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5話:世界を越えて

「――つまりまとめると、お姉ちゃんはこの二日の間『Machine soldiers』の過去の世界に行っていて、戻って来られたけど、秋山考輝さんも一緒に来てしまったと。それで秋山さんは帰る手段を探してこの山にいたと」


 文奈ちゃんは私のこの二日にあった事の説明を簡潔にまとめると、呆然と考輝さんを見つめた。そして自分の目が信じられないのか何度も目を擦る。文奈ちゃんも考輝さんの容姿は知っているので、こうしっかり見れば彼が本物だと分かるだろう。



 妹が犬耳を生やしているという衝撃的な場面に出くわした私は、軽く暴走しかけたが考輝さんの言葉で何とか冷静に戻れた。それから考輝さんに頼まれて、文奈ちゃんと見たことのない黒い翼を生やした男子に、考輝さんの事と私がこの二日に体験した事を説明した。どうにも勘違いから争いになっていたらしく、誤解を解きたいらしい。



「僕はそのマシンソルジャーズという漫画を知らないから正確な判断は出来ないけど、ひとまずは敵対行動をするのはやめるよ。石田さんのお姉さんの知り合いみたいだし、僕の想定していた敵とはおそらく違うだろうしね」


 翼を生やした男子はマシソルを知らないようで、考輝さんにピンときていないようだ。呆れた顔をして溜息を吐いたが、これ以上争う気はないようではあるが。

 それにさっきまで冷たい目をしてちょっと怖かったが、今はそんな事はない。心なしか雰囲気も朗らかになっている気がする。敵に容赦ないタイプなのかも。



 そういえば流れにまかせて二人に説明をしていたが、この男子は誰なのだろうか。


 黒い羽根が生えているし、今は地上に降りているがさっきまで飛んでいたし、そもそも名前すら知らない。



「そういえば何故俺に攻撃をした? えっと――」


「僕の名前は逆月仁だよ。逆月家の当主をしてる。この山は冥力の溜まり場だから、逆月家が管理しているのだけども、昨日から妖を倒して山を荒らしている奴がいたからそいつを探していたんだ。てっきり貴方が犯人だと思ったのだけども、勘違いだったみたい。申し訳ありませんでした」


 男子――逆月君はかいつまんで事情を説明すると頭を下げた。キチンとした直角で、姿勢がとても綺麗だ。


 しかし説明が本当に簡単で肝心な所が良く分からない。意味の分からない単語が何回も出ている。



「……申し訳ないのだが、俺達はそもそもその妖やら、お前の背中から生えている翼の事を理解していなくてな……こういうのはこの世界では普通なのか?」


「いや、普通ではないですよ。それに、さっきは可愛さ優先でスルーしちゃったけど、文奈ちゃんの犬耳も一体何? 前からそんなの生やせたの?」


 困惑した顔をして、考輝さんは私に視線を向けた。勿論普通ではないので手を振って否定する。それから私としては妹の犬耳も気になる。さっきまでこんなものは生えていなかったし、今までこんな姿を見た事はない。可愛いけども。



 文奈ちゃんは困ったように頬を掻いて、何かを喋ろうとしているが、口ごもってしまう。どこから説明するか迷っているようだ。



「とりあえず僕が前提を説明しようか。石田さんもまだきちんと把握できていないだろうし」


 そんな文奈ちゃんに助け舟を出したのは逆月君だった。


「まず僕の事だけど、陰陽師みたいなものだと考えて。実際、陰陽師と呼ばれているし。

 仕事は人の負の感情から生まれた妖――先程のナメクジのような化物を退治するのが役割だよ。まぁ妖なんて最近は人前に現れなくなったから一般人は存在も知らないけどね。出現するのはこの山みたいな負の感情――冥力の溜まりやすい場所だけ。数も僕達が間引いて山の外に出ないようにしているし、人払いの結界もしているしね」


「そんなファンタジーな存在が私の町にいたなんて……」


 これには本当に驚く。私はこの二日で現実離れした経験をしたと思っていたが、実は思っていたよりも現実は平凡ではなかったようだ。

 それとこの山の頂上への道を登ろうとした時に感じた不快感や恐怖感は、その結界のせいなのだろう。あんな思いをしてまでも登ろうとする人はそうそういない。



「しかし、それだと妖を倒したところで問題はなくないか? さっきは侵入者が妖を倒して困っているように言っていたが」


「それは急に妖の数が減ると、その分の冥力が勢いよく集まって、強力な妖が生まれるからさ。外に溢れない程度に倒すのが理想で、そのバランスをあえて崩すなんて他の陰陽師の家が工作してきたと思ったんだよ。強力な妖を生んでその対応に追われている内に攻撃するために」


