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木更津駐屯地 第1普通科連隊本部 保坂一佐

連隊は作戦行動を中止して状況の掌握に努めた。各方面から雪崩のような情報が集まり、通信の連中が纏め上げるのに苦労している。それが整った所でようやく報告会を開く事が出来た。

「では、今の状況を可能な限り詳細に説明してくれ」

「分かりました。まず湾内に出現した巨大生物に関して報告になります。」

最終的に確認された数は計8体。葛西臨海公園に1体、幕張海浜公園に2体、中央防波堤外側埋立地に1体、若洲ゴルフリンクスに1体。そして身を挺して水路侵入を阻止した漁業取締船「日光丸」を嘲笑うようにもう1体が羽田空港に上陸。残る2体はまだ湾内を回遊していた。

「東京湾沿岸に着上陸侵攻とは捨て身か何かとしか思えんな」

「海自からの情報です。事態発生の直前に浦賀水道の出口付近を航行していた潜水艦からは、何も探知していないとの報告が上がって来ているそうです。」

それは妙な話だ。だとすると連中は外海からやって来た訳ではなく、元々この湾内の何所かに潜んでいた事になる。あんなサイズの生物が海底に居たら何かしらの目撃情報があってもおかしくない。

「警察の領分かも知れんが、過去5年ぐらいに限定して湾内で発生した原因不明の事故や未確認生命体の情報があるか探ってくれ。もしかすると我々が気にしてないだけで、連中は大昔から目と鼻の先に居た可能性があるぞ。」

「了解、直ちに掛かります」

「続きだ。その後の展開を話してくれ。」

葛西臨海公園に上陸した生物群に対し、葛西警察署が全力出動して非常線を構築。警視庁ERT、第2機動隊が参戦。第7機動隊が後詰として避難誘導等を支援。3管区の巡視船2隻も加わって取りあえずの阻止行動を実行中である。

「人員的には問題無いが……直接的戦闘となると一歩劣るか」

「集団戦となれば少しは分があると思いますが」

「ベテランの機動隊員だって人型と殴り合いはしたくないだろう。それに、彼らの本分は相手を捕まえて制圧する事であって殺す事じゃない。続きを頼む。」

中央防波堤とゴルフリンクス、羽田空港に上陸した巨大生物に対しては対応が追い付かず現在放置状態だ。そして問題の幕張海浜公園に関して報告が始まる。

「幕張海浜公園に上陸した2体に対し、千葉県警SATと銃器対策部隊の合同チームが再出動。巡視船2隻と我が師団の第1飛行隊、海自第21航空群のヘリも参戦しましたが、こちらは酷い結果になったようです。」

その隊員は臨席している海保3管区の代表と県警第1機動隊長を何度も横目で見ていた。どうやらまだこっちには報告が来ていないらしい。

「どうした、何か問題があるのか」

「………一度目を通して頂けますか」

何かに耐えられなくなったらしく、弱々しくそう発言した。書類を受け取って目を通すと、確かにこれは大きな声で言えない結果なのが分かる。立ち上がって彼らの元へ歩いた。

「……そちらの人員に犠牲が出たようです。まだ報告が無いようですが、ご覧になりますか?」

2人は顔を見合わせ、覚悟を決めた表情で書類を受け取る。まず最初に飛び込んで来たのは、巡視船「かずさ」沈没と生存者不明の文言だった。

「…………篠崎さん」

顔が青ざめた。ゆっくり立ち上がって格納庫の外に出ると、内ポケットの携帯を取り出して本部へ連絡し始めた。次に続くのは、銃器対策部隊長こと小野沢警部殉職の文言である。

「小野沢…」

沈痛な面持ちで頭を抱えてしまった。何を言っていいか分からないが、今はそっとしておくのがベストだろう。

「えー……以後、県警と海保共に一時後退。現在発生している自衛隊としての直接的戦闘は、千葉市で活動中の空挺団が行っている避難誘導支援に伴う攻撃行動のみとなっております。」

「五井駅方面はどうなった」

「侵攻阻止には成功しましたが、まだ小競り合いが続いています。それと長浦駅周辺は安全の確保に成功しました。」

勝ってるのか負けてるのか微妙な具合だ。どちらにせよ、自衛隊側の陣容が整うまではまだ時間が必要である。しかし、彼らにこれ以上の犠牲を出すのは得策ではない。何かしらの考えが必要だ。

