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4話:異世界での朝

 寝ている状態から意識が徐々に覚醒する。


 窓から入り込んできた朝日が寝ている私の顔を照らしてきた。目は閉じているが、ぼんやりと明るさを感じる。


 そしてセミの鳴き声もうるさい。セミは太陽が昇るのと同時に合唱を始めたようで、朝日と共に私の安眠を妨害してくる。これで夏がまだまだ始まったばかりというのが末恐ろしい。この調子では八月には眠る事が出来なくなるのではないかと心配になる。


 正直まぶたは重いが、これでは快適に眠る事は出来ない。目覚ましすらなっていない早い時間ではあるが、私は一先ず起きる事にした。



 欠伸をしながら上半身を起こし、目をこすって無理やりまぶたを開ける。





 するとそこは見知った私の部屋ではなかった。


「どこ、ここ!?」


 あまりの事に上ずった声がでる。寝起きで頭がまともに働かないが、混乱しながら部屋を見渡す。



 部屋には私が寝ているベッド以外には、鏡台が一つと備え付けのクローゼットしかない。あとはベッドに立てかけられている私のバッグだけ。良く言えばシンプルだが、全然生活感を感じない部屋だ。


 部屋を見渡し終えると、今度は私の服の違和感に気づく。

 無地の白いTシャツに黒い半ズボンタイプのスウェット。部屋と同じくとてもシンプルなものだが、これまた私の服ではない。しかもサイズが大きく、おそらく男物だ。





「あ……」


 そこでようやく私は昨日の夜の出来事を思い出した。



 漫画の世界に入り込む。


 憧れのキャラと実際に会って話をする。


 しかもその人の家に泊まる。



 昨日だけで、一生分の驚きと感動を使ったかもしれない。そう思えるほどに衝撃的な夜だった。だから昨日の時点ではあまり現実味を帯びていなかったが、一晩経つ事で少しずつ現実だと受け入れられている気がする。正直まだフワフワしているけども。





 だから普段は絶対しないような行動もとってしまう。


 今私の服は考輝さんに借りているものだ。大きめではあるが、着られないほどではない。そんなダボついている服を着て、私は自分自身を抱きしめる。



 この服は考輝さんの物。つまりこの服は考輝さんの体の一部と同じ。それを着て自分を抱きしめるという事は、これはもう考輝さんに抱きしめられているのと同義なのではないだろうか。


「……グヘヘ」


 きっと今私は、乙女がしては駄目な声と顔をしているのだと思う。









 しばらくそのままニヤニヤしていたが、流石にずっとその状態でいるわけにはいかないので活動を開始する。



 携帯で時間を確認すると八時半前だった。思ったよりも早くはなかったみたい。目覚ましはそもそもセットしていなかった。


 時間を確認して軽く体を伸ばした後、名残惜しいけど着替えを行う。普段なら先に顔を洗ったりするのだが、部屋を出れば考輝さんに会う可能性があるのだ。部屋を出るならば、ある程度の格好をしないとマズい。


 クローゼットを開け、ポツンと一つだけかけられている私のセーラー服を取り出す。暑くなってきたので、一応替えの服を持っていて助かった。ちなみに昨日着ていた服は部活で着ていたのと一緒に昨日の内に洗濯して別の部屋で部屋干ししている。

 ちなみに下着は普段用と部活用で二着あったので、それを使いまわす。



 着替え終えて今度は部屋の唯一の家具の鏡台に近づく。簡単にではあるが身だしなみをチェックして、これまた昨日の内に借りておいたクシで髪をとかす。普段はこういった事に時間をかけないが、今日は本当に念入りに行っている。


 基本私は身だしなみや外見に関しては適当で、よく女子力の高い妹に怒られていた。しかし、流石に憧れの人に会うとなると気になってしまう。こんな事になるなら、普段から妹の言うことを聞いてきちんとやっておくべきだったと後悔の念がうかぶ。



 少々ぎこちない動きで髪を整えながら視線を下に落とすと、鏡台の上に一冊のノートが置いてある。

 これは私が漫画『machine soldiers』のあらすじや登場人物などを纏めたものだ。こうやって紙におこした方が説明しやすいし、説明の抜けも発見しやすい。今日の漫画の内容の説明のために必要になると思い、昨日寝る前に書いた物だ。





「よし!」


 考え事をしている内に髪をとかし終えた。そして最後に全身を鏡でもう一回チェックする。そして問題がない事を確認して部屋を出た。





 私が借りている部屋は家の二階部分にあたる。部屋を出て。そのまま二階にあった洗面台で顔を洗っていると、一階から物音が聞こえた。どうやら考輝さんは一階にいるらしい。


 顔も洗い、歯みがきも終えてから一階に降りていく。

 階段を降りているとジューっと何か焼いている音が聞こえる。どうやら考輝さんが朝食も作っているようだ。任せっきりしてしまうのも悪いので、駆け足で階段を降りてキッチンに向かった。



