迎
夜闇を引き摺るように、車一台滑り込む。裏警察所有の真っ黒いバンだ。
機械室と書かれた扉の前で、大きな車体を僅かに揺らしてバンは動きを止めた。即座に桑野が後部ドアに手をかけ掛け、扉を開く。真っ平な空間に、鈍色のストレッチャーが一つ、大きな黒い袋を乗せていた鎮座していた。
待機していた月島がストレッチャーを引き出し、桑野と共にエレベーターまで移動させる。
表の人間に見つからぬように急ぐ必要がある。だが、どうにも脚が重い。
暗い夜の駐車場に、重々しい足音だけが、ばらばらに反響する。
誰も、何も、言わない。無言。それは、ストレッチャーに横たわる身体もまた、同じ。
ただ黒い袋に身を包まれて、静かに横たわる体。息をしないその骸こそラルム。
昨日まで生きていた彼は。昨日まで笑っていた彼は。もう、いない。
車を運転してきた真田が、そっとストレッチャーの後ろに立ったが、矢張り口は開かない。
沈黙に耐えかねたように、無機質な音がエレベーターの到着を知らせた。扉の中から零れた明かりがぼんやりと、三人を闇の中に浮かび上がらせる。誰の顔も、青白く生気の無い色をしていた。
真田が開けたトランクルームにストレッチャーの足元を納め、三人でラルムを囲むように乗り込む。扉が閉まる。ゆっくりと、小さな箱が下降する。
――エレベーターの揺れにラルムが目を覚ましたりはしないだろうか。
下らない。御伽噺じゃあるまいし。
なのに、そんな事ばかり頭を過って、いつもはあっという間の距離が嫌に長い。
無機質な音。開く扉。
地下で、小野寺が到着を待っていた。
「おかえり」
小さな言葉に、ずっしりと現実が伸し掛る。
頭を垂れ、月島がそっとラルムの遺体を差し出すと、小野寺は指先でラルムの肩を抱いた。
「おかえり、ラルムくん……」
静まり返った空間に、小野寺の声が滲むように広がる。
遺体袋のジッパーが、引き下げられていく。その音が、奇妙な程耳に付く。
広げられた隙間から現れた顔は青黒く腫れあがっていた。
生前の面影を見つける事さえ難しい。
一瞬人違いでは、と思ったが、次いで現れた体が着ていたのは確かにラルムの服だった。
「すぐ、綺麗にしたげるからね」
ぽつん、と零れる言葉。
小野寺の泣きそうな声。
遺体の髪を梳く優しすぎる指先に、真田も桑野も、ただ唇を噛んでいた。