「それと……こちらの書類をご覧下さい」

1枚の書類を渡される。師団本部からファックスされた物へ更に色々と手書きが加えられていた。

(……防衛出動の公表を第1陣の部隊が移動中に実行…ね)

どうやら制服組と背広組共に自分たちの首を投げ出す覚悟を決めたようだ。下の方に参加部隊が記載されている。現在発令中の治安出動から防衛出動への移行をスムーズに行うため、部隊を予め出動させてから政府の公式発表を始める事になったらしい。治安出動命令による出動が部隊移動の最中に防衛出動へ移行する事から、報道や法律家に対する取りあえずの言い訳にはなるだろう。


千葉県警本部 田ノ浦警備部長

さっき飛び込んだ報告はここ一番に堪えた。至近に上陸した巨大生物の吐き出す生物群侵攻を阻止するために再び出動したSATと銃対の合同チーム。てっきり上手くいっていると思っていたが、それは大きな勘違いだった。暗い顔の理事官が近付いて来て衝撃的な一言を漏らす。

「……銃器対策部隊長、小野沢警部が殉職しました」

我々の負けだと思った。隊員たちは半ば士気崩壊し、副部隊長が何とか纏めているらしいが、そんな状況で組織的行動は出来ないだろう。

「…………小野沢警部は何所にいる」

「部隊が本庁舎まで撤収しています。1階の医務室へ一時収容しました。」

「会いにくぞ」

通信指令室に詰めている職員と交代要員、最低限必要な人員以外は殆ど退避しており、庁舎内は静まり返っていた。窓際の椅子に項垂れて寝入る者、自販機のある休憩スペースのソファで横になる者が目立つ。聴こえるのはヘリとサイレンの音だけだった。周辺住民の避難誘導もほぼ完了したため、この辺りにはもう関係者以外は存在しない。エレべーターに乗り込んで1階へ下り、医務室の近くまで行くと横になって休む多くの銃対隊員が目に入った。何人かが気付いて立ち上がろうとするがそれを制して医務室に入る。SAT隊長の楠本警視と銃対副隊長の大志田警部補、残っていた医師がベッドに寝かされた小野沢警部を取り囲んでいた。ヘルメットを外され、胸の上には彼が使用していたMP5が置かれている。右足に突き刺さる黒い針が異様な存在感を醸し出していた。

「……この毒針にはどれほどの殺傷力があるんだ、警部補」

大志田は面食らった表情を隠せなかった。それを訊かれ、目の前で上司の命が消えて行く光景を思い出して苦い顔付きになる。俯きがちになりながら口を開いた。

「…………答えなければなりませんか」

「答えてくれ。誰もかれも侵攻を阻止する事に躍起になって、敵の正体を少しでも探ろうとする動きが全く無いのは宜しくない状態だ。」

「……遠目ですが、針を受けて10秒もしない内に倒れ込んだ印象があります。その後は呻き声を挙げる警部を車両の影まで引きずって懸命に呼び掛けましたが、焦点の定まらない目と口から漏れ出る泡、そして全身の痙攣。その時点で既に意識は無かった可能性が高いように思えます。」

改めて連中の異常性を思い知らされる。これでは針を受けた際に助ける方法が何も無い。医師も匙を投げたと言う顔だ。

「仮に抗血清か何かを作れたとして、それを今展開している全ての人員に渡している暇は無いでしょう。そんな事をする余裕があるなら、とっとと自衛隊を全面に出して制圧するべきです。」

「陸自が巨大生物の上陸地点全てに展開するとして、防衛出動が公表されてからどんなに急いだとしても3時間近くは必要だ。その間はどうあっても我々が護らなければならないんだぞ。」

ここで議論をしていても始まらないが、警察としては既に限界を超えた対応をしている。取り急ぎ避難作戦中の空挺中隊が持ち場を収め次第こっちに向かってくれるそうだが、それを当てにしても尚、園内を侵攻中の生物群へ狙撃チームが足止めをしなければ成り立たない状態だ。1普連に泣き付きたい所だが向こうも悪戯に戦力を分散させる事は良しとしないだろう。

「何をするにしても時間と戦力が必要だ。これから管機の召集と、茨城県警の銃対を支援部隊として現地入りさせる許可を上申して来る。今は取りあえず休んでいてくれ。」

医務室を出て行く田ノ浦を楠本が追い掛けて引き止めた。誰も居ない通路に移動して話し始める。

「どうした」

「警備部長、指揮系統無視を承知で上申します。銃対を事態収束までSATの指揮下に置かせて頂きたいのです。」

「……それはまず第1県機隊長に許可を得るべきだと思うがな」

「1機は袖ヶ浦に出向いている最中ですし、何よりこの合同チームは警備部長の直轄として臨時編成されました。表向きに公表する必要はありません。それに今、銃対だけで行動するのは可能かも知れませんが実質的な戦力にならないでしょう。我々と一緒ならば彼らの士気がこれ以上低下するのを防げると思います。」

