試
「う…」
ラルムは思わず、痛む頭を撫でた。昨夜の歓迎会は凄まじかった。色々な意味で。
だが、今目の前にいるメンバーは誰一人二日酔いを訴えていない。化け物だ。肝機能どうなってるんだろう。
1時間以内には試験を開始すると言われている。早めに治すべきだ。
小野寺に渡された薬を飲んで安静にしよう。
「大丈夫か?」
声をかけられて顔を上げる。月島がラルムの転がったソファを見下ろしていた。
月島は背も高いし、筋肉質だし、見下ろされると、かなり圧迫感がある。おまけに目つきがキツい。思わず身を起こして、少し下がる。
「怯えるな。取って食ったりしない」
「あ、いや…」
「紫、真顔じゃ怖い!」
横から月島の腕を掴む黒髪の少女。ラルムは暫く考えて。
「紺さんですか!?」
「あ!おはようございます!」
ぺこん、と頭を下げる紺の姿は何処から見ても人間だ。
昨日の話は、やはり現実だったのか…。なんだか妙に納得してしまった。
紺がコーヒーを淹れてくれるというので、ありがたく貰う。
そうこうしている間に時は経った。
「試験を始める」
飲み会とは、がらりと雰囲気の違う桑野の宣言に、ラルムも背筋を伸ばす。
渡された紙には3人の名前が書かれていた。
「これは?」
「リストだ」
桑野が手元のパソコンを操作する。ラルムの目の前にあるモニターに映像が写し出された。
3ヶ所の風景と、真っ黒な銃を抱えた人影が、それぞれ1人ずつ。
「今から、その中で有罪だと思う人間を1人選べ。
それによって、待機している狙撃手が対象を殺す」
「そんな…」
嘘だと言って欲しい。他のメンバーに視線を移す。誰も、目を合わせない。つまり。これは真実なのだ。
「頼む、ラルム。
お前さんの腕を試す為だ」
ぽん、と肩を叩かれパソコンの前に座る。ハッキングによる多量の情報処理に耐えうるスペック。
断る理由は何処にも無かった。
ラルムは何度か荒く、呼吸をしてキーボードに指を乗せた。
与えられた人名を手がかりに、深く情報の海に潜る。
独自のルートから、上澄みの検索リストを排除する。
深く、深く。このご時世、ネットになんの痕跡もなく人間は動けない。
それは、深層心理にこびり付いた感情にも似ている。
もっと、もっと奥へ。
電脳世界を掻き分ける。
そして、ラルムは動きを止めた。
「…桑野さん」
「どうした?決まったか?」
そう問われて、ラルムは首を横に振った。
「駄目です…」
その目は泣きそうだった。
「1人目は、政治家と癒着して暴利を貪ってます。
2人目は、詐欺で多くの人を傷つけています。
3人目は…小児性愛者で、売春の常習犯です」
「そうか。なら、誰を殺す?」
桑野の問いに、ラルムは大きく首を振る。
「決められません!」
「じゃぁ、仕方ねぇな。全員殺すか」
桑野の手が通信機を取る。
さっ、とラルムの顔から血の気が引いた。首が、小刻みに左右に振れる。
額にじっとりと、汗が浮かんだ。唇はわなわなと震える。関節が馬鹿になったみたいに歯がガチガチと音を立てた。
止めてくれ!そう言いたい。けれど、言葉が出ない。
上手く、呼吸ができない。肺が酸素で膨れて苦しいのに、ひぃ、ひゅっ、と変な音を立てて空気が流れ込んで、また肺が膨らむ。
談話室内に、ぱん、と短く、乾いた音が響いた。




