表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/32

空挺団Ⅱ

袖ヶ浦消防本部 長浦消防署 石井消防士長

遠くから銃声のような音が聞こえる。監視の交替に備えて休んでいる最中だったが、何人かが目を覚まして顔を見合わせた。同時に消防本部からの入電があり、副署長がそれに出る。かなり長めのやり取りが続き、ようやく受令機を戻した副署長の所へ数人が集まった。何か進展があったようである。

「どうしました」

「監視に行っている連中を全員集めろ、それから話す」

オフィスに消防と救急の全員が集まった。保護している民間人たちは寝入ったままだがいいだろう。まず我々が先に知る必要がある。

「本部から陸自の空挺部隊が救護のため向かっているとの報せがあった。同時に別の部隊も長浦の安全確保のため動いているそうだ。さっきから聞こえるのは恐らく彼らの銃声だろう。」

ようやく助けが来たようだ。それもハイパーレスキューを凌ぐ体力を持っていると噂されるあの空挺団らしい。しかし話はそれだけでは終わらなかった。

「次いで、コンビナート消火のため化学消防車と支援の消防隊が集結しつつある。あの時に我々と同じく一度撤退した連中だ。同時に各署から予備の消防車が車両を失った我々のために向かっている。救護を受けた後、これを使用し消火活動に参加せよとの命令が下った。準備を整えてくれ。」

全員のテンションが下がる。休む事も許されないらしい。まぁそれも仕方ないと思い直し、元々当番だった何人かが軽食をこしらえるため厨房へ向かった。少し食べておいた方がいいだろう。民間人へは副署長が直接話しに行った。我々は一度脱いだ防火服を再び身に纏う。


千葉市:千葉市立新宿中学校

住宅街の上空にCH-47の編隊が姿を現し、この中学校の校庭へ着陸を始めた。空挺団から送り出された最後の中隊である。着陸と離陸を繰り返し全隊員の集結が完了。中隊は徒歩で南下し都川の境目で阻止線を張る千中央葉署の警官たちと合流を果たした。生物群はかなり広範囲に侵攻しており、その一帯での避難は殆ど行われていないらしい。また複合レジャー施設等にも多くの民間人が取り残されているそうだ。県警航空隊おおわしパイロットの堀田巡査長が命と引き換えに救出した少年を最後に、警察は迂闊に手出しが出来ないでいた。何しろ横に海があるので何所から上陸するかも分からない状態では満足に動き回れない。


空挺中隊長 宮本二佐

他の所の状況を訊く限り、一番良くない所へ来てしまったようだ。戦力的には実質我々だけである。車両も無く、真下は川で右手には連中が何所からでも上陸の出来る海が広がっていた。しかも外房線の高架橋と建物があるため視界が悪く海が直接見えない。不意に針が飛んで来ても気付かない可能性が高かった。当初予定していた避難誘導を援護しつつ攻勢に出る作戦は考え直した方がいいだろう。

「各小隊長、及び班長も集合。作戦を考えるぞ。」

まず車両に関しては警察が協力を申し出た。他の場所で避難誘導に当たっている第3機動隊から特型警備車が応援に掛け付けてくれる。人員も半個中隊が投入され、彼らが我々の背中と民間人を守る事になった。もう半分の人員も担当地区の誘導が終わり次第合流するらしい。

「取りあえず装甲車両は確保したとして……次の問題だ」

中隊の行動方針を決める。正直、今の状態では安全面に関して全く保障のない避難誘導しか出来ない。であれば、最初から生物群に攻勢を敢行して一帯の安全確保を最優先するのも選択肢に含めるべきだ。どちらにせよ厳しい戦いになる。

「この湾岸道路自体を防衛線と考えるなら、安全の確保は考えやすい。だがそうすると何所までを護らないといけないかが重要になる。それに連中がどの程度まで内陸に入り込んだかも不明だ。」

「攻勢へ出る事に対し特に反対はありません。ですが我々だけでは連中の行動を抑え切れないと思いますし、何所から上陸するか分からない状況ではどうにも」

要するに、海側からの監視が必要だった。県警のヘリも現在は手が空いていない。海自に協力を要請したとしても時間が掛かる。団本部や1普連の本部に問い合わせた結果、海保の巡視船が沖合いで待機しているとの情報を掴んだ。1普連本部に居る3管区の人間から本庁へ取り次いで貰い、2隻の巡視船が沿岸より監視及び陽動を行う事となる。

「よし、では到着まで待機していても仕方ない。手近な所から始めるぞ。」

中隊は2個班を監視に残して住宅地へと入って行った。その直後に第3機動隊の車両と人員も到着。監視を彼らに引き継いだ2個班も後に続いた。


袖ヶ浦市:長浦周辺 空挺中隊長 大河内二佐

表通りを1普連の中隊に任せた我々は、裏側から消防署への接近を試みた。幸いにも抵抗が無いまま消防署の近くへと辿り着く。表の方からは散発的に銃声が聞こえ、少しずつ進んでいるのが分かった。

