優しすぎる騎士 その1
夕方。エルがしばらく暇を潰していると、アイリスが帰ってきた。
「お帰り、無事送って来られたのか?」
「ま、まあね。ただ…」
「ただ?」
よく見れば、先程の客のなかに居た、二人が付いて来ている。
「この子たち、うちの新人だった」
「まじかよ」
そう言われ、エルは二人に目をやる。
一人は、とても小柄な少年。
とても十五歳に見えないが、しかしそのペンダントには聖印がしっかりと刻まれている。
聖剣を持つということは、すでに一人前の騎士であることの証明なのだ。
外見に似合わずその表情は不機嫌そうで、話しかけないほうがよさそうな雰囲気を纏っている。
もう一人は、白い髪が目を引く、美しい少女。
背丈こそ少年より少し高いものの、その頬は赤く、何だかおどおどしている。
あまり人と話す事が得意ではなさそうだ。
エルが彼女と目を合わすと、彼女は恥ずかしそうに顔を隠した。
「とりあえず、今日はゆっくり休みなよ。自己紹介とかも、明日で良いしさ」長旅で疲れているであろう二人に、アイリスは気をきかせて言う。
「どうも」「あ、ありがとうございますっ」と、二人も答える。
その日は挨拶だけで、あまり顔も合わせずに終わった。
次の朝。
朝食をとりながら、お互いに自己紹介をした。
まずは先輩たちの番。
「エル・ルーファスだ。昨日見てたと思うけど、聖剣は無いのに聖騎士やってる」
「あたしはアイリス・ハイフォード。壁出す聖剣です」
やはり二人とも聖剣の無い事には驚いていたらしく、少し動揺していた。
「見間違いかと思いました」
「だよね、君。あたしも最初そう思った」
「あ、僕はアルバート・フリードと言います」
アイリスが気さくなのもあるのだろうが、少しアルバートが心を開いたようにも見える。
「私は…フローレと言います」
「ふうん、いい名前じゃん。で、聖剣は?」
聖剣について尋ねると、彼女は少し戸惑って、
「口で説明するのは…難しいかもしれません」と小声でつぶやいた。
「まあ、それもしょうがないよな。今日は確か防衛があったはずだから、そこで見せてもらえればいいよ」
「あ…ありがとうございます」
朝食を終えてしばらく経ったころ、街中に鐘の音が鳴り響いた。
「お、招集だ。行くよみんな」
全員が聖剣を手にし、門の方へと進み始めた。
西ミラディオ平原は、ミラディアンを囲む四つの平原の中で、最も広いものである。
青々と生い茂る草たち。それを求める小動物たち。そして、それを狙う肉食獣が闊歩する。
雄大な自然を体感できる、ミラディアン屈指の名所だ。そう。襲撃さえなければ。
この場所は、ミラディアンがサトゥヌスと敵対したころより、度々襲撃に遭っていた。
日を追うごとにそれは激化していき、今では三日に一回ほどの周期で起こっている。
「…で、その防衛に聖騎士が当番制で携わっているんだ」
「なるほど、それで僕たちが駆り出されたというわけですか」
今、四人は平原の真ん中に立っている。その前方には、大量の魔物が群れを成していた。
「さて、新人君たちの聖剣、見せてもらおうかな~♪」
「なんでそんなノリノリなんだよ」
「あたしは人の聖剣が気になるタイプなのっ」
「…初耳だぞそれ」
そうしているうちに、魔物はすぐそこまで来ていた。
「『解放』センチネル・ウォール!」
アイリスが街の目の前に壁を創り出す。守りに気を取られずに、新人が戦えるようにだろう。
「では、僕が行きます」
アルバートが首に掛かったペンダントを取ると、それは正六面体へと変化し、聖印が空中に浮かび上がる。
「『解放』カラミティ・ダイス」アルバートがそれを放り投げた。
その瞬間、戦場に大竜巻が巻き起こった!
それは敵陣の中央に現れ、中央の魔物を引き裂く。また、その暴風は周りの敵を吹き飛ばし、敵陣は一瞬で壊滅した。
「す、凄い…」
「ふう…危ないのが出なくて良かったです」
「君のそれは、竜巻を巻き起こす奴なのかい?」
アイリスが問うと、アルバートは顔をそらした。
「違います」
「…え?」
「何が出るか分からないんですよ、コレ…」
「まじかよ」
彼の聖剣、「天賽」カラミティ・ダイスは、賽子《サイコロ》型の聖剣。
天災を引き起こす力を持つ、強力な聖剣である。
しかし、その欠点は「何が起こるか分からない」ことであり、それ故多くの味方を巻き込んでしまう可能性があるのだ。
「…失望しました?」アルバートの顔つきが悪くなる。
「いいや、全然だよ!むしろ君のそれは、戦場を一気に覆せる。使い方に気を付ければ、負け戦でも逆転できるかも…!」
アイリスは興奮気味に語った。「励ます」という気持ちは一切ないようだが。
それを見ていたフローレが一言。
「先輩、優しい…いや、かっこいい…!」
「えっ…?」
「私、女性騎士に憧れてたんです…」
「お、おう…」
さっきより彼女の顔が赤い。
「お、おい、気を抜くな!また来るぞ!」
すでに魔物たちは体制を立て直し、こちらへと向かってくる。同胞を殺されたからか、その勢いはすさまじい。
歴戦のエルでさえも気圧されそうであった。「ヤバそうかな…?」防御のための壁を作りながら、アイリスも後退する。
しかし、フローレは三人とは逆の、魔物の方へと歩き出した。
「ちょ、危ないよ!」
「私は、大丈夫です」
彼女が剣を抜く。これが聖剣のようだ。
ふと気づいたように、彼女が振り返る。
「あの…恥ずかしいので、あまり見ないでくださいね…」
そう呟くと、聖剣を掲げ、宣言した。
「『解放』ローズ・ガーデン」彼女の目の前に聖印が浮かぶ。やがて剣が淡い光を放ち始め…
草原に花吹雪が巻き起こった。
先程とは違う、柔らかい風。その中央で、フローレがゆっくりと剣を振っている。
まるで舞っているかのようなその所作は、だれであれ、思わず見惚れてしまうほど美しかった。
見れば、魔物たちは武器を取り落とし、その場に膝をついている。
「今日のところは、お引き取り願えませんか…?」フローレが呟くと、魔物たちは落とした武器を拾い上げ、来た道を駆け戻っていった。
彼女の聖剣は「華剣」ローズ・ガーデン。
「剣」とあるものの刃は無く、刀身はステンドグラスのようである。
その力は、幻の花吹雪を生み出し相手を魅了、その戦意を喪失させるという物である。
極度の恥ずかしがり屋であるフローレだが、「注目を集めてしまう」この力をなぜか手に入れてしまったのだ。
「こっちも、凄いじゃん…」アイリスが感心したような表情をしている。
「ついさっきまで、あんなに猛ってたのに…。恐ろしいな…」
「ほんとだよねぇ」
フローレは剣を収め、ほっとしたように胸をなでおろしている。アイリスはそこに駆けつけ、エルもその後を追った。
(2017/08/08 改修)
今回の改修で、少し一話を長くすることを意識しています。
いかがだったでしょうか(*'▽')