暖
結局、小野寺が目覚めたのは、日付が変わって、太陽が高く昇ってからだった。
「ちょっと休め」
桑野が真田に、交替を申し出る。素直に応じ、部屋から姿を現わした真田は、一睡もせずにずっと小野寺を看ていたのだろう。目の下に、酷い隈ができていた。
「……小野寺先生、どうですか?」
不安げにしながら紺が問いかける。
「今回は長く眠ってくださったので、体は……」
紺から差し出されたホットミルクを受け取り、真田は深くため息を吐き出す。
二人の会話を聞きながら、ラルムは手の中の缶に視線を落とした。昨夜から握ったままの、すっかり冷めた中身。飲む気にも、捨てる気にもなれない珈琲。ここにいる人間と何処か、似ていると思ってしまった。
確かに、存在しているのに、誰にも姿を認められる事もなく、必要とされる事もない。でも、いつか、必要とされる為に、この珈琲は缶の中から出る事を許されない。
自分でも、馬鹿らしい事と思う。でも、昨日の話を聞いてから、物事全てが沈んだ思考に結びついてしまう。
「……い、おい!」
体を揺すられ、慌てて顔を上げる。不機嫌な赤が目前にあって、ラルムは思わず悲鳴を上げそうになった。
「つ、月島さん!?」
「大丈夫かと、訊いている」
「す……すいません」
しゅん、と俯くラルム。月島は、くしゃくしゃ、と彼の髪を掻き回した。
「秀なら、後は自力でなんとかする。〈裏〉の人間は、そうヤワじゃない」
不器用な慰めが、暖かい。思わず泣きそうになって、ラルムは唇を引き締める。
「紗音も心配しているだろう。今日は少し帰れ」
驚いたラルムが、慌てて顔を上げると、真田も紺も柔らかく微笑んでいた。
「長丁場になりますから、着替えも持ってきてくださいね」
「紗音ちゃんに、よろしくね」
ああ。やはり、この場所にいる人間は皆、普通の人間より優しい。傷ついても立つ、強さに裏打ちされた痛い程の、優しさがここにある。
「ありがとう、ございます」
零れだした涙を隠すように俯いて、ラルムは何度も頭を下げた。




