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プロローグ:私

 私は今、本当に機嫌がいい。

 明日から高校の夏休みが始まる事も相まって、ここ数年で一番テンションが上がっているのではないかと思うくらいだ。



「ありがとうございましたー」


「こちらこそー!」


 だからコンビニ店員の特にやる気の無いような挨拶にも無駄に元気よく返事を返す。動きも大げさで、思わずクルクルと回りながら店を出た。勿論買った品物がどっか飛んでかないように、ビニール袋ごと両手でしっかりと抱きかかえておく。

 品物の代わりに学生服のスカートがフワリと舞う。まぁスカートはそこまで短くしていないので中身は見えない。多分。



「よくもまぁそんな雑誌の一つでそこまでテンション上げられるね」


 出口のすぐ脇で自転車に乗って待っていた坂東江奈ちゃんが呆れ声で苦笑いをしている。私と同じ学生服を着ていて、焼けた肌とポニーテールがチャームポイントだ。彼女は中学生の時からの友達で部活も一緒だが、私の趣味を理解してくれているものも共感は出来ないらしい。



「そりゃそうだよ! 二週も休載していたマシソルが連載再開したんだよ!  私のテンションはこれ以上にないくらいのヘブン状態!」


 変なテンションになってつい叫んでしまった。

 しかし、私はこの漫画がそれほどまでに好きなのだ。


 しかも前回の話が丁度良い所で終わっていたので、待ちに待った話なのだ。二週間焦らしに焦らされていたので、その分嬉しくなってしまう。

 何せ二週間ぶりに考輝さんに会えるのだ。私にとっては二週間会っていなかった恋人に久々に会うようなものだ。



 ちなみにマシソルとは私の好きな『Machine soldiers』という漫画の略称。マシソルは近未来の科学が進んだ日本が舞台で、主人公の二階堂大和が警察の特殊部隊に入隊し、悪の組織と戦いを繰り広げるSFファンタジー漫画だ。電脳世界に記憶を完全に移動して電脳世界で生きている人がいたり、人工の月が空に輝いていたりととんでもない設定ではあるが、それが面白い。キャラでは主人公やその仲間が魅力的なのは言うまでもなく、敵の悪の組織も特徴のあるキャラが数多く揃っている。特に敵の幹部である秋山考輝さんの格好良さは私のハートを掴んで放さない。何より考輝さんの―—。


「おーい、しおり。気持ち悪い笑顔浮かべてないで戻ってこーい」


 いけない。江奈ちゃんの前だと言うのについ考えこんでしまった。

 考え事に熱中してしまうと周りが見えなくなるのは私の悪い癖だ。



「ご、ごめんね。じゃあ用事も済んだし早く帰ろう!」


 慌ててコンビニの入口の横に立てかけてあったテニスのラケットカバンを担ぐ。教科書とかを入れる用のスペースもある、結構大きめのやつだ。


「あんたが妄想に浸ってなきゃもっと早く帰れていたよ。ま、しおりの妄想癖は今に始まった事じゃないけどね」


「え、江奈ちゃん〰」


 ゆっくりと自転車を押し始める江奈ちゃんの横を歩く。沈みかけている夕日に照らされ、笑いながら私達は家に向かう。


 ふと前を向くと、まん丸なお月様が黄色に光輝きながら山の間から顔を覗かせている。

 今日は満月みたいだ。









「じゃあね、江奈ちゃん! また明日!」


 江奈ちゃんと別れる場所で元気良く手を振り別れの挨拶をする。その頃には夕日も殆ど沈み、徐々に街灯が灯り始めていた。



「四日後だよ、四日後。明日から学校の耐震工事をするから部活休みだって先生言っていたでしょ」


「あ、そうだった」


 江奈ちゃんが私の間違いを訂正する。完全に忘れていた事だったので、思わず目を見開いてしまう。

 どうにも私は忘れっぽく、結構大事な事も忘れたりしてしまう。去年の夏休みも登校日の事をすっかり忘れててひどい目にあった。



 そんな私の様子を見て、江奈ちゃんがクスリと笑った。


「? どうしたの?」


「いや、もし私が今言わなかったらしおり、明日朝から部活行って工事中の学校見て、ポカンと口開けて呆然としただろうなって思って」


「……」


 正直、否定できない。


「しかも夏休み最初の部活だからって、無駄に張り切って朝早く来て」


「……」


 それも否定できない。





「——それにしてもさ、しおり。今日本当にそっちから帰るの?」


 ぐうの音を出ない状態でいると、江奈ちゃんが話題を変えてきた。その顔はうって変わって心配そうだ。


 江奈ちゃんが言うそっちというのは私の後ろにある鳥居と石階段の事だ。この石階段はちょっとした山の中腹にある神社に続くもので、境内を通って山の反対側に出ると私の家への近道となるのだ。


