1普連
陸上自衛隊木更津駐屯地 第1普通科連隊本部 保坂一佐
格納庫を間借りして設立された連隊本部。中央には袖ヶ浦周辺の地図が広げられ、保坂を始めとした連隊幹部がそれを取り囲んでいる。更に木更津署副署長と袖ヶ浦消防本部の人員、海保と自治体の人間も臨席した。
「現時刻より第1普通科連隊は治安出動命令に基づき、当該地域に展開する敵生物群と交戦中である千葉県警攻撃チームの援護に入る。前線は県警の後退に伴って我々へ移譲。宜しいですね?」
木更津署副署長へ声を掛ける。静かに頷いて答えた。
「問題ありません。県警本部長より全て通達済みです。」
「周辺の避難状況について消防から何かあればどうぞ」
消防の制服を着た壮年の男性が挙手。消防本部の次長だそうだ。
「えー、避難の殆どは完了しております。出過ぎた事とは思いますが、周辺病院のベッド数確認と何台かの救急車を手配しました。もし必要になりましたら使用して頂ければと思います。」
「ありがとうございます。海保さんも何かあれば。」
3管区本部から来た警備救難課の幹部が数名居た。その内の1名が挙手する。
「木更津の保安署に何機かうちのヘリが集結しています。乗れる人数は限られますが、もし緊急でヘリが必要な場合等があれば使って下さい。それと小銃類の弾薬も一部ですが融通可能です。」
「分かりました、あてにさせて頂きます。自治体の方々は何かありますか?」
こちらは特に何も無いようだ。と言うより何を言っていいか分からないのだろう。少しだけザワついた後に1人の中年男性が手を挙げた。
「連中の正体は分からないんですか」
それは誰もが知りたい事である。これから矢面に立つ隊員たちも本来であれば知っておくべき事だ。しかし敵の正体は未だ不明で、統幕では「人型」「侵食1型」「侵食2型」「投射型」と呼称して個別化をしたらしい。数が最も多く名称せずとも現場レベルでその名が広がった人型。ヒトデ型と呼ばれていた生物が侵食1型とされ、漁港に居座るホヤのような生物が侵食2型。五井駅周辺で目撃された溶解液の塊を撃ち出して来る投射型。連中の出現場所は神出鬼没で沿岸の全てが上陸地点と言っていい。特に侵食1型は人間を食料としているようで、沿岸地域からの民間人避難は急務だった。
「……それは今この危機に直面している誰もが知りたい事だと私も思います。しかし我々は現在、相手の正体を知るよりもまず自分たちの命を護らなければならない状態にあります。その辺は偉い先生方が紐解いてくれるでしょう。」
格納庫が静まり返る。平凡と言えばそれまでだが、今の状態を表すには説得力のある言葉だった。そんな中へ第4中隊と車両隊の指揮を任された副連隊長が現れる。
「全中隊、出動準備完了」
「了解、これより作戦を開始する」
普通科1個中隊分を空輸するCH-47がAH-1Sの1個小隊を伴って離陸。同じくドアガンを搭載した1個小隊分のUH-60も離陸した。正門からは第2県機の人員輸送車が第2第3中隊を乗せて出発。1偵の偵察警戒車がそれに続き、最後に第4中隊と車両隊が出て行った。一瞬の爆音が遠ざかり妙な静けさが当たりを包み込む。
千葉県警第2機動隊長 佐々木警視
思ったよりも抵抗が激しい。既に3度の押し出しを受け、SATも銃対も弾薬が尽き掛けていた。そして県機には多数の死者が出ており厳しさが増している。そこへ何重ものヘリの音が近付いて来た。空を仰ぐと、夜空に無数の大型ヘリが姿を現し、我々よりも1本前の道路へ一斉に着陸を開始。同時に木更津へ向かわせた車両隊も到着して車内から雪崩のように陸自隊員が出て来た。真上を細長い4機のヘリが通過し漁港の手前で密集して抵抗する人型の群に機関砲を浴びせ始める。何もかもが圧倒的で力強く感じられた。
第1普通科連隊 第1中隊長 根本三佐
CH-47の後部ハッチが完全に開放され、凄まじい風圧が機内に飛び込んで来る。機付員のGOサインと共にまず梅雨払いとなる第1小隊を率いて狭い道路に降り立った。それに迫撃砲と対戦車小隊が続き、両小隊は射撃陣地を作るべく移動を開始。残りはぞろぞろとヘリから降りて田畑へ移動し小隊毎に集結する。
「左右に広く展開しろ!各班長は点呼忘れるな!」
我々を降ろして身軽になったCH-47が飛び去っていった。不意の静けさで不安になるが、鳴り止まないAH-1SとUH-60の射撃音が鼓舞となる。通信手を呼び寄せて他の中隊へ位置の確認を行った。
「1中隊より2中隊及び3中隊、現在地」
「第2中隊、そちらの左翼側に展開」
「3中隊、もう少々で移動完了、右翼側に展開する」