「もう少しだ、気を抜くな」

「消防署敷地内に人型を視認。数は目視で3体。」

暗視ゴーグルで光の増幅された緑色の世界に目を凝らす。一見すると不審者か何かのように見える全身の黒い大柄なのが3体ウロウロしていた。だが道路の方に何か煙のような物も見える。侵食1型が噴出すガスの可能性が高い。しかしここからでは侵食1型の姿は確認出来なかった。

「表の中隊とタイミングを合わせよう。位置の確認を頼む。」

「了解」

中隊本部と交信を図った。向こうは周辺の捜索と人型の排除を並行して行っているせいで進みが遅い。だが待っているだけの時間があるかどうかも微妙である。我々は団本部を通じて長浦消防署への回線を繋いで貰った。

「空挺団の大河内と言います。すぐ近くまで来ていますが、表の通りにガスが見えるため二の足を踏んでいます。そちらから侵食1型は見えるでしょうか?」

「こちらの監視カメラでもガスは確認出来ますがヒトデ自体は見えません。情報が回って来てないので無知を晒すようで恐縮ですが、侵食1型はヒトデの名称と言う事で宜しいですか?」

統幕の命名した呼称は我々と警察の一部にしか伝わっていない。彼らにも情報を伝えるべきだ。

「そうです。人型はそのまま人型、現在漁港でしか確認されていない侵食2型、五井駅周辺でのみ確認された投射型の計4種が存在します。」

銃声と風の音で距離は分からないが、遠くからサイレンの音が聞こえた。消防としては速やかにコンビナートへの消火を行いたいのだろう。しかし足並みを揃えて貰わなければ困る。今ここに大挙として消防車が押し寄せて来られると面倒だ。

「別の部隊と連携しながら救護に行きます。もう少し待っていて下さい。」

「了解、こちらは酸素マスクもあるのでガスの中でも一定の活動は可能と思われます。最悪の場合は保護している民間人の退避を最優先に願います。」

「分かりました、交信終わり」

「中隊長、第4中隊が一時的に攻勢へ出るそうです。侵食1型へ無反動砲での攻撃を行うと言っています。」

「よし、タイミングを逃すな。こっちも前に出るぞ。」

1普連第4中隊は千葉県警第2県機の支援を受け、消防署の至近でガスを噴出す侵食1型への攻勢を慣行した。道路をウロ付く人型を銃器対策警備車が突き飛ばし、倒れた所をそのまま引き逃げする形で突き進む。侵食1型まで約50m付近に達した車両は停車。車体後部から84mm無反動砲を肩に担ぎ、防護マスクを装着した隊員が降車する。その周囲は小銃を構えた隊員が取り囲んで護った。隣の隊員が無反動砲へ榴弾を装填し、マスク越しのくぐもった声で叫ぶ。

「装填よし!次弾用意よし!後方よし!」

「撃っ!」

轟音と共に飛び出した榴弾が侵食1型に突き刺さる。信管は侵食1型の体にめり込んだ瞬間に作動し、その爆発によって侵食1型は飛散。周囲へ肉片が飛び散った。着弾地点には体の8割を失った侵食1型の死体が物言わず横たわっている。その爆風によってガスも上空へ霧散し始めた。

「目標排除!同種の敵生物は視認出来ない!撤収!」

「撤収!」

89式小銃を構える隊員たちはここぞとばかりに撃ちまくった。銃声とは別にアスファルトへ落ちる空薬莢の音が響く。消防署の至近及び道路上に点在する人型の多数を射殺し撤収した。そこへ大河内二佐率いる空挺中隊が躍り出る。

「中隊前へ!押し上げるぞ!」

裏通りから空挺隊員たちが一斉に進出。消防署を取り囲むように展開し安全の確保に成功した。そこへ第4中隊が再び攻勢を行い空挺中隊との線を結ぶ。合流を果たした2個中隊は消防署に立て篭もる消防士たちと民家人の救護を開始した。

「空挺の大河内です、安全を確保しました。」

鍵の開く音がした。酸素マスク以外は完全装備の消防隊員が出て来る。矢田、大河内と握手をした後に喋り出した。

「袖ヶ浦消防署の石井です、救護に感謝します。幸いこちらに負傷者は居ません。保護している民間人をよろしくお願いします。」

確かに負傷者は居ない。しかし石井たちは最初にコンビナートへ出動した際、人型の襲撃で仲間を1人失っていた。別にそれを彼らに言った所でどうとなるものでもない。表に出さず話し続ける。

「こちらの準備は完了しています。車両が到着次第、消火活動へ向かいます。」

「待って下さい、ここから先の安全確保がまだ済んでいません」

矢田が口を挟んだ。消防署までは一時的に道を切り開いたが、そこから先は何も出来ていない。要救助者の捜索も必要である。しかし消防隊は既に中隊本部の至近にまで移動済みだ。大河内がそこに割り込む。

