地下の魔女
ある日の事。
「うわあああああぁぁっ」
十三部隊の宿舎に、虫が入ってきた。
「うわぁ、でかい虫…これはエル嫌いな奴だ」
「無理無理、でかいやつは絶対無理!」
普段クールぶっているエルだが、虫だけは大の苦手なのだ。
「毒とかありそうですねコレ…。あ、飛んだ」
逃げ回るエル。しかし、以外にもフローレは落ち着いていた。
アイリスが「大丈夫なの?」と問う。
「は、はい。動物さんは大体大丈夫です」
「へえ…意外だなー」
虫はしばらく部屋中を飛び回った後、壁に泊まって休んでいる。
「…よし、殺ろう」
エルは怒りのあまり、手から暗黒を迸らせた。
それはやがて彼の腕に収束し、黒い雷となっていく。
「や、やめてください…!」
と、突然フローレがエルの手を握る。
「殺すのは可哀想というか…逃がしてあげられませんか?」
それでようやく落ち着きを取り戻したのか、手に纏っていた雷を解く。
「…だとしたら、どうするっていうんだ」
怒りは解けたものの、どことなくイライラしている様子のエル。
「ええっと…窓を開く、とか…?」
「逃げるかどうか分からないじゃないか」
そのやり取りを見ていたアイリスがポンと手を打った。
「そうだ!フローレちゃんの聖剣、虫にも効くかもしれない」
「それは、どうなんだ?」
「試したことありませんが…」
少しちらりと窓の外をみて、「小鳥さんには効いたので…効くかもしれません」と呟いた。
「よし、すぐに頼む」
「はい…やってみます」
彼女は自分の聖剣を抜き、ゆらゆらと虫の目の前で揺らす。ほのかに甘い香りが漂う。
やがて、虫は壁を這いずり、窓際から飛んでいく。
「ふう…」とエルが息を吐いた。
虫が去った後の宿舎では、緊急会議が行われていた。
「これからの季節、虫が多くなってくるからねぇ。また入ってきたらエルが無用な殺生をしかねない」
季節は春から夏に向かおうとしている。やはりミラディアンでも虫は多いのだ。
「かと言って、毎回フローレに追い払って貰う訳にもいかない。だろ?」
「その通り」
それを聞いて、フローレは「私は、大丈夫ですよ」と言う。
「いやいや、フローレちゃんも大変でしょ?なので、代わりに何か追い払う手段を考えようって訳ですよ」
新人に大変な思いをさせたくない、という思いなのだろう。
「先輩方、具体的にどうするんですか?」
アルバートが首を傾げている。
「殺虫成分の薬草は?」
「それだと虫が死ぬだろ」
「魔法結界は、どうです?」
「そもそも張れる魔導士がいない」
「虫よけの魔法道具、とかですか…?」
「高くて手が届かないよ」
なかなか名案が出てこない。
と、エルが、「魔法道具、か…」と呟く。
「どうしたんですか、先輩?」
「もしかしたら、アイツの力を借りれるかもしれない」
「あいつ?」
聞くアルバートに対して、エルは一言。
「地下住まいの魔女さんだ」
宿舎の地下、延々と続く廊下を、四人は渡っていた。
「あの」とエルはフローレに声を掛けられる。
「その『魔女』というのは…どんな人なんですか?」
「あぁ、アイツも一応聖騎士だよ。ただ…」
「ただ…?」
「魔法オタクというか、研究者というか…。この宿舎の地下に籠って怪しい実験を繰り返しているんだ」
そうしているうちに、目の前に鉄製の、頑丈そうな扉が現れた。
「エルだ。開けろ」
「…合言葉は?」
「行きはよいよい魔女の道」
「入ってどうぞ」
すると、何も動かしていないはずなのに、扉が大きな音を立てて開き始めた。
「ひぃっ…!」
突然の事に、フローレが動揺する。すぐにアイリスの後ろに隠れてしまった。
「そ、そんなに震えなくていいよ…」
「あうぅ…」
中に入ると、そこには異様な空間が広がっていた。
様々な色の水晶が浮かび、時折それらは交信するように互いに光を放つ。
その水晶の真ん中に、白衣を着た女性が佇んでいる。
彼女はこちらに気づくと、笑顔のようなものを浮かべ、「やぁやぁ、よく来たねぇ」と言った。
「その子達は新人かい?一体どんな力を持ってるんだか…」
「マーリン、自己紹介しろよ」
「へいへい」
見た目ではマーリンと呼ばれた女性のほうが、エルよりも年上そうだ。
しかし、何だかエルのほうが上に立っているような感じである。
「私はマーリン・ウィッチクラフト。しがない魔女だよ」
そう言って、マーリンは立てかけてあった杖を持つ。
「聖剣はこれ、『晶杖』クリスタル・スタッフ。新人君、試しになんかぶっ放してみて」
「え…僕ですか?大惨事になりますよ」
「いいんだ、最悪研究の一環として受け止めるさ」
「大丈夫かな…」
本来アルバートの聖剣は、屋外で発動するべきではないものだ。
しかし、それを促したのにはわけがあった。
「『解放』カラミティ・ダイス」アルバートが聖剣を放る。すると、辺りの気温が下がっていき、やがて雹がバラバラと降り始めた!
