声
こんな地獄絵図みたいな場所で走り回っているなんて、救護の人間だと宣伝しているようなものだ。
「助けて」「助けて」「助けて」彼方此方から伸ばされる手を振り切って。
軽症者には、治療テントに向かうように告げて背を向ける。
骸を抱いて泣く者にも、背を向ける。
重篤者にも背を向ける。
小野寺一人の手で救える命は限られる。重篤者にまで手をかければ、より救命率の高い重傷者の命まで失われていく。残酷な命の取捨選択だ。それでも、月島は真っすぐ前を向いて、声の渦の中を抜けていく。
「後悔、とか…しませんか?」
「見捨てた事に、か?」
ラルムはこくん、と首を縦に振る。月島は、振り向かないまま、喉を震わせて嗤った。
「私は、人を殺してきたからな」
黙るには、その一言で十分だった。ラルムは俯いて、言葉を飲みこむ。
「ラルム。この現場で、お前は何も悪くない。
犯人を恨め。そして、無念を晴らしてやれ。私たちには、それくらいしかできはしない」
「…はい!」
月島の、淡い色の髪を見上げて、ラルムは一つ頷く。
再び捜索を開始して、直ぐ。二人は同時に脚を止めた。瓦礫の底から喉を裂かんばかりに、誰かの名を呼び続ける声が聞こえたのだ。
爆発で吹き飛んだ建材が作った隙間に、生存者がいる。早く助け出さないと窒息してしまう。
慌てて瓦礫の山を掘り起こす。ほんの小さな空間で、神父服姿の男が身を丸めていた。
顔周りの火傷が酷い。目が見えていないのだろう。月島とラルムに気付かずに、酷く咳き込みながら必死に5つの名前を繰り返す。
「もう、いい」
「誰です!?」
男が怯えて、辺りを見渡す。月島がそっと彼の頬に手を触れる。
「助けにきた」
「私は、良いのです!子供たちを、見ませんでしたか!?」
月島の腕に縋るように、男はざらついた声で必死に言葉を押し出す。
ラルムは急いで男の傍の瓦礫を掘り起こして…思わず、口元を押さえて、その場に蹲った。
黒く焼け焦げ、押しつぶされ。幼い子供だった、と断定するのも憚られるような遺体が5体、そこに埋まっていた。
吐き気がする。眩暈がする。もう厭だ。見たくない。拒絶する心を、理性でねじ伏せる。目を閉じてはいけない。覚えておかなければ、いけないのだ、この惨状を。それしかできない。月島のように戦う術の無い自分には、それしか、出来る事は無いのだ。
ラルムの様子を見て取った月島が、男に、子供たちの死亡を宣告した途端。泣き崩れて、男はそのまま声を失った。
その姿を、声を、きっと忘れまい。ラルムは静かに、誓って、空を見上げた。




