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防衛出動Ⅲ

幕張海浜公園至近 臨編空挺中隊長 宮本二佐

部隊は周囲にある建物の屋上に展開。警察にこれ以上の犠牲者が出る前に駆け付けられたのは幸運だった。何より袖ヶ浦からここまで戦って来た人員だ。貴重な経験を積んだ彼らを死なす事はそのまま士気の低下に繋がる。

『タイパンリーダー、配置よし』

「了解、始めてくれ」

近くの公園に入り込んだ上陸艇型に対し、タイパンチームが内陸側から攻撃を開始した。溶解液とガスを垂れ流す開口部に向かって無数のロケット弾と機関砲が降り注ぐ。爆風が建物に当たり凄まじい突風となって我々に下から襲い掛かった。屋上から身を乗り出していた何人かが驚いて思わず仰け反るが、それに怯んでいる暇はない。同時攻撃のチャンスだ。

「こっちもやるぞ、撃て!」

カールグスタフの砲口が上陸艇型に向けられた。砲弾が素早く装填され、間髪入れずに発射されていく。砲弾は上陸艇型の側面に集中して着弾し、その皮膚を突き抜けて内部で炸裂した。爆発の衝撃で体が何度も揺さぶられている。

「気味が悪いな。子供の頃に芋虫踏み潰したのを思い出す。」

「二佐も存外にヤンチャでらっしゃいましたか」

「5~6歳ぐらいの頃の話だ。バカにしてるんならここから突き落とすぞ。」

「これは失敬」

冗談を言えるのは余裕がある証拠だ。この状況にも関わらずこちらの士気は高い。

『こちら迫撃砲陣地、用意が整いました』

「公園の中央を狙ってくれ、なるべく建造物に当てないよう頼む」

『善処します』

幕張海浜公園の内部に射撃陣地を構築した迫撃砲小隊が撃ち始めた。最初は園内の各所に照準の定まらない砲弾が落下したが、こちらの誘導で次第に着弾地点を絞り込んでいき、上陸艇型の真上から見事に直撃弾を食らわせるに至った。砲弾によって皮膚を引き裂かれた上陸艇型は体をV字に大きく曲げて苦しんでいる。

「同じ所を撃て!LAMも撃っていいぞ!」

無反動砲の射撃班から少し距離を開けた所にパンツァーファウスト3を持った隊員が集まった。砲火の集中する場所へ向けてロケット弾を叩き込む。普通科最大の火力である120mm迫撃砲は無いものの、十分過ぎるほどの投射量だ。ここでタイパンチームがTOWミサイルでの攻撃を宣言。

『タイパン、同地点に向けてTOWを使用する』

「了解、全員離れろ!ミサイルが来る!」

各班は射撃を中止して屋上の中央に集結。これで万が一、至近に着弾してもこちらに被害が及ぶ事は無い。

『各機、2発ずつの発射を許可する。空挺の攻撃で損傷した部分に対し、集中的に攻撃を加えるぞ。』

等間隔に並んだ4機から、まず1発ずつのTOWが発射された。TOWミサイルは目標を照準し続ける事により2本のコントロールワイヤーで誘導制御するミサイルだ。今回のような敵が相手では最も信頼性に富んだミサイルと言えるだろう。

『着弾は間も無く……今!』

4発のミサイルは無反動砲や迫撃砲で損傷し血を流し続ける部位に食らい付いた。ほぼ同時に爆発が起き、盛大な火花が飛び散っている。肉片も飛散して大きなダメージを与える事に成功したらしい。

『次弾発射!仕留めるぞ!』

また発射された各機の2発目が同じ部分に殺到する。今度は内部に飛び込んで炸裂し、その衝撃で上陸艇型が2度3度と跳ねて爆散した。周囲の建物や道路に血と肉片が飛び散って一挙にグロテスクな世界へと変貌する。屋上に展開する空挺隊員たちは恐る恐るその様子を窺い出した。体を文字通りに引き裂かれた上陸艇型が、ただの肉塊となって横たわっているのが見える。