 そう言って逆月君はまた溜息を吐いた。どうにも若いのに気苦労が多そうだ。



「え? 他の陰陽師が攻撃してきたりするの?」


 今まで黙っていた文奈ちゃんが驚きの声を上げる。

 文奈ちゃんもあちら側だと思っていたが、意外と詳細を知らないのかもしれない。



「君には一度説明したと思うんだけど……まぁいっか。今は妖の数が減っていて、陰陽師も食うに困っているんだよ。それでこういった妖が出る場所は取り合いになる訳。結構過激な事をする家もあるし、昔は隆盛を誇った守護十二家も今や――おっと、脱線しちゃったね」


 なかなか面白い話だと思ったけど、話の筋からずれていると逆月君は話すのを止めてしまった。

 陰陽師とか守護十二家とか、非常に厨二心がくすぐられる。


「基本は話をしたし、次は石田さんの番じゃない? 君は僕のような正式な陰陽師というわけではないんだし、しっかり説明しないと」


 話を止めた後、逆月君は文奈ちゃんの方を見た。

 文奈ちゃんも今の間に話す事がまとまったのか、もう口ごもったりしなかった。



「実は、三日前に姉ちゃんがいなくなった日から、私いろんな所探し回ったんだ。それで江奈さんに山の麓で別れたのが最後って聞いたから次の日の朝から山の頂上に向かったの」


 どうやら思っていた以上に心配してくれていたようだ。あの頂上へと向かう道を入るのは、相当な覚悟がないとキツイ。


「それで案の定とばかりに妖に襲われたんだけど、実はうちって昔は陰陽師の家系だったらしくて、妖を撃退しちゃったの。良くは覚えていないんだけど」


「マジで!? うちそんな家系なの!?」


 本日の一番の衝撃。


 うちの家族も非常識側でした。



「とは言ってもかなり昔に陰陽師を辞めた家みたいだけど。おばあちゃんがほんの少しだけ妖に関して知っているだけで、私みたいに妖を退治出来る程に力が使えるのは異常みたい。私も命の危機を感じて使えるようになったし」


「それなのに神獣を扱えるなんて、陰陽師の立場からしたら、ふざけるなと叫びたくなるけどね」


 逆月君は呆れたような目で、厳しい目つきで文奈ちゃんを――文奈ちゃんの犬耳を見つめる。

 そういえば逆月君の話には耳やら羽根やらの説明はなかったが、一体何なのだろうか。



「逆月君、その神獣って何? 話の感じからすると、陰陽師が皆持っている訳ではないみたいだけど」


「……まぁ言い方は悪いけど、陰陽師にとっての増幅装置みたいなものかな。僕達は天術――さっき僕が風を操った術みたいなのを使って妖と戦うんだけど、神獣と融合する事でその天術の威力も使い勝手も格段に上昇するんだよ。ちなみに融合すると体の一部その動物に変化するね。僕はカラスで彼女は柴犬かな?

それで神獣は誰でも使える訳ではなくて、使い手は神獣が選ぶ。この神獣の力は絶大でね、十年修行を積んだ陰陽師と、神獣を使って一日の素人の戦闘力は互角なんだとか」


「それはエグイな……」


 呟きながら、考輝さんは顔をしかめた。

 確かに十年の努力が一瞬で抜かれるなんて、やっている方からしたら堪ったものではないだろう。



「家の当主の争いにも神獣を使えるかどうかが絡むし、ある意味争いの種だね。そんな多くの陰陽師が何を犠牲にしてでも欲しがる神獣を、何も知らない一般人が手に入れるんだから、僕としてはやるせない気分になるね」


「で、でも、その神獣のおかげで文奈ちゃんは助かったんだよね。妖を撃退出来たのもその神獣のおかげなんだろうし。それにしても、そんな都合よく神獣がいたね」


 何故か文奈ちゃんが責められそうな雰囲気になったので、少し話題を逸らす。



「まぁね。おかげで逆月にも目をつけられたけど、山の頂上付近でお姉ちゃんを捜索する許可も得れたし。それと神獣は人間には見えなくて、空気中に漂っているんだって。それで神獣が認めた人間の周りにずっといるんだってさ」


