写し鏡の令嬢 その2
天気は快晴。屋敷の中庭に太陽の光が注いでいる。
その中庭で、剣を構え向かい合う二人。
「久しいな、かように手合わせをするのも」
「勝率、どのくらいだっけ?」
「私が33勝33敗33分。今日が百試合目じゃな」
「…よく覚えてるな」
「まあ私は負けず嫌いだからのう」
ミズキはいきなり、何かをひらめいたような素振りをする。
「お主は、私の力を借りたいのじゃろう。だが、私が勝ったらどうするのじゃ?」
「ああ、考えてなかったなぁ」
「わしが勝ったら、お主をうちの部隊に引き抜く」
「…マジで?」
「大マジじゃ。お主の力は嫌忌されることが多いが、強大なものであることは確かだからな」
「…お褒めにあずかり光栄ですぜ」
「さて、それでは始めるとするか。三本勝負でよいな?」
「おう」
戦いの火ぶたが、切られた。
ミズキが剣を掲げ、宣言する。
「『解放』水面ノ劔!」
現れる聖印。それと同時に、彼女の姿が…消える。
「いきなり飛ばすのか、せっかちだなぁ」
「何事も早いほうがよい」
どこからともなく彼女の声が聞こえる。
しかし、すぐに聞こえなくなり、静寂が訪れた。
その場全体に走る緊張感。そして。
空間を割るように、彼女がエルの背中側にいきなり出現した!
「走り続けなければ、立ち止まれないから…な!」
ビュン!
意表を突いて襲い来る剣閃。しかし、エルはそれを受け、刃を弾く。
「ほう、見事じゃな」
「伊達に99戦もしてないからなぁ!」
現れて斬りかかり、こちらが攻撃される前に姿を消す。普通の人間では太刀打ちできないだろう。
エルも、長年の経験から剣を受けることはできるものの、反撃をすることは難しい。
少しの油断があれば、一発を入れられてしまう。すでにエルも一撃喰らっていた。
「どうした、そちらから攻撃はしないのか?」
軽い挑発をしてくるミズキ。
確かに、このままでは一太刀浴びせることもできないだろう。
(力を使わずに…済むわけないよな)
エルの剣が、黒い炎のようなモノを纏っていく。
「喰らえ…っ」
全身を捻り、腕をぶん回すように剣を振るう。俗にいう「回転斬り」だ。
彼を中心に同心円状に暗黒が広がっていき、その波動は戦場全体を覆いつくす。
「うっ…!やはり、お主ならそうすると思っていた」
見れば、先程まで消えていたはずの彼女が、傷口をかばってうずくまっている。
「その場から消えるのではなく、見えないように背景を視せて居るだけ。そうだろ?」
「然り」
すぐに体勢を立て直し、ミズキが反撃。
剣がエルを容赦なく襲うが、受け太刀、カウンターで一撃を見舞うことが出来た。
「ぐっ…焦ってるのか?」
「そちらこそ、余裕が過ぎるぞ…!」
カウントは2対1。まさに一瞬の出来事であった。
「どういうことだ?」中庭の見える窓から眺めていたアルバート。
先程までの攻防が理解出来なかったらしく、首をひねっている。
「一体何が起こっている…?」
「説明いたしましょうか」
ふと横を見ると、先程の、使用人のような女性が立っていた。
「うわあっ!?メイドさん、いつからそこに」
「女中、とお呼びください。この屋敷ではそれがルールですので」
彼女は説明を始める。
「お嬢様の聖剣、『湖刀』水面ノ劔」は、『真実を映し出す』力を持っています。その水の力によって周りの風景を映し、自分の姿を消しているのです」
「なるほど、『反射』ってそういう事か…」
「どうかなさいました?」
「いや、何でもないです」
水による光の反射、屈折。それが姿を消す原理であり、それは魔法道具の材料になるとエルは思ったのだろう。アルバートは彼の機転に感心した。
エルとミズキ、実力はおよそ五分と五分である。
とても長い闘い。時折、カン、カンという剣をぶつけ合う音がしている。
「だいぶやるようになったな、ミズキ…!」
「お主こそ。以前より剣の冴えが増しておるのぅ」
お互いを称えあう二人。殺し合いではない、実力比べとしての決闘である。
「さて、このままではお互い消耗するだけじゃ。奥の手を使うかのう」
「!?」
姿を現したミズキが、聖剣を構える。
先程よりも大きな聖印が輝くとともに、周囲に霧が立ち込めた。
「これはまだ、お主に見せておらんなぁ」
漂う、ただならぬオーラ。思わずエルも圧倒されそうになる。
「行くぞ、エル!」
響く声と共に、霧の中から少女が姿を現す。なんと、その両手には二本の剣が握られていた!