「……やった……やったぞ!」

その戦果は、各地に展開する部隊へ大きな心理的高揚を与えた。得体の知れない敵。人型や投射型はともかく、目の前で蠢く気味の悪い巨大生物に対してこちらの火器が十分に通用する事を知らしめたのである。そんな所へ下総基地に降り立った戦車教導隊の部隊が到着。2体目の上陸艇型を射界に捉えていた。

『こちら戦車教導隊第4中隊先遣1、現着と同時に目標を視認した。公園敷地から道路にかけて寝そべっているのが上陸艇型で宜しいか。』

「臨編空挺中隊の宮本です。そいつが2体目の上陸艇型です。1体目はこちらで片付けましたのでその2体目をお願いします。」

『了解、直ちに攻撃します』

4両の16式機動戦闘車が全ての砲口を1体の上陸艇型に向けた。

「弾種対榴、戦闘照準、小隊集中射用意!」

実弾の使用は初めてではないが、これは初の防衛出動による射撃である。各砲手は慎重に照準を定め、装填手たちが105mm砲に対戦車榴弾を押し込んだ。砲身に少しだけ仰角が掛かる。目標は一切動こうとしない。であれば好都合だ。外す要因が無いのは嬉しい。

「2号車よし!」

「3号車用意よし!」

「4号車、よし!」

「秒読み始め、5秒前、4、3、2、1」

4門の105mm砲が同時に砲声を響かせた。砲弾は横っ腹を食い破って内部で爆発。事態発生以後、最大の火砲によって撃たれた上陸艇型は砲弾の運動エネルギーで体が曲がると同時にその衝撃で少しだけ位置が動いた。「かずさ」に撃たれた時よりも大きな咆哮を挙げている。

「第2射用意!装填急げ!」

2発目の対戦車榴弾が装填される。同じ箇所に撃つと向こう側へ突き抜けて要らぬ被害を出す可能性があるため、今度は狙いを分散する事にした。砲手たちは思い思いの場所へ狙いを定める。

「各車、状況」

車長たちから準備完了の返信が次々に舞い込んだ。再び秒読みを行い、4両が一斉に砲撃を開始する。砲弾は開口部の近くや体の中央、末端と順に着弾した。夥しい出血が道路を血の海に変えていく。

「撃ち方待て、次弾の装填は許可する」

3発目を装填したまま105mm砲は上陸艇型を睨み続けた。まだモゾモゾと動いているが、急激に流れ出していく血が死を予感させている。これ以上弾薬を消費する必要はなさそうだ。全車に攻撃態勢の解除を下命し、空挺中隊にも状況を伝える。砂浜へ這い上がった侵食1型はタイパンチームが20mm機関砲で制圧した事により、幕張海浜公園に上陸した生物群の掃討に成功。大きな一歩となった。


袖ヶ浦漁港 1普連第1中隊1小隊長 金沢一尉

漁港の敷地に入って早くも1時間が経過しようとしていた。AHと迫撃砲の制圧射撃でボロボロになった漁港側で生き残っている生物は皆無らしいが、それ以外の敷地に点在する小さな森や施設の陰にはチラホラと人型や投射型が見える。投射型は素早く制圧しなければ厄介だ。建物に沿って移動し、先頭の隊員が曲がり角から向こうの様子を窺う。

「左に3体、目視で20m、人型だけです」

「1班前へ、単発用意、2班は側面を警戒しろ」

照明弾が上がった。県機の投光車だけでは細部を照らし切れないので有難い。角から出ると、頭上から降り注ぐ淡い光りの中に人型のシルエットが見えた。自分も1班と同じラインに並び、セレクターを単発に切り替える。

「撃っ!」

小隊長自らも最前線に立って小銃を構えた。照明弾があるとは言え劇的に明るくなる訳ではない。狙いはそこまで正確ではなく、体の中央や胸の辺りへ大雑把に撃った。1個班の集中射撃を受けた人型3体が成す術もなく倒れ込むのを見届け、一気に接近して今度はホルスターから9mm拳銃を引き抜いた。第1班長は89式小銃に銃剣を装着。完全に死んだかの確認を行うのだ。

