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Black Paladin ~聖騎士団第十三部隊~  作者: Noire
第一章 紅蓮の剣
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幕間 眠れない夜にはお茶会を

「…眠れない…!」

 蒸し暑い真夏の夜。エルが叫んだ。


 ミラディアンの気候はそこまで厳しいものではない。標準的な温帯である。

 しかし、どこの国でも、いや、どこの世界でも熱帯夜は寝苦しい。

「虫も出るし眠れないし…、夏は嫌いだ…!」

 一人の人間を、夏嫌いにさせるのには十分な苦痛である。


 あまりの暑さに、すっかり目が覚めてしまったエル。リビングまで降りてくると、アイリスとアルバートもそこにいた。

「お前ら、いたのか…」

「ああ、おはようエル。寝苦しいのは辛いよね~」

 時刻はすでに十九刻。真夜中で、窓の外には一切の明かりも見えない。

「寝苦しくて、起きてきたのか?」

「それもあります」

「…それ『も』?」

 アイリスがフォローを入れる。

「…実を言うと、マーリンさんからお茶会に誘われたんだよ」

「へえ…、こんな夜中にか?」

「あの人、夜型だし…ねぇ」

「まあ、そうか…」

 参加するの?と聞かれ、エルは一応「ああ」と答えた。

 せっかくの機会だ、あいつに頼んで安眠グッズの一つでも頂いてやろうか。そんな魂胆もあったりした。


「さて…フローレちゃんを連れてこなくちゃね」

 フローレの部屋に向かったアイリス。

 しかし、彼女はすぐにリビングに戻ってくることとなる。

「…ちょっと二人、こっち着て」

「「…?」」

 彼女に誘われるままに、男子二人が女子の部屋に向かう。

 ドアの陰からのぞくと、そこには、幸せそうに眠っているフローレの姿。この寝苦しい夜に、である。

「可愛い…でしょ?(小声)」

「……」

(うらやましい…何でそんなに眠れるんだ…)

 軽い嫉妬を覚えるエル。

「…これ、起こしてもいいのかなあ(小声)」

「フローレ抜き、でもいいんじゃないのか?(小声)」

 その時だった。

 四人を呼びに来たマーリンが、「何やってんの」とエル達に声を掛けたのは。


「うわあぁぁ!?」

「わぁぁぁぁ!」

 不意に出現した彼女に驚く三人。その拍子にドアに激突してしまう。

 そして、さすがは十三部隊の宿舎。すでに少しガタが来ていたドアは、その一撃で完全にとどめを刺され、枠から外れて倒れてしまった。

 ガシャアン!と大きな音。フローレの目が覚めない訳がない。

「ひゃ…ひゃぁぁぁぁぁ!!」

 ドッキリ大成功。

 夜の闇の中、彼女の悲鳴が響き渡った…。



「…本当に申し訳ない…!」

「い、いえいえ…私が寝てしまったのも悪いわけですし…!」

 地下室へと続く廊下の中。先程の事件の事もあり、完全にお葬式ムードだった。

「…あはは、私のタイミングも悪かったのかな…?」心なしかマーリンも申し訳なさそうだ。

 どうやらフローレの方も、お茶会があることは知っていたらしい。だが、ベッドで休んでいるうち、うとうと眠ってしまったのだとか。

(うとうと…?眠ってしまった…!?)

