雪国の守護者たち ~出会い、休息~
雪国の屋根は、やはり白く染め上げられていた。
その民家の立ち並ぶ通りを、馬車で駆け抜けていく。
「…妙だ」
意外にも、街は荒れていなかった。奇麗な家々が、不気味なほどに整列している。妙な点といえば、その中に人の気配が一切ない事だろうか。
フローレが沈黙を破る。
「…町の人たちは…どこに行ったのでしょうか?」
「分からない…。でも、異常事態であることは確かだな」
「……」
また沈黙が戻ってくる。しばらく、ただ過ぎていく景色を眺めるだけの時間。
…しかし、それをまた破るように、馬車の目の前に「誰か」が立ちふさがった!
「…待て。貴様ら、何者だ…」
「…!?」
見れば、その人影は長大な剣を構えて、こちらを警戒している。
「…敵…!?」
とっさにエルは剣を抜き、間合いを詰める。相手は女性のようだった。
「何を目的に、この街に立ち入った…?いや、そもそも関門は閉められているはず…」
「…俺たちは聖騎士だ。ミラディアンから派遣されてきた」
そう告げたものの、向こうは殺気を緩めない。
「嘘だ。そんな報告、ここ数日の間に入って来てはいない」
「…っ」
こいつは、誰だ? というか…戦わなくてはいけないのか?エルの頭に不安がよぎる。
「…とにかく…その身柄、拘束させて貰うぞ」
…そう彼女が言った時。
エルの首筋に、なにかが刺さった。
「…っ!?」
同時に、抗い難い眠気が彼を襲い始める。
「ひゃぁ…!」
「うわ…ぁっ!」
他の四人も、次々と謎の攻撃に襲われていた。
(…何なんだよ…一体…!)
薄れゆく意識。エルは剣を取り落とし、その場に倒れ伏していた…。
* * * *
「…ううっ…」
エルが目を覚ますと、そこは柔らかなベッドの上だった。
「……!?」
バッと毛布を跳ね除け、体を起こす。
穏やかな光が差し込む部屋の中。視界の先には、謎の男。そして、ついさっきまで自分と対峙していた女性がいた。
「…目覚めました?手荒な真似をして、申し訳ない」
男は、優しげにエルに話しかける。
「ここは、騎士団の北方支部です。連絡は来ていたのですが…」
「…なにも襲うことは無いだろ」
「彼女が勘違いで襲いかかってしまい…ごめんなさいね」
その男が視線をやると、彼女は焦ったようにお辞儀をした。
「…仲間は、無事か?」
「はい。今はもう、向こうの部屋でくつろいでいますよ」
ベッドから起き上がる。意外にも、その体はしっかりと動いた。
「申し遅れました、私の名はスロウ。彼女は、シルクと言います」
「…エルだ。一応、本国の一部隊の隊長をしてる」
エルも自己紹介をする。…あえて、「十三部隊」であるとは言わなかった。
「一応、この街の人々は隣国に避難させてあります。不安となるのは…首都近くの人ですが…」
「仕事が早いな。…つまり、彼女は『その騎士たちが街に入ってきた』という風に思ったわけだ」
また、シルクと呼ばれた女性が申し訳なさそうにする。
「…いいんだよ、警戒する事は悪くない」
「ほら、この方もこう言ってくださるし、そんな態度をしない」
「…うぅ…」
スロウがまた厳しい目をする。…なんというか、シルクは彼に逆らえないようだ。
「あ…エル、おはよう」
「…のんきだな、お前ら」
向こうの部屋では、すでに目覚めていた三人(フローレは…居なかったが)が紅茶を飲んでいた。
「あの…スロウとかいう人? あの人の聖剣で眠らされてたみたいだね」
「…?」
アイリスが、エルの首筋あたりを指差す。その場所には、小さな矢のようなモノが刺さっていた。それはエルが抜こうとした瞬間、消滅した。
「刺すと相手を眠らせる矢…らしいよ。弓なしで投げて当てるらしく…」
「…敵じゃなくてよかったな。相当の手練れだぞ」
エルは、彼らが敵ではないことをすでに信じていた。
…第一、殺すのが目的なら、もう全員この世に居ないはずだ。
「仲間が増えたのぅ。喜ばしいことじゃ」
「…なのか…?」
ミズキはいつも、無防備で無邪気に振舞っているが、その実意外と計算高いのだ。こういうときに言うことは、だいたい真理を突いている。
「…まあ、お前が言うならそうなんだろう」
「そう、私が言うからそうなのじゃ!」
…彼女のこういうところは、彼にも分からないが。
「さて、しばらくこの支部にお世話になる事になるじゃろう。ここを拠点に、聞き込みと捜索を進めていこう」
「…場合によっては、交戦することもあるでしょうし…個別行動は避けたほうがいいですね」
作戦会議。こういう場でのアルバートは強い。
「聞き込みをしながら、徐々に国を北上していくといいでしょう。残された人々を守るためにも、ジリジリと首都に近づいていく方がいい」
「…避難なら、あのテントが使えないか?」
「流石に、ミラディアンが受け入れる器はないかと…。最善はそれかも知れませんが、仕方がありません」
冷静な判断。それはときに非情となる事もあるが、この場合は努力次第でどうとでもなる。
「…人々の避難は、支部の方々に任せましょう。安全な逃げ道も知っているはずです」
「あれ、フローレちゃんは?」
「…そういえば、姿を見ておらんな」
「…また、攫われてないといいけど」
アイリスが笑えない冗談を飛ばす。
「あたし、探しに行ってくるね」
彼女が席を立った。冗談のつもりが、本当に心配になったようだ。何だか落ち着かない顔をしている。
「待ってて!紅茶飲んじゃっていいから」
すぐさま彼女は、部屋の外まで駆けて行った。即断即決。
残された三人。話す話題もなく、ただ紅茶に口をつける。
「ほら、エルも飲むといい。武運を運んでくる紅茶じゃ」
「…ああ」
口に含んだお茶は、何だか懐かしい香りがするような気がした。
「…これ、美味しいな」
雪国です。
昔…なぜか雪の結晶がトラウマだったのですが、今は治りました!
綺麗ですよねー(*'▽')




