北の異変、旅立ちの決意 その1
「はあ、はあ、はあ…」
雪の舞う、暗い路地裏。一人の男が身を潜めている。
「どうして、どうしてこんなことに…」
凍えるような風が何度も吹き付け、男の体力を奪っていく。
早く逃げなければ。早く。彼の頭にはそれしかなかった。
「こんな所に居たのかよ…」
「!?」
振り返ると、そこには不吉な影法師が四つ。
「逃げるんじゃねえよ…どうせ俺たちからは逃げられないんだ」
「ナロー、慢心するな。そんなだとすぐ死ぬぞ」
「はいはい…、分かってるっつーの」
身の危険を感じた男は、その場に跪いて懇願する。
「ひい…っ、命だけは、どうか…」
その様子を見て、ナローと呼ばれた男が嘲笑した。
「はは、こいつ命乞いしてやがるぜ…!アンジェロさん、どうする?」
「…僕たちがしているのは、遊びじゃないんだぞ…?」
冷たい目をした、白髪の青年が答える。
「頭かてぇなあ。レジニアはどうだ?」
「…ふあぁ、私は興味ないやー」
幼げな少女も、眠たそうに答えた。
「つれないなぁ、全く…。リーダー、どうします?」
「…好きにしろ」
おしまいに、フードを目深にかぶった男。この四人の長のようだ。
「…じゃ、遠慮なく…」
「うう…どうか、助けてくれ…!」
必死で助けを願う男。しかし。
「安心しろ、命までは取らねえよ」
そう言うと、彼は男の体に剣を突き刺した。
「さあ…罪よ目覚めよ!『未剣』!」
「う…ぐあああぁぁぁっ」
刀身から、黒い輪が渦を巻いていく。そして。
「何だコレ…何が起こっているんだ…!?」
中年くらいに見えた男の体が、どんどん縮んでいき…。
最後には、男の体は、「男の子」と言えるほどに若返っていた。
「ひ、ひえぇ…!?」
恐らく精神年齢も戻っているのだろう。泣くことしか出来ずにいる彼を、ナローは乱暴に蹴り飛ばす。
「痛い…っ!」
「ははは、さあ、逃げて誰かに助けを求めろよ!…その体じゃ、何もできないだろうけどなぁ!」
走り去って行く、男だった少年。
「…あれで僕たちが被害を被ったら、お前の責任だからな」
「いいじゃねぇか、そっちのが面白ぇ」
「…はぁ」
全く反省の意を示さないナローに、アンジェロは苛立っているようだ。
「これで、ここら一帯は終わりかな?」
「ああ、多分な。」
「ふぅ…やっと寝れるや…。ふあぁ」
レジニア、と呼ばれていた少女は、大きな欠伸をしている。
凍てつく街。彼らの姿は、吹雪にかき消され、やがて見えなくなった…。
「お前たちには、北国『キール』へ向かってもらう」
「…急に、なぜ…?」
先日の事件から、一か月ほどが経った。
騎士団議会が開かれ、招集を受けたエル。しかし、奇妙な点が一つだけあった。「十三部隊全員で来い」と言うのだ。
「ああ、君たち中央街に来るのは初めてだっけ?」
「…はい!聞いた通り、とてもきれいな所ですね…」
フローレ達は、初めての中央街に少しわくわくしている様であったが…。結局のところ、行きも帰りもゆっくり見る時間は無くなってしまった。
すぐに、旅立つ必要があったからだ。
エルは議会が嫌いだった。以前のように、彼は他の隊長達に軽蔑されている。
自分という存在が、滑稽な道化、人形になった気がする。いつもそうだった。
「キールの人々から、連絡が入ったのだ。聖騎士らしき軍勢が、いくつかの街を襲っている…とな」
聖騎士の主、騎士王のロマノフが語る。
「これは、かつて騎士団を脱走した者たちの犯行に違いあるまい。お前たちは、街を救うとともに、その逆賊を捕らえるのだ」
「……」
(…証拠はあるのだろうか?)
そう言いかけたが、エルは口には出さなかった。この国では、脱走した聖騎士は悪者扱いなのだ。
…代わりにエルは、質問をした。
「王よ、一つ質問を良いだろうか?」
「…よかろう」
「何故『俺たちが』北に行く必要があるんです?」
「……」
「俺たちはたった四人だ。相手の数も分からないのに、この対処は常識的じゃないじゃないか。ほかの部隊を派遣したほうが良いのでは…」
数秒の沈黙の末、ロマノフが口を開く。
「脱走者の大半は、十三部隊から出ている」
「…っ!」
他の隊長からの軽蔑の視線が、エルに刺さる。
騎士王は、いち組織の主としてあり得ないほどの、ひどい侮辱をしたのだ。
エルは怒りをこらえ、拳を握りしめる。その様子を、フローレは後ろで心配そうに見ていた。
(…エルさん…大丈夫でしょうか…?)
彼女が見た、その手は震えていた。
「…分かりました」
「ああ。この議会が終わったら、すぐに出発し給え」
冷徹に命令を下す王。嗤っている取り巻き達。
ここは、まぎれもない地獄だった…。
…二章のはじめなのに、こんな鬱展開で申し訳ない…(´;ω;`)
次回は希望が見える(と思われる)ので!




