キミに呼ばれたい
私は自分の名前があまり好きじゃない。正確には好きじゃ無くなりつつある。学年が上がり中学二年生になって新しいクラスに変わってから私の周囲は変わってしまった。仲が良かった友達は同じクラスにならなくて一人でいることが多くなった。そんな私の名前は、美佳。どこにでもいそうな普通の名前。
「美花、一緒に体育館行こ!」
その声に私は一瞬反応する。でも振り返らない。何故なら私のことを呼んでいるわけじゃないから。
「ちょっと待ってー、いま髪結んでるから!」
私じゃない違う子が返事をして仲良く体育館に向かって行く。彼女たちの後ろ姿が見えなくなるまで見守り私も体育館へと向かう。名前を呼ばれた子の名前は、藤堂美花。私と同じ名前の女の子で、学級委員に選ばれるくらいクラスで人気者。
誰にでも気軽に話すことが出来る彼女に、私は憧れている。それに・・、可愛い。同じ女子の私から見ても可愛いから相当なものだと思う。比べて私は、身長が高いくらいしか取り得がない。それも最近は男子たちの身長が伸びてきて抜かれてばかり。
そんなことを考えていたら気分も落ち込んできた。すると落ち込んでいた私の肩を叩いて声をかけられる。
「日比谷、どうした?元気ないのか?これからバスケだよ、バスケ。」
私の苗字を呼ばれて返事をしようとするも、緊張して同じことを二度言ってしまう。
「あ、遠山くん。元気だよ!元気。バスケ楽しみだね。」
「そっか。元気なら良いけど。日比谷と同じチームだと良いな!じゃあ、先に行くなー。」
彼は遠山瑛汰くん。普段は大人しい子なんだけど、体育の時はどうやら違うみたい。今年から同じクラスになった男の子で、こうやって時々話しかけてくれる不思議な子だ。
今日の体育はバスケットボール、球技大会も近いからかクラスの皆の熱気がいつも以上にすごい。私も運動することは好きな方だけど、体育はチーム分けがあるから好きじゃない。なぜかと言うと、友達の出来ていない私は余ってしまうから。もっと積極的になりたいのに、自分から声をかけられない性格が嫌になる。
「おーい日比谷。一緒にチーム組まないか?」
またも同じ声に振り返る。遠山くんが私を見て手を振っている。彼の声にクラスの女の子がこちらを見て来る気がした。私はどうしようか迷っていた。遠山くんは女の子の人気が高いから、ここでチームを組んだら他の女の子と友達になるチャンスが遠のくかも知れない。友達は欲しい、皆と仲良くなりたい。だから私は遠山くんの誘いを断ることにした。
「な!良いだろ?日比谷、一人みたいだし。決まりな。」
断る前に強引に決まってしまった。周りの視線がはずかしい。
チームが決まって5人でパスやシュートの練習をはじめる。私の投げたボールがゴールリングに当たって別方向に飛んでいき、クラスメイトの足元へと転がって行ってしまった。その子が振り返り、ボールを私の方へと投げて渡してくれた。私は消え入りそうな声で、
「あ、ありがとう。」
彼女は返事をすることなく、私に向かって笑みを浮かべて来た。その顔を見ると同じ名前の藤堂さんだった。
練習が終わって、ミニゲームが始まった。私は身長が高いからかゴール前を守ることに。そのことに不満は無かったのだけど、やっぱりシュートを決めたいななんて思ったり。自分がシュートをする姿を想像してたら名前を呼ばれ想像の世界から戻ってくる。
「日比谷!ブロックだ!」
ブロックと言われてバレーを思い出し、私は高く飛び上がる。だが私の腕はボールを捕らえることは無く、ボールを持った目の前の彼女は私の横をすり抜けて行き、そのままシュートを決められてしまった。
「どんまい、日比谷!次だ次!」
遠山くんに励まされ、私は気持ちを切り替えてボールを拾う。するとシュートを決めた藤堂さんがまたも笑みを浮かべて私の方を見て来た。なんだか心の中がモヤモヤする。たかがシュートを決められただけなのに。負けたくない、そんな思いが心からわき上がって来た。
肩をトンっと叩かれる。横を見ると彼が笑顔で言って来た。
「バスケは、相手をよく見るんだ。俺を見てて。」
