私の器
純子は駅の改札の前で友達の京香を待っていた。すると、自分より大きな荷物を背中に背負った腰の曲がったおばあさんが、突然目の前で荷物を降ろした。そして、風呂敷を広げて器を並べ始めたた。
「お前さんに必要な器はどれだろうね」
自分に話しかけられたとは思いもせず、ぽかんとその様子を見ていた純子に、おばあさんが純子を覗き込むようにして言った。
「だいぶ思いつめているようだね」
その言葉にハッとした。図星だったからだ。仕事に恋愛、人間関係のもつれや将来への悩みなど、24歳になった途端、いろんな問題が自分の中になだれ込んできたように思う。もう純子の心はパンパンだった。
「なんでわかるんですか?」
気がつくと純子はおばあさんに話しかけていた。
「そりゃあ、わかるよ。私を誰だと思っているんだい」
おばあさんはニコニコしながら答えた。知り合いだっただろうか。少し考えたが、思い当たる節はなかった。
純子の前に広げられた器は、何も入らなそうな口の丸くて小さな陶器や、外側がトゲトゲしていてとても持てそうにないお茶碗など、どれも変わった形をしていた。
「器屋さんなんですか?」
純子の質問におばあさんは大きく頷いた。そして、「さてと」と、風呂敷の前にちょこんと座り、「どれがいいかね?」と、聞いてきた。
何事も断れないたちの純子だ。特に器を買う予定はなかったが、おろおろと器を眺めると、最前列にやけに横に平いが可愛らしい花柄の醤油差しがあった。
「じゃあ、これを」と、醤油差しを指さすと、おばあさんは不満げな顔をしていた。
「そもそもお前さんは、そんな器じゃないよ。違うのにしな」
よくわかならないけれど、ダメらしかった。純子は仕方なく、今度はすごく細長くて背の高い花器を指差した。さっきのより大きいし、値段も高そうだ。これなら満足してくれるだろう。だけれど、純子の予想は外れだった。
「違う、違う」
おばあさんは、やれやれといった素振りをして、よっこらしょと声を漏らしながら、重そうな腰を上げた。そして、白い陶器の湯のみを選ぶと、純子に差し出した。それは、手にしっくりと馴染むような質の良い湯のみだった。でも、その湯のみには底に穴が空いていた。
「これ、入れたものが流れちゃいますよ?」
不良品だと思った純子がポツリと言うと、おばあさんは目尻のシワを嬉しそうに垂らした。
「そうだよ。その穴が大事なんだよ。今のお前さんの器は、溢れてしまってるからね」
そう言われて、純子はその穴をまじまじと眺めた。
「純子! お待たせ」
振り返ると京香が息を弾ませていた。
「ううん、今、器を選んでたから」と、目の前を指さすと、おばあさんも手に持っていた湯のみも姿を消していた。純子は驚いて辺りを見渡したが、大きな荷物を抱えたおばあさんは見つからなかった。でも、なぜだろう。抱えていたものが、ストンと流れていったように、純子の心はグッと軽くなっていた。