暮
「小野寺先生!」
「来た!?」
ラルムの声に小野寺が振り返る。
後ろに見える救急隊に、ほんの少し、紫髪の下の口元が緩む。
直ぐに、患者の搬送が開始される。
手元の患者の治療を進める小野寺に代わって、真田が逐一、患者の容態、緊急度を救急隊員に伝えていく。
救急隊の人数も、《裏警察》の人手も、足りない。
「真田さん、軽傷者テントから誰か呼びますか!?」
「そうですね……無線で紺さんを呼んでください!」
ラルムは頷いて、大きめのトランシーバーに齧り付く。
使い方なぞ、悠長に聞いている場合ではない。
何度目かに押した釦で無事紺に通じた。
「重傷者テントに応援願います!」
叫ぶように伝える。
待っている間も、呆けている暇はない。重傷者の探索に使っていたシーツも、担架の代わりになる。物資の奥から引っ張り出して、清潔な場所に運ぶ。
そうしている内に、長い髪を高い位置で結い上げた紺が、瓦礫をかき分けるようにこちらに走ってきた。
「小野寺先生の補佐で良いですか!?」
「お願いします!」
救急隊との連絡を終えた真田が短く答える。
それを聞いて、紺は小野寺の傍に寄って、患部の状態、処置の程度を書き留めていく。
ラルムも、搬送待ちの患者をシーツへ移す作業に積極的に参加する。
いつの間にか、青かった空は橙に染まって、日の入りが近い。
救助作業に光源が足りず、投光器が運び込まれる。救急隊が増える。物資が届く。
逆に、消火活動を終えたのか、消防隊は去っていった。
人の動きが再び活発になる。
バラバラと大きな音。ラルムが驚いて空を仰ぐと、ヘリコプターが飛んでいた。
「糞、マスコミがもう来やがった」
救急隊と何度も往復を繰り返していた桑野が小さく舌打ちをする。
あくまで〈裏警察〉は裏の存在だ。表のマスコミなんかに出て良い物ではない。
「一通り確認したが、もう私達に処置できる重傷者はいない」
瓦礫の向こうから、月島が帰ってきた。
ほとんど同時に、全ての処置を終えた小野寺の手が止まる。
それは、とても、不自然な…硬直したような姿で。
「まずい!」
真田が声を上げて、小野寺の背後へと駆け出した。




