憎悪と絶望
一方その頃。先に進んでいったエルが見たのは、衝撃的な光景だった。
すぐ目の前に、フローレの腕が鎖に繋がれている。その鎖は天井に繋がれており、身動きが取れなくなっているようだ、
「エルさん…!?」
「フローレ…!怪我はないか?」
すぐに駆け寄り、鎖を外そうとする。
「これは罠です…。すぐに逃げてください!」
「大丈夫だよ。知ってて来てるから」
笑いかけるエル。二人が知っての通り、これは罠だった。彼の後方に人影が現れる。
「…久しいな、ガスト」
「お前の事だから、罠と分かって来ると思ったぜ」
ガストと呼ばれた男。ガタイが良く、ボサボサの髪をしている彼こそが、聖騎士団第五部隊の隊長なのである。 エルも彼の方を向き直した。
「で、そうまでして俺を呼んだ理由は?」
「…お前を殺すためだ」
「まだそんな事言ってるのか…?」
ガストの目つきは鋭い。その瞳に宿っているのは、燃え盛る憎悪だった。
「お前は、異端だ。そして、弱い。この王国に居てはいけない存在だ」
彼は続ける。
「あの時だって、お前は何も守れなかった。ただ異端なだけの弱者に存在価値などない。だから俺が、お前を裁く」
「…随分と勝手な処刑だな。大衆を巻き込んだ癖に」
「前々から奴らは俺に反抗的だった。俺たち聖騎士に楯突く奴は、街ごと潰してやる」
乱暴すぎる意見。あの騎士王ですら、ここまでの極論を出さないだろう。
「で、俺を殺すのか?…俺を、殺せるのか?」
「思い上がるな。お前は弱い。権力も武力も無い」
「………」
エルがうつむく。
「仲間も居ない。だからこそ異端だ。お前は、俺に絶対に勝てない」
「………」
暫くの間。そして。
「…っはははは!」
エルが笑い出した。
「お前…頭が切れる奴だと思っていたけど、ただの馬鹿だったわ」
「っ…!?お前!」
「理屈が通ってない。循環論法だ。ただ、俺の全てを否定したいだけ。俺が嫌いなだけ。そうだろ?」
「…っ」
「いいぜ。お前の理論だと、俺は勝てないんだろ?ならさっさとかかって来いよ」
挑発するエル。激昂する相手とは違い、余裕のある態度だ。
「馬鹿はお前だ…いますぐこの世界から消し去ってやる!『解放』!」
ガストの手に握られていたのは、長大な棍の様な武器。解放とともに、それは熱を帯び始める。
以前の盗賊が持っていた、魔法道具とは比べ物にならない熱量と緊張感。心なしか部屋が乾燥していく様にも感じられる。
「『炎杖』レーヴァテイン…超高熱を帯びた杖だっけか」
「その通りだ。鉄をも溶かす我が力、身を以て思い知れ!」
飛びかかり、聖剣を振り上げるガスト。対抗してエルも闇の力を迸らせた。
激突。
キィンという音が何度も響く。暗黒を纏った剣は、超高熱にも耐えうるのだ。
(熱い…!)
しかし、生身の体は無事ではない。何度も武器を交えていく内に、汗が吹き出る上、体力も削られていく。
「ぐっ…うぉぉっ!」
エル、必死の猛攻。一度でも攻撃を食らってしまえば、命が危ないだろう。それでも、エルは向かって行った。
相手の横薙ぎを躱し、連撃。しかし、やはり棍というリーチの長い武器は、剣で立ち向かうには相性が悪い。
「甘いっ!」
「うわぁっ…!」
いなされ、或いは避けられる。その時できた隙を縫うようなガストの攻撃は、力を発揮しない限り防ぐ事も出来ないだろう。
エルは闇のカーテンを展開し、その攻撃を防ぐ。
ガキンという金属音。
「…危なかったぜ」
「何…!?」
その状況は相手も同じ。ガストの攻撃は闇に遮られ、エルに届かない。一瞬でも隙を見せれば、暗黒を纏った鋭い刃が飛んでくる。
両者互角の戦い。膠着状態は、暫くの間ずっと続いていた。
そして。
「はぁ…はぁ…」
「しぶとさだけは認めてやる…!」
お互いに立っているのがやっとという状態に見える。両者とも、あと一太刀を受けたら死んでしまうだろう。しかし。
「だが…俺の勝ちだ!」
ガストが声高く宣言する。
「『覚醒』レーヴァテイン!!」
その瞬間、彼の聖剣が…
爆発した。
否、正確には爆風ではない。強烈な炎が、火山の噴火の如く杖の先端から噴き出したのだ。その熱波は、大広間の天井を突き破り、天の雲を貫いた!
「…嘘だろ、そんな力が…!?」
目の前に太陽が現れたかのような閃光と熱気に、流石のエルも恐怖を覚える。
余り知られていないが、聖剣には第二の形態が存在する。技量が相応しいものとなり、特定の力を身に付けた所有者は、『覚醒』の言葉とともにその形態を解放することが可能なのだ。
ガストの「炎杖」レーヴァテインは、本来ただ高熱を発するだけの聖剣だった。しかし、彼の「望んだ全てを破壊する」願望がその力を歪めていった。
超高熱の焔の刃を発生させる聖剣、真の名を「焔剣」レーヴァテイン。その刃に触れたものは、灰も残さず消滅する。
「お前の命運は尽きた…」
ヨロヨロとゆっくり近づいてくるガストを前に、逃げ出す事も出来ないエル。ただ、彼を睨むのみである。
(さっき反論はしたが…、俺は生きていても良い存在なのだろうか?)
絶望的な状態になると、人間はどんどん悲観的になっていく。それは、いくら心の強いエルでも同じだ。
「終わりだ。お前を殺す!」
(あの時、俺は何も守れなかった。あの人の命も…)
死が近づいてくる。
(もし、何も救えないとしたら。いっそ、ここで終わって仕舞えば…)
そう思った頃には、ガストは既に剣を振り上げていた。
「さあ、死ぬがいい、エル!」
紅く燃える刃が、振り下ろされた…!
今回のガストのセリフを「ガキみたい」と思う方もいるかもしれません。でも、人を責める奴って、(注意じゃなければ)たいてい相手を否定したいだけだと思うんですよね。
そういう気持ちをこめて、今回の話を執筆しました。
さあ、一体エルはどうなってしまうのか…!
第一章終了まで残り二話!応援よろしくお願いします(*'▽')




