています」
「第4航空群の各機は補給を済ませ浦賀水道上空で待機中です」
「全艦艇部隊、浦賀水道内に展開終了」
「東富士演習場第3特科陣地の教導第5中隊MLRS、射撃準備完了の報告」
「空自作戦部隊、東京湾上空に集結しました」
母船型と都内沿岸に出現した上陸艇型への攻撃準備が整った。これらを全てひっくるめ、東京湾沿岸部緊急事態対処統合任務部隊(JTF-TOKYO)を編成。指揮官は藤原統合幕僚長自らが務める。既に在日米軍横須賀基地と厚木基地から日米調整所設立のため高級幹部と高級下士官数名が市ヶ谷に到着していた。深夜にも関わらず駆け付けた彼らは非常に協力的で、要請があり次第トマホークを撃ち込む準備もあると言ってくれたが、藤原としてはこれ以上米軍に矢面を任せるつもりはなかった。余り気を許すと作戦の主導権を奪われかねないとの思いから、あくまで主力は自衛隊が担うとして芯を貫き通した。端末に取り付くオペレーターたち、3軍の各幕僚長と米軍将校、そして臨席する各省庁の副大臣クラスを前に作戦の開始を告げる。在任中にこんな日が来るとは運が良いんだか悪いんだか自分でも分からなかった。
「これより我が国初の防衛出動による陸海空合同オペレーションを実行に移す。全部隊は作戦要綱に従って直ちに行動を開始せよ。」
JTF-TOKYOが一斉に動き出した。まず湾上空に集結していた空自第7航空団301飛行隊が母船型に対してJDAMの集中投下を開始。初撃から搭載火器を盛大に使い果たしてそそくさと百里へ戻って行った。これを皮切りに外側埋立地と若洲ゴルフリンクスの上陸艇型へ臨編特科隊の効力射が炸裂。非常に高い練度を持つ彼らの砲撃は僅か数斉射で2体の上陸艇型を肉塊に変え、その照準を特科教導隊と同じ母船型へと足早に定めた。陸自最大の火砲である203mm榴弾砲が連続して着弾するそこへFH-70の砲撃が加わり、沿岸一帯をまるで花火大会のような轟音が包み込んでいる。
「他の上陸艇型はどうなった」
「五井大橋に向かった対戦車ヘリ部隊は目標を撃破後に江戸川へ急行し、巡視船との連携でこちらも撃破に成功。江東区へ侵入した上陸艇型には機動戦闘車小隊が急行中ですが、荒川に突入した個体に関しては現在対処が追い付いていません。」
「そっちの対処は母船型の退避を確認次第でも構わん。まずアイツを何とかしないと、この先どうなるか分からんからな。MLRSも撃たせていいぞ。」
「了解」
東富士演習場一帯に発射命令を報せるサイレンが鳴り響いた。投光機によって照らし出された特科教導隊第5中隊の保有するMLRSのコンテナが旋回し、東京湾の方向を向いて持ち上がる。中隊長の号令によって発射された無数のM31単弾頭ロケットが夜空へと噴煙を残しその姿を消していった。約10分を掛けて最初の斉射が終了し、投光機が煌々と照らす中で装填作業が手早く開始される。
JDAMによる航空攻撃が母船型の上面に炸裂し、野戦特科部隊の放つ榴弾砲が幾度も肉片を抉り散らす。外れた砲弾が至近に着水し巨大な水柱を起こすも、水中で爆発して無駄なくダメージとなった。それらに対する防御行動なのか、母船型が突然ガスを噴出し始めた。同時に周辺海域の色が変わるぐらい濃度の高い溶解液を水中に流出させていく。だがそんな物で次々と飛来する砲弾や爆弾を防げる筈はない。東富士演習場から発射されたMLRSのロケット弾も連続して降り注ぎ、沿岸一帯に展開する自衛隊員たちが思わず耳を塞ぐほどの爆音が襲い掛かった。高空を飛び続ける第501飛行隊のRF-4Eがその光景をカメラに収め続け、複数の哨戒ヘリによるリアルタイム中継が中央指揮所へと送られていく。
「映像入ります」
複数の映像がパネルに投影された。さっき一斉に着弾したロケット弾による黒煙が晴れていないため、目標の状態がまだ分からない。次第に鮮明になっていく映像には、上面をズタズタに引き裂かれて酷く出血している醜い母船型が現れ始めた。満身創痍とまではいかないものの、大きなダメージを与える事には成功したらしい。
「もう2回ばかりさっきの投射量を続ければ撃退出来そうだな。次の攻撃準備を進めてくれ。」
「了解、各方面に伝えます」
