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袖ヶ浦防衛線

千葉県警SAT隊長 楠本警視 20時17分

我々と銃対を運ぶ車列は、最初期から現場に展開して封鎖活動に専念していた木更津署の署員による誘導を受けてついに袖ヶ浦へと現地入りした。分かってはいたが現場の広さと暗さに改めて驚かされる。街灯の類が殆ど存在しなかったのだ。目の前に例の人型が居ても全く分からないほどの暗く深い闇が広がっている。

「……これは厄介だな」

「全員に暗視ゴーグル装着を命じましょう」

「銃対は持ってない装備だ、県機と特車隊の到着を待つ。投光車が必要だ。」

各班に実弾の装填を許可し県警本部への回線を開いた。対抗出来る武器が無いなりに練られた警備実施要綱を口頭で受け取る。


第1段階

特車隊を前面に押し出し高圧放水によって人型を押し戻す。この際、インパルス放水銃とガスマスクを着用した県機分隊が随伴し援護。ある程度人型を散らした時点でこの部隊は一時後退。


第2段階

孤立したヒトデに車両の屋根から狙撃銃にてガス噴出口を集中的に攻撃し噴霧を阻害。可能であればガスを噴出す機能そのものを破壊出来ると好ましい。


第3段階

特車隊は再び前面へ進出し車体を盾にしながらSAT及び銃対による攻勢を慣行。主目標は人型とし、ヒトデとは出来るだけ距離を取る。県機は広範囲に展開し随所で作戦支援と人型の拡散を阻止。以後は陸自の到着まで生物群を袖ヶ浦に押し留める事を最優先とする。


あくまで時間稼ぎである事を忘れるなと田ノ浦警備部長からの厳命が下された。既に国民保護措置が適応され自衛隊の出動も容認されている。1~2時間だけここを持ち応えさせれば前線を陸自へ移譲し我々は後退。各所への支援に移る予定だ。

「補給に関しては成田の警備隊からも弾薬を大急ぎで一部回させているが深追いはするな。包囲して釘付けにするだけでいい。」

「了解、県機の到着を待ってから行動に移ります」

こちらの準備は整った。待つ事10分足らずで県機が現地入りしたのを部下が目視で発見する。

「2機です!2機が現着しました!」

暗闇に無数の赤い回転灯が映り出し、大型の人員輸送車が列を成して続々と現れた。数にして3個中隊の人員である。今の我々にとっては堂々たる規模の戦力だ。車両から降りると向こうの先頭の車両から降りて来た出動服の男がこちらへ向けて歩き出す。銃対の隊長も加わって顔合わせを行った。

「千葉県警第2機動隊長、佐々木警視です」

「SAT隊長の楠本警視です。応援感謝します。」

「銃対の小野沢警部であります、よろしくお願いします」

3人で言い渡された警備計画を共有する。佐々木警視が出動時に口頭で受け取ったものは途中から楠本が受け取ったものに更新されていた。まず予定通りガスマスクを持った県機分隊が集結。同時に大型の投光機を装備した特殊車両が袖ヶ浦の暗闇を照らし出す。特車隊の遊撃放水車3台を中心にそれぞれ2個分隊ずつが張り付いた。放水用の水は用水路にホースを伸ばしてそこから組み上げて使う。後退の際に移動をスムーズに行うため、放水車の後方には更に支援として1個分隊がホースを捌くために待機していた。


千葉県警第2機動隊長 佐々木警視

「各中隊は3方向に展開、分隊単位ではなく小隊単位で常に行動しろ。お互いの位置を常に把握するのを忘れるな。インパルス分隊は放水車を中心として左右に展開、前面の防御担当員の拳銃使用は適時許可するが自分とその後ろの仲間を守る事を最優先に考えろ。」

道幅が狭いので道路1本に対して1両ずつが配置に就いた。3本の道を同時に進んで押し込んで行く事になる。分隊は周囲の畑に足を踏み入れて進むしかなさそうだ。なるべく荒らさないようにしたいが既に人型やヒトデがそこを闊歩しているのでこちらも分け入らなければ対処が出来ない。

「各チーム、準備が整いました」

「よし、投光車の光を漁港方面へ向けろ。作戦の第1段階を開始する。」

ライトがゆっくりとその明かりを漁港へ向けた。黒い人型の姿が無数に見える。3台の放水車が進み出し、随伴する分隊も足を前に進めた。大盾を構えた隊員の後ろにはインパルス放水銃を持つ隊員が続く。投光機の明かりがあるとは言えガスマスクで視界が限られてる状態での移動は中々に難しかった。

