裏
別室に置いていたホワイトボードを談話室に持ち込む。
桑野から手渡された水を飲みながら、ラルムはまだ若干呆けた顔で月島の行動を見つめている。彼があまりに怯えるので小野寺と真田は、小野寺の私室に引き上げさせた。今この談話室にいるのは、桑野、月島、ラルムの3人だ。
桑野の吐き出す煙草の煙を横目に、月島は左手でペンを取ってホワイトボードにいくつか空欄を書き込んだ。
「ラルム。恐らく、お前はずっと表の世界で生きてきたのだろう?」
「おもて…?」
「人殺しが当たり前ではない世界だ」
そんなの、人殺しなんて普通ありえない。
ラルムの言いたい言葉を察したように月島は頷く。
「表があれば、当然裏がある」
先刻、書き込んだ枠に『表』『裏』と書き込む。
「私たちは『裏』にいる。
ここまでは分かるか?」
「…はい」
「よし。
『表』に警察があるように、『裏』にも…非公式ではあるが政府公認の警察がある」
「けい、さつ…?」
ラルムは首を傾げる。
そんな非合法な香り漂う世界に?
「非合法な世界にも、それが世界である以上ルールはある。
それに…あまりに陰惨で『表』がパニックになる事態を避ける為に『裏』から『裏』に隠蔽するべき事件も多い。
そういった仕事を片づけるのが私たち≪裏警察≫だ」
ホワイトボードに月島が大きく書いた文字。
ラルムはそれを見つめる。
「けいさつ…なんですか?
ならなんで、人を…!!」
思い出して、吐き気が襲ってきたのか。ラルムは顔を真っ青にして両手で口元を覆った。
桑野がその背を軽く摩ってやる。
「俺らが、人を殺すのは…そうすることで、誰かを救ってやりたいからだ。
少しだけ、考えてみてくれ」
「なにを…?」
「小野寺が、殺さなかったら…どうなってた?」
云われてラルムは数度瞬きをする。
あの時。部屋に、兵士のような男が入ってきた。なんの為に?
ああ、そうだ、考えなくとも答えは明確だ。彼らはラルムを殺しにきたのだ。
あの瞬間、小野寺が少しでも躊躇っていれば…彼は死んでいた。今更膝が震えだす。
「じゃ、貴方たちは…人助けを?」
「2割は合ってるな」
桑野が月島を見る。
「8割は間違いだ。
私たちは人殺しに過ぎない」
月島はため息を吐き出す。
「私の前職は、殺し屋だ。人を殺して稼いでいた。
此処にいる人間の大半はそういう、表でまともに暮らせない経歴持ちだ。
政府はそれを承知の上で私たちのような人間を集めている」
何故だか、分かるか?
月島の眼がラルムの眼を覗き込む。
「私たちのような人間は人を殺す事が出来る。
そして私たちのような人間は誰に殺されても文句を言えない」
だから。
そういう人間に首輪を嵌めて飼い殺しにしているのだ。裏の事情を、迅速かつ表に漏らさずに消し去ってしまう為に。
起源は一体何十年前なのか、何世紀前なのか。それすら分からない。何時の間にか、存在していた。
それが、≪裏警察≫。
「一応、俺が束ねてる間は無駄な殺生はしねぇし、させねぇ。
一回踏み外したからこそ、一般人には幸せでいてもらいたい。
そんな連中の寄り合いだと思ってくれ」
桑野の言葉にラルムは、頷きかけて…止まる。
「じゃ、僕はなんで連れてこられたんですか?」
「殺しをさせるつもりはない、安心しろ」
言われた青年はますます混乱しているようだ。
「お前さんには、情報収集を担当してもらいたいんだよ、ハッカーとして、な」
にんまり笑った桑野の言葉に、ラルムは眼を真ん丸にして固まった。




