表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/32

急転

行政主導の避難誘導、県警の後退と陸自進出、着実に態勢は整いつつあった。誰もがこのまま押し込めると思っていたそこに、ある小さな事件が発生する。作業船避難誘導のため、海ほたるPAの近くを航行していた警戒船が突如として横転。乗員は至近を航行中の海保巡視艇に救助された。何が起きたのか訪ねると、船底から急に持ち上げられてそのまま引っくり返り沈没したと証言。巡視艇艇長からの報告が本庁に到達するよりも早く、東京湾上空を飛行していたフジTVの報道ヘリが湾内の異変を捉えていた。


フジTV報道ヘリ JA-91CX

「おい!今何か見えたぞ!」

「何!?どれだ!」

「下だ!湾内に何か見える!」

ヘッドホンをしていなければ何も聴こえない機内でのやり取りにイラ立ちを感じつつ、後席のカメラマンは機首のカメラを湾内に向けてズームする。よく目を凝らすと海面の真下を何か大きな物が動いているのが分かった。カメラを高感度モードにすると5~6個の黒い巨大な影がモニターの中に現れる。何かの見間違いかとも思ったがそれはしっかりと映っていた。

「………鯨じゃないよなこれ」

「あんなサイズの鯨なら誰か気付くだろ!もしかして連中の親玉じゃないか!?」

「報道センターに繋げ!このまま中継する!」

映像はそのまま報道センターへ送られ、生中継として送出されていった。テロップも何も間に合わずそのままの映像がテレビに映し出され、汚い字の走り書きで用意された原稿をアナウンサーが読み上げる。文言の決まらないサイドスーパーが2度3度と出たり消えたりを繰り返した。中継車で沿岸部からの映像を集めてスイッチングしていたディレクターたちもその映像に釘付けになる。何かやばい事になりつつあるのを誰もが感じ始めた瞬間だった。フジのすっぱ抜いた映像は各局にも伝達され、現場に展開する警察・消防・海保・自衛隊の人間が目にするに至る。この時、にわかに動きがあったのが横須賀に司令部を持つ海上自衛隊第1護衛隊群だ。機関を落としていた艦艇の出港準備や半舷上陸した乗員の呼び戻しが行われている。これに呼応するように在日米海軍基地も警戒レベルを引き上げるなどの動きが見られた。第11護衛隊に至っては第1護衛隊群に先んじて出港。浦賀水道の監視を始めている。


陸上自衛隊木更津駐屯地 第1普通科連隊本部 保坂一佐

漁港を包囲し、残るは敷地内の掃討開始が秒読みに入ろうとした時だった。情報小隊の連中が騒ぎ始め、本管中隊長に呼び出される。テレビに流れる緊急速報を見せられた。

「この映像は現在東京湾上空を飛行中の弊社報道ヘリより送られています。湾内に複数の黒い巨大な影が回遊しているのが分かりますでしょうか。大きさは全長約100mと推定され、現在沿岸において発生している非常事態との関連性等は不明ですが、何の前触れもなく突然その姿を現した事から何かしらの関係性はあるのではと思われます。政府からはまだ何の発表もされておらず、この事態を認識しているかも怪しい所でありますが」

火が消えかけた所にとんでもないのが現れた。直感だが、関係性は大いにあるように思える。各方面とも鎮圧の兆しが見えていただけあって、この映像は非常にショックを与えるものだった。

「……師団本部へ緊急連絡、派遣部隊の増強、もしくは武力攻撃事態への移行を検討するべきと伝えろ」

情報は展開中の各部隊へも送られた。1普連は漁港への進軍を一時停止し、第3中隊を監視に残して2個中隊を帰還させた。前線の段列は3中隊と統合して配置。第4中隊は持ち場から動かず任務を続行。駐屯地に残して来た第5中隊と重迫撃砲中隊も移動を開始している。


千葉市中央区:千葉市役所 千葉県国民保護対策本部

沿岸の避難誘導は8割方が終了。やはり電車の輸送量は大きかった。思っていたよりも短時間で無人化が進んでいる事を誰もが喜んでいた所に、東部方面総監から連絡要員として派遣されていた片平が千葉市長の塚本に耳打ちをする。