彼はそう言いパスを要求してきたので彼にボールを渡す。言われた通り私は彼だけを見ていた。ドリブルをして相手のゴールへと向かって行く。当然相手は守りに入っているから簡単には抜けない。彼の位置からゴールは遠い。一度パスを回すも相手の守りは固くてまたボールは戻ってくる。パスを受け取りシュートをするかのように膝を屈伸させる。ボールを頭の上に持って行き、そのままシュートをする、誰もがそう思った。守っていた相手チームの男の子もその動きに合わせて飛び上がる。シュートは止められる、そう思った時だった。ボールを放さず右手だけで持ち、目の前の男子を横からドリブルで抜いて行った。流れるような動きに周りで見ていたクラスメイトから歓声が上がる。そのまま走りながらシュートを決めた。
「瑛汰!今のすごかったな!」
チームの男子が遠山くんに飛びかかって行く。私も後ろから拍手する。最初から最後まで見ていた私は、彼の姿を見てドキドキしていた。私もあんな風にかっこよくシュートを決めたい。少し遅れて私も遠山くんに話しかけようと歩いて行くと、先に話しかける姿が見えた。
「瑛汰くん、すごいね!今のドリブル、めっちゃかっこよかったし。バスケ上手いんだね!」
少し興奮しているのか、遠山くんに話しかける藤堂さんの声がいつもより高かった。
「藤堂もさっきシュート決めてたよな、まだ同点だしこっから。」
話す二人の姿を見て、お似合いだななんて思ったり。遠山くんって彼女いるのかな。って私は何を急に考えてるんだろ。恋人が出来たら下の名前で呼び合ったりするだろうし、そんな関係にちょっと憧れてる。クラスメイトとかの男の子に下の名前で呼ばれるんじゃなくて、彼氏って言う特別な存在から呼ばれる私を想像する。そんな想像をしていて、そもそも私は女子からも下の名前で呼ばれてないことに気付いて少し落ち込む。何だか落ち込んでばかりだ私。
「日比谷って面白いな。百面相か?」
「え、何で?」
いつの間にか遠山くんが近くに居て私に話しかけてきた。私に面白いところなんてあるのだろうか。
「だっていつも考え事してるのか難しい顔をしているなって思ったら、急に首振ったりして真顔に戻るし。見てて飽きないや。」
そう笑いながら言ってくる。それを聞いて私は恥ずかしくなる。変な顔をしていたのもだけど、見られていたことに気付いてだんだんと顔が赤くなるのが分かる。
「あ、また顔変わった。考えるのも良いけど、言葉にしないと伝わらないぞ。なんでも少しの勇気で変わったりするんだぜ。」
そう言って走っていってしまった。私もボールを追いかけて走る。走りながらもまた考え事をしてしまった。言葉にしないと伝わらない。遠山くんの言葉が胸に突き刺さる。まるでクラスが変わってからの私をずっと見ていたかのように思えてくる。そんなはずはないのだけれど。
球技大会が近づきクラスの誰がどの種目に出るか話し合いが行われていた。今年の種目は、バスケ、バレー、サッカーの三種目。どのスポーツも男女混同で行われる。学級委員の藤堂さんの声がクラスに響き渡る。てきぱきとした指示に着々とチームが決まって行く。
「じゃあ最後はバスケのチームです。参加者は十人なので二チームに分かれて下さい。」
呼ばれた十人の中に私も含まれているから、教室の後ろへと歩いて行く。どうやって決めるのかな。余ったら嫌だな。集まったクラスのみんなが好き勝手にチームを組もうとしていく。その流れに入れない私。また沈んだ気分になりそうだった。でもこの前、遠山くんに言われた言葉をふと思い出す。「言葉にしないと伝わらない。」その通りだ。だから私は一緒にバスケをしたい人を考える。考えると言っても男子も女子も名前しか知らない子ばかりで、周りを見渡しても中々決まらない。すると彼女がこちらを見て来た。私は彼女と目が合い、勇気を出して言葉にしてみた。
「藤堂さん、私もチームに・・入れてくれないかな?もし良かったら・・。」
もしかしたら私の声を知らない子も居たかも知れない。だって周りの子がおどろいた顔をしていたから。言わなきゃ良かったかな。あまりにもはずかしくて、そんなことを思ってしまった。
「えっと。」
