幕間 眠れない夜にはお茶会を
「…眠れない…!」
蒸し暑い真夏の夜。エルが叫んだ。
ミラディアンの気候はそこまで厳しいものではない。標準的な温帯である。
しかし、どこの国でも、いや、どこの世界でも熱帯夜は寝苦しい。
「虫も出るし眠れないし…、夏は嫌いだ…!」
一人の人間を、夏嫌いにさせるのには十分な苦痛である。
あまりの暑さに、すっかり目が覚めてしまったエル。リビングまで降りてくると、アイリスとアルバートもそこにいた。
「お前ら、いたのか…」
「ああ、おはようエル。寝苦しいのは辛いよね~」
時刻はすでに十九刻。真夜中で、窓の外には一切の明かりも見えない。
「寝苦しくて、起きてきたのか?」
「それもあります」
「…それ『も』?」
アイリスがフォローを入れる。
「…実を言うと、マーリンさんからお茶会に誘われたんだよ」
「へえ…、こんな夜中にか?」
「あの人、夜型だし…ねぇ」
「まあ、そうか…」
参加するの?と聞かれ、エルは一応「ああ」と答えた。
せっかくの機会だ、あいつに頼んで安眠グッズの一つでも頂いてやろうか。そんな魂胆もあったりした。
「さて…フローレちゃんを連れてこなくちゃね」
フローレの部屋に向かったアイリス。
しかし、彼女はすぐにリビングに戻ってくることとなる。
「…ちょっと二人、こっち着て」
「「…?」」
彼女に誘われるままに、男子二人が女子の部屋に向かう。
ドアの陰からのぞくと、そこには、幸せそうに眠っているフローレの姿。この寝苦しい夜に、である。
「可愛い…でしょ?(小声)」
「……」
(うらやましい…何でそんなに眠れるんだ…)
軽い嫉妬を覚えるエル。
「…これ、起こしてもいいのかなあ(小声)」
「フローレ抜き、でもいいんじゃないのか?(小声)」
その時だった。
四人を呼びに来たマーリンが、「何やってんの」とエル達に声を掛けたのは。
「うわあぁぁ!?」
「わぁぁぁぁ!」
不意に出現した彼女に驚く三人。その拍子にドアに激突してしまう。
そして、さすがは十三部隊の宿舎。すでに少しガタが来ていたドアは、その一撃で完全にとどめを刺され、枠から外れて倒れてしまった。
ガシャアン!と大きな音。フローレの目が覚めない訳がない。
「ひゃ…ひゃぁぁぁぁぁ!!」
ドッキリ大成功。
夜の闇の中、彼女の悲鳴が響き渡った…。
「…本当に申し訳ない…!」
「い、いえいえ…私が寝てしまったのも悪いわけですし…!」
地下室へと続く廊下の中。先程の事件の事もあり、完全にお葬式ムードだった。
「…あはは、私のタイミングも悪かったのかな…?」心なしかマーリンも申し訳なさそうだ。
どうやらフローレの方も、お茶会があることは知っていたらしい。だが、ベッドで休んでいるうち、うとうと眠ってしまったのだとか。
(うとうと…?眠ってしまった…!?)