言いたい事は分かる。指揮官を失って茫然自失となった部隊を単体で動かしても戦力にはならない。ならばここに至るまで一緒に行動していた仲間と組み合わせた方がまだマシだ。

「良かろう。合同チームとしての扱いは現状を維持するが、指揮系統を一部変更して事態の収束まで銃対をSAT内部の直接支援隊に位置付ける。これでいいな?」

「ありがとうございます」

その場を収めて指令室へと戻った。国民保護対策本部に居る酒井本部長へ管機の召集と茨城県警銃器対策部隊現地入り許可の上申を始める。


木更津署交通課 川井巡査部長

署に戻った川井は数時間ばかりの仮眠を取った後、炊き出しによって作られたおにぎりを胃に収め喫煙所で生きている幸せを実感していた。安っぽいと思いながらも、敵中から生還出来た事を考えるだけで普段とは違う何かを味わう。同時に、無差別攻撃で命を落とした漁師や港湾職員、警備員たちが脳裏に浮かんだ。吸気口に吸い込まれていく紫煙を見つめながら呟く。

「…………何が正解だったんだろうな」

助けられた命はもっとあったかも知れない。しかし全てが性急で時間も無かった。自分たちに出来るのは、周辺を封鎖して他者の進入を防ぐ事と逃げ出した民間人の安全を確保する事ぐらいである。全員が銃を抜いて漁港に突入すれば、もう少し多くの人命を救助出来た可能性もあった。しかし、それでは確実に命を落とす仲間が居た筈だ。今となっては何もかも遅いが、どうすれば良かったのか、どうするべきだったのか、そんな事が頭の中を堂々巡りしている。答えの出ない問題を考えている所へ、ずっと行動を共にしていた同僚が現れた。

「よう、少しは休めたか」

「取りあえずな」

隣に並んで胸ポケットから取り出した煙草に火を着ける。肺一杯に吸い込んで思い切り煙を吐き出した。ため息にも聴こえる吐息を余所に話し始める。

「良くない話しだ。連中は沿岸の各所に着上陸を始めたらしい。その騒動の中で海保の船が一隻沈んだそうだ。」

巡視船「かずさ」が沈んだ映像は多くのキー局報道ヘリによって捉えられていた。特別に飛行禁止が通達されている訳でもないので報道のヘリは好き放題である。政府の対応が追い付いていない証拠だ。

「もしかして漁港に機関砲撃ち込んでた連中か?」

「分からん。詳しい事はまだ何も発表されてないし、俺たちはそれを知らないといけない立場でも無い。一瞬だけ騒動に首を突っ込んだだけの警官だ。報告書は書くけどこれ以上の深入りは課長部長も良しとしないだろう。それに、どうこう出来るだけの力も無いさ。」

それもそうだ。一介の警官、しかも交通課の人間が現在行われている警備実施に首を突っ込んだとしても邪魔なだけである。この辺で引き下がるのが妥当だ。

「……だったら通常業務に戻るだけだな」

「課長も今は目の前の仕事に専念しろってさ。まだ帰れないだろうけど、まずは巡回でもこなしますかね。」

火の着いた煙草を揉み消して投入口に押し込んだ。喫煙所を出て廊下の椅子に置いてあったベストを再び身に纏う。

「全部終わったらどっかラーメンでも行かないか」

「いいね、駅前の店がいいな。太麺の柔らかめでスペシャルトッピング、餃子とビールも付けるか。」

「奢るとは言ってないぞ」

「冷たいね」

感覚がいつもの日常へと戻って行く。事態はまだ微妙な状況だが、どうにかしてやれない事はないだろう。自然とそんな事を思いながら駐車場への道を歩き始めていた。回収された自分のパトカーに乗り込むと、たった数時間振りなのに懐かしさが押し寄せた。無線機を持ち上げて交信を行う。

「木更津06、現状に復帰する。現在発生している最優先事項を通達願いたい。」

指令室から流れ込む情報を精査する。その中で最も近場で発生している事態を選んで車を走らせ始めた。千里の道も一歩からの精神である。

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