朝
翌日、朝。
紺はセミダブルのベッドで目を覚ます。
月島と共に今の家に引っ越した時に買ったベッド。寝室の割に小さい寝床。ひっついて寝たい、そんな紺のわがままに月島が折れて買った。思い出の揺りかご。寝心地は最高。
それに…目覚めれば隣には愛しい人。快晴。良い朝。
月島に頬を摺り寄せて、幸せ過ぎて涙がこぼれそう。
「好き」
「朝から、良い事を聞いた」
「紫、起きてたの!?」
反転する視界。
映し出される、月島のまだ眠気の残る顔。
「おはよう、紺」
小さく唇を合わせる。
シーツの海の中で2人笑いだす。
紺の指先に、月島の胸にある一文字の古傷が触れる。
月島の掌に、やわらかい紺の真白な素肌が包まれる。
暖かい。
この時間は、永遠ではない。
知っているから、狂おしいほど愛おしい。
そして。
「紫、今日…」
「知っている」
もう一度唇を啄んで、月島は紺の黒髪を梳く。寝癖も無い直ぐな髪。両頬の横だけ顎のラインで揃えた所謂お姫様カット。古風な髪型が似合う。
「今日は満月だ」
二つの黒曜石の瞳。
ちょこん、と乗った鼻。
小さい癖に良く動いて表情を作る唇。
二本の手、二本の脚、華奢な体躯。
どこから見ても紺は普通の女性だ。
それでも彼女は人間ではない。満月の夜は、それを嫌というほど突きつける。
「ごめんね…」
「謝るな」
もう一つだけ口づける。今度は少し長く。彼女の謝罪を口移しで飲み込むように。
「さぁ、起きないと遅刻だ」
「きゃ、本当!」
「朝食は私が作る。紺は、コーヒーを頼む」
紺曰く『沼のよう』、小野寺曰く『フツーの人間が飲んだら胃に穴が開く』。
月島はそんな濃いコーヒーを好んで飲む。理由は単純明快で甘味が嫌いだからだ。
紺はそんな月島の好みを知って、健気に濃いコーヒーを淹れてくれる。おかげで、月島は半ばカフェイン中毒だ。
「すぐ用意するね!!」
冗談めかして敬礼の真似事。
二人して笑って、紺は脱ぎ散らかした寝間着をかき集めて駆け出す。
紺の後ろ姿に笑みを浮かべながら、月島も手早く身支度を始めた。