藤堂さんは困った顔をして私ではなく、同じチームを組もうとしていた女の子の方を見ていた。藤堂さんともう一人の女子、長谷川さんとは仲が良くていつも一緒に行動している。私も長谷川さんの方を見ると、返ってきた言葉が想像していたものとは違っていた。
「私はいいよ!日比谷さんと話したこと無かったし良い機会かも。」
私はその言葉に助けられた。誰が見ても分かるくらい私の顔はほっとした顔に変わって行く。
「じゃあ俺たちも入れてくれないか。ぴったり五人になるだろ。」
遠山くんと、彼の一番仲が良い横井くんがこちらに近づきながら話しかけてくる。私の横を通り過ぎる直前、私にしか聞こえないような小さな声で耳打ちをしてくる。
「やっぱり見てて面白いや、日比谷は。」
何度も面白いと言われるとちょっとバカにされてるんじゃないかなと思えて来てムッとする。そんな顔も彼には面白いみたいで、また笑われてしまうのだが。
長谷川さんが後で休み時間に話そうって言って来てくれた。少しの勇気で変われたのかな。藤堂さんとも仲良くなれるだろうか。同じ名前だから仲良くなったらお互い名前で呼び合うのかな。それはそれで面白いかも。自然と笑みがこぼれる。藤堂さんと仲良くなれたら、自分の名前が好きになれるのかな。
何だろう。彼が気になる。理由はわからないけど、いつの間にか彼の背中を見ている。幸いなことに私の席は遠山くんの斜め後ろの位置だから彼には気付かれない。そう彼には。
「日比谷さん、少しいいかな?話したいことがあるんだけど。」
藤堂さんに呼ばれて廊下に出る。チーム決めの日から少しずつだけど話すようになった私たち。話していて分かったことがある。誰にでも優しい藤堂さんは、二人だけ特別に優しくしていることに。一人は親友の長谷川さん。聞くと小学生からの友達みたい。二人の関係はまさしく親友なんだなって思う。もう一人は。
「私の勘違いかも知れないけど、日比谷さんって瑛汰くんのこと好き?」
「えっ・・!ど、どうかな。」
思わずドキリとする。さっきまで彼のことを考えていたからだろうか。私が遠山くんのことを好き?好きってなに?このドキドキする気持ちなの?、自然と目で追っちゃうとか?頭の中がごちゃごちゃしてきた。何で急に藤堂さんはこんな話をしてきたのかな、藤堂さんが遠山くんに優しいのは見てて分かったけどそういうこと?
「藤堂さんは、遠山くんのこと好きなの?」
以前の私だったら聞けない質問だったと思う。でも聞いておかなきゃいけない、そんな気がした。彼女は悩む素振りを見せることなく答えてくれた。
「好きなのかな、たぶんまだ気になってるだけだと思うけど。日比谷さんと同じかなって。」
私の思い過ごしじゃなかったみたい。彼女にとって特別な人、もう一人は遠山くん。
「うん、私も気になってる。」
素直に言わないと、隠しちゃうとダメだって思った。だから正直に言う。それでも不安だ、せっかく話せるようになってきたのにもしこれが理由で嫌われないか。
「やっぱり。じゃあライバルかな。でも、瑛汰くんがどっちを選んでも私たちは今まで通り。・・そうなれば良いけどね。」
「私は藤堂さんとも、もっと仲良くなれたらなって・・。」
「ありがとね。恋は真剣勝負って本で読んだから、日比谷さんに遠慮はしないけどね。」
藤堂さんが本気でアタックしたらふつうの男子なら誰でも好きになっちゃうんじゃないかな。遠山くんは変わってるけど・・。彼の笑ってる姿を思い出すと、温かい気持ちになる。ずっと笑っていてほしい。私のこの気持ちは、恋なのかな。
その日は日直だったから、放課後の教室で二人。私ともう一人は横井くん。早く終わらせて帰るつもりだったのに、横井くんから予想外のことを言われる。
「日比谷、悪いんだけどさ。残りやっといてくれない?部活遅れると先生に怒られるからさ。」
「えー・・。まあいいけど。」
サンキューと言って彼は走って教室を出て行ってしまった。一人教室に残される。仕方ないから私は椅子に座ってゆっくりと日誌を書き始めた。静かな教室。いつもにぎやかな教室なのに誰もいないと、こんなにも静かなのか。
「遠山くんは、なんで私に話しかけてくれるのかな。」