「……それは」

「すみません、報道以上の事は我々も情報がありません。今はこれを周知して頂ければと。」

軽食を摘みながら広域指定避難所への物資輸送に関する打ち合わせをしていた沼津へ、塚本が自身の聞いた内容をそのまま伝えた。顔付きが落胆の表情へ移り変わっていく。深いため息を吐きながら喋った。

「もし上陸するなら東京の方にでも上陸してくれると有難いな、こっちはようやく色々と纏まりそうだって言うのに」

「どうされますか」

「やる事は変わらん。方針通り、速やかに沿岸から住民を遠ざける。こうなった以上は市川と浦安の方も避難が必要な可能性があるな。」

直ちに市川市と浦安市の国民保護調整所へ連絡が飛んだ。しかし、行政が行動を開始する前に事態はこちらへ不利な状況へと転がり始める。


葛西警察署

全員の視線がテレビに釘付けだった。湾内を回遊していた内の1体が突然方向を変え、陸地へと近付いて来る。誰もが来ないで欲しいと願ったが、残念ながらそれは叶わなかった。ヘリからの映像がその1体に向けて一気にズームしていく。

「ご覧下さい!巨大生物が葛西臨海公園に上陸を始めました!手足に類する物は確認出来ず、まるで芋虫のような外見です!」

海を割って現れたそれは、浅瀬に自ら乗り上げて芋虫のようにもがきながら更に陸地へと近付いて来た。やがて前進を止めると前部が大きく盛り上がり、内部を開放するように口を開く。それと同時に大量の溶解液とガスも吐き出した。ポッカリと開いた巨大生物の前部から多数の人型及び投射型が姿を現して上陸を開始。侵食1型も単体で浅瀬から徐々に上陸し始め、公園の沿岸部をガスで包み込んでいった。葛西署の警官たちは京葉線葛西臨海公園駅に陣を敷き、可能な限りの足止めを開始するべく全力出動。同時に警視庁へERTの派遣を要請した。


これに対し、警視庁の対応は素早かった。第七方面本部で待機していたERTが派遣要請を受ける前に出動。葛西臨海公園の至近に庁舎を持つ警視庁第2機動隊が一番乗りし、第7機動隊が後詰として展開。直ちに葛西臨海公園一帯に非常線が構築された。同時に警視庁で待機していたSATもヘリで移動を開始している。


警視庁ERT隊員 阿部巡査部長

召集が掛かった以上、対岸の火事で済まないと思っていたがやはりそうなった。サイレンを鳴らして夜の街を疾走する車両の中でそう思う。出現場所が反時計回りに近付いていたため、江戸川区沿岸に出現した際は先遣隊として投入されるべく、我々は第七方面本部にて待機していた。そして本庁からの出動命令を受け、部隊は葛西臨海公園へと向かっている。現場では葛西署が非常線を張り、極至近に庁舎のある第2機動隊も加わったため相手が人間ならどうにでも出来る態勢は整った。しかし相手は人間ではない。その事が全員の頭に重く圧し掛かっていた。

「総員降車、整列」

4台の特型警備車に分乗する我々は葛西臨海公園駅前に到着し、張り詰めた空気の中を物々しい格好で歩く。現場を取り仕切る半澤警備課長から説明を受けた。

「正確に言うと、目標は葛西海浜公園に一旦上陸した後に自力で前進。臨海公園の石垣まで辿り着いてから内部より小型生物群を吐き出している。あの体内にどれだけの数を収めているかは不明だが、その数には限りがある筈だ。向こうが先に弾切れを起こしてくれれば御の字、こっちの予想を超えていた場合はゆっくりと非常線を下げる。当面はこの方針で行こうと思う。」

SATも来てくれれば状況はもう少し好転しそうだ。どうやら89式小銃を持ち出したとの噂があるが、正直あれに関しては自分も実物を見た事はない。だから100%信用してはいなかった。2機と7機の銃対も控えているため、迎撃に専念すれば何とかなるのではと思えた。


巡視船「かずさ」 門脇三等海上保安正

空挺団の要請により、千葉市沿岸部の生物群を海側から監視・陽動するため北上していた「かずさ」と「かつうら」が足を止めた。

「何が起きた」

「現在確認中です」

警察の無線が妙に慌しくなった。陸自の進出で一度は落ち着いたように見えたが、何か別の事態が発生したのだろうか。交信を傍受する通信士の顔が段々と歪んでいく。その表情のままヘッドセットを置いて報告に来た。

