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巡視船「かずさ」Ⅱ

葛西臨海公園 警視庁ERT隊員 阿部巡査部長

この公園は海に向かって緩やかに上り、その後は同じように緩やかな下りとなる。我々はその先の中央にある広場まで進出してそこに第一次阻止線を構築した。周囲の細かな道は第2機動隊の銃器対策部隊が封鎖している。航空隊ヘリからの情報だと生物集団はこちらへ向かっているらしく、バラバラに動き回ったりはしていないようだ。想像でしかないが、何か明確な意思を持って行動しているように思える。

『警視庁航空隊はやぶさ7号から中央阻止線の各員へ、推定2分以内の接触と予想される』

「ERT了解、引き続き監視願う」

「射撃用意!毒針には十分注意しろ!」

ヘルメットのバイザーを下げ、握り締めたMP5の安全装置をセミオートに送り込む。深く静かに深呼吸して我々の盾となる特型警備車の陰からそっと銃口を突き出した。ゆっくりと迫って来る黒い集団が見える。あれが人型のようだ。ご丁寧に中央の通りを直進して来てくれた。やりやすくて良い。

「敵集団視認」

「もう少し引きつけろ、まだ撃つな」

装備しているMP5がどれだけ命中精度の高いサブマシンガンと言われていようが、所詮は拳銃弾だ。当たり所が悪ければ対象は何発食らおうが生きている。過信は一切出来ない。何より相手は未知の生物だ。そんな事が頭の中を渦巻いて仕方が無い。夜間な事もあり只でさえ暗い低倍率スコープの中が次第に人型で埋め尽くされていった。

「秒読み開始、4・3・2・1、今」

特型警備車の車内に居る隊員たちが先に発砲。次いで車体の陰からも閃光が走る。誰かのが運良く頭を撃ち抜いたらしく、1体の人型が膝から崩れ落ちるように倒れ込んだ。暫く一方的な攻撃が続いたが、先頭を歩く人型が左手を上に向け始める。それを見た瞬間にこちらの攻撃が一瞬だけ弱まった。

「車内の隊員は攻撃を継続!怯むな!」

外に居た隊員たちが一時的に身を隠す。体を車体にピッタリくっ付けているから降って来る針が無闇に当たる事はないと思いたかった。数秒の後、車体をバキバキと叩く音が響く。何本かは車体を通り越して後方に落ちたようだ。身を屈めて攻撃が止むのを待ち、再び銃口を突き出して射撃を送り込む。そんな事を何回か繰り返していると特型警備車に何か大きな塊が当たる音がした。硫黄のような異臭が周囲を包み込み、それでようやく投射型に攻撃された事に気付く。車内に居た仲間の叫び声が聴こえ、後部ハッチが勢い良く開いて1人の隊員が降車。左腕と足から煙が出ている仲間を引きずり出した。

「しっかりしろ!大丈夫だ!」

「トイレで洗い流せ!早く運ぶぞ!」

装備ごと肉を溶かされる激痛で唸るだけの仲間を抱え、トイレまで運んで行くその様子を見送った。車体はまだ無事らしいがもう1回でも投射型の攻撃を受けたら危険な気がする。こちらの攻撃が弱まったのをいい事に連中は一気に接近しつつあった。負けじと射撃を送り込むが、向こうの攻撃の方が濃密且つ範囲が広くてこちらを釘付けにする効果があるため無闇に動き回れない。これでは近付かれてやられるだけだ。どうにかしないといけない焦りを感じ始めたそこへ、意外にも海保からの通信が飛び込む。

『こちら第3管区海上保安本部所属、巡視船ぶこう及びしきね、葛西臨海公園に展開中の警視庁支援に入ります』

是非も無い助け舟だった。部隊長が無線機に叫ぶ。

「こちらは一時後退する!中央広場まで火力の投射を願いたい!」

その言葉に海保側は困惑した。「かずさ」や「かつうら」と同じく公園の沿岸に上陸する生物を叩く事を考えていたようで、まさか園内に火力支援を求められるとは思っていなかったらしい。だが、こちらの切迫した声色で覚悟を決めたようだ。

『了解、上手くいく保障は無いので早急に後退して下さい』

警視庁ERTは後退を開始。トイレで溶解液を洗い流した仲間はかなりの重傷だったがこちらも無事後退した。航空隊のはやぶさ7号が中央公園と巡視船までの位置関係を割り出す。

『こちら警視庁ヘリはやぶさ7号。周囲の状況から考え、最適な射撃位置は恐らくだが水上バス待合所の当たりではないかと推定される。そちらの喫水や気密を考慮し水路への進入が可能か判断願いたい。』