「ほぇー、じゃあ私の周りにもいるのかな? 私も文奈ちゃんと同じで陰陽師の血が流れているだろうし」


 ちょっとワクワクして私の周辺を見渡すが、何もいない。見えないので当たり前だろうけども、いるんじゃないかとちょっと期待してしまう。


 そんな私の行為に逆月君はまた溜息をついた。考輝さんも苦笑いを浮かべている。



「逆月が言っていただろう。選ばれる人間はそうそういないと」


「それに選ばれて良い事ばかりじゃない。争いごとの巻き込まれる可能性はこれで格段に上がってる。神獣を狩っている陰陽師の家があるって話だしね」


 それを聞いて私は自分の顔が青くなるのを感じた。私の事を探したばっかりに文奈ちゃんが危険な目に遭うなんて嫌だ。


 しかしこれで昨日文奈ちゃんが物凄い勢いで怒った理由が分かった。

 文奈ちゃんは危険を冒してまで私の事を探していたのに、いなくなった理由を言われなければ腹も立つだろう。



「お姉ちゃん、それは違うよ。別に私が苦労したから怒った訳じゃないよ」


 急に文奈ちゃんが私の方を真剣な目で見つめる。

 それにしても私は何も言っていない筈なのだけども、文奈ちゃんは私の心を読んでいるのだろうか。昔から文奈ちゃんは人の感情を敏感に読み取っていたけど、なんだか昨日から更に凄くなっている気がする。



「私はてっきりお姉ちゃんも陰陽師や妖の関係に巻き込まれていると思ってたからさ、正直に話して貰えないのが信用されていないみたいで嫌だったの。巻き込みたくないと思われていたとしても、私はお姉ちゃんになら巻き込んで欲しかった」


 文奈ちゃんは迷いなく、私の事をじっと見つめる。それだけ真剣に言っているのが伝わる。


 だけど文奈ちゃんは、バツが悪そうに苦笑いをした。



「……まぁ、今思えば私から言えば良かったよね。そうすれば変な空気になる事もなかったし」


 それは私も思う。


「まったく……文奈ちゃんは昔から感情的になって突っ走るんだから。前もカツアゲでこの辺りを荒らしている不良に喧嘩売った時はどうなるかと思ったよ」


「えー、それ言うならお姉ちゃんがコミケの時、特に考えもなしに『徹夜並びが禁止され、始発も満員で乗れないなら、夜通し歩けばいいじゃない』とか言ってそれにつき合わされた時、私相当酷い目にあったよ? おまけにお姉ちゃん財布落としちゃうし」


 痛い所を突かれた。文奈ちゃんも結構やらかすタイプだけど、私も相当やっているので人の事を言えない。





「姉妹仲良くしている所悪いが、ちょっといいか」


 そんな感じで文奈ちゃんとじゃれていると、考輝さんが話に入って来た。

 何か思いついた表情をしている。



「仮に石田も妹のように天術が使えたとしたら、石田が世界を越えられたのはその力が原因じゃないのか?」









 天術の専門家である逆月が言うには、天術の影響で世界を越えるのを、在りえないと断定するのは出来ないとの事だ。


「天術の基本は火、水、土、風、生命の五つの属性から成り立っているんだけど、更にそれとは別に家ごとに固有の術があるんだよね。これは継承天術と呼ばれているんだけど、継承天術は家ごとに異なって種類が多すぎて、完全な把握なんか全く出来てない訳。だから天術の力で別の世界に行くのが不可能とは言えない。

 それに昨日と三日前に山で強力な天術の発動を感じたし、僕は可能性としては高いと思うよ。おかげで山のバランスはおかしくなったけど」


 逆月としてもその可能性が高いと考えていたようだ。なんなら彼は俺のように漫画のキャラが現実にいると知った時点で、天術が原因だと思っていたらしい。



 とりあえずはそれを確かめる為に、全員で神社まで戻って来た。別にその場で試しても良かったが、頂上付近で強力な天術を使えばまた面倒な事が起きるとの事で、わざわざ降りてきた。