「援護する、やれ」

人型をこの距離で見るのは初めてだ。かなり大柄で肩幅も大きい。こんなのと肉弾戦をした機動隊員が居たらしいが、とても真似出来ないと思った。

「了解」

班長が人型の喉元に向けて銃剣を突き刺す。人型の体が一瞬だけ跳ね上がった。まだ生きていたと言うよりは一種の痙攣だったのだろうが、見ている側としてはたまったものではない。焦るのを抑えつつ頭部に向けて4発ばかり撃ち込んだ。これでいいだろう。

「この方法はリスクが大きいな。頭に小銃で2~3発ぐらい撃ったら死体を脇に寄せておけ。後続が死体で躓かないようにするんだ。」

無理に経験値を稼ぐ事もないだろう。怪我をするリスクを産むよりは安全第一を掲げた方が無難だ。隊員たちが人型の頭に小銃を撃ち、脇に寄せ終わるのを確認。まだまだ仕事は山積みである。

「安全装置に戻せ。前進を再開する。」

更に奥へと足を進めた。最初の襲撃で死亡したと思われる漁協職員の遺体を多数発見しこれを収容。常駐していたらしい警備員の遺体も2名を収容した。警備員は鉄材を握り締めたまま死んでおり、抵抗を試みた痕跡が見られる。ヘルメットのバイザーやベストには人型の針が突き刺さっていた。

「……言葉が出て来ないな」

「逃げるにしろ途中でやられてた可能性もあります。我々もそうですが、いつ死ぬかなんて分からないもんですよ。」

「それもそうか…」

状況が分からないまま死んだ人間の方が多いだろう。袋小路に追い込まれて殺されるぐらいなら、むしろその方が幸運だったかも知れない。

「各員、思う所はあるだろうが手を休めるな。死体袋に入りそうにない場合は何か目印を残せ。担架か何かで運んで貰おう。」

あちこちから銃声が響く中、警戒しつつの収容作業が進んだ。彼らが発見しただけでも10を越す遺体が見つかっている。港湾部分だけでなく連中がかなり奥まで侵攻していた証拠となった。


葛西臨海公園 警視庁ERT隊員 阿部巡査部長

海保との連携で園内を侵攻する生物集団の制圧に成功。砂浜へ上陸して来る侵食1型にも巡視船が機関砲を撃ち込んで撃破。これで残るはガスと溶解液を垂れ流すだけの存在となった巨大生物だけである。こちらにあれをどうにか出来る火力は無いし、海保も手をこまねいていた。そこへ赤色灯を乗せた見慣れぬ白いジープが到着。降りて来たのは【警務MP】と書かれた腕章を嵌める迷彩服の男だった。本部の方でのやり取りが終わると、一緒に展開していた銃対だけでなく我々にも一時撤退が命じられる。駅へと引き上げていく我々と入れ替わりに、ロータリーへ進入して来たのは砲塔を備えた8輪走行の車両だった。

「……あれが機動戦闘車」

他の隊員たちもザワザワと物珍しそうに話している。あの主砲があれば巨大生物も一撃で仕留められるだろう。もっと早く来てくれれば、仲間は負傷しないで済んだかも知れない等とモヤモヤしたものが支配していく。だがそれも酷な話だ。向こうは向こうだしこっちもこっちである。

(お互い様か…)

待機していると、再び命令が降りて来た。ERTは機動戦闘車小隊に随伴して射撃地点まで援護。上陸した生物集団の第2派及び予期せぬ遭遇に備えよとの事だ。俺たちの仕事は何だったかと疑問に思わずにはいられないが、現状としてその役目が必要ならばこなせるのは我々だけだろう。乗員たちとの顔合わせと作戦受領のため本部に集められる。

「富士教導団戦車教導隊から参りました先遣第2小隊を預かります土屋一尉です。こちらは各車の車長たちになります。皆さんと交信する場合は彼らが受け皿となりますので、宜しくお願い致します。1号車については私が兼任しますのでその旨もご周知下さい。」

「ERT指揮を担当します喜田川警部です。ご存知かとは思いますがこう言った事に関してはズブの素人であります。お手柔らかにお願いします。」

「いえ、そんな難しい事をして欲しい訳ではありません。何分にも私たちは車内に居ますので、周囲の状況を掌握し続ける事が難しいのです。皆さんには各車の周囲で警戒監視をして頂ければそれで十分です。万一に新たな集団と接触した場合は、我々が皆さんの盾となりますのでご安心下さい。」

