全ての始まり
ガラスの割れる音で、エル・ルーファスは目を覚ました。
(ああ、またやられたのか)
見れば、彼の部屋のあちこちに、ガラスの破片が散乱している。
慣れた手つきで彼はそれを拾い集め、ゴミ箱に放り込んだ。
「おはよう、エル。今日もやられたねえ」
食堂へ向かうと、同僚のアイリスが声を掛けてきた。
「全く、本当にマメな奴らだよな…」
「そうそう、あの勤勉さを別のところに生かして欲しいもんだ」
話しながら、パンを口に運ぶ。
「そういえば、新人の子が来るのって、今日だったよね」
「ん?…ああ、そうだっけ」
「うちの隊、新人が来るのは珍しいよね〜。まあ、少ないほうが嬉しいけど」
「今度は二人来る、って言ってなかったか」
「いやあ、その子たちも大変だねえ。せっかく聖騎士になりたくて、頑張っていたのにさ」
アイリスが空になった皿を差し出してくる。
(まだ食べ終わってないっつーの)
それを見て、エルは料理を急いで食べ終え、皿を上に重ねた。
「今日は防衛もないわけだし、買い物にでも行こうか。新人の子の歓迎もしたいしね」
「異議なし」
食事を終えた彼らは、街へと向かっていった。
西の王国「ミラディアン」は、隣の魔法大国「サトゥヌス」から侵攻を受けていた。
彼らはその技術を用いて魔物を造り出し、ミラディアン国土にばらまいた。
それに対抗するため、ミラディアンの市民たちが結成したのが、守るための騎士団である「ミラ聖騎士団」なのである。
エルのような団員たちはみな、魔物からの街の防衛や駆除活動などを行っている。
今では騎士団の長――騎士王――がミラディアンの国権を握っており、その「自衛」の定義すらも曖昧になってきているのだが…
「しっかし、あたしたちの境遇って、本当に悪いよねえ。騎士王の代が変わったあたりから、さらに厳しくなったし」
そう言って、アイリスはため息をついた。
「今日来る新人が、つらくなって辞めちゃうとかは、悲しいよね…」
「ああ、別にここじゃなければ、そこまで辛くはないのになぁ」
聖騎士団にもいくつかの隊があり、基本的に能力の違いで格付けされる。
そう。基本的には。
彼らの隊、「ミラ聖騎士団第13部隊」は、とても戦力にならないもの、問題のあるもの、そして騎士王に逆らう者たちが飛ばされる。
通称、騎士団のゴミ箱。
つまり、ここに来る、ということは、「お前は役立たずだ」と宣告されるのと同じなのである。
買い物を終え、帰路に就いたエルたち。
「もう夕方だ…。もう新人来てるんじゃないか?」
「あ…ヤバいかも。急がなきゃ」
そうした時、街に女性の悲鳴が響く。
「あれ…助けに行かなきゃ!」アイリスが呟く。
「新人はどうするんだ」
「後で謝ればいいじゃんっ」
声の方に駆け出して行ってしまったアイリスを、エルは追いかける。見れば、ガラの悪そうな人々が馬車を取り囲んでいた。
「お、おいお前ら!聖騎士が来やがった…逃げろ!」
エルたちの姿を見るなり、一目散に逃げていく彼ら。
「アイリス、頼む」
「了解」
悪党どもの目の前に、アイリスが立ちはだかった。
「『解放』センチネル・ウォール!」
彼女が唱えると、その手甲から聖印が現れる。
その瞬間、突如として街中に「壁」が現れた!
それはまず馬車の周りを、群がっている人々を吹き飛ばし、盾のような形で現れる。
そして、今度は悪党を取り囲むように現れ始め、ついには彼らの退路を断ってしまった。
「1、2、3…ざっと二十人くらいは閉じ込めたよ。エル、よろしく」
「おう」
閉じ込められた人々は恐怖におののいている。ナイフを握りしめる者、壁を叩くもの…
それもそうだろう。聖騎士は人智を越えた力を扱えるのだ。
聖騎士見習いは十五歳になると、様々な武具が与えられる。
「聖剣」と呼ばれるその武具(剣とは限らない)は、神々の加護を受けており、その力の一部を行使できるのだ。
そして、アイリスの聖剣、「守壁」センチネル・ウォールは、おおよそ人間では破れないほどの防壁を造り出す!
「クソ、逃げたければお前らを倒して行けってか…」おそらくリーダーと思われる男が言う。
「お前ら、まずはあの弱っちそうな男から殺っちまえ!」
(俺の事か?ひどい言いようだなあ)
エルは剣を抜いて構え、向かってくる敵に向けて一撃ずつ食らわせる。
四方八方から飛んでくる刃を、まるで踊るように避け、そして流れるようにカウンターを見舞う。
力の差は、歴然だった。
「何だこいつ…強い!」斬られた腕を押さえながら、一人が叫ぶ。
だが、やはり多勢に無勢。
何度も攻撃を受けるうち、エルは押され始めていた。
「ぐっ…!」
切創が一つずつ増えていく。
「おら、とどめだ!炎の刃でも食らいやがれ!」
リーダー格が構えたナイフが赤熱し始め、やがてそれは炎を纏う。
(魔法道具…!?)
あれを食らってしまえば、即死は免れないだろう。
「喰らええぇ!!」
炎がエルに迫る。
しかしエルがそれを受け太刀した瞬間、その炎は掻き消える。
「この力を使う気は、無かったのにな…」
そして、エルの剣が、黒い炎のようなものに包まれる。
「な、なんだそれ…」
「闇の力だよ」
暗黒を纏った斬撃が、容赦なくリーダーを吹っ飛ばす。
直撃は免れたようだが、彼は面白い恰好で壁に激突した。
「ひ、ひいっ…!」
悪党は、頭をつぶすと弱体化する。統率の取れていた陣形は崩れ始めた。
「待てよ」
エルが剣を振るうと、波動がほとばしった。
一人、また一人とその波動にのまれ、その場に倒れこむ。
たった数十秒で、悪党どもは全滅した。
エルは聖剣を扱えない。聖剣が存在しないのだ。
十五歳の時、彼には何の武具も与えられなかった。
しかしそれに代わる様に、エルは暗黒の力に目覚めた。
聖騎士にとって、闇は打ち払うもの。それゆえ、彼は他の聖騎士から「異端児」と嫌われ、疎まれているのである。
エルの手で、剣が錆びつき、柄は朽ちて崩れ落ちる。剣が力に耐えきれないのだ。
「…ふう」
「お疲れー。いやあ、焦ったねぇ」
「まさかただの盗賊が魔法道具を持っているなんて…」
魔法の掛かった道具は高価で、庶民に手が届くものではない。
「…盗品じゃない?」
「それもそうか」
アイリスが聖剣の力を解除すると、守られていた馬車から数人が出てくる。先程の悲鳴の主であろう、少女もいた。
「じゃあ、あたしはあの人たちを送ってくね。エルは?」
「先帰ってる」
このような事件は聖騎士にとってはよくあることだった。
しかし、運命の歯車が回り始めたのは、この時だったのだ。
(2017/08/08 改修)
「Black Paladin~聖騎士団第十三部隊~」スタートです!