米軍の将校たちも興味深そうに映像を見ていた。何か小声で会話しているようだが気にしている暇はない。連中は次にこっちの要請があるまでは動けないから放っておいていいだろう。MLRSの着弾をもって第一次攻撃の終了としていたため、全部隊の攻撃は止んでいた。上空では再び集結した301飛行隊のF-4EJ改が第二次攻撃の火蓋を切るべくJDAMを抱いて接近中である。多摩川第1特科陣地と横浜ノース・ドック第2特科陣地も準備が完了。MLRSの再装填も無事終了し、第二次攻撃開始の準備が整う。だがここで異変が発生した。母船型が上部から肉片を海にボロボロと落とし始めたのである。
「目標に異変を確認、上部から崩壊していきます」
「攻撃態勢のまま待機、様子を見るぞ」
その光景を中央指揮所に居る全員が見つめる。何が起きるのか予想も出来ない事態だ。このまま全てが肉片となって東京湾に沈んでくれるのを誰もが密かに期待していたが、それは真っ向から否定される事になる。
木更津駐屯地 第1普通科連隊本部 保坂一佐
母船型への攻撃が開始された。空爆と砲撃による爆発が音だけでなく地響きとしても伝わって来る。把握しているだけでも特科6個中隊と1個飛行隊が同時に攻撃を行っているそうだ。ならばかなりの弾薬投射量である事が予想出来る。
「凄い音だな、向こうの状況は分かるか?」
「今のが第一次攻撃のようです。間もなく第二次攻撃も開始されます。」
この攻撃で湾内から目標を追い立て、浦賀水道での撃破を目指すらしい。だがあの音を聴いていると湾内に居る間にケリが付いてしまうようにも思える。どちらにせよ、我々は母船型とやり合える火器は持っていないので目の前の事に集中するしかなかった。通信の隊員が報告にやって来る。
「報告、土浦武器学校より出発した2個増強機甲小隊から1個小隊が増援として到着します」
「分かった。これで我々も少しは大胆な行動に出れるな。」
普通科主体ではやはり安全面に配慮しつつの行動となるため、どうしても慎重な作戦しか立てられなかった。これに装甲車両が加われば戦術の幅は大きく広がるだろう。嬉しい事にFVの1個小隊が来てくれるらしい。これまでは偵察警戒車を盾にしながら上陸を試みる小集団を機関砲で蹴散らしていたが、そもそも多くの人間を乗せられないため不意の遭遇時に車内退避等が出来ない事が不安材料だった。
「第1第2中隊は一時後退、第3中隊へFVの小隊を向かわせてくれ。第4中隊の状況はどうだ。」
「延焼は最大事の40%まで低下。消火ヘリも多数が駆け付け、消火活動は順調です。護衛の4中隊からも生物群遭遇等の報告はありません。」
1普連としては順調に作戦を遂行中だった。アクアブリッジの一部が倒壊する前に第5中隊と重迫撃砲中隊が本部に到着していた事もあり、纏まった戦力として千葉県沿岸一帯の情報収集や警戒を密に行えている。前面に出ている第1第2中隊の疲労を考え、第5中隊を交代のために向かわせようと考えていた矢先、市ヶ谷から緊急の連絡が飛び込んだ。通信の小隊長が内容を箇条書きにした紙を持って来たが、彼自身も状況をいまいち飲み込めていないようである。
「……主目標内部より新たな母船型?」
「攻撃によって崩壊した構造物内部からまた目標が出現したとの事ですが、自分にもよく状況が」
お互いの中にその情報が浸透していくよりも早く第二次攻撃が開始された。無線の内容は錯綜していて詳細が全く分からない。市ヶ谷はとにかく撃てと終始捲くし立て、上空に居る501飛行隊は目標を見失ったと報告している。映像を中継する哨戒ヘリはそれと同時に水中から新たな上陸艇型出現の報を発し、JTFの攻撃によって収束に向かっていた沿岸一帯へ再び警戒が促された。
防衛省 中央指揮所 藤原統合幕僚長
酷い嫌がらせを受けている気分だ。水上に出ていたボロボロの構造物が全て剥がれ落ち、内部からその姿を改めた母船型が出現したのである。最初よりも一回り小さくなった母船型は特科の砲撃によって起きる巨大な水柱の中へ姿を消し、同時に4体の新たな上陸艇型が出現して再び沿岸への着上陸侵攻を開始。どうやら水中の見えない部分に張り付かせていたようだ。逃がすまいと広範囲に着水する砲撃が逆に目標を見失わせ、新たに出現した上陸艇型への対処も相まって中央指揮所内は瞬く間にパニックへ陥っていた。このままでは拙い。
「射撃中止!射撃中止!撃つんじゃない!」
「撃ち方止め!目標を見失う!撃つな!」
「攻撃中止!中止だ!応答しろ!」
各方面へ一斉に攻撃中止が達せられる。ここまで来て仕留めそこないたくないと思う隊員たちはすっかり血の気が上がっており、小隊長クラスの人間へ命令が行き渡るまでかなりの時間を要してしまった。母船型はすっかり見えなくなっている。そして4体の上陸艇型は思い思いの場所へと着上陸していった。