「悪いな、急にこんな信じられない話をしてしまって」


 キッチンへの半開きになっていたドアを開けようとして、中から考輝さんの声が聞こえた。どうやら誰かと話をしているらしい。この家には私と考輝さん以外いないので電話だろうか。



『いえいえー。確かに未来の事が描かれている漫画があるなんて到底信じられるような話ではありませんが、話をしているのが考輝さんって事で信じるだけの理由になりますよ。貴方が適当な事言うとは思えませんし』


 今度は電子音のような女性の声が聞こえた。やはり電話のようだ。

 それにしても話の雰囲気からこの世界が漫画という事も話しているようだ。大事な話をしているようだし、入りにくい。しかしただ聞き耳立てているのも悪い事をしている感じがして気が引ける。



『とりあえず後で伺いますねー』


「ああ。じゃあ切るぞ」


『はいはーい。それでは後ほどー!』


 話す事はもう既に終わっていたみたいで、通話が終了する。入るならこのタイミングしかない。私はドアノブに手をかけた。



「秋山さん、おはようございます! 今日も暑くなりそうですね! あ、朝食作っているんですか? 私も手伝いますよ」


 とりあえず元気よく挨拶。あと手伝いも申し出ておく。

 考輝さんがこちらをチラッと見るが、何故か呆れたような顔をしている。朝から五月蝿くしすぎただろうか。



「よう。もう朝食は出来るから座って待っていろ」


 考輝さんはフライパンの目玉焼きを皿に移す。更にテーブルを見るとご飯と箸がセッティングされていた。どうやら起きるのが遅すぎたようだ。



「す、すみません。何から何まで……」


「客をもてなすのは家主として当たり前だ。そんなに気にするな」


 そう言いながら考輝さんは目玉焼きの乗った皿をテーブルに運ぶ。

 もう手伝える事もなさそうなので私もテーブルに向かう。


 お昼こそは何か手伝わないと駄目だ。しかし会話聞いていたのがバレていないようで良かった。





「ただ盗み聞きしていたのは感心しないがな」


 バレていました。









「「いただきます」」



 テーブルの上に考輝さんお手製の食事が並ぶ。ご飯に味噌汁、それに目玉焼きとサラダ。よくあるメニューではあるが、とても美味しそうだ。そもそも私の場合は考輝さんが作ったというだけで、何でも美味しく食べられそうだけども。



「石田、食事を進めながらでいいから、少し話を聞いてくれ」


「はい。なんですか?」


 目玉焼きに醤油をかけていると、考輝さんが話始める。考輝さんも箸を動かしながら話しているので、私も言われたとおりに食事を続ける。流石に考輝さんも私も口に食べ物が入っているときには喋らないけど。



「昨日ギアについて調べた後、念のためにお前の学生証をもとに戸籍や高校が本当に実在していないか、いろんな方面のデータベースをハッキングして調べてみた。結果としてお前の戸籍はなし。お前の言う高校も存在しないし、近場でお前ぐらいの女子高生が行方不明になったという情報もない。あとお前の携帯も何処かで作られた痕跡がないか調べたが、こちらも完全にない。

 これでお前が違う世界から来た説がほぼ確実になったわけだ。それでここからは漫画の話も含めて、お前の話が全て真実だと仮定して話を進めていく」


 そこまで言うと考輝さんは味噌汁をすする。

 どうやら昨日の内に私の話の裏付けを取っていたようだ。結果として全ての裏付けは取れて私の話を信じてくれるようだ。あとハッキングという物騒なワードが出たけど、そこはスルーする。



「それで漫画の内容だが―—」


「あ、それなら昨日漫画の内容についてまとめたノートを作ったので、それを使って説明してもいいですか? 今上にあるんですけど……」


 私はそう言いながら椅子を引くが、考輝さんが手を前に出して止める。



「それは食後に聞こう。とりあえず現段階では俺の目的をはっきりさせたい。昨日漫画では俺がテロ活動を行う理由が書かれていないと言っていたが、では具体的にどのような破壊活動を行っていた?」


 私はご飯を飲み込むと、漫画の内容を一つ一つ思い出していく。これも昨日ノートに纏めた事なので、すんなりと思い出せた。



「え—っと、基本は人が多く集まる施設を攻撃していました。あとは政界、財界の要人の暗殺に、様々な研究施設の破壊とかもしていました」


「……普通に凶悪犯だな」


「でも一般人への被害を減らそうとしている描写があったり、狙う要人も結構悪人だったりしているんですよね。なんなら秋山さん自身が人助けしている事もありました。だからファンの間では、『秋山考輝は何かの理由で政府と戦うためにテロ活動をしているのではないか』っていう説が一般的でした」