「特車01、接触します」

右側の道を行くチームが人型の群と接触。車体上部の放水塔から水が飛び出した。こちらに近付いて来る人型の群が放水の圧力で後ろに吹き飛ばされていく。立ち上がろうとした人型には分隊が一気に距離を詰めてからインパルスで追い撃ちを掛けた。放水車は自身の射程で分隊の後退を援護。各チーム共に生物群を少しずつ漁港方面へ押し返し始めるがそれも長くは続かなかった。

「特車03より本部、ヒトデ型を2体視認。10mほど先からガスが滞留しているように見受けられる。距離も微妙なため前進を一時停止したい、送れ」

「特車02、押し込まれた分だけ人型が密度を増し始めた、これ以上の前進は分隊を危険に晒す恐れがある。後退を許可願いたい。」

思っていたよりは押し込めたように思えるがこの辺が限界だろう。各チームへ後退を促すがその判断は少しばかり遅かった。中央を行く特車02のチームへ人型が押し戻しを始める。

「群が突出し始めている、分隊は至急後退しろ。こちらも放水と同時に下がる。」

再び接近を開始した人型の群を高圧放水で蹴散らす。降り注ぐ針もその多くは水で弾き返されているがそれでも何本かは車体を叩いていた。両翼の県機分隊は道路に上がって一列で後退を開始。支援分隊はその後退の邪魔にならないようホースの位置調整と移動を行う。不意に動かすと2個分隊の足をすくって転ばせる事になるので特に必死だった。もう少しで通りを抜け出れそうと言う時に、ハンドルをきるのが早過ぎたようで車体後部が畑へ没してしまうトラブルが発生。立て直しを試みたが狭まりつつある相互の距離と車体に当たる針の音が焦りを感じさせて操作を妨害する。ここは思い切って逃げた方がいいだろう。

「特車02から本部!各坐から立て直せない!車両を放棄する!」

支援分隊が放水車の乗員を救助しようと車体後方から接近を試みたが、ここで無線に楠本警視が割り込んで来た。

「こちらの人員で救助します、支援分隊は直ちに後退を」

「助かります。聴いたとおりSATが前に出るまで動くな!下手に車外へ出ると針を受けるぞ!」

横道で待機していた銃器対策警備車からSAT隊員たちが降りて来た。支援分隊を下がらせると共に脱輪した放水車を取り囲むように展開。迫り来る人型の群へ射撃を開始する。

「制圧二班前へ!乗員の救助も忘れるな!」

SAT隊員の誰もが自分たちの領分でない事を理解していた。夜間の作戦行動訓練もしてはいるが、こんな広い平野でしかも集団戦を行う中に居る等、自分たちの仕事でないのは明白である。それでも今ここで脅威を少しでも押し留められる力として存在している事に意味を見出さなければならないのも事実だ。

「後部ハッチを開けろ!急げ!」

銃声が響く中で乗員の救出が進む。幸い運転手と放水銃担当の2人共に怪我はないようだ。車外へ2人を降ろし、送水用のホースを車体から取り外して急いで後退する。両翼のチームも同じタイミングで後退を開始。道路に残されたホースは水圧を失って既に薄っぺらくなっていた。

「狙撃チームは別ルートより前進、中央は侵攻の阻止に専念しろ。」

中央ルートは侵攻を食い止める事に専念させる。後退し始める特車01及び03を尻目に特型警備車が脇道からヒトデ型をスナイパーライフルの射程に収めるべく前進。作戦は第2段階へ入りつつあった。


千葉県警銃器対策部隊長 小野沢警部

放水車の乗員と支援分隊をSATより受け入れ、後方へ下がらせてから我々も前面へ飛び出した。投光車の明かりがバイザーに反射して時折激しく目に差し込む。不安定な足元へ必死に足をぶつけて放水車の陰から射撃を送り込むSAT制圧二班の右側に展開した。

「SATを援護する!生物の接近に十分注意しろ!射撃用意!」

人型を初めて目視する。身長はかなり高めのように感じた。それだけならどうとでも出来そうだが、例の毒針を考えると一瞬で恐怖が押し寄せる。針を浴びた人間で助かった者は居ないらしい。当たれば致死率は100%だ。こればかりはやられる前にやるしかない。

