攻
「ヤーな予感しかしないね」
黒いバンから降りた小野寺は目の前に居座る朽ちかけたアパートを前に頬を引きつらせた。
真田の運転で、目的のラルムの居城に辿り着いたばかりである。一見すれば、郊外の静かな住宅街の片隅にある、なんの変哲もない昼下がり。
けれど、感じる。小野寺の鋭敏な神経が危険信号を連打している。殺気よりも性質の悪い、整然とした気配。それも、少ないとは言えない数の呼吸が渦巻いている。
「いますね、戦闘訓練を受けた輩が」
「だねぇ。このアパート、下手したら住宅一区画ごと殺る気かな?」
小野寺は周りを見渡して、真田を一度振り返る。
その合図に真田が頷く。一瞬のち、二人は同時に走り出した。
まずは近くの雑木林に隠れていた見張り。
身の軽い小野寺が樹上を飛ぶように渡り、背後の枝からその黒服の男の首に手をかけた。
脈を打つ頸動脈を的確に捉える白銀のメス。
「ごめんね、恨みは無いけど…秀サマの大事なもの、傷つけないで」
力はいらない。ただ、味方に合図を出される前に素早く。横一線に。
血飛沫が、木立の間から青空に向けて放物線を描いた。
次はアパートから少し離れた位置に停まっているキャンピングカー。どうやら敵の移動拠点らしい。正面突破で真田が攻め込む。
ここまで運転した≪裏警察≫所有車のキーを拳に握りこむ。溝の掘られた細い先端だけ、己の小指側から少し出す。これを窓に勢いよく叩きつければ、即席の硝子割の出来上がり。
ひび割れたキャンピングカーの窓を力技で押し破り、車内へ潜り込む。
「まずは、一人目」
驚き、反応出来ない。車内の5人の男たちを無視して、手近の男の脛骨を捻り折る。コツさえ掴めば簡単なモノだ。2人目も、同じように。悲鳴も上げず、ただ骨の折れる厭な音だけ残して死んだ。
反撃に出ようとした3人目は、問答無用で顎を蹴り上げそのまま砕く。のたうち、倒れ、無防備に晒された頤を踏みつけて呼吸を止めた。
流石にここまでで、敵も反撃の準備は出来ているだろう。
「ふぅ」
自分を狙う銃口に真田は小さく笑みを浮かべる。
「申訳ありませんが、こちらも荒事は得意なので」
その手には真っ黒い拳銃。さっき死んだ、3人目の遺骸から拝借した代物。
4人目と5人目の男は「ひっ」と小さく喉を鳴らした。
だが。そんなことは真田には関係ない。
「貴方たちは人を殺して生きてきたんでしょう?
殺される覚悟くらい、最初から持っておくべきなんですよ」
銃口から飛び出した2発の弾丸は、それぞれ無慈悲に空を裂いて、男たちの眼球を貫いた。
近場に猫の子一匹いないことを確認し、真田は耳に装着していたインカムに手を伸ばす。
「小野寺先生、首尾は?」
『上々!』
軽く返ってきた返答の後で金属の軋る音がした。
「もうアパートですか?」
『ん、これから対象者の確保!』
「こちらもすぐ向かいます」
『おけ!ゆっくりで大丈夫だかんね』
小野寺らしい軽さで会話が切れる。
真田は少し遠い、目的地を見やって、走り出した。




