空挺団Ⅰ
市原市:五井駅前阻止線 22時半頃
上中里公園、五井駅西口の緑地付近と東口にCH-47が飛来。東口側では赤十字の腕章を嵌めた空挺衛生小隊が医療物資と共にロープで降下を始めた。西口の方には空挺普通科隊員が降下し、中央通りで阻止線を張っている市原署警官たちの元へと駆けつける。
「第1空挺団の鶴谷陸曹長であります。治安出動命令に基き、生物侵攻区画での避難誘導を支援するため参りました。」
「市原署警備課長の前山です。現在ここから五井大橋にかけた範囲において避難誘導を行っていますが、白金通りから向こうに関してはまだ無人化が済んでいない状態です。その一帯では連中も少しずつ活動を再開し始めてまして、こちらとしても対抗出来る火力を求めていました。あてにさせて貰っても構いませんか。」
「その為に来ました、後で増援も来る手筈になっています。お任せを。」
付近に降下した部隊が駅前に集結を完了する。総勢3個小隊、臨時編成の1個中隊だ。指揮を任された丹野二佐が先頭に立つ。
「白金通りから向こうは敵の勢力下だ、これより当該地区一帯で避難誘導を行っている第1県機の中隊へ支援を行う。前へ出過ぎずに連携を意識しろ。まだ我々が完全に矢面に立った訳じゃない事を忘れるな。今この瞬間を持って実弾の装填を許可する。」
マガジンポーチから取り出した弾倉を89式小銃へ叩き込み、初弾を装填する。全隊員の行ったこの音が一帯に重苦しく響き渡った。
「白金通り到達まで安全装置の解除は禁止する。それでは、第1小隊より駆け足!前へ!」
3個小隊が粛々と前進し、半分を過ぎた当たりから通りの両脇へ張り付くように展開して進む。そのまま進み続けて交差点に辿り着くと、通りを封鎖している人員輸送車が目に入った。こちらに気付いた1人の機動隊員が駆け寄ってくるも、誰が指揮官か分からず途中で足が止まりそうになった所へ第1小隊長自らが出向く。
「第1空挺団の高島一尉です、どのような状況ですか」
「ここより前方約50mの範囲に渡って本隊が活動しています。路地裏では不意の遭遇が多く救助活動が中々進みません。特車を押し進めたくても近場に消火栓が1つしか無いので放水援護も難しい状態です。ですので文字通り車体を盾にしながら民間人を車内へ収容して運んでいます。」
「救助の進行具合は」
「40%と言った所でしょうか。こちらの損害も増え始めていますし弾薬も底を尽きそうです。拳銃では満足な間合いでの攻撃も難しく、接触を回避する内に行き止まりへ入り込んで脱出が困難になるケースも起きています。」
「分かりました、これより援護に入ります。我々とゆっくり入れ替わって後退するよう伝えて貰えますか。」
「了解、第1県機1中隊は陸自空挺団と阻止線を転換しつつ後退、伝えます」
「第1小隊前進!安全装置を外せ!」
路地裏へ空挺隊員たちが突入を開始。第2、第3小隊もそれに続く。各所で今までになく激しい銃声が鳴り響いた。通りの前後を人型に挟まれて立ち往生する機動隊員たちを助け出しつつ、流れるような速さで人型を次々と射殺していく。その傍らに拡声器で一帯の民家へ声掛けも行った。
「こちらは陸上自衛隊です!現在千葉県警と共に一帯の避難誘導を行っています!周囲に生物が居て外へ出られない方は今から読み上げる番号へ電話をお掛け下さい!申し上げます!043…」
それは五井駅事務室の番号だった。現在内房線の現地対策本部とされているここに設置された国民保護調整室、そこに併設された野戦通信所がその電話から得た住所を基に情報を流し、最も近い場所に居る部隊が向かう事になっていた。数台の電話が一斉に鳴り出し、救助要請の受け入れが開始される。
「はい、五井駅国民保護調整室です。ええ、こちらで大丈夫です。住所をお願い致します。」
「五井駅国民保護調整室です、はい、住所をどうぞ」
「こちら五井駅国民保護調整室、そうです、住所を願います」
駅員たちから矢継ぎ早に渡される住所の書かれた紙を読み取りつつ、通信所の連中が無線へ情報として流し始めた。
