第三話「楽しい思い出」
とある森。
一匹のストレンジャーが、元のスライムのような姿のままはい歩いていた。
木漏れ日の心地よい、山奥の森だ。
ストレンジャー「…」
特に目的があって這いずり回っているわけではないのだが、彼(彼女)にとってはそうしていたかったのだ。
不意に、近くの草むらからガサッという音が聞こえた。
このストレンジャーは大変臆病