暫し待機し、第3中隊の移動が完了した。準備が整った旨を本部へ報告し前進の許可が下りる。戦闘を各小隊長に任せて中隊指揮所の設置を開始。まず我々の前方で攻撃を続けるSATの救出が最優先任務だ。機動隊はこの時点で後退を開始したが、投光車だけは制圧が終わるまで居て貰う事になっている。明かりがあるのは有り難い事だった。
第1中隊1小隊長 金沢一尉
「小隊前進!まだ安全装置はそのままだぞ!」
前方に車体後部が田畑へ落ちて斜めになっている警備車両が見える。その周辺でSATが攻撃を続行していた。田園を走って接近し、道路に上がる手前の段差部分から声を掛ける。
「陸自です!前線を引き継ぎます!後退して下さい!」
声に気付いたSAT隊員が振り返った。周辺で射撃する隊員たちに後退を促している。総勢10名近いSAT隊員が無事にその場を引き払い、最後まで銃声を響かせていた隊員が近付いて話掛けて来た。
「SATの楠本だ、ヒトデは取りあえず5体ばかり封じ込めたが連中意外に手強いぞ。注意してくれ。」
「了解、後方で少し休んで下さい」
4個班が広く展開。小銃を道路の上に突き出し、地形に沿って伏せ撃ちや膝撃ちの体勢に入る。前方50mぐらいに人の形をしたのが無数に見えた。ゆっくり近付いて来ている。あれが人型だ。
「安全装置解除!単発用意!目標前方約50mの人型生物!よく狙って撃て!」
小銃の安全装置を単発へ切り替える。2度3度と誰もが控えめに発砲を繰り返した。サブマシンガンよりも圧倒的に射程と精度に勝る射撃である。交戦距離は警察よりも遥かに有利だ。
「慣れて来たら3点射も許す、中隊本部に段列が揃うまでここから射撃を続行」
第1中隊が進出した事により前線は陸自へ無事に移譲された。ガスの噴出機能を破壊されて人型の支援もなく右往左往するだけになった侵食1型は、各所で87式の25mm機関砲で引き裂かれ土の上でただの肉塊と化していく。人型へも車載機関銃の制圧射撃を送り込んだ。
「グランパスリーダーより地上部隊、弾薬補給のため一時帰投する」
「キムリックリーダー、もし地上の段列を利用出来るなら補給したいが可能か」
AH-1Sからなるグランパスは20mm砲弾を使用するため基地での補給が大前提だ。逆にUH-60のキムリックはM2重機関銃をドアガンとして搭載しているのでこちらの弾薬に余裕があれば融通が出来る。
「こちら連隊本部、補給段列は現在移動中だ。もう少し待って貰いたい。」
「了解、グランパスのインターバルを支援するため発砲を控える」
グランパスチームが補給のため引き上げる。キムリックチームは高度を上げ密集している小集団に限定して射撃を行った。侵食1型の殆どを沈黙させた87式の小隊は金沢一尉の小隊が居る道路上へ進出し、横一列に並んで砲塔を左へ指向させる。
「1偵火力支援チーム現着、目標指示願う」
「密集している所を叩いてくれ。それともし投射型が見えるなら優先的に攻撃して欲しい。」
「了解」
機関砲を温存し、車載機関銃で蹴散らしていった。その間に人型集団の中に投射型が紛れ込んでいないか探す。
陸上自衛隊木更津駐屯地 第1普通科連隊本部 保坂一佐
「しまったな、ヘリの事までは考えていなかったか」
「今後の課題ですね」
基本的には自分たちのために補給を考えるが、諸職種混成となると数多くの想定が必要になる。今回のは特に良い例だ。
「全員記録を怠るな。我々は現存する運用法に実戦の教訓を得られる貴重な体験をしているんだ。」
グランパスチームが戻って来た。パイロットとガンナーが機体から降りて暫しの休憩に入り、整備員たちによる点検や弾薬補給が行われる。連隊幹部の何人かが話を聴くためそこへ出向いた。上空から見た漁港の状況、敵の展開地域、味方の動き等について話を聴き出す。
「漁港は酷い有様だ、あれじゃまるでエイリアンの巣だぞ。普通科の突入は止めた方がいいかもな。」
「俺たちは密集してる所だけ狙ってるが、実状として敵は沿岸線に沿ってチマチマ点在している。早めに包囲しないと面倒な事になるぞ。」
「普通科を乗せたチヌークが降りる前に俺たちが掃射しておくべきだったと思う。そうすればもう少し前線を海の方へ押し上げられたかも知れん。」
皆それぞれ思う所はあるようだ。作業を終えた整備員たちが機体から離れ、再び彼らが乗り込んで飛び去って行く。それを見送った保坂が口を開いた。
「補給輸送の首尾はどうなっている」
「第1第2中隊の車両隊が方面輸送隊からの弾薬を無事受領、現在アクアラインを走行中」
「3中隊の方は」
「こちらも衛生及び補給品を受領し現在移動中です」