その警戒監視がどれだけの神経を磨り減らす任務なのかと思うと気が遠くなるが、もう後には引けなかった。1両につき1個班が張り付き、順に園内へと進入を開始する。戦闘車両の周囲を護るのが警視庁ERTとはどうにも滑稽な気がした。


同時刻、防衛出動の下命に伴って空自の百里基地ではF-4の対地装備装着が進められていた。彼らは外側埋立地と若洲ゴルフリンクスに上陸している計2体の上陸艇型へ攻撃をするよう通達があったが、例の親玉が出現した場合の布石として待機する旨が新たに行き渡っている。これを受け、第1ヘリ団と第12ヘリコプター隊のCH-47に対して特科の緊急空輸が命じられた。第1特科隊及び第12特科隊からそれぞれ2個射撃中隊の装備と人員を都心へ空輸するため、夜の空を無数のCH-47が集団で飛び交う映像があちこで収められている。1普連や空挺の輸送に留まらずここまでいいように使われた結果、事態収束後に第1ヘリ団の隊員たちへは他の隊員には無い特別手当が支給されたとの噂だ。


第1護衛隊群 護衛艦「むらさめ」CIC

2機の哨戒機と1機の対潜ヘリ。加えて4隻の護衛艦による包囲網は、水中を進む謎の物体を正確にトレースしていた。少し離れた場所に居る第11護衛隊にもその位置はリンクされており、曳航式ソナーとソノブイから入って来る情報は常に更新されている。各艦のソナーマンたちはくぐもったような「ズズズ」と言う巨大な物体が何かに擦れる音を聞き逃すまいと必死だった。そして異変に最も早く気付いたのがこの「むらさめ」のソナーマンである。

「……おい、何か変だぞ」

「速度を上げたような感じだな」

ブツブツとやり取りをする彼らが気になった水雷長がそこへ現れた。何か情報を得たような雰囲気である。

「どうした、進展があるなら報告しろ」

「目標が増速したような感じが」

「感じ、じゃ分からんだろ。もっと正確に言え。」

ソナーマンたちは上手く言葉に出来ないのをどうにか捻り出そうとしていたが、哨戒機から飛び込んだその情報で全て消し飛んでしまった。

「入電、目標が増速しました。ゆっくりとですが距離を開けられつつあります。」

「探知範囲から外に出るまでどれぐらいだ」

「いえ、それは不可能です。少なくとも湾内か浦賀水道に居る間は我々の包囲網からは逃げられません。こちらも速度を上げれば簡単に陣形の中心へ追いやる事も可能ですが……」

相手が何をして来るか予想出来ない事が大きな懸念だった。このまま艦隊を進めて目標をその中央に捉えた瞬間、急速に浮上して何れかの艦を水中から襲う可能性も大きい。考えたくはないが、生体魚雷のような物でも持っていたらそれこそ一大事だ。いや、ならば既に使用していておかしくない。こちらはソナーを何度も打ち込んでいるからそんな武装でもあれば位置を逆探してもう撃っている筈である。

「我々だけで判断は出来んな。まず艦長に伝えろ。」

「了解」

情報はCICから艦橋、そして「いずも」に座乗する第1護衛隊司令の向山海将補まで届いた。


護衛艦「いずも」 第1護衛隊司令 向山海将補

「むらさめ」や哨戒機からの情報は「いずも」に集約された後、護衛艦隊司令部へと一旦送られた。敵の出方が分からない以上は慎重にならざるを得ないが、このまま進めば遠からず沿岸一帯で戦闘を繰り広げる陸自へ敵増援を送り届ける事になる。それだけは避けたいと言うのが全艦乗員の思いだった。だが、彼らは統幕が考えた事と同じ問題にぶち当たっていた。

「どうしたもんかね。大っぴらに発砲する許可は下りたものの、冷静になって考えてみればこちらには有効と思える火器が少ない。アスロックを撃ったとしても着水後に上手く目標を追尾してくれるだろうか。」