「あうっ…!」
「イタタタタ…」
それは容赦なく四人に襲い掛かる。
「おお、これはこれは…痛っ!」
どうやらマーリンの頭にも当たってしまったようで、そこをさすっている。
「では見せてあげよう。『解放』クリスタル・スタッフ!」
彼女が声高らかに宣言すると、手の杖から光の玉が飛び出す!
それは雹の嵐の真ん中に突き刺さると、青色の光を放ちながらそれを吸収していく…
やがて、その場所には青色の水晶だけが残った。
「あらゆる魔法的効果を水晶に封じ込める力、これが私の聖剣だ」
彼女の聖剣は、基本的には防御の役割しか持たない。
しかし、その水晶は、魔法の力を封じてあるため、強力な魔法石として作用するのだ。
それを応用し、彼女は魔法道具を作る研究に日夜没頭しているのである。
…しばらくして。
「ふうん、虫よけの魔法道具がほしい、と…」
「ああ、何とかならないか?」
「…いいけど、高くつくよ?」
マーリンが不敵な笑みを浮かべた。
「ああ、分かってるって」そう言って、エルが鞄から何かを取り出した。
見ると、それは焼き菓子のように見える。
「ウェード・バスケッツのクッキー、十二枚入り」
「よし、任せろ!」
実は彼女、甘党である。この菓子は高級品であったが、魔法道具よりは遥かに安い。
目を輝かせて、彼女はそれをエルの手から奪い取り、代わりに一枚の紙を差し出した。
「虫よけ結界は、何かに使えるかと思って設計してたんだ。然るべき魔法石さえあればすぐに作れるよ」
「それは、ありがたいな」
「魔法石があればね」
「…ん?」
その紙をよく見ると、「☆材料」と書かれた見出しの下に、こんな言葉が書いてあった。
☆材料
・「反射」魔法石
・「構築」魔法石
・「対生物」魔法石
「つまり、材料を集めろと…?」
「そう。騎士団全員を当たれば全部集まると思うよ〜。ああ、これが魔法結晶化用の道具」
彼女は石板のようなものをエルに手渡す。これで、聖剣の力を集めるのだろう。
と、横から聞いていたアルバートが、話に水を差す。
「手当たり次第に集めていくのは、効率が悪いのでは…?」
「いや、『それっぽい』能力を持っている人を回ればいいよ」
「そういうものなんですか…?」
「魔法はイメージ力ですよ」
「帰りは怖い人の道」
退室の合言葉を言うと、扉がまた轟音を立てて開いていく。
「新人君たち、頑張ってね〜」
手を振って見送るマーリンを背に、また四人は地下を歩いて行った。
ちなみに「ウェード・バスケッツ」と言うのは言葉遊びです。
baked sweets(焼き菓子)
↓
wade baskets(切り抜ける籠)
菓子屋の名前が思いつかなかったのでアナグラムで付けました。
特に意味はありませんw
(2017/08/08 改修)
前にあった「聖騎士団第十三部隊」を消去し、「優しすぎる聖騎士 その2」と「地下の魔女」に振り分けました。
これで短いのは解決された…かな?