帰
紺と共に、いつもの手順で21階に昇る。エレベーターを降りて最初に目にする部屋は談話室。内装は殺風景だが、ソファやテーブルが置かれ、なかなか居心地は良い。その上、併設のキッチンで簡単な飲食物なら用意もできる。組織のメンバーにとっては数少ない癒しの場。
そんな空間を目の前にして。
「あれ?」
エレベータドアが開いた瞬間、紺が首を傾げる。
「紫、ハーブの香りが…」
言われて月島も気づく。微かに香るレモンに似た清涼感のある香り。二人とも覚えのある香り。同時に互いを確認して、月島と紺は歩調を早める。
「帰っていたのか、真田!」
「おかえりなさい、真田先生!」
キッチンを覗いて声をかけると、そこにいた若い男が振り返る。
「お久しぶりです、月島さん、紺さん」
鼈甲縁の眼鏡の奥で、色違いの瞳が優しく笑んでいる。人間では珍しいオッドアイ。右目が赤茶色、左目がエメラルドの色をしている。
彼は処理隊副隊長、真田 看身。精神科医としての資格を持ち、組織内でカウンセラーのような事もしている。
まだ26歳なのに地味な眼鏡にスリーピーススーツ、ループタイという古風な恰好をしている。本人曰くこのスタイルは、『童顔隠し』らしい。古めかしい装いは、右目と同じ赤茶色の癖の強い髪や、中性的な顔立ちと相まって、落ち着いた知的さを醸している。おとなしく本でも読んでいれば、まるで学者のようだ。
だが、侮る事なかれ。
純粋な肉弾戦で遣り合えば、≪裏警察≫きっての武闘派の月島と五分。いや下手をすればそれ以上。この組織内でも珍しい、自らの拳をメインの武器とする構成員。故に移動に手間を取らない為、単独の<出張>も多い。今回もそれで昨日まで留守だった。しかし、怪我も無くニコニコしているところを見ると、相手はかなり痛い目に遭わされたことだろう。
「あ、ハーブティーもう出来ますけど、飲みます?」
左手に持ったポットを揺らし、訪ねる。少し前に感じた香りはこれだ。真田が趣味で育て始めたハーブを活用して淹れるハーブティーはいつも良い香りがする。
「ミミ君、秀サマにも頂戴!!」
月島の後ろから、ひょっこりと小野寺が顔を出す。
そのチェシャ猫スマイルに、真田は容赦無く鉄拳を振り下ろした。
「だから、僕は『みつただ』です!『ミミ』じゃありませんから!!」
最早おなじみの光景。初対面で小野寺が真田の名前を読み間違えて以来恒例の、挨拶のようなものだ。しかし、だからと言って二人の仲が悪い訳ではない。むしろその逆だ。真田は小野寺を恩師と公言しているし、小野寺も真田に背中を預けて戦場に立つ。
「まったく。人の名前くらい覚えてくださいね?」
にっこりしながら、何事もなかったようにハーブティーを注ぎ始める真田。左手に持ったまま人を殴ったにも関わらず、一滴も零れていないのはさすがの体幹というべきか。
「秀サマのも、忘れないでね?」
こちらも流石のタフネス。小野寺も何事もなかったように起き上がって、にへら、と笑っている。
「俺には、コーヒーくれ…」
気づけば、寝起き丸出しの桑野もいつの間にか輪の中にいて、5人で朝の茶会と洒落込むことになった。