誰も居ないと分かっていて、疑問を口に出す。答えのない問い。
「なんでだろうな。」
急に聞こえてきた声におどろき、後ろを振り返る。そこには声から予想できた人物が本当に立っていた。
「遠山くん、どうしてここに?」
ほかに言葉が思い付かない。だってひとり言だったから。答えの無い質問に答えが返って来るなんて思いもしない。それに彼のあいまいな答えでは納得がいかない。
「忘れ物。あった、ノート忘れちゃ復習できないからな。」
机の中をのぞきながら話しかけてくる。教室に戻って来たのはたまたまで、私の声を聞かれたのも偶然のこと。運が悪かったと思って気にしないことにする。本当に運が悪かったのはこの後の出来事だったから。
日誌を書いている間、彼は帰らずに私を待ってくれていた。なんで帰らないのって聞いたら、私が日誌を書いている顔が面白いからだって。さすがの私も彼の一言にカチンと来て少し怒った顔をすると、彼は笑いながら話しかけてくる。笑われると更に私の怒りのボルテージは上がって来るんだけど、その笑う顔を見てたら何だかこっちまで笑えてくる。
日誌も書き終わって職員室に持って行けば日直の仕事は終わり。私が席を立つと同時に彼も立ち上がる。どうやら職員室まで一緒についてくるみたい。彼が近づいてくると鼓動が速くなるのを感じる。他の男子だってこんなに話すことは無いし、近くに来ることなんて無いから。緊張していたのか浮かれていたのか分からないけど、不注意だったのは確か。掃除の時間に教室の後ろをワックスがけしていたのを忘れていた。男子たちが滑って遊んでいたのを横目で見ていたのに。
「危ない!」
今までの人生でこんなにもきれいに滑ったことは無いと思う。それくらい見事に滑った。尻もちをする覚悟で私は手を頭の後ろにして頭を打つのだけはさけようとした。ドンッ!。音と共に痛みを感じる、そう思っていたのに痛みはなく代わりに背中に温かさを感じる。
「ギリギリだったな。痛くないか?」
私の背中は彼の右腕に支えられていた。顔の下あたりには左手があって、何よりも顔が目の前にあった。
「っ!!」
声にならない叫び。心臓が飛び出てしまうのではないかと思うくらい速く、顔も熱いのに彼の目から視線をずらせない。ケガをしなくて良かったとほっとしているかのような優しい目。
「少女漫画だったら、かっこよく何か言うのかも知れないけど何も思い付かないな。」
これは床ドンなんだろうか。私はドキドキで思うように頭が働かない。漫画でしか見たことないし今回は事故みたいなものだから床ドンじゃないとか私の中でぐるぐるしている。彼の顔はいつも見ている顔じゃなくてもっとはっきりしていた。鼻の形、くっきりとした二重まぶた、私よりも大きなくちびる。うっかりキスしても仕方がないで済みそうな近さ。キスなんてドラマでしか見たことないし、私がするのはもっと先のことで縁のない話だと思ってた。届く距離、でもその差は縮まらない。この時間がずっと続くかのように思えた。
ガララ。扉の開く音、当然の来訪に私たちは動けなかった。今日は放課後に教室に戻ってくる人が多い日、よりにもよって彼女に見られるなんて思ってもいなかった。
うわさが広がるのはあっという間で、私と遠山くんの出来事は瞬く間にクラス中に知れ渡った。大半の女子や男子からは私が転びそうになったところを遠山くんが助けたってことをかっこいいだとか言っていたけど、うわさを広げた本人や一部の子はからかってきたり私たちは付き合ってるなんてデマを言いふらしている。私は別に何を言われても気にならない、元々クラスに友達だって居なかったから。でも遠山くんは気まずいはずだ。だから私は直接彼女に問いただす。少しの勇気で変われるって教えてもらったから。
「藤堂さん、どうしてあんなうわさを流したの?」
「うわさって、瑛汰くんがあなたを助けたこと?それともあなたたちが付き合ってるってこと?」
どっちもだ。私の考えていることなんてお見通しなんじゃないかと思えてくるほど、彼女の答えは直ぐに返って来た。最近は少しずつ仲良くなってきてるなんて思ってたのは私だけなのかな。同じ人を気になっているから?それがいけないの?
