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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「おまえもくうかい」

作者: 三ツ星真言

 真っ赤な霧を抜けると、そこは鬼が支配する町であった。町全体、シーンと

沈み込んでいます。

みんな、鬼が怖くて、どうすることもできません。

 今日もまた一人、若い娘が三匹の鬼に捕まろうとしています。

 「助けて~。」

 娘が泣いて叫んでも、誰も助けようとはしません。見て見ぬふりをしています。

 「おやめなさい。」

 そこに出くわした旅のお坊さんさんが、助けに入ります。

 「何だ、何だ。坊主が邪魔をするのか。」

 「坊主は、屏風に上手に坊主の絵を描いておればよい。」

「そうだ、そうだ。やっちまえ。」

 三匹の鬼は、刀を手にお坊さんに斬りかかりました。

 みんな、お坊さんがズタズタに斬られれたと目を覆いました。

 ところが、様子が変です。三匹の鬼が、ヨロヨロと倒れ込むではありませんか。

 しかも、鬼と見えた顔はお面だったのです。お面がパカッとわれて、お侍さんの

顔があらわれたのです。

 みんな、何が起こったのか、まったくわかりません。

 きっと、仏様が助けてくれたのに違いないと思いました。

 「お坊さん、ありがとうございます。でも、早くこの町からお逃げください。

鬼たちが仕返しにやってきます。」

 娘はお礼を言いましたが、お坊さんの身を心配したのです。

 「困っている人を見捨てることは、できません。拙僧が、鬼を説得し、悪いことを

止めさせます。」

 キラリと光る涼しい瞳のお坊さんに、娘は胸がキュンとしました。

 引きとめる娘を後に、お坊さんは鬼の棲む屋敷へと向かいました。


 「これは、まずい。」

 屋敷の門を、仁王像のように大きくて強そうな鬼が二匹守っていたのです。

お坊さんは、屋敷の裏に回り込みました。誰も見ていないことを確認すると、

忍者のようにヒラリと高く跳び上がって塀を越えたのです。

 それだけではありません。

 「のうまく さまんだ ぼだなん おん まりし そわか」

 摩利支天の印を結び、真言を唱えると、姿が消えたではありませんか。

 摩利支天は陽炎の神格化で、護身や勝利を司る武神です。  

 お坊さんは、簡単に屋敷の中に忍び込むことができました。

 昼間から、酒を飲んでドンチャン騒ぎをしている鬼たちに見つかることなく、

ラクラクと、鬼の首領の部屋まで行くことができたのです。

 門番の鬼よりも大きく、頭に角が生えている本物の鬼でした。

 今、まさに、若くて綺麗な娘を頭からガブリと喰らいつこうとしています。

 

 「鬼さん、ちょっと待った。」

 お坊さんは術を解き、鬼の前に姿を現しました。

 鬼は、おにいさんと呼ばれたと勘違いし、嬉しくなりました。

 「おまえも、喰うかい。」

 「はい。」

 「何だって。」

 実は、お坊さんは弘法大師の名で有名な空海だったのです。

 空海は、自分の名前を呼ばれたと勘違いして、返事をしてしまったのです。 

 何で、この鬼は自分の名前を知っているのか、不思議でたまりません。

 鬼は鬼で、人間の坊主のくせに娘を食うのか、不思議でたまりません。

 「止めて~。私を、食べないで。」

 娘は二人の沈黙にたまらくなり必死に叫びました。

 その声に、空海と鬼は我に返ったのです。

 「鬼よ、その娘を話しなさい。そして、地獄へと帰るがよい。」

 空海は鬼を恐れることなく、凛とした声で話しました。

 「五月蠅い。わしに、命令するな。せっかくこの世に出てきたのに、

あんな恐ろしい地獄へ戻るなんて嫌じゃ。」

 鬼はブルブルと首を横に振ります。

 「どうしても、嫌か。」

 「嫌に決まっておる。お前、えらそうだな。先に、喰ってやる。」

 鬼はポイと娘を投げ捨て、空海に襲いかかりました。

 娘は一体どうなるのかとハラハラドキドキしました。


 ところが、鬼の鋭く激しい動きでも空海を捕まえることができません。

かすることすらできません。鬼は眼がギラギラと怒り狂います。

 「おん そんば にそんばうん ばざら うん はった」

 空海は鬼の攻撃をユラリユラリかわしつつ、降三世明王の印を結び、

真言を唱えました。

 降三世明王は、魔を屈する降伏の利益をもたらす明王なのです。

 すると、空海の体が金色に光り輝くではありませんか。

 空海は、鬼の眉間に気合のこもった鋭い突き入れました。この目にも

止まらない早業を見ることができる者は、お釈迦様さまぐらいでしょう。

 「無念じゃ・・・」

 鬼は、ドスンと床に倒れ、見る見るうちに白い煙となって消えました。


 空海が唐の国(今の中国)で、密教を学んだのは有名なお話しです。

 しかし、中国拳法を基礎とした妖怪退治の秘拳を学んだころは、誰も知りません。


 鬼が消え去ると同時に、全ての鬼のお面がズバッと割れ、地面に床に

バタバタと落ちました。

 「ここは、どこでござるか。」

 「はて、長い夢を見ていたような。」

 「鬼になって、暴れていたような。」

 「お主もか。拙者もだ。」

 「面妖な話じゃのう。」

 「まったくじゃ。」

 お侍さんたちにかかっていた鬼の呪縛が、解けたのです。


 「もう安心です。鬼退治は、終わりました。」

 「ありがとうございます。これで、この町に平和が戻ります。」

 若くて綺麗な娘は、丁寧にお礼を言いました。

 「拙僧は、仏に仕える者として、当たり前のことをしただけです。」

 空海は涼しい顔で答えます。娘は、胸がドキュンとなりました。

 「お坊さん、どうかお名前をお聞かせください。」

 「拙僧の名前は、空海です。空と海と書くんですよ。勘違いしないように。」

 空海は、照れくさそうにニッコリと笑いました。

 町のみんなもお礼をしたいと言いましたが、丁寧に断りました。


 そして、空海は青い空のもと、また旅へと出かけるのでした。

                 

                              (終わり)


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