叫
「ミミ君、患者は?」
騒然とした現場で、平坦なその声はゾッとする程よく響いた。
「小野寺先生、患者はもう……」
背後に回った真田が、静かに声をかける。だが、小野寺は伸ばされた真田の腕を跳ね除けるように振り向いた。
ラルムに分かる事は1つ。今の小野寺は普通じゃない。それだけだ。
「早く連れてきて!じゃないとみんな死んじゃう!あの人も、あの人も死んじゃうの!!」
声を荒らげた小野寺が指さす先には、焼け焦げた体が転がっていた。どう見ても、もう死んでいる。生きている訳がない。
「小野寺先生、落ち着いて!!」
宥めるように真田が声をかける。だが、小野寺は子供が嫌々をするように、激しく紫色の髪を振り乱して首を振る。そして、何かを呟く。か細い声で繰り返し、繰り返し。
ラルムの耳には、それは謝罪に聞こえた。小野寺は怯えるように「ごめんなさい」と繰り返している。
次の、瞬間。小野寺は皆を振り切るように走り出した。
「先生!」
白衣を掴もうとした真田の指が空を掻く。その間に小野寺は瓦礫の中を駆けていく。
向かう先は、デパートの残骸。
「先生!!」
やっと、ラルムも理解した。小野寺は、あの今にも崩れ落ちそうな建物に立ち入ろうとしているのだ。重傷者を探す為に。無謀だ。そんな事をすれば、小野寺が死んでしまう。
「小野寺先生!」
思わず、縋るように名を呼ぶ。それでも、小野寺は止まらない。
血に濡れた白衣を夕闇に翻して、走る。
その姿を、暗がりから伸びた腕が止めた。
「落ちつけ、秀」
小野寺の二の腕を捻るように捕らえたのは、月島だった。
テントから一部始終を見ていた者は安堵した。
それでも。
「月島……離して!!離して!!秀サマが、秀サマが行かなきゃみんな死んじゃうの!」
小野寺は渾身の力で暴れる。
月島を振り払って、進むために。
その背に、追いついた真田が、何かを突き立てる。
投光器に照らされたそれは、注射器だった。
「小野寺先生……大丈夫、大丈夫ですから」
繰り返す真田。小野寺は、それでも進もうとするかの様に手を伸ばす。
いつも長袖に覆われた左腕の皮膚が見えた。そこには、遠目にも明らかな程夥しい量の傷跡が刻まれていた。目盛状の、恐らく、自傷の痕跡。
空で藻掻く腕が落ちると同時に、小野寺はぐったりと意識を失った。