巡視船「しきね」の乗員たちは全ての状況を計算に入れ、狭い水路よりは搭載している30mmブッシュマスターのスペックを最大限に生かした遠距離からの射撃を立案。その旨を警視庁に伝え公園から一旦距離を取って離れた。何より公園の周囲は侵食1型がガスを噴出しているので危険である。周辺警戒はもう1隻の巡視船「ぶこう」が実施。こちらは20mm機関砲を搭載しているので遠距離の射撃は届かない。「しきね」の船首に備わる30mm機関砲が仰角を高めに設定し砲身を固定。何回かの試射を繰り返し、はやぶさ7号の誘導もあった事で荒削りだが侵攻する生物群に攻撃を加える事に成功した。


幕張海浜公園 巡視船「かずさ」 篠崎三等海上保安監

「入電、陸自第1師団の第1飛行隊です」

「こっちへ回してくれ」

無線機を貰って口元に近づけた。こちらは相変わらず20mm機関砲と64式小銃の攻撃が続いている。

「巡視船かずさ船長、篠崎三等海上保安監です」

『第1飛行隊1番ヘリの山崎一等陸曹であります。間も無くそちらの上空に到達予定です。どのような支援を行えば宜しいか指示願います。』

篠崎は状況を分析。園内に入り込んだ群はそろそろ警察の部隊と接触が予想される。そして砂浜に上陸する生物群は次第に少なくなりつつあった。我々としてはこの辺で巨大生物に一撃を加えて反応が見たい所である。そう思った矢先、もう1体の巨大生物が上陸を開始。最初に上陸した生物より数十メートル北の砂浜に姿を現した。同じように前部が開放され大量の溶解液とガスが吐き出される。

「新たな巨大生物です、これで3体目を確認」

篠崎は決断した。陸自ヘリには1体目の巨大生物が吐き出す生物の掃討を任せ、本船と「かつうら」は2体目の生物が吐き出す生物群への攻撃を行う事とする。

「1体目の巨大生物が吐き出す群への攻撃をお願いします、こちらは2体目の方へ向かいます」

『了解、残存する生物群を叩きます』

機関後進によってその場を離れた2隻は船首を左舷に回頭させて移動を開始。飛行隊ヘリはそれと同時に上空から重機関銃の掃射を行った。20mm砲弾には程遠いが、人型を一撃で葬るには十分過ぎる威力である。その数を減らしつつある生物群に対し容赦ない弾幕を浴びせ続けた。


巡視船「かずさ」と「かつうら」は新たに上陸した巨大生物の左右に展開。攻撃の準備を始めたそこへ、またもや通信が入った。

『こちら海上自衛隊第21航空群、211飛行隊です。到着が遅くなりました。これよりそちらの援護に入ります。』

上空に新たなヘリ部隊が姿を現した。SH-60Kの4機編隊が真上を通過していく。館山からここまで来てくれたようだ。

「巡視船かずさ船長、篠崎と言います。来援感謝致します。」

『第211飛行隊の佐久間一尉です。微力ながら力添え出来れば幸いです。』

あのヘリは確か機関銃をドアガンとして搭載出来た筈だ。4機も居ればそこそこの密度で攻撃を行えるだろう。

「ありがとうございます、こちらは巨大生物そのものに攻撃して生物群を吐き出すのを妨害します。そちらは上陸を開始した群への攻撃をお願い出来ますか。」

『了解しました、またとない機会ですので存分にやらせて貰います』

普段なら不審船舶に対する射撃訓練しかしていないだろう。地上目標へ射撃する機会は殆どない筈である。ふと、自分たちが色々な人間に経験値を積むチャンスを与えているような気がして来た。良い事とは言えないが悪い事でもないと思える微妙な気持ちだ。そんな心情を余所に、海自ヘリ部隊が砂浜を進む生物群への機銃掃射を始めた。

「よーし、これより本船は巨大生物自体に攻撃を加える。これ以上の地上兵力が増えると対応が面倒になるだけだ。元を叩いて妨害するぞ。」

2門の機関砲が巨大生物に照準を合わせる。舷側に展開した警戒班は再び周辺の警戒を始めた。

「撃て!」

飛び出していく徹甲弾が巨大生物に食らい付いた。その瞬間、野太い悲鳴のような声が周辺に響き渡る。あの生物が声を出せた事に全員が面食らった表情を隠せなかった。しかも全身をバタバタさせて苦しんでいるのも見える。どうにも気味が悪い光景だ。上空から攻撃していたヘリもその光景を見て一瞬だけ射撃を止めてしまう。海側に居たほぼ全員がその光景に注視していた。


この時、3体目の巨大生物に付いて来た侵食1型の集団が居た。誰もその存在を確認していないのは、海上に姿を現す前に巡視船と海自ヘリが両者の間に割り込んだからである。音も無く近付いていた集団は海中から一隻の船に向かって進行。喫水線より下の船体へ次々に取り付いていった。


