起
「はい、止め!」
短く、小野寺が声を上げる。その言葉で、首元の手が引かれ、怒涛の如く気管に空気が流れ込む。思わず、ラルムは荒く咳込んで床の上で丸まった。
「およ、大丈夫?」
「心配ない。急所は外した」
「月島が言うなら、問題無いかな?」
いやいやいや、死ぬかと思った。ラルムが気持ちを込めて首を左右に振っても、月島も小野寺も軽く笑うだけだ。
紗音と関わり、紗音を愛し、紗音に愛され。
ラルムは少しずつだが変わった。精神的に、強くなった。そして、彼女を守ろうと足掻いている。
今も、小野寺を審判代わりに、裏警察地下二階の訓練施設にて、月島から体術を学んでいる最中だ。
元々インドア派で腕力には自信なんて欠片も無い。それを裏打ちするみたいに、投げられ、組み伏せられ、締め落とされる毎日。それでも、ラルムは少しずつ成長して、音を上げずに噛り付く。
「どう?」
水飲み休憩に行ったラルムの遠い背を見ながら、小野寺は、問う。
「正直、実戦部隊の才能は無い」
しれ、と返す月島に小野寺は肩を震わせて笑い声を噛み殺す。
「ラルム君には悪いけど…期待はしちゃいないよ」
「だな」
月島も喉をくつくつ震わせて笑う。
「だが…良い目をしている」
「そうだねぇ…来た時とは大違いだよ」
小野寺の視線に、月島は口角を下げる。
「私も変わったと言いたいのか?」
「別にぃ」
小野寺が、今度は声を殺さずケラケラ噴き出す。
そんな二人の元に、ラルムが走って戻ってきた。
「お待たせしました!」
「もう一本、やるか?」
「お願いします!」
頭を下げる彼に、月島が緩く笑んで一歩踏み出した――その時だった。
脳髄を叩くようなけたたましいサイレンが鳴り響く。
「な、何事です!?」
「緊急警報だ!」
月島が振り返った時には、小野寺は内線に噛り付いていた。通話の相手は桑野だろう。
何度か頷く。その度、小野寺の顔が暗く沈んでいった。
「……月島、【ガス爆発】だって……バイク頼める?」
「ああ、任せろ!」
事態が読めず目を白黒させるラルムに、月島は短く言い放つ。
「テロが起きた」