「五井1072、アーク市原、4階建てマンション、1階エントランスに人型が侵入、上階へは住民が防火扉を閉めて侵入を阻止、生存者多数」
「五井2002、平屋の一軒家、5人家族、外の状況は不明、乳児がいるため安全の確保を最優先されたい」
「五井2091、デイサービス五井の家、宿泊中の高齢者多数、自力での歩行は不可能」
それほどの時間をおかず、各隊からの返信があった。
「2小隊1班、アーク市原へ向かいます」
「1小隊3班より中隊本部、デイサービスに急行、安全確保の後に県機の車両を回して欲しい」
「県機中隊第3小隊長より国民保護調整室、情報の一軒家がすぐそこなので我々が向かいます」
近場からの通報が無い地帯に関しては一軒一軒声掛けをしつつの行動となった。狭い路地に機動隊員と空挺隊員が犇めき合う光景は中々見られるものでないだろう。
「警察です!誰か残っていませんか!」
「自衛隊の者です!救助が必要なお宅はありませんか!」
所々で家の上階に避難していた世帯等が窓から顔を出した。他にも避難後に無人となった民家の敷地に逃げ込んで息を潜めていた人たちや、施錠して屋内退避していた家族がぞろぞろと姿を現し始める。
「3班先頭、4班は後方を固めろ。側面の防護をお願い出来ますか。」
「了解、援護します」
避難民を空挺2個班が前後に囲んで壁伝いに移動する。その側面を機動隊員が大盾を持って平行移動し不意の攻撃から護った。狭い路地が続く中、脇道からポツポツと人型が現れては素早く射殺される光景が繰り返される。脇道との接点を通る際は機動隊員が盾で道を塞いで移動を支援し、最後尾を護る4班が今度は彼らの撤退を援護した。そして避難民20名ばかりを率いる合同チームは白金通りに到達。通りを一気に横断して味方勢力下まで後退し避難民を人員輸送車まで運んだ。
「急いで戻るぞ、まだそこら中に取り残された人たちが居る」
「人型を視認、接近中、数6」
さっき通りに出た路地から人型が出現。どうやら追跡して来たようだ。
「近付けるな、距離のある内に倒せ」
「撃っ」
100mほどの距離で交戦、人型の針は届かないので一方的な結果に終わった。2個班は再び路地裏へと入り込んでいく。機動隊員たちもそれに続こうとするが、度重なる遭遇戦と休みない救助活動の疲労で足が動かなかった。何より狭い空間から戻れた事でスイッチが一度切れてしまったらしい。多くは座り込んだり膝を着いて立ち上がれなくなっていた。そこへ東口での救護活動を終えた空挺衛生小隊が到着し消耗の激しい彼らの介抱を始める。
「休んで下さい、皆さん思っているよりも消耗しています」
「これぐらい……負けてられませんよ」
口ではそう言うが何人かは脱水症状を起こしていた。防護衣とマフラー、ヘルメットを脱がせて交差点から少し距離を置いた場所に寝かせる。出動服は汗でズッシリと重くなっていた。五井駅が提供してくれた冷たいタオルとスポーツ飲料を渡す。
「吐き気や目眩のある方は居ませんか」
何人かが弱々しく手を挙げる。その内、1人は意識が混濁し始めているのが発覚し、すぐに動かせる車両が無いので背負って駅の方まで運ぶ事になった。
「いいぞ、そのままゆっくり」
屈んだ衛生隊員が出動服だけになった機動隊員を背負い、駅に向けて走り出した。少し回復した分隊長が上半身だけを起こして声をかける。
「……ご迷惑をお掛けします」
「不躾に聴こえるかも知れませんが、もう我々にお任せ下さい。皆さんのバトンは全て我々が受け取ります。」
その言葉に安堵したのか分からないが満足げな表情でまた横になった。その後、当該地区をある程度の無人化に成功。市原署警備課の人員と共に再編成された第1県機1中隊は、陸自空挺中隊と共に阻止線を白金通りに構築して前線を押し上げた。
前山警備課長と第1中隊長、丹野二佐たちはまず五井病院を防護している刑事一課と入院患者たちの救護を立案しようとした。しかしここで漁港の監視任務を終え、今度は養老川の生物群を監視するため移動していた県警航空隊やまたかより異変発生の旨が伝達される。