「報告、葛西臨海公園に巨大生物が上陸した模様です。形状は今まで確認された個体と全く一致しません。浅瀬に自ら乗り上げ、芋虫のように前進した後、先端部分が開放され内部より複数の人型及び投射型が出現。同時に溶解液とガスも吐き出したそうです。また報道ヘリ等からの目撃情報で不鮮明ではありますが、侵食1型も海から独自に上陸を開始したとの情報があります。」

一旦は収束の兆候を見せたこの事態がまたもや悪い方向へ傾き出していた。連中は本当に人類を殺すつもりで攻めて来ているのだろうか。それとも本当は巨大な集団の極一部で、その先遣隊か何かが行動しているのか。全ては勝手な想像でしかない。どちらにせよ、降りかかる火の粉を払うのが我々の責務であり義務だった。通信士が新しい情報を得たためそれも報告して来る。

「続報です、幕張海浜公園にも1体が着上陸。同様に体内から溶解液及びガス、生物群を吐き出しているとの事です。」

篠崎船長は暫し考え込んだ。葛西臨海公園は現在地から遠い。しかしあの辺りには警視庁の機動隊が居た筈だ。ならば少しは抵抗出来るだろう。であれば、幕張公園に向かうのが吉と思えた。

「……機関砲の弾薬はまだあるな」

「あるにはありますが、あのサイズの生物には20mm砲弾なんて効果が無いかと思われます」

「目標は上陸する生物群だ。あれの体内にどれだけの数が居るかは予想出来ないが、無限に吐き出せる訳ではないだろう。我々はそれを可能な限り叩いて遅滞攻撃を行う。」

海浜幕張公園の付近に自衛隊の部隊は展開していない。陸路でもそこそこ時間が掛かる。我々なら迅速な移動が可能な上、今この周辺で最大の海上戦力が本船2隻だった。

「かつうらには周辺警戒を頼む。攻撃は取りあえず本船のみが実行し、動きに変化があればかつうらにも参戦して貰おう。」

「了解、伝えます」

この報告が行われると同時に、3管区本部では増援及び現場海域での指揮統括として巡視船「あきつしま」が出港しようとしていた。40mm機関砲と20mm機関砲を備え、ヘリコプターも搭載の出来る大型巡視船である。また管区外の応援許可を得た第2管区の巡視船「ざおう」「まつしま」が浦賀水道より湾内入りを果たした。この2隻が「かずさ」と「かつうら」の任務を引き継いで、千葉市沿岸部の陽動及び監視を行っている。


晴海埠頭:水産庁漁業取締船「日光丸」 伊達船長

何もかもが異例の事態だった。小笠原方面の監視業務から戻って寝ていた所を叩き起こされ、上の方から矢継ぎ早に降りてくる指示を確認しつつ船は再び出港準備に入っていく。耳を疑うような内容だったが既にニュースもそれ一色だ。存在を頭の片隅で知りながらも、そんな事態は起きないだろうと思っていた国民保護計画が動き出したのである。

『日光丸は直ちに出港し一般船舶及び漁船への避難誘導、水路と沿岸部の監視、可能であれば生物群の早期発見を主任務とする。これは訓練ではない。既に自衛隊が出動している上、正式に国民保護措置が発令されている。各機関との連携を密にして対処されたい。』

「日光丸了解、これより出港します」

早期発見と言われても見つけた所でどうするんだと思ったが何も言わないでおいた。今は急いで船を出す事に専念する。舫いが放たれ、抜錨を終えた船体が進み始めた。日光丸はレインボーブリッジを通過して品川・大井埠頭に沿って南下を開始。ここで船内のテレビにニュースが流れる。

「引き続き、現在東京湾沿岸で発生中の非常事態に関するニュースです。生物は更に巨大な個体の群が確認され、一部が葛西臨海公園及び幕張海浜公園に上陸。内部から複数の小型生物を陸地へ降ろし、一帯への侵攻を行っています。まだ避難されていない方は警察の誘導に従って避難をして下さい。また、江戸川区及び江東区に発令されていた避難勧告が緊急の避難指示に引き上げられました。段階的に警戒区域指定を受ける可能性もありますので、速やかなる避難を心掛けて下さい。」

