訳
「よく寝てるねぇ」
「疲れていたんでしょうね」
ラルムは己の膝に目を落とす。今少女は、ラルムの膝を枕に、穏やかな寝息を立てている。
小野寺から幾つか検査を受けている間も、彼の隣を離れようとしなかった少女。その姿を慈しむように、ラルムはゆったりと彼女の髪を梳く。
「小野寺先生…」
「面倒、みたげるの?」
「…可能ですか?」
「ラルム君によく懐いてるしねぇ」
桑野に相談してからね?と小野寺は小さく微笑む。
その言葉にラルムはほっと、息をつく。
「…なんだか、他人と思えなくて…この子のこと…」
「なにか、あったの?」
首を傾げる小野寺。ラルムは、少し迷って口を開く。
「僕、弟がいたんです。母が再婚して出来た子だから、父親は違うんですけど。
とっても可愛い奴で…生きていたら、この子くらいなんです」
「……亡くなったの?」
「行方不明です」
小野寺が息を飲む音が聞こえた。
「僕が18の時に、事故で両親が死んで。
それからは、親代わりもしてたんです。でも、僕が仕事で遅くなって塾まで迎えに行ってやれなかったから…」
あの日の事は忘れない。屹度。絶対に。一生、忘れられる訳がない。
ぽん、と小野寺の手が、肩に乗せられる。
「携帯の留守電に…助けてって。だから、僕はハッカーになったんです」
どんな形でも、弟が生きているのなら助けてやりたくて。
「そうだったんだね」
肩に乗ったままだった小野寺の手が、ラルム背に回って優しく撫でる。
「苦労したねぇ」
「はは、すいません、急に…こんな話…」
「大丈夫だよ」
同情でもない。激励でもない。
ただ優しく背をあやす手が優しくて。幼い日、母が傷口を撫でて『痛いの痛いの飛んでけ!』なんて、呪文を唱えてくれた。あの暖かさを思い出す。
「およ!?」
零れていく雫を、小野寺がハンカチで拭う。それが眼尻に触れた時、ラルムは、やっと今自分が泣いているのだと気づいた。
「…あ、れ?変…だな?」
「……ラルム君。ここの子たちは、みぃんな訳ありだから。泣いて良いんだよ」
包み込むような小野寺の声に、心が軽くなったみたいで。
笑って返したけれど。それは、情けない泣き笑いにしか、ならなかった。