「面白そうだったから。付き合ってるなんてうわさが立てば、瑛汰くんはあなたに距離を置くかなって。それだけ。」
誰にでも裏の顔、見せない顔があるってお母さんに聞いたことがある。彼女の言った言葉はまさにそれだった。同じ名前で憧れた彼女はこういう人なんだって思い知らされた。私は何も言わず彼女の前を立ち去る。
「日比谷さん。美花のことなんだけど・・、美花も不器用なところがあってね。私が言っても意味ないと思うけど、ごめんね。」
教室に戻った私にそう話しかけてきたのは長谷川さん。私は怒ってはいなかったけど、どこか落ち着いた気がした。不器用なところ、誰にでも欠点があるんだなって知ったから。
「大丈夫、気にしてないから。それに、うわさはうわさだからね。」
私は大丈夫、でも彼はどう思っているのだろうか。あの日から話していない。元々、私からはあまり話しかけることは無かったから余計に話しかけづらい。そうして話すことが無いまま球技大会の日が訪れた。
球技大会の日は、授業も無いから皆のテンションが高いし私もそわそわする。それは久しぶりに話せるかも知れないから、同じチームの彼と。クラスの女子は男子たちのかっこいい姿を見て騒いでて、男子たちも必死に女子たちにアピールしてる。でも彼は違う、純粋にスポーツを楽しんでるんだ。
「美佳!久しぶり~。全然会えないからさびしかったよ。」
私の名前で呼んでくれる子は一人しかいない。去年一緒のクラスだった美帆。美帆はバトミントン部に所属していて放課後も忙しいからあまり会う機会が無かった。久しぶりに話す美帆との会話は嫌なことを忘れちゃうくらい楽しくて、でも話す時間はあまりなくて。試合が始まる時間になると彼女は同じクラスの友達の元へと帰って行く。一人残された私の足取りはゆっくりで、少し緊張しながら自分のチームメイトの所へ向かう。
「どうした日比谷、元気ないのか?これからバスケだぜ、バスケ。」
前と同じ言葉、彼の温かい声を久しぶりに聞いた気がする。どこかさりげない優しさに私は心を奪われたのかも知れない。この気持ちをはっきりさせたい、そう決心した。
「遠山くんさ。今日時間ある時に話がしたいんだけど。」
突然の返しに目の前の彼はキョトンとしている。でも茶化す事無く真っすぐに返してくれる彼は、やっぱり他の子とは違うんだなって。
「分かった。俺も話したいことあったから。じゃあ、球技大会終わった後で。」
自分から言い出した事なのに、いざ気持ちを伝えることになると他のことなんて考えられなくて試合中に何度もミスをしてしまった。私のミスを取り返してくれたのは、藤堂さんと遠山くん。二人は元からバスケが上手かったのもあるけど、ここ最近良く話していたからか息も合ってて見ている人からしたらお似合いだって皆がそう思うだろう。私が彼女より勝ってるところなんて無い・・このまま想いを伝えずに一人で終わらせた方が良い、そう思えて来た。バスケをしているのに私は違うことばかり考えて、そんな姿を見た彼にはどう映っているのだろう。
「日比谷!ちょっと来い。」
その声に当然周りの人も反応する。私は皆が見てると思うとはずかしくなり下を向く。そんな私を彼は黙って体育館の端へと引っ張って行った。
「なあ、日比谷はさ。バスケ嫌いか?」
「別に、嫌いじゃないけど。」
「じゃあさ楽しまなきゃもったいないぞ。授業はさ毎日やってくるけど、球技大会は三回しか出来ないんだ。それにこのチームでバスケ出来るって今日だけだろ?何を考えてるのか俺には分からないけど・・、楽しんだ方がきっと良い思い出になると思うぜ。」
何を言われるのかと思ったら、彼はまた私のことを心配してくれていた。いや思ったことは言っただけかも知れないけど、私にはそれが彼の優しさだと感じた。
「そう・・だね。楽しまなきゃもったいないよね!」
だろ?って笑顔で言いながら彼はコートの中に戻って行く。私も一歩遅れて一緒に。バスケが上手いだとか下手だとか、彼にお似合いだとかつり合わないだとか今は関係無いんだ。今は楽しんだ者が勝ちなんだ!