 そして境内の中心に俺と石田が向かい合って立ち、向かい合う。


 逆月と石田の妹は少し離れた所からこちらを見守っている。



「――、いきますよ!」


 ゆっくりと深呼吸をした後、石田は身構えた。俺もつい体に力が入ってしまう。





「考輝さんよ……元の世界に戻れ!」









 両手を左右に開いた謎のポーズと共に石田は叫ぶが、特に何も起こらない。


 動物の鳴き声どころか、風の音すら聞こえない沈黙が十数秒もの間場を支配した。





「戻れ! 帰還! リターン! カムバック! ふりだしに戻る!」


 石田はやけくそ気味に声を出し、次々と変なポーズを決める。


 しかし何も起こらない。



「お姉ちゃん……」


「天術の発動に言葉は必要だけど、ポーズは必要ないよ」


 石田の妹の視線が痛い。逆月は冷静に突っ込みを入れるが、逆に周囲が冷静なのは辛そうだ。


 石田の顔は真っ赤になり、口を閉じてプルプルしている。





「――じゃあ逆にユッキー来い! アリスちゃん来い! 佐藤来い!」


 もうやけくそなのか、俺が帰るのと逆な事を言い始めた。


「やっぱり佐藤は来るな!」


 佐藤嫌われすぎだろ。






「ま、仮に世界を越える天術が使えたとしても、訓練もなしに簡単に扱える訳ないか」


「それもっと早く言って欲しかったな!」


 一通り石田が叫んだ後、逆月がポツリと呟くと、流石に石田が怒った。

 石田の妹は途中から爆笑している。今も腹を抱えて苦しそうだ。



「ちょ、お姉ちゃん、そ、そんな全力で、面白っ――」


「ふ、文奈ちゃん!」


 石田は羞恥なのか怒りなのか分からないが顔どころか全身を真っ赤にして妹に突っ込む。

 石田の妹もすぐに逃げ始め、鬼ごっこが始まった。



 とりあえず、石田の力のせいで世界を越えられたかはまだ分からないようだ。しかし、手がかりが見つかっただけ、進歩だ。

 しばらくは天術という面から調べる必要がありそうだが、そのためにも逆月とは仲良くした方がいいだろう。



 姉妹の鬼ごっこを呆れながらも、楽しそうに見ている逆月に近づく。ますは話をしてみるべきだ。











「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」


 そんな笑い声と共に、後ろで何かが落下したような音が聞こえた。

 俺はゆっくりと振り向く、何が降って来たか、誰が降って来たか予想はついていたが、それが出来れば間違いであると願いながら。



「ヒヒヒ、長く生きてきたけどよ、気づいたらいきなり空中ってのは初めての経験だな。

しかも考輝いるじゃねぇか。どこ行ってたんだよ。いなくなってから、アリスの奴が煩くてよ。うっかり切り殺しそうだったぜ。ヒヒヒヒヒ!」


 そこにいたのはぐしゃぐしゃな髪の長身の男。やはりと言うべきか、残念と言うべきか降って来たのは佐藤だった。


 あちらの世界にいるはずの。


「……」


 ただ予想外だったのは、佐藤が小脇に立花を抱えていた事だ。

 しかしぐったりとしていて、意識がなさそうだ。





「考輝―! しおりー!!」


 この世界にいない筈の連中が突然現れた事に茫然としていると、斜め上からこれまた聞き覚えのある声が聞こえた。声の聞こえる方を見ると、案の定アリスが降って来ていた。落下のコース的には、俺と同じように固まっている石田に直撃コースだ。



「ア、アリスちゃ――ひゃあ!!」


 そのまま石田と当たり、石田がアリスを抱えながら倒れこむ。


「えへへー、やっと会えた!」


 アリスは石田に抱き着きながら、ぐりぐりと頭を擦りつける。マーキングでもしているのかと思う程の勢いだ。

 一方の石田は動かない。急な展開に頭がついて行っていないようだ。



「お、姉ちゃん大丈夫? ――ってもしかしてこの子、アリス?!」


 石田の妹は姉を心配しながらおずおずと近づくが、アリスが漫画のキャラだと気づくと急にテンションが上がる。

 そんな彼女の言葉に反応して、アリスがぐりんと首を回す。



「なんでアリスの事知ってるの? そもそも誰?」


 アリスの目が危険だ。殺気が漏れているのが分かる。

 見ると、アリスの危なさに気づいたのか、逆月が身構えている。



「私? 私は石田文奈って言って、そこの石田しおりの妹。それで何で知っているって言われても――」


「しおりの妹ならアリスの家族も一緒だね!」


「キャー!!」


 しかし石田の妹だと分かると、殺気は消え、今度は抱き着いた。あまりの豹変に逆月も唖然としている。


 こういった時はアイリスが止めに入ってくれるのだが――。



「――やりましたね、アリス。家族が増えましたよ」


 ストッパーとして今は機能していなそうだ。





「で、考輝。この状況何だ? 切っていい奴はいないのか?」


「――、何で佐藤までいるんですか! 私、貴方は来るなって言ったのに!」


「……この山で暴れさせるつもりはないよ。お前が善人でない事は見て分かる。大人しくしてもらおうかな」


「ぎゅー! ――、このような体制で申し訳ありませんが、私はアイリスと申し――」


「キャー!」





「状況が際限なく悪化していくのだが……」




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