始まる彼女の猛攻。二刀流は手数が多くけん制もし易い。
その為、エルが闇の力を使ったとしても、防ぐことが難しく、
「ぐ…うぁぁっ…!」
左からくる斬撃をかわし切れず、一太刀入れられてしまう。
「どうじゃ、避けきれまい!」
誇らしげに笑うミズキ。
(どういう仕組みだ…?)とエルは考えたが、分かったところでこの状況は打開できるものではなかった。
気が付くと、空中に浮いた無数の剣が彼を取り囲んでいる。そして、彼女が手にしているのは巨大な槍。絶望という言葉を体現したかのような状況である。
「さあ、終わらせようか!」
身動きが取れないエルに、槍の穂先が迫る。闇の力で防壁を展開しようとするも、間に合わない。
一閃。
強烈な一撃を叩きこまれ、彼はその場にどさりと膝をついた。
彼女の聖剣のもう一つの力、それは「偽りを映し出す」事である。
霧の粒に反射した光を制御し、ありもしない事象を映し出す。それは触れる事が出来ない幻だが、相手はそれを知る由も無い。
その為、ペースを崩し感覚を狂わせ、相手を翻弄することが出来るのだ。
霧が晴れる。
「…私の勝ちじゃ!おいフウカ、治療してやれ」
先程の女中の聖剣は治療型なのだろう。フウカと呼ばれた彼女が手をかざすと、エルの傷口が塞がっていく。
十三部隊の仲間が駆け寄ってきた。
「エルさん、大丈夫ですか!?」
「フローレ、ありがとう…俺は大丈夫だ」
「でも、これじゃぁエルさんが第六部隊に…」
悲しむフローレ。
しかし、そんな少女を気にも留めず、ミズキは命令した。
「さあ、我が隊に入るが良い!」
「…やなこった」
「!?」
即答の拒否。
「…何故じゃ?もしお主を引き入れたとしても、手は貸してやろうと思っていたのじゃが」
「もう、十分手は借りてる」
そう言ってエルが取り出したのは、白く輝いている魔法石。そして、魔法を結晶化させる道具だった。
「最後の一撃の時、周りの霧を結晶化させた。あれ、どうせ幻だろ?だから、お前の力はもう必要ないぜ」
「…嘘じゃろ、あの一瞬で…」
「というわけで、俺は帰るぜ、楽しかったよ」
剣を鞘に納め、中庭から立ち去ろうとする彼の腕を、ミズキは掴んだ。
「おい…約束を破る気か!」
彼女の眼は冷たい。しかし、エルは動じなかった。
「約束?」
「ああ、私は約束を大切にする女じゃ」
「それじゃあ、五歳のころに交わしたあの約束も、守ってもらわないと…なぁ?」
「……っ!?」
ミズキの顔が一気に赤くなった。
「その約束をお前が果たすのであれば、俺も果たそう」
「あんな昔の事を…卑怯者め…!」
「おや、それはしない、と。じゃ俺は帰るぜ」
「くそぉ…うー…」
邪悪な笑みを浮かべ、エルは帰っていった。
「…これは、一体?」
「ああ、エルは基本、性格悪いからね。恐らく本気を出したくなかったから、わざと負けたとかだと思うよ」
先程までのやり取りを見ていたアルバートとアイリスが話している。
「…あたし達も帰ろうか」
「了解です」
目的の品は手に入れたが、パッとしない決着のつき方であった。
今回出た聖剣「『湖刀』水面ノ劔」は、Twitterで@ftyt_1203さんから頂いたアイディアを使わせていただきましたm(_ _)m
(2017/08/08 改修)
戦闘シーンの改訂を少々…です!
…ちなみに、Twitterの企画もまだやっておりますので、もし良ければご参加ください(^^♪