骸
左右の鎖骨。肋の正中。下腹。
順々にメスを進め温度の無い身体を開いていく。
体内の出血も酷い。直接の死因は銃弾によって脳幹が損傷したことだが、この状態ではたとえ撃たれていなくとも失血で死亡しただろう。
カッターで肋を外す。
三本折れていた。位置からして跪いた状態で強く蹴り上げられた事が伺える。
肺、心臓、胃、肝臓、胆嚢、腎臓、脾臓、大腸、小腸。
取り出した臓器は若く健康的な形をしていた。数時間前まで美しい色をして肉体の機能を支えていたのだ。
――まだ、死ぬはずでは無かった。
暴力により傷つけられた箇所を確認していく。
複数の血管が破裂している。
腹腔内に溜まった血液はそこから溢れた物だ。
眉間の傷口は小口径の拳銃によるもの。至近距離ではあるが、押し付けて撃った訳では無いらしい。ある程度銃器に慣れた者の犯行。
射入角から考えて、立った状態で撃たれている。
「馬鹿だねぇ」
そ、とラルムの髪を梳く小野寺の指先が震えた。
「立つの、辛かったでしょ?」
それでも、立った。
それがラルムの意志。
一度大きく呼吸をして小野寺は開いた身体を丁寧に縫い合わせ、そして綺麗に清めた。
「敬礼!」
桑野の一声で、待機室で解剖を見守っていた三十数名の裏警察の面々が直立し、ラルムに最敬礼の姿勢を取った。
最後まで戦い抜いた誇らしき仲間に、せめてもの思いを届ける為に。
「絶対に仇は取ってやる」
敬礼の姿勢を取ったまま皆月島の言葉に無言で頷いた。
※
ぴんぽーん。
間の抜けた音に、紗音は少し笑って廊下を走る。
また鞄の中で鍵が迷子なんだ。
まったく、おっちょこちょいなんだから。
玄関を開けたらきっと彼は申し訳無さそうに笑う。
『ごめんね、助かったよ』って。
それでリビングに行って、鞄をひっくり返して、カギを拾い上げて『おかしいなぁ』なんて。
だから、彼への贈り物はもう決まっている。鞄で迷子にならない、大きなキーホルダー。でも、まだ内緒。
「おかえり、ラルム!」
微笑んで見上げた先には、知らない顔が二つ。どちらも、ラルムと同じ年頃。そして、何処か似た雰囲気を感じた。
ゆっくり、紗音の笑顔が凍りついて色を無くしていく。
比例して、二人の男の目元に痛々しい影が落ちた。
「ラルム、怪我したの……?」
「いや……」
否定の重さに、胸の底を殴られたような気がした。
「彼は!?
彼はどうしたの!?」
「……亡くなりました」
あたまが、まっしろになった。
おかしいの。
せかいが、ねじれて。
気付いた時には走り出していた。
裸足で、何も持たずに、脇目もふらずに。
頭の中で声がする。
早く。
はやく。
彼を見つけなきゃ。
これは悪い夢。
きっと、彼はいる。
大丈夫だよって抱きしめてくれる。
だから。
待っていて。