「こちら航空隊やまたか、生物群の増援を視認。川から溢れ出るぐらいの数が五井駅方面に向けて上陸しつつある。」
「陣容は確認出来るか」
「殆どは人型、投射型も何体か確認」
阻止線に緊張が走る。人型であればまだ何とかなるが、投射型も来られると厄介だ。小銃以上の火器が必要になる。実はこの時、手榴弾等の爆発物については必ず許可を仰いでからの使用となっていた。後続として到着し、駅の周辺で待機している迫撃砲小隊や対戦車小隊は防災指揮所防護の名目でその場を動いていない。丹野は通信手を呼び寄せ、警備陣にもこれから許可を貰う事を伝えた。
「上に問い合わせます。少しお待ち下さい。」
丹野からの通信は、団本部から上に取り次がれ、各所を回った後に戻って来た。オブラートに包んだ表現でない、言葉通りのGOサインである。相手が人間でない事やこれまでの死者数、接近戦を行う事の危険性等が十分に考慮された結果だ。周辺建造物への被害は極力抑え、何かあればすぐに報告を忘れるなとも通達される。好きにとはまではいかないが、ある程度の範囲でなら自由に動けそうだ。
「やり過ぎない程度、と言う前提は当然ですが許可が下りました。ここからは我々の主導で作戦を行いますが、皆さんの協力も必要不可欠になります。お願い出来ますか。」
誰も意義は無かった。先にやらなければやられる。言葉も何も通じない。そういう相手だ。まず銃対隊員2名に弾薬を供与し、万一の際の支援を担当して貰う。次に五井大橋方面の道へ遊撃放水車を横付けに停車させて消火栓と繋ぎ、水が尽きない限り永続的に放水支援が出来るようにした。更に人員輸送車と合体させて車体そのものを阻止線とし、中にはMINIMI軽機関銃を持つ空挺隊員が常駐。機動隊は白金通りに対して横道が繋がっている場所に1個分隊ずつ展開して監視に当たり、もし敵が現れれば遊撃を担当する空挺班が駆け付けて撃退を行う。次いで迫撃砲小隊が上中里公園と梨の木公園に射撃陣地を構築した。これに関しては養老川の敵上陸地点へ直接砲撃を加える予定である。対戦車小隊も阻止線まで前進して攻撃の準備を進めていた。県機中隊長が2人に疑問を投げ掛ける。
「それにしても、素直にこの通りを南下して来るでしょうか」
「私は来ると思うね。連中の進化の系統なんて予想も出来ないが、魚と同じ本能でもあれば集団でやって来るんじゃないかな。少なくとも人型1体でサメやシャチの類とやり合えるとは思えない。だとすれば密集して行動するのも何となくだが納得出来るだろう。」
「同感です。横道に入るのも一種の本能ではないでしょうか。」
多くが対応に追われて気にする暇も無かったが、陸自が進出して以後、少し余裕の出来た警官たちの間でもそんな話が持ち上がっていた。神山警部補たちが捕縛した人型は既に死亡しており、今は警部補が行きつけにしている駅前居酒屋の冷凍庫に無理を言って保管させて貰っている。そこへ鶴谷陸曹長が全ての準備が整った事を報告に来た。
「総員配置完了。着弾観測用のヘリは5分後に空域到達の予定です。」
「よし、警戒を怠るな。特車も準備をお願いします。」
「了解です」
車体上部の放水塔が旋回し、通りに狙いを定めた。相互の距離が縮まれば必然的に針が降り注ぐ事になる。その針を高圧放水で叩き落すのだ。人員輸送車の中は弾薬箱が積まれ、開いた窓から突き出されるMINIMIが銃口を睨ませている。あとはヘリが到着すれば最初の一撃はこっちから仕掛ける事が出来るだろう。
袖ヶ浦市:長浦周辺 第1普通科連隊第4中隊長 矢田一尉