 ただ山道は日が暮れると薄暗く、この石階段も住宅街からの光があるものも、周りを山の木に囲まれて鬱蒼としている。正直不気味な雰囲気で、普段はこの近道は使わない。なんなら昔、肝試しのルートに使った程だ。



「まぁね。早く帰ってマシソル読んで考輝さんに会いたいし」


 しかし今は恐怖より、煩悩の方が強かった。私が即答すると、江奈ちゃんはため息を吐いた。



「じゃあ止めないけど、不審者とか気をつけなよ。人通り全くないからさ」


「うん。変なのがいたら玉蹴りあげて一撃入れた後逃げるから大丈夫」


「戦うな。まず逃げなよ」


 江奈ちゃんはまたため息を吐いた。

 それから自転車に乗ると変える方向に車輪を向ける。そして私の方に顔を向ける。



「山頂の方には、絶対行っちゃ駄目だよ? あっちの方は本当に出るって噂だし」


 江奈ちゃんの顔は普段あまり見ないような真顔だった。



「いかない、いかない。遠回りだし、不気味だし」


 手をブンブンとふって否定する。山頂の方は肝試しでも使わないくらい怖い。何より実績がある。

 そんな私の様子を見て、江奈ちゃんはいつも通りの笑顔を浮かべる。


「ま、所詮噂だし。じゃあね」


「じゃあね!」


 私は江奈ちゃんと別れると、軽快に石段を登る。


 階段の終わりは真っ暗で見えない。









 夜の山というのは不気味だ。


 人工の光もなく月や星の光も木々に覆われてちゃんと届かない。しかも時折ガサガサと動物か何かの音がする。

 私が今登っている石階段も上がるほど街の明かりが弱くなり、そんな山の中に吸い込まれそうだ。



「フン、フフーン」


 そんな雰囲気などお構いなしに私は階段を登る。


 私は買った漫画は家でのんびり読みたい派なので、いくら気になっても家に帰る途中で読んだりしない。ただ足を急がせる。階段も一個飛ばしに、ピョンピョン跳ねながら登っていく。





 好きな漫画が読める。


 気になる続きが分かる。


 大好きなキャラに会える。



 それだけで私はこんなにも幸せになれるのだ。


 周りが気にならないほどに。







「フフ―———え?」


 だから私が足を踏み外したのは、当然といえば当然だった。



 あ、これ死んだ。

 私は咄嗟にそう感じた。



 後ろから重力に引かれるのを感じる。

 私は片足で次の段にジャンプした時に足を滑らせて後ろ向きに倒れ、全身が空中に投げ出されていた。


 きっと後数秒で石階段に叩きつけられ、そのまま麓まで転がっていくだろう。

 流石にそうなって生きている自信はない。



 走馬灯のようにいろいろな事を、いろんな人を思い出す。

 楽しかった事。苦しかった事。お父さん。お母さん。文奈ちゃん。おばあちゃん。江奈ちゃんや部活の皆。同好の士の皆。他にも沢山の友達。



 そんな中最後に浮かんだのは、会った事もないあの人だった。



「考輝さんに一度でいいから会ってみたかったな……」


 好きな漫画のキャラに会う。

 漫画が好きな人なら一度は思った事がある事だが、私は死ぬ直前までそんな事を考えていた。


 私は一言呟くと目を閉じて、衝撃に備えた。













「………………?」


 しかし、いつまでたっても衝撃が来ない。

 じゃあ助かったのかというと、そうでもない。体はまだ浮遊感を感じている。





「…………!?」


 恐る恐る振り返ると、私は絶句してしまった。


 そして大きく息を吸うと、今度は大声をあげる。


「ええええええええ!?」


 階段を踏み外しただけだったのに、気づけば私は街のはるか上空に投げ出されていた。





 叫びながら落ちる私を、満月が照らす。


 そしてその月の隣には、実際にはありえるはずのない、明らかに機械で作られた人工の月が浮かんでいた。


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