告
ラルムが戻らない。
最初は遅い、と冗談混じりの文句も言えた。だが、時が立つにつれて、皆口が重くなっていく。
得体の知れない焦燥だけが、場を支配していた。時計の針の音だけが、嫌に大きく聞こえる。
その空気を切り裂いたのは電話のベルだった。
「もしもし」
受話器を掴んだ桑野の声が自然と固くなる。
月島も、紺も、真田も、固唾を飲んで桑野を見つめる。視線の中、受話器を置いた桑野はその手を拳にして、事務机に叩きつけた。
「今の電話は……?」
月島の声に、桑野は深く頭を垂れ、言葉を絞り出す。
「表の警察が、遺体を見つけた」
ラルムに、間違いないらしい。桑野の声だけが重々しく響く。
世界が凍りついたような瞬間だった。
呼吸も、瞬きもできない。動いた瞬間、現実が襲ってくる。それを避けるように誰一人動かない。
その空気を崩すように、仮眠室の扉が開かれた。
「桑野、遺体はどこ?」
抑揚の無い、問いかけ。桑野は仮眠室から出てきた小野寺に視線を向ける。
「ラルム君の遺体はどこなの?」
「今、表の警察が保管を……」
それを聞いて、小野寺が桑野に歩みよる。
「ここに呼んであげちゃ、ダメ?」
「駄目です、先生!!」
真田が小野寺の手首を掴む。
「まだ、無理です」
小野寺は、ここで、裏警察の本部で、ラルムの検死するつもりだ。
小野寺自身の手で。ラルムの身体にメスを入れて。
弱った心に、それはどんなに酷な事だろう。
可愛がっていた部下なのだ。声も、仕草も、表情も知っている。
変わり果てた死に顔でも、辛い事に変わりはない。
ラルムは、もう、いない。
その事実だけで、苦しいのだ。小野寺まで、失いたくない。
すがるように手首を掴む真田の手を、小野寺がやんわりと離す。
「知らない人のとこにいるなんて可愛そうでしょ?
ラルム君、怖がりなんだから」
「でも…」
不安げにする真田の肩に、桑野が優しく手をかける。
「……ラルムは、俺たちの仲間だからな」
桑野のまっすぐな表情に、真田も小さく頷く。
「僕も、立ち会います。
紗音さんへの連絡は、手の空いている者に任せますね」
真田が部屋を出ていく。
桑野は表の警察へ連絡を始める。
小野寺は検死の準備の為、地下へ向かう。
動き出した現実に、月島の腕の中で、紺の涙がこぼれ落ちていった。