船が下方向に引っ張られる不思議な感覚を全員が感じた。海は凪いでいるから波でも風でもない。しかしさっきより目線が下がっている。ブリッジに居た全員の脳裏が瞬時に危険を察知するが、それはもう遅かった。前甲板に展開していた警戒班が咳込んで苦しみ始める。同時に巨大な侵食1型の足が機関砲の近くに出現して甲板に覆い被さった。警戒班の何人かが逃れられずそのまま下敷きになっている。ブリッジを飛び出して助けに行こうとする船員を篠崎船長が制した。

「外に出るな!ガスでやられるぞ!」

「助けるべきです!こっちに引きずり込めば!」

「命令だ!絶対に外へ出るな!後進一杯を掛けろ!損傷箇所のチェック急げ!」

ライトの光に陰りが出来た。外の視界が黒い靄に包まれ始める。侵食1型が噴出すガス以外の何ものでもなかった。途端に船が左右に大きく揺れ、立っているのが難しくなる。水中の状況は分からないが船体に複数の侵食1型が取り付いているように思えた。下の区画からは「浸水!浸水だ!」と叫び声が聴こえる。様々な警報が一斉に鳴り出し、こちらの対処容量を瞬間的に満たしていった。

「各員は浸水の阻止に専念しろ!操舵、機関、通信を1名ずつ残してあとは全員で向かえ!機関後進忘れるな!SOS打て!」

「急げ!早くしないと沈むぞ!」

命令通りブリッジに篠崎船長と操舵手、機関士、通信士の3人を残した全員が応急処置に向かう。バタバタと下の区画に向かう中、後甲板から幾度となく発砲音が聞こえた。生き残っている後部甲板の警戒班が小銃で応戦したようだが、鳴り響く非常汽笛がそれを上回ったためすぐ聞こえなくなった。


巡視船「かずさ」 門脇三等海上保安正

船内に流れ込んだ海水に溶解液が混ざっている事に気付かず、水に両足を突っ込んだ船員が激痛に耐えかね悲鳴を挙げた。ライフジャケットを掴んで体を水から上部区画へ引き上げると、両足が服とブーツごとジワジワ蒸発していくのを間近に見て思わず目を背ける。肉の焼ける嫌な臭いが立ち込めた。他にも海水に触れたため手が融け始めたり、船の揺れで全身に水を被った事による融解でパニックに陥る光景が目の前で繰り広げられる。


無念ながらも彼らを見捨て、区画そのものを閉鎖して流入を食い止めようとするが、溶解液混じりの海水が船を熔かしていくので意味を成さない。船体に空いた穴から流れ込んで来るガスで、殆どの人間が呼吸困難を起こしその場に崩れ落ちていった。海水が死体に掛かりそれによって肉体が融解する事でさっきと同じ臭いが鼻を突いて更に息苦しくなる。


しかし、誰も諦めようとはしなかった。予備の衣類や荷物を積み上げてでも海水の流入を阻止しようとする上司や同僚たち。顔に掛かった海水で頬から出血しながらも排水用のホースを伸ばす後輩。だが自分はもう逃げたい気持ちが全てを上回っていた。惨状から逃げるように側面の甲板へ出るも、外の濃密なガスを吸い込んだせいで呼吸が出来なくなって蹲る。門脇の意識はそこで事切れた。


次の瞬間に船が大きく揺れ、運動エネルギーに抗う事の出来なくなっていた門脇の体は、そのまま海へと落ちていった。この時、通常よりも大きな侵食1型が出現し「かずさ」のブリッジに足を掛けた際の衝撃がこれである。ブリッジは直撃を受け、操舵手と機関士、通信士は崩壊した天井と構造物の下敷きになって即死。篠崎船長も衝撃で吹き飛ばされ、機材に顔面を打ち付けて出血し意識が昏倒した。ぼんやりとした視界のまま、誰も居なくなったボロボロのブリッジを見渡す。上からゆっくりとガスが入り込んで来た。


「……一瞬で…この有様か」


SOSと非常汽笛で事態に気付いた陸自と海自のヘリが接近し、群がる侵食1型に機銃掃射を浴びせ始めた。しかし肉厚な体には思ったより効果はないらしい。夜間でしかも我々が船内に居るから遠慮なく撃てない事もあるだろう。力を振り絞って立ち上がり、無線機を掴んで「かつうら」への回線を開く。口が上手く回らない事に苛立ちを感じながら、迫りつつある死への覚悟を声に出した。


「こちら……PL-80かずさ……非常に残念だが…ここまでのようだ……我々以上の犠牲が出ない事を祈る……どうか…一刻も早い鎮圧を」


通信はそこまでだった。「かずさ」は船体後部から中央、ブリッジと続いて爆発し、夜の東京湾が一瞬だけ明るくなる。流れ込む大量の海水に「かずさ」は少しだけ抗ったが、程なくして千切れ飛んだ侵食1型諸共に東京湾へと沈んでいった。


24時付近 PL-80 巡視船「かずさ」 沈没

生存者 不明

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