どうやら大事になっているようだ。千葉の方では鎮圧の兆しが見えたそうだが、ここに来て事態は更に悪い方向へ傾いたらしい。日光丸は城南島海浜公園の近くまで進出し、多数の小型漁船が逃げ込んでいると報告のあった右側の水路へ入ろうとしていた。確かにそこには小型漁船と言うより2~3人しか乗れないような大きさの船が犇めき合っている。対岸の火事だと思って操業していた所を追いやられてここに身を寄せ合ったらしい。その時、左ウィングで洋上を監視していた職員が何かを発見した。

「左舷前方から何かが接近して来ます!海面の真下を潜行中!かなり大きいように見えます!」

それが例の巨大な個体と言うヤツらしい。こんな港湾施設が集中した地帯に上陸されでもしたら一大事だ。それでなくとも、移動するだけで小型漁船が転覆する事態も予想出来る。それに、我々の右手には羽田空港まであった。

「畜生、もうこんな内側に来やがったのか。あとどれくらいだ。」

「5分以内には水路に入れます」

難しい所である。水路に入れたとしても接近している生物をどうにか出来る訳ではない。目の前で上陸されて死人が増えるのなら、選択肢は1つだ。危険だがやるしかない。

「船をぶつけて針路を変えよう、この水路に入り込まれたら今以上の犠牲者が出るぞ。取り舵20度、機関はフルで回せ。ぶっ壊れても構わん、ここに侵入させなければ俺たちの勝ちだ。」

ブリッジの全員が腹を括った。船内マイクのスイッチを入れる。危険な行為だが、これ以外に対抗出来る手段が無い。乗員の命を預かる人間として褒められたものではないが、我々の仕事は日本の水産資源と漁業に従事する者を守る事だ。

「各員に告ぐ!これより本船は接近する生物に体当たりして針路を妨害する!左舷側の乗員は可能な限り速やかに右舷へ移動して姿勢の保持に努めろ!」

「増速します、取り舵20度」

「こちらは水産庁の船です!巨大生物が接近しています!水路に逃げ込んでいる船舶は可能な限りもっと奥へ退避して下さい!」

船外スピーカーに職員が叫んだ。しかし、もうあれ以上は奥へ行けないらしく船に動きは見られない。日光丸はゆっくりとその速度を上げ、船首を左に向けながら横滑りを始めた。そのドテっ腹へ生物が接触し凄まじい衝撃が襲い掛かる。ブリッジに居た職員の何名かがひっくり返り、鈍い音を立てながら船体が傾いた。

「こらえろ!そのまま舵をゆっくり切れ!」

生物は左側弦の船体を抉りながら進んだが、さすがに鉄の塊を押しのける事は叶わなかったようだ。日光丸の進行方向に沿う流れで湾内へ戻っていくのを確認。船は大きく左側へ傾斜し、船内には浸水警報が鳴り響いた。

「被害状況を報告!ブロックを閉鎖して浸水を食い止めろ!負傷者の集計急げ!」

それを皮切りに各部署から返事が返って来た。誰しも慌てながら自分を制御しているのが分かる。

「左舷側第1水密区画に浸水!第2第3を閉鎖して対処中!」

「右舷第2甲板!衝撃で負傷者多数!吹っ飛んで足を骨折した者も居ます!」

「機関制御室よりブリッジへ!油圧系に異常発生!今すぐ機関停止願います!」

日光丸は機関を停止してその流れのまま羽田空港の誘導灯桟橋に激突し、桟橋の一部を破壊した事でその動きを停止。これでは船から降りられないと思っていたが、彼らの行動を見ていた漁師たちが助けに来てくれた。側面から縄梯子を下ろして漁師たちの船に乗せて貰う。

「やるなあんた等、税金払ってて初めて得した気分だ」

「誰か救急車呼べ!骨折してるやつがいる!」

「いい船だな。修理して大事にしてやれよ。」

別に邪険し合う仲ではなかったが、ここまで距離を詰められると気恥ずかしいものがあった。伊達船長と職員たちは苦笑いを浮かべている。日光丸はその後、事態の収束までここに投錨し固定。無事に回収された。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