月
「ごめんねぇ、遅くなっちゃって」
小野寺は苦笑して、ラルムの背を覗き込む。
「きっと初めてだらけで、緊張してたんだと思います」
よいしょ、とラルムは体を揺らして、落ちかけた紗音を背負いなおす。
あの後。全員で写真を撮ったり、食べたり、騒いだり。果ては酒まで出て、ルークの中はどんちゃん騒ぎになった。結局夕飯も食べて、また飲んで。気付けば主役の紗音がぐっすり眠っていた。
これではいけない、と彼女をおぶって、ラルムは皆より先に店を出る事にしたのだ。
「秀サマもお散歩ぉ」なんて、小野寺は一緒に歩いている。
最初、「人殺し」なんて酷い言葉を投げつけておいて、こんな事を言うのはおこがましいとは思う。でも、ラルムは正直に思うのだ。小野寺は凄い人間だ、と。
この三ヶ月。小野寺は常に暖かかった。ラルムが間違えたら笑い飛ばして。悩んだら一緒に頭を抱えて。喜怒哀楽がはっきりしているから、周りも小野寺のペースに巻き込まれていく。
変な例えだけれど、道端の標のような、いつの間にか出来た獣道みたいな。一番困っている時に、目立たないけど、ちゃんと道を示してくれる、そんな人なのだ。
だから、桑野も真田も小野寺の世話を焼くのだろう。なんとなく最近理解できた。
今も、非戦闘員のラルムと紗音の事を心配して、わざわざ来てくれたのだ。
それを、気使わせないようにニコニコして。
「ねね、ラルム君」
いきなり話かけられて驚いた。まさか、今まで小野寺について考えていたのが顔に出ていただろうか、と身構える。
しかし、くるり、とこちらを向いた小野寺が小首を傾げて問うた。
「紗音ちゃんの名前の由来、訊いていい?」
「あ…はい」
少し、拍子抜け。でも、バレれていなくてよかった。
もう一度、紗音を抱きなおして、口を開く。
「シャノワール…フランス語の黒猫から貰いました。第一印象が、黒猫みたいだと思ったので。
それと…猫みたいに、自由に生きて欲しいなって」
気まぐれで、我がままで、甘え上手。そんなふうに。もう何にも縛られずに。
「なるほどねぇ。ラルム君のお名前もフランス語、だよね?好きなの?」
「大学で、専攻しようと思ってました。両親が死んだので、諦めましたけど」
「そっかぁ」
「…先生は?」
「およ?」
「夢とか、あったんですか?」
「……夢はね、一応は叶ったよ」
小野寺の唇が少し寂しそうに笑む。
ああ。やっぱり、何かを抱えているのだ。
小野寺も、真田も、桑野も、月島も、紺も。
それから、自分も紗音も。
ラルムは、堪えるように空を仰ぐ。
天を照らす月に祈るように、目を伏せる。
月よ。どうか自分たちにも光を分けてください。足掻く汚れた人間にも。