その後の試合もミスはしちゃったけど、チームの皆と楽しく出来たと思う。藤堂さんからも試合が終わったら「おつかれ」って言ってくれたし、また彼に助けられちゃった。球技大会は楽しい思い出で終わりたい、でもここからが私にとって本番なんだ。体育館裏だなんて、またベタなところだななんて思いながら彼が来るのを待っていた。シーブリーズを使って汗のにおい消したから、大丈夫なはず・・!と思いつつもにおわないかちょっと不安。明日にすれば良かったかなって後悔して来たけど、でも今じゃないと言えないと思う。五分程待っていると走りながら彼がやってきた。
「待たせて悪い、横井に引きとめられてた。あ、俺汗くさくないかな?一応、汗ふきシート使って来たんだけど。」
同じ心配をしていたことに思わず笑ってしまう。「大丈夫だよ」って言うと彼はほっとしたようだった。それに私は気にしないから。
「それで、話があるって言ってたよな。なんの・・」
彼の言葉がさえぎられる。なぜ彼女がここに居るの。遠山くんを追いかけて来たのだろうか。
「いたいた。瑛汰くん、みんな探してたよ。今日の主役がどこか行ったって。あ、日比谷さんも居たんだね。みんな待ってるし早く戻ろ?」
彼女は何となく察していたのだと思う。体育館裏で二人きり、この状況で世間話なんてするはずもない。彼女がここに来たのは予想外で私は何も言わず、想いを告げることを諦めるしかないと思った。
「藤堂、悪いんだけどさ。俺は今から大事な話するからさ。邪魔しないでくれないか?」
「邪魔って、私は呼びに来ただけで・・。」
「藤堂、俺はお前が後からついてくるのを知ってたぞ。」
「私は・・でも・・。分かった・・、教室で待ってるから。」
彼女の去り際の言葉が私の耳にも届いて来た。「瑛汰くん、一度も名前で呼んでくれなかったね。」確かに、遠山くんが藤堂さんのことを下の名前で呼んでるところは見たことが無かった。一方の藤堂さんは遠山くんのことだけを下の名前で呼んでいたのに。
「遠山くん、あのね・・私・・。」
言うって決めたはずなのに、思うように口が動かない。今の彼の顔はどんな表情だろうか。はっきりしない私に対していらだっているのかな、そう思って恐る恐る彼の顔を見るといつにも増して顔が赤かった。走って来たからかな。遠山くんのこんな顔は初めて見る。
「なあ日比谷。花も恥じらうって言葉知ってるか?」
「え?はずかしいって意味?」
突然の問いに私は何も考えられなくて、とっさにそう答える。急にどうしたんだろう。彼は頭をかき言い辛そうにしていて、どこか新鮮な彼を見ると私の心は少し落ち着いて来た。何を言われるのだろう。
「意味は・・、美しい花でさえ引け目を感じてしまうほどの美しさ・・だ。」
それが何を意味するのか、今の会話からじゃ読み取れない私は鈍感なのか。呆気に取られていた私を見ると遠山くんは続けて話してくる。
「日比谷って藤堂と同じ名前だろ?みかって名前。お前が嫌じゃなきゃそう呼びたいんだ。」
「え、でも藤堂さんが私のこと下の名前で呼んでくれなかったって。」
「だってさ。好きな奴以外を下の名前で呼ぶなんて俺には出来ないからさ。」
私は固まっていた。好きな奴以外を呼びたくないのに私の名前を呼びたいって言うことは、どういうことだ?漫画みたいに首をかしげる。そんな私を見て、今まで笑っていなかった彼が急に笑い出す。
「だから、美花より美佳が好きってことだよ。」
遠山くんは藤堂さんの気持ちに気付いていた。でも、下の名前で呼ばなかったのは・・。私のうぬぼれなんかじゃなかった、彼が私に優しくしてくれるのには理由があったんだ。その優しさに触れて私も君が気になるようになった。いつからか君だけには名前で呼ばれたい、そう思うようになっていた。
「遠山くん、もう一度呼んでくれる?」
「美佳、君が好きだ。俺と付き合ってほしい。」
君は私に少しの勇気を与えてくれた。だから今があるんだと思う。私は君がいてくれたから・・。
「私も、瑛汰くんが好きです。」
嫌いになっていた私の名前、でも彼が呼んでくれるそれだけで好きになれそうだった。
「私の名前は、日比谷美佳。藤堂さんと同じ名前なんだ。良かったら私のことも、美佳って呼んでほしいな!」
私は一人しかいない。同じ読み方の名前の子がいても、それは私じゃない。そう思えたのは君と出会えたから・・かな。自信の無かった私を面白いと言ってくれた、勇気をくれた君を、今度は私が助けるんだ。