「我々が前面に出てコンビナートへの進路を確保します。第4中隊は撃ち漏らした敵の掃討をお願いします。弾除けが必要になるので県機の車両を一部こちらへ回して頂けますか。」

化学消防隊の進路を確保するため部隊の配置が進む。空挺中隊には銃器対策警備車1個小隊が援護のため随伴、特型警備車は第4中隊と共に要救助者捜索と隊員たちの盾役を務める。先陣となる空挺中隊が前進を開始した。

「中隊前へ、車両隊もゆっくり前進願います」

銃器対策警備車を盾に前進を開始。車両の陰から道路を徘徊する人型への射撃が送り込まれる。第4中隊もそれに合わせて前進。空挺への追従と捜索を並行するため、4両の特型警備車を2両ずつに分けて2個班を編成した。これで片方は前進しもう片方が捜索に専念が出来る。調整のため派遣されていた真鍋警部補の手腕が光っていた。


長浦消防署 石井消防士長

不思議な光景だった。警察の車両を使って前進する自衛隊に護られながら進む消防隊の車列。他の消防署から回して貰った予備の消防車に乗り込む我々の前方10mぐらいの所を小銃を構えた陸自隊員が歩いている。消防車の真横には要救助者を乗せるための自衛隊用業務車が何台か並んで走っていた。

「これじゃあVIPみたいだな」

「まぁゲストっちゃあゲストですけどね」

中隊長が苦笑いで喋る。確かに我々だけでは人型の攻撃があった際に防御する手段が無い。すると前方を歩く陸自隊員が停車のハンドサインをした。一時的に凄まじい銃声が起こり、横に居た業務車が1台だけ速度を上げて走り去る。どうやら要救助者の発見と同時に接触したらしい。数分した後、業務車が3人の民間人を乗せて戻って来た。そのまま後送されていくのを見送り車列は再び前進を開始する。同じような光景が数回繰り返されながら前進し、そもそも巨大な炎が更に大きくなる事でコンビナートへ次第に近付きつつあるのを実感していた。火災発生より5時間余りが経過したが炎は衰えを見せていない。そして遂にコンビナートの至近へ舞い戻った。消火よりも先にやらなければいけない事がある。

「……待たせて済まんな」

コンビナートの入り口に横たわる仲間を回収する。幸い、遺体は原形を保てていた。まだ死後硬直もそこまで起きていない。死体袋にゆっくりと収め、小隊の全員で運んだ。予め用意して貰っていた業務車へ彼を乗せる。運転を担当する隊員と向かい合った。

「お願いします」

「了解しました」

走り去る業務車を見送った。頭を切り替え、消火を行うべく準備を進める。

「長浦03より袖ヶ浦消防、自衛隊と警察の支援を受けコンビナートへ再び現着した。これより消火活動を再開する。」

「本部了解、現在半径1キロに渡って小火騒ぎの通報が相次いでいる。既に第3出場態勢へ移行が進んでおり周辺の消防署からも応援が急行中だ。そちらはコンビナートの消火に専念せよ。」

「03了解、通信終わり」

敷地内にまだ人型の居る可能性があるため、空挺中隊が先頭となって筒先を伸ばした。周囲では同じように第4中隊の隊員がアームを伸ばす化学消防車を取り囲んで襲撃から護っている。我々が敷地内に乗り捨てた消防車は半分焦げていたため使い物にはならないだろう。

「各班状況」

「敵、視認出来ず」

「焼け焦げた人型を確認、侵食1型と思われる干乾びた死骸も見受けられます」

やはりこの環境では連中も生きられないようだ。火災のため奥まで踏み込めないが、生物群が存在しない事の確認に成功。ここからは我々の仕事だ。

「ありがとうございます、後はこちらの領分ですのでお任せ下さい」

「こちらも貴重な経験をさせて頂きました。どうかご無事で。」

空挺中隊とはここで別れる。彼らは長浦駅周辺の安全確保のため転進していった。第4中隊は我々の護衛と周辺捜索のため部隊を二分して活動し始める。この結果、かなりの時間を費やしたが鎮火には無事成功。襲撃もされなかったため死者は出ていない。


同時刻、袖ヶ浦では生物群を漁港の手前まで押し戻す事に成功。キムリックチームによる掃射で漁港に蔓延る侵食1型と2型を制圧していった。人型も1普連によって包囲され次第にその数を減らしていく。グランパスチームは五井駅方面へ転進し、養老川から上陸する生物群に対し空挺の迫撃砲小隊と共同で猛烈な砲火を浴びせていた。阻止線に近付く集団は人員輸送車から放たれるMINIMIの弾幕で薙ぎ倒されている。千葉市でも住宅地から海側へ空挺が生物群を押し返し、警察の主導で避難誘導が開始。少しずつ、人類側が反撃に転じ始めていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