愛
ラルムの住処は、≪裏警察≫が所有するマンションの一室だ。
情報源を匿ったり、流れ者を雇ったり。組織の性質上、急に住居が必要になる事があるらしい。
ラルムも身一つでの雇われていた身なのでとても助かっていた。
以前は少し広すぎると思っていた間取りが、最近どんどん手狭になっている。
紗音と暮らし始めて、物が増えた。
ラルムは、出来るだけ紗音に我慢をさせたくなかった。今まで少なくとも16年、彼女は求めることも、我がままを云う事も知らずに生きてきたのだ。
服でもなんでも、出来るだけ紗音の為に買った。
彼女が興味を持つ事は、出来るだけ二人でやってみた。
遊園地にも行ったし、ハイキングもやってみた。お土産も買ったし、写真もいっぱい撮った。
ラルムが仕事で使うパソコンにも興味を示したから使い方を教えたら、目をきらきらさせていた。
読み書きを教えたら、ラルムの蔵書を読みたがったから、彼女を膝に乗せて一緒に読んだ。
紗音を妹のようだ、と可愛がってくれる紺から髪の手入れなんかも教わって。気付いたら今まで歯磨き粉のストックくらいしかなかった洗面所が、紗音のトリートメントやら基礎化粧品やらでごった返している。
そのおかげもあって、この1年で、紗音は驚くほど綺麗になった。
それに…少しずつだけど、笑えるようになったのだ。
「ラルム!」
前よりずっと口数の増えた彼女の近頃の日課は仕事から帰宅したラルムに飛びつく事。
そんな姿に、ラルムはいつも破顔して紗音の小さな体を抱き締める。
いつの間にか。もしかしたら、最初からかもしれない。ラルムは紗音が好きになっていた。
異性として、人間として、愛していた。紗音もそれを受け入れてくれた。
手を繋いで。唇を触れ合わせて。抱きしめ合って。一緒に眠る。
それ以上は、紗音の辛い記憶に触れそうで。越えられない一線。それでも良かった。
良かったのに。
出会って、1年の記念日に紗音が零した。
「私が汚れてるから…これ以上は、したくない?」
泣きそうなその声で一線は、脆く崩れ去った。
「大好きだよ、紗音」
ラルムは何度も繰り返し、繰り返し囁いた。
そして。
彼女にだけは…自分の本当の名前を、告げた。