「弾頭の12式は音響誘導が可能です。例の音を周波数としてインプットすれば、目標への誘導も不可能ではないと思います。」

「だが信管はどうする。相手は生物だ。磁気信管は作動しないんじゃないか?」

「しかし瞬発に乗せ換えるには一旦帰港する必要があります。今からこの包囲網を解いて帰港するのはリスクが伴います。」

敵を目の前にして暗礁に乗り上げてしまった。世界有数の装備と練度を誇る海自が水中の生物相手に手も足も出ない。これでは無能の集まりだ。向山海将補が沈んでいく空気を持ち上げようと提案を促す。

「では現実的に考えよう。我々が直接的にどうこうする事は前提とせず、この周辺に展開する部隊を使って一撃加えるにはどうしたらいい。」

その言葉で各員が資料や部隊展開状況の表示された専用タブレットを注視した。10分ばかりのやり取りが終わり、荒削りな作戦が立案されるに至る。

「第1護衛隊は目標の追跡を続行、この隙に第6及び第11護衛隊を帰港させて魚雷の入れ替えを行います。今から連絡すれば十分な量を用意出来るでしょう。」

「本艦のヘリも魚雷輸送に向かわせます。厚木の第4航空群には対潜爆弾の投下を要請しましょう。」

彼らの考えた作戦はそのまま司令部へと渡り、最終的に統幕へと辿り着く。ここに至って統幕も親玉が湾内へ出現する事を前提に作戦を考える方針へシフトさせ、纏め上げられた幾つかのプランが防衛大臣へ提出された。それらを更に総理へ提示し、どのプランを実行するかを総理に決めて貰う事で、日本初の防衛出動は着々と決戦の準備へ移っていった。


千葉県警本部 田ノ浦警備部長

「で、どんな感じだ」

閑散とした休憩スペースのソファで自分と同じように腰掛ける理事官が書類を捲りながら話し始めた。

「子供は父親、祖父と一緒にスーパー銭湯へ来ていたようです。先に祖父と共に上がってロビーで待っている所で騒ぎと遭遇。避難を試みたようですが半ば施設が包囲されかけていて、祖父が身を挺して子供を退避させ逃げ惑っている内に工場の敷地内へ。後は報告の通りのようです。父親は施設内にて生存を確認。空挺中隊が多数の民間人と共に救出しました。」

航空隊おおわしパイロットの堀田巡査長が救出した子供の詳細に関してようやく報告が上がって来ていた。騒動の最中で忘れられていたのである。

「精神的な傷害は残らんか」

「どうでしょうか……目の前で2人の大人、しかも1人は肉親です。そのどちらもが自分を守って死んだという事にはかなりの気負いを感じているようです、現に今も声こそ挙げませんが、静かに涙を流しているとの報告が来ています。」

「父親はどうした」

「第1普通科連隊の手配した海保のヘリが数時間前に病院へ移送済みです。幸いにも他の民間人と同じく怪我はありません。子供と一緒に病室で過ごしています。」

悲しみは時間さえあれば何とかなる。しかし、この体験が精神的な障害となって残る可能性は高かった。五井駅から小湊鉄道のバスで運ばれた多くの人間は、生物群襲撃の渦中から逃れた事による惨事ストレスで他者の介助なしでは動けない者が殆どだったらしい。

「その辺も含めて事後処理を考えんといかんな。後で書簡の用意を頼む。ここは直々に一筆をするべきだろう。」

「分かりました、用意して置きます」

そう言ってこの場を収めた理事官を見送り、幕張海浜公園の方向に面する窓ガラスへと足を進めた。夜空の中に微かな黒煙が見える。陸自が上陸艇型と呼称したあの巨大生物を撃破した証拠だ。既に戦線の多くは防衛出動によって集結した自衛隊が県警や警視庁から指揮権を移譲されて前面に進出しつつある。

「……このまま朝と共に収束してくれればいいが」

時刻は深夜3時を回ろうとしていた。ここに至っても尚、敵とは一進一退の攻防を繰り広げている。見えない海の中に無数の生物群が居る光景を想像すると寒気がした。そうなれば警察ではもう歯が立たない。陸海空の自衛隊が束になって掛かったとしてもどんな結果になるか想像も出来なかった。もしかすると、首都圏を放棄する事態も視野に入れるべきでないかとの考えも浮かぶ。

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