「報告!浮島IC付近に1体出現!高架橋も破壊されました!」
「大井埠頭へ着上陸を確認!コンテナを破壊しつつ前進中!」
「残る2体は千葉方面へ北上中です!向こうの沿岸には海保の船が!」
迂闊だった。危険な地域から遠ざける事で安心してしまっていた。このままではあの「かずさ」に続く被害を出してしまう。それだけは阻止しなければならない。
「展開中の海保全船艇へ通達して直ちに最寄の港へ避難させろ!大至急だ!」
この程度で慌てていては国防もへったくれもない。しかし、一旦陥ったパニックから回復するのは容易ではなかった。様々な状況に備えて訓練はして来たが、今回は極め付けに想定外の事態だ。しかもそれがそのまま初の実戦である。百里の航空隊はいの一番に爆弾を投下したため、まだ帰投の途中だ。対戦車ヘリを向かわせようにも現在地からは距離が開き過ぎている。何か打つ手はないかと考えているそこへ、有難くも鬱陶しい隣人が手を差し伸べた。
「ゼネラルフジワラ、我々にも手伝わせて下さい。事態は既に貴国だけの問題ではないと考えます。」
厚木から来ていた米軍将校が申し出る。銚子沖の空母と厚木の飛行隊でこの2体を撃破すれば海保の船艇へ被害を出さずに済むだろう。そう言いつつ本当は腹の奥で何を考えてるか分からないが、ここは正直に申し出を受け入れる事にした。
「……ありがとうございます、全自衛官を代表して感謝致します」
「先義後利と言う四字熟語があります。今の我々に当てはまると思いませんか?」
「難しい言葉をご存知ですね、お力をお借りします」
補給を済ませていた2個飛行隊は既に東京湾上空へ集結していた。銚子沖の空母からは更に1個飛行隊が発艦し、空自飛行隊バックアップのため急行中である。ダイヤモンドバックスとロイヤルメイセスが北上する上陸艇型に襲い掛かると同時に、海自哨戒ヘリ部隊が湾内へ追加のソノブイ投下を開始した。姿を消した母船型を水中から見つけ出すつもりらしい。これに呼応して上空待機中の海自第4航空群は編隊を2分。片方が沿岸線に沿って南下し、もう片方は上空待機を継続した。もし東京湾から南下を開始した場合、真っ先に空爆出来るよう準備を始めたようである。
千葉市中央区:千葉市役所 千葉県国民保護対策本部
東部方面総監から連絡要員として派遣されていた片平と宮前は、会議室に詰めている全職員を前に現在実行中の作戦について説明していた。予め各機関へ通達はされていたが、防衛秘密云々もありフワッとした概要しか知らされていないため、特に県危機管理課や災害対策室の人間たちが説明を求め始めたのが発端である。片平はそもそも事務畑で何所まで話して良いか判断が出来難い事から、その殆どを宮前に任せ切っていた。
「東京都側の各所と静岡県の演習場に展開する長距離火砲と、空自及び支援として参戦した米海軍航空隊によって湾内に出現した敵母船型への攻撃を継続している最中になります。これが敵撃退作戦の第1段階です。」
ホワイトボードに部隊展開状況を簡易的に書き込んで説明中だ。どうせ第2段階の事も訊かれるだろうと思った宮前は、ホワイトボードを裏返してそのまま次の説明へ移った。その予想通り第2段階の事を尋ねようとした職員たちは先を読まれた事に少しだけ機嫌を損ねるが、宮前はお構いなしに話を進めていく。
「第2段階では浦賀水道内で戦車部隊による砲撃と更なる航空部隊、海自艦艇によって同じく陸海空共同の攻撃を行います。運が良ければここで撃破、もし不可能だとしても浦賀水道の出口で待ち伏せする潜水艦隊が魚雷を一斉発射して仕留める手筈です。」
職員たちはそれがどんな意味を持つ作戦なのかまでは理解していなかった。最後に魚雷で仕留めると言う所が引っ掛かった職員が挙手して質問をする。
「それであいつを本当に倒せるんでしょうね」
「潜水艦に搭載している魚雷の炸薬量。これは火薬の量を意味しますが、目標のサイズと質量から計算して十分な威力を発揮出来るとの結果が出ています。現状、首都圏近郊の部隊が全力で行える作戦としてはこれが限界です。」
もしこれで目標を逃がした場合、米軍と共同で叩く事になるだろう。だが日本政府としては外海に出る前に仕留めたいのが本心だった。それも出来れば最後は自衛隊の力だけで遂行する事が望ましい。一度外海で潜航されたら再び見つけ出すのは非常に困難だ。その前に撃破する事を作戦立案に関わった誰もが至上と考えていた。