 エルが驚いていたのは言うまでもない。


 飾り気のない、長い廊下の奥。扉を開いて中に這入る。

 魔法の研究所らしく、神秘的な光が漂う部屋。その真ん中に小さなテーブルが置かれていた。

「さあ、ようこそ。準備はもう出来てるぞい」

 おどけてマーリンが言う。机の上にはティーポットと、お茶菓子がすでに置かれている。

「ささ、どうぞお座りくださいな」

「お、…お邪魔します…」彼女に促されるまま、遠慮がちに席に座るフローレ。後の三人もそれに続く。

「それでは…夜のお茶会を始めましょう!」

「おー!」

「「……」」

 アイリスだけが反応して、腕を上げている…、かに見えたが、意外とフローレも小さく手を挙げていた。どことなく表情も楽しそうだ。


 部屋いっぱいに、心地よい香りが広がっていく。紅茶の醍醐味の一つだ。

 この世界では、紅茶はおまじないの一種とされている。茶葉ごとの意味や効能を考えて、楽しみながら飲むのだ。

「ホワイトベル、カナリアフェザー、夕凪草…。いや~、まさか魔術用のハーブが役に立つとはねぇ」

「…そうなんですか?魔法でも使うんだ…」

「ああ。おまじないも案外、嘘じゃあないんだよ~♪」

「懐かしいなぁ、紅茶のおまじない…」

 フローレが懐かしそうな、そして、どこか切なげな顔をした。

「…?大丈夫かい?」

「いえ、家を出たお兄さんの事を思い出して…。すみません…」

「…あ、ごめんね…?」

 申し訳なさそうにするマーリンに、彼女は「大丈夫ですよ」と声を掛ける。


「私は…よくリトルメリーを飲んでました」

「なるほど…効果は『ささやかな幸せをもたらす』だっけ?あれは美味しいよね~」

「…はい!いつでも家に置いてあったので、そのうち自分で淹れて飲むようになって」

「ほうほう…。料理とかも出来るのかい?」

「少しは…?あっ、そういえば、お茶菓子を作ってきまして…」

 和気あいあいと話している二人。それを見ている男子陣が、ぼそっと呟いた。

「「…付いて行けない…!!」」

「まあまあ、無理に付いて行くことも無いでしょ」

「そういうアイリスだって、紅茶はよく飲んでるじゃないか」

「…まあ、そうだけど…」

 アイリスが目を逸らした。


 少し空いた間に、エルがアイリスとアルバートに話しかける。

「…ところで、この前の戦いの事なんだが」

「うんうん」

「あれから俺は大広間に向かったんだが…、お前らは何してたんだ?」

 先日の第五部隊との戦い。マーリンが足止めを始めてからの様子をエルは知らなかった。

「…マーリンさんの戦ってるところを、ぼーっと見てたりですね」

「そうそう、あそこに割り込んだら巻き込まれそう…って、参戦出来ずにいてさ」

「…あいつ、また派手な魔法を使ったのかよ…」

「…?」

 頭を抱えるエル。同じようなことが、前にもあったような口ぶりだ。

「一度、『実験』とやらで町はずれの森を消滅させたことがあってだな…」

「…!?」

「その後、奴は騎士団から追放になって…、俺は『知り合いだから』って、先代騎士王に後始末を全部押し付けられた」

「それは恐ろしい…災難でしたね…」

 そうは言うものの、その「実験」に興味が湧いているアルバートであった。

 ちなみに、マーリンは後に十三部隊に匿われ、今に至るのだが…。

 それは、また別の話。



 楽しい時間はすぐに過ぎる。時刻は二十八刻で、もうすぐ日が昇るころだ。

 ポットの紅茶も底を尽き、重ねられたティーカップがお茶会の終わりを告げている。

「ではでは…あたしたちもそろそろ戻ろうかな?」

「ほーい。楽しかったよ、ありがとう」

「いえいえ…こちらこそ、ありがとうございました…!」

 すっかり仲良くなっている女子三人。ほほえましい光景だ。


「そうだ、エル。ちょっといいかい」

 大きな欠伸をしている彼に、マーリンが声を掛けた。

「この魔法道具を貸してあげよう。『紅茶の効果を現実化する』ティーカップだ」

「…?それが何の役に」

 手渡されたカップの中に、茶葉の袋が入っている。

「そしてこれ、月薔薇の効果は『心地よい眠り』だ。フローレちゃんに淹れてもらうといいよ」

「…何でも知ってるな、お前」

「なんせ魔女ですから」

 借りておくよ、とエルは鞄に入れた。


「じゃあ、みんなお休み~」

「…おやすみなさい、マーリンさん」

 挨拶を交わし、手を振るマーリン。大きな扉が閉まり、研究室には彼女一人が残った。


「ふう…。なかなか楽しい時間を過ごさせてもらった」嬉しそうにカップを片付ける。

「今度までに、薬草の類を集めておかなければなぁ…」

 独り言を言うのが、彼女のくせだった。


「…やっぱり、みんなは気づかなかったかな」

 先程、エルに貸したティーカップを思い返す。

「『祝杯』ブレシング・カップ…私の親友が遺した聖剣。フローレちゃんは、きっと彼女の…?」

 突然、涙があふれてくるマーリン。いつもは誰にも見せない表情だ。

「…うう…っ」

 白衣のポケットをまさぐり、ハンカチを取り出す。

「……。今頃泣いてどうするんだよ、私」

 涙を拭き、無理に笑った顔を作る。それでも、涙は止まらない。


「…セラム、私は、あの子たちを支えるよ。陰から、ね。」

 魔女は、今は亡き親友に誓ったのだった。

今回登場した茶葉は全て架空のモノです。ファンタジー世界っぽいものを創作してみました(*'▽')

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