「そうか……」


 一言声を漏らすと、考輝さんはサラダを口に運んだ。目はどこか遠く見て、ただ口を動かしている。そしてサラダを飲み込むと思案顔で話を始める。



「……正直、現在の俺にはテロ活動をする理由も、政府と争う理由もない。だから俺は五年後に俺がテロ活動をする理由を知ること、そして可能ならば俺が凶悪犯になる未来を回避する事。この二つが現在の俺の目標になる。

 そしてその二つを達成するにはお前の未来になるかもしれない知識が必要になる。あらたまって言うが、どうか俺に協力して欲しい」


「……はい!」


 自分の好きな漫画のキャラから助けを求められるという夢のようなシチュエーションに、思わず震えてしまう。下手すると涙も出そうだ。二次創作ではよくありそうな展開ではあるが、実際に自分の身に起こると感動で頭がおかしくなりそうだ。





「助かる。変わりといってはなんではあるが、こちらの世界の衣食住は保証しよう」


「ありがとうございます。完全に身寄りがない状態なので本当に助かります」


 考輝さんに追い出されたら、もう野宿するしかなくなる。お金もあまり持っていないし、そもそも私の服装から未成年だとすぐ分かるので、どこかに一人で宿泊するのも難しいだろう。


 この時の私は、どのようにしてこの漫画の世界で生きていくかを考えていた。



「それからお前が元の世界に帰る方法。これも検討してみよう」


 だから考輝さんのこの言葉に一瞬ポカンとしてしまった。



 私は家族とも仲良くやっていたし、友達に部活と青春も謳歌していた。だからその生活に不満なんかはなかったが、考輝さんに言われるまで私は自分の世界に帰るという事を完全に失念していた。実際に元の世界について言われると寂しいし、帰りたいという気持ちもわいてくる。


 だが本音を言ってしまうと、直ぐに帰りたいわけではない。今はまたとない機会で、今のタイミングを逃したらもう一生経験できない体験をしているのだ。出来るなら、もう少し原作キャラに会いたい。原作の有名な場所に行ってみたい。



 帰れないなら帰れないで、それもありかもしれない。


 心の中で、そんな事を考えている自分がいるのも事実だ。





「……どうした?」


 ポカンとして固まっている姿を見て不審に思ったのか、考輝さんが声をかけてくれた。もしかしたら帰りたくないのかと思われたかもしれない。私は慌てるように言い訳をする。



「いえいえ! ただどうすれば帰れるのかなって考えていまして! そもそも方法とかあるのかなと!」


「……あるとは言い切れないが、ないわけではないと思うぞ。実際おまえはこっちに来ているわけだし、その逆も可能なはずだ。——そろそろ片付けを始めるか」


 少し間があったが、とりあえず話を流してくれた。

 そして言われて気づいたが、もう朝食は全て食べ終わっていた。話すのに夢中で、自分がどのくらい食べているかも把握できていなかったみたいだ。



「そうですね! あ、そういえば秋山さん。東ってどっちですか?」


「? あっちだが」


 考輝さんが私の後ろの壁を指差す。意図が掴めないのか、少し困惑していた。

 私は一言お礼をいうと椅子を反対向きにして壁の方に向ける。そして目を瞑って両手を合わす。ほんの数瞬だけそうすると、椅子の向きを戻す。すると合点がいったような顔を考輝さんがしていた。



「宗教か。食後に手を合わせるのはあまり見た事ないが、そちらの世界では一般的なのか?」


「そうですね、私のいた日本では結構多くの人がしていますよ。朝食後に東に手を合わせて、今日も頑張っていきますって神様に伝えるんです。私はそこまで熱心な方ではないんですけど、それでも良い事があったりすると神様の――ワッ!?」


 喋っている途中に、座っていた椅子の足が壊れて私はそのまま床に叩きつけられた。結構痛い。うめき声が出るくらい痛い。



「信仰心が足りなかったみたいだな」


 そんな私を見て、考輝さんはニヤニヤ笑っていた。













 その後食事の片付けをした。今度こそはと率先して皿洗いをしようとしたが、やんわり断られてしまった。壊れかけの椅子を出してしまったお詫びと言われては、こちらもあまり強く言う事は出来ない。


 とは言ってもそうなると暇になってしまうので、今の内に干しておいた洗濯物を回収しておく。昨日の夜に洗濯したのでまだ湿っているかと思ったが、意外と乾いていた。夏は乾くのが早い。



 そうしている内に玄関のチャイムがなった。来客のようだ。

 流石に私が勝手に出るわけにはいかないので出たりはしないが、どのような人が来たか少し気になる。朝の電話の内容からして電話の相手の女性である可能性が高く、より気になる。私は二階のベランダに出て玄関の方を伺う。







「秋山ぁ! 早く出てこねぇか!!」


 玄関には黒いスーツを着た男が二人いて、声を荒げていた。


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