「撃て!」

一時的に激しい攻撃が行われた。SATが試しにスタングレネードを使用したが、そこまで目に見える効果はなかった。確実に倒せてはいるがその数は尋常ではない。相互の距離は針が次第に足元まで突き刺さるぐらいに近付き始めた。班長に後ろから声を掛ける。

「二班長、一旦下がろう。これ以上ここに居るのは危険だ。」

「了解、全員一時後退。足元に注意しろ。」

脱輪した放水車を尻目にその場を引き払う。畑1つ分を走り抜けると後方で後詰に備えていたもう1台の放水車が前面に進出して来た。

「特車04、これより前面へ進出します。後退どうぞ。」

有り難い増援だ。車体の陰に隠れてそのまま後退を続行する。途中でホースを動かす支援分隊の所へアドバイスを伝えた。

「分隊長は」

「自分であります」

「撤退時はホースを外した方が良い。さっきみたいな事になると面倒だ。」

「分かりました、上にも伝えます」

腕時計を見ると作戦が開始されてから早くも30分が経過しようとしていた。少なくともあと1時間近くは我々だけでここを支えねばならない。

「弾薬を補給しよう。第3段階に備えるぞ。」

特型警備車まで戻って撃った分だけの弾薬を補給する。さっきから重めの銃声が何度も聴こえているのでヒトデ型への攻撃が始まっているようだ。あのガスさえなければ車両を盾にこちらもある程度は強気な行動に出れるだろう。無線から流れる状況に耳を傾けながら少し休んだ。

「特車11より本部、ヒトデ1体のガス噴霧阻害に成功、多量の出血を確認」

「特車13、こちらも1体を無力化したが弾薬が足りない、補給を要請する」

「こちら特車12、位置が悪いため再度移動中」

「特車03より至急救援願う、後方から浸透されたようだ、包囲されつつある」

顔を上げた小野沢が目配せすると部下たちの視線も集中した。佐々木警視への回線を繋げながら運転手に発進を命じる。

「銃対小野沢です、我々が向かいます」

「分かった、頼むぞ」

田んぼ道を特型警備車が突っ走る。SATは戦力的に最も貴重な上に攻撃の主軸だ。作戦がまだ第2段階の内なら、遊撃は我々の任務でもあるだろうと言う気持ちがあった。


千葉県警本部 田ノ浦警備部長

現場からの情報や要請が次々に飛び込んで来る。ある程度のものは主任クラスの人間に指示を任せ、こちらは袖ヶ浦で開始された作戦の状況を事細かに分析していた。空域に留まって映像を送り続ける「やまたか」があってこそ出来る事である。

「特車02は事態収束までそのままにしておけ、成田から送らせた弾薬は今どの辺まで来ている?」

「航空隊のうみどりが空輸しています。現在地は八掛市の上空を通過している最中です。」

「もう少し時間稼ぎが必要か。ここは慎重に事を運ばんとな。」

海保が頑張ってくれたお陰である程度は数を減らせている筈だ。それに報いるためにも下手な事は出来ない。

「他の所はどうだ。」

「寒川町に関しては3機が到着して中央署の人員と共に封鎖と避難誘導を開始しています。市原市には間も無く1機の中隊が現地入りの予定、1機本隊の袖ヶ浦到着はもう少し時間が掛かります。それと本部長より上申して貰えれば直ぐにでも管機の非常呼集を行うとの通達が降りて来ています。」

「……難しい所だな。いや、予定通り近隣所轄の警備課に限定して人員を引き抜く方向でいこう。今から大きな戦力を集めるのは時間が掛かり過ぎる。それに我々の受け持ちもカウントダウンに入ったんだ。多くを求めないようにしよう。理事官、調整は任せるぞ。」

「分かりました、直ちに実行します」

国民保護措置の発令、自衛隊出動の容認、ここまで来ればもう十分だ。各所で持ち応えている全警察官にとっても大きな吉報である。そろそろ後始末の事も視野に入れなければならないだろう。現場から上がって来る筈の膨大な報告書の精査にどれぐらいの時間が掛かるかは誰にも分からない。しかし、この事態は田ノ浦や他の人間が思っている以上の規模へ膨れ上がっていくのだった。

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