保坂の狙いは今の所上手くいっていた。駐屯地にはある程度の弾薬しかなく、攻撃している内に尽きてしまう事は容易に予想が出来る。かと言って輸送隊の搬入を待っているのも時間が惜しい。ならばと保坂は一計を講じた。輸送隊は1普連の要請と後方支援隊の許可を得た後、先んじて弾薬庫のある吉井分屯地へ出発。折り返して立川へ向かわせ、そこで待機していた第1第2中隊の車両隊に弾薬を移し変えた。時間的には第4中隊と車両隊がアクアラインを走っている頃に立川を出た事になる。当然若干の時間ロスは生まれるがそれも止む無しだ。何より方面輸送隊の任務は多岐に渡るため、普通科1個連隊のためにその全てを物資輸送に割く余裕は無い。手持ちの駒を有効に活用するための事でもあった。
木更津署交通課 川井巡査部長
派手なヘリの音が響き渡り、次いで様々な銃声が聴こえて来た。どう考えても陸自が現地入りしたと考えていいだろう。木更津署からも第1普通科連隊が進出を開始したとの報告があった。3人は救出に備え、必要な物を持って1階へ下がる準備を始める。
「貴重品だけ持って下さい、間も無く陸自が来るでしょう」
「助かるんですね」
「気を抜くな。一番危ないのはこういう時だ。」
車両の近付く音が聞こえる。2台ほどは居るように思えた。窓から急に明かりが差し込むと同時に何発かの銃声が響き、集団で歩く音が家の周りを取り囲んでいく。その後にも何度か発砲する音が聞こえ、最後に玄関のガラス戸を叩かれる。ついに救助が来たようだ。
「1普連です!救助に来ました!」
その声で今までの緊張が解きほぐされる。まず男性を最初に逃がすため我々は再び拳銃を抜いて警戒を始めた。2人で前後に挟んで1階へ下り、鍵を開けて目の前に居る陸自隊員へ報告する。
「木更津署交通課、川井巡査部長です。救助に感謝します。民間人の護送をお願い致します。」
「1普連2中隊の飯田陸士長です、既に前線は我々へ移譲されました。御三方をこのまま後方へ運びますので、そこで休んで下さい。」
2両の特型警備車が控えている。窓から差し込んだ光は照明弾だったようだ。空に明るい点が4つ確認出来る。周囲には人型の死体が何体か転がっており、全て制圧された後だった。陸自隊員たちに促されて車両に乗り込む。
「収容完了、撤収お願いします」
「了解」
脇に小銃を抱えた陸自隊員が機動隊員にお願いをすると言うのはどうにも見慣れない光景だ。2両の特型警備車は民家へ続く路地をバックして後方へ走り始める。小さい窓から外を覗くと、漁港方面に投光車が見えた。その灯かりの中で陸自隊員たちが行動しているらしい。車に揺られながら少しだけ目を閉じると、目的地に着いた所で同僚に起こされた。車両から降りるとそこは自衛隊の基地内だった。副署長が出迎えにやって来る。
「交通課、川井巡査部長以下2名、自衛隊の救護を受け無事戻りました」
「ご苦労だった、十分に休息を取った後に復帰して貰いたい」
木更津署のパトカーが迎えに来た。ここで民家に居た男性に別れを告げ、川井とその同僚は木更津署へと戻って行く。
陸上自衛隊習志野演習場 第1空挺団長 倉元陸将補
各普通科大隊から中隊長たちによって選抜された合計9個小隊が展開。生物群の出現した沿岸の一帯で、現在対処に当たっている1普連以外で即応且つ対応可能な部隊が居ない事から、我々に白羽の矢が立てられた。既に第1ヘリ団のCH-47がこの演習場で我々の空輸を行うべく待機中である。展開地域は主に3つだ。長浦消防署で孤立している消防吏員と保護下にある民間人を救護し、現在も炎上中のコンビナートへの消火活動を支援する部隊。次に養老川から住宅地へ侵攻した生物群が現在も居座っている一帯にヘリボーン降下し、封鎖活動中の警察を援護する部隊。最後に千葉県庁と県警本部の至近に上陸した生物群を沿岸へ押し戻しつつ、民間人の避難誘導を支援する部隊となる。
「傾注!」
副団長の掛け声により全員の視線が集中した。臨時編成の3個中隊。数では展開中の1普連より圧倒的に少ない。しかし、ここに居る全員は地獄の訓練を耐え抜いた陸自の精鋭である。胸のレンジャー徽章がその証だ。
「各中隊はこれより指定の地域に展開し任務に当たって貰いたい。状況が動き出したとは言え、まだまだ油断は出来ない状態だ。諸君等であればその実力を持って、状況の全てをこちら側へ傾かせられると私は信じている。出発してくれ。」
時間も時間である事と、ヘリのローター音による騒音を考慮し、無駄な掛け声は一切行わなかった。静かに粛々と、内に漲る炎を隠しながらヘリに乗り込んでいく。3個中隊を空輸するヘリ群がそれぞれの目的地へ向けて飛び立った。演習場は再び静寂に支配され、夜風が見送りの隊員たちを撫でる。