エルが驚いていたのは言うまでもない。
飾り気のない、長い廊下の奥。扉を開いて中に這入る。
魔法の研究所らしく、神秘的な光が漂う部屋。その真ん中に小さなテーブルが置かれていた。
「さあ、ようこそ。準備はもう出来てるぞい」
おどけてマーリンが言う。机の上にはティーポットと、お茶菓子がすでに置かれている。
「ささ、どうぞお座りくださいな」
「お、…お邪魔します…」彼女に促されるまま、遠慮がちに席に座るフローレ。後の三人もそれに続く。
「それでは…夜のお茶会を始めましょう!」
「おー!」
「「……」」
アイリスだけが反応して、腕を上げている…、かに見えたが、意外とフローレも小さく手を挙げていた。どことなく表情も楽しそうだ。
部屋いっぱいに、心地よい香りが広がっていく。紅茶の醍醐味の一つだ。
この世界では、紅茶はおまじないの一種とされている。茶葉ごとの意味や効能を考えて、楽しみながら飲むのだ。
「ホワイトベル、カナリアフェザー、夕凪草…。いや~、まさか魔術用のハーブが役に立つとはねぇ」
「…そうなんですか?魔法でも使うんだ…」
「ああ。おまじないも案外、嘘じゃあないんだよ~♪」
「懐かしいなぁ、紅茶のおまじない…」
フローレが懐かしそうな、そして、どこか切なげな顔をした。
「…?大丈夫かい?」
「いえ、家を出たお兄さんの事を思い出して…。すみません…」
「…あ、ごめんね…?」
申し訳なさそうにするマーリンに、彼女は「大丈夫ですよ」と声を掛ける。
「私は…よくリトルメリーを飲んでました」
「なるほど…効果は『ささやかな幸せをもたらす』だっけ?あれは美味しいよね~」
「…はい!いつでも家に置いてあったので、そのうち自分で淹れて飲むようになって」
「ほうほう…。料理とかも出来るのかい?」
「少しは…?あっ、そういえば、お茶菓子を作ってきまして…」
和気あいあいと話している二人。それを見ている男子陣が、ぼそっと呟いた。
「「…付いて行けない…!!」」
「まあまあ、無理に付いて行くことも無いでしょ」
「そういうアイリスだって、紅茶はよく飲んでるじゃないか」
「…まあ、そうだけど…」
アイリスが目を逸らした。
少し空いた間に、エルがアイリスとアルバートに話しかける。
「…ところで、この前の戦いの事なんだが」
「うんうん」
「あれから俺は大広間に向かったんだが…、お前らは何してたんだ?」
先日の第五部隊との戦い。マーリンが足止めを始めてからの様子をエルは知らなかった。
「…マーリンさんの戦ってるところを、ぼーっと見てたりですね」
「そうそう、あそこに割り込んだら巻き込まれそう…って、参戦出来ずにいてさ」
「…あいつ、また派手な魔法を使ったのかよ…」
「…?」
頭を抱えるエル。同じようなことが、前にもあったような口ぶりだ。
「一度、『実験』とやらで町はずれの森を消滅させたことがあってだな…」
「…!?」
「その後、奴は騎士団から追放になって…、俺は『知り合いだから』って、先代騎士王に後始末を全部押し付けられた」
「それは恐ろしい…災難でしたね…」
そうは言うものの、その「実験」に興味が湧いているアルバートであった。
ちなみに、マーリンは後に十三部隊に匿われ、今に至るのだが…。
それは、また別の話。
楽しい時間はすぐに過ぎる。時刻は二十八刻で、もうすぐ日が昇るころだ。
ポットの紅茶も底を尽き、重ねられたティーカップがお茶会の終わりを告げている。
「ではでは…あたしたちもそろそろ戻ろうかな?」
「ほーい。楽しかったよ、ありがとう」
「いえいえ…こちらこそ、ありがとうございました…!」
すっかり仲良くなっている女子三人。ほほえましい光景だ。
「そうだ、エル。ちょっといいかい」
大きな欠伸をしている彼に、マーリンが声を掛けた。
「この魔法道具を貸してあげよう。『紅茶の効果を現実化する』ティーカップだ」
「…?それが何の役に」
手渡されたカップの中に、茶葉の袋が入っている。
「そしてこれ、月薔薇の効果は『心地よい眠り』だ。フローレちゃんに淹れてもらうといいよ」
「…何でも知ってるな、お前」
「なんせ魔女ですから」
借りておくよ、とエルは鞄に入れた。
「じゃあ、みんなお休み~」
「…おやすみなさい、マーリンさん」
挨拶を交わし、手を振るマーリン。大きな扉が閉まり、研究室には彼女一人が残った。
「ふう…。なかなか楽しい時間を過ごさせてもらった」嬉しそうにカップを片付ける。
「今度までに、薬草の類を集めておかなければなぁ…」
独り言を言うのが、彼女のくせだった。
「…やっぱり、みんなは気づかなかったかな」
先程、エルに貸したティーカップを思い返す。
「『祝杯』ブレシング・カップ…私の親友が遺した聖剣。フローレちゃんは、きっと彼女の…?」
突然、涙があふれてくるマーリン。いつもは誰にも見せない表情だ。
「…うう…っ」
白衣のポケットをまさぐり、ハンカチを取り出す。
「……。今頃泣いてどうするんだよ、私」
涙を拭き、無理に笑った顔を作る。それでも、涙は止まらない。
「…セラム、私は、あの子たちを支えるよ。陰から、ね。」
魔女は、今は亡き親友に誓ったのだった。
今回登場した茶葉は全て架空のモノです。ファンタジー世界っぽいものを創作してみました(*'▽')