第4中隊と随伴する車両隊は長浦に到達して中隊本部を設置。しかしながら、どうにも攻めあぐねいていた。大きな問題として、中隊車両の殆どがソフトスキンであったためである。トラックの荷台を覆っている幌が人型の針に対して無力ではないのかと小隊長たちが進言。これにより第4中隊は一帯の避難民をどうやって誘導し、且つ自分たちにも損害を出さない方法を考えていた。夜間の行動では隊員たちの視界も十分に確保出来ないため、避難民を集めて運んでいる最中に襲撃を受けると死者が出るのは免れないだろう。それに車両隊と呼んでいるが、実状は駐屯地内の動かせる業務車を寄せ集めただけの普通の車の集まりだ。そんなもので人型の針が防げる筈もない。
「副長、本部に一度掛け合いましょうか」
「そうだな。県機に手の空いている装甲車両があればいいが…」
副連隊長自ら、連隊本部へその旨を伝えた。第2県機の殆どは現着した第1県機と交代して木更津駐屯地に一時収容され休んでいるらしい。その中から志願者を募った所、そこそこの数の機動隊員たちが名乗りを挙げたそうだ。特型警備車の1個小隊、SATの後退で手透きになった銃器対策警備車1個小隊、総勢8両が臨時編成の支援部隊として出発。これに伴い第2県機から連絡要員として1中隊伝令の真鍋警部補が海保のヘリで支援部隊より先に現着を果たした。
「第1中隊伝令、真鍋警部補です。支援隊運用調整のため派遣されました。」
「第4中隊長の矢田です。要請の件、ありがとうございます。」
早速現場レベルの運用調整に入る。車内には運転手と無線及びナビを担当する機動隊員計2名、そして陸自1個班が乗車。2個小隊規模の部隊として長浦に前進する事となった。そこへ無数のCH-47が飛来。乗っている空挺中隊からの無線が舞い込み、着陸場所を探していると言われたので近場にある野球場への着陸を進言。そこの中隊長も含め打ち合わせが進んだ。
「臨時に中隊指揮を任されました大河内二佐です。消防署に退避している消防吏員と民家人救護の命を受けて来ました。」
「4中隊長の矢田一尉です。我々は県機の車両が到着次第、共同で進出します。消防署まではかなり距離がありますが、どうされますか。」
ちょうど自分たちが居る周辺の地図を見せられた。1本の赤い線が書かれている。表の通りではなく裏側にある道だ。
「裏に消防署へ続く通りがあります。我々はそこから敵戦力の一部を引き寄せつつ撃破し、消防署の安全を確保します。そちらは車両と共に進んで下さい。既に消防本部では化学消防車の再集結と支援の消防隊再編成の指示が下りて急速に準備が進みつつあります。それにコンビナートの爆発による火の粉が周辺地区で小火騒ぎを起こしており、下手に延焼が進むと手遅れになって事態は悪化します。あまり時間がありません。」
空挺隊員たちは全員が暗視ゴーグルを装着していた。完全に独立して行動する事を前提にした装備である。これならば問題はないだろう。
「分かりました。そちらはお任せします。」
「では、我々はこれで」
空挺中隊が暗闇に消えていく。警戒しながら前進しているが、自分たちよりも数倍早い行動だった。数分もしない内に全員が民家の陰へと姿を消す。そこへ県機の支援部隊が到着し、降車した機動隊員たちが真鍋警部補の所に集まって指示を仰いでいる。矢田は副連隊長を横目に見ながら喋った。
「我々も行きましょうか」
「……よし、4中隊前進」
「了解」
2個小隊規模の車両に陸自が乗り込んだ。2車線の道路を平走しながら進む。すると、右手の自動車販売店の中からチカチカと何かが光った。運転手の機動隊員がそれに気付き、懐中電灯を点けてクルクル回すと向こうも同じように回す。生存者だ。同乗している陸自班長に声を掛ける。
「右の自動車販売店に誰か居るようです」
「寄せて下さい、各員降車用意」
「2号車より各車、要救助者の捜索を行う」
小銃に初弾を送る音が車内に響く。車両を脇に寄せて陸自1個班が降車。結果、取り残されていた事務員の救助に成功した。前進するに連れて要救助者が増えていき、次第に車両隊も慌しく動き始める。石井消防士長たちの居る長浦消防署まではまだかなり距離があった。
今月より多忙が予想されるため、もしかすると来月まで次話の投稿が出来ない可能性があります。ご了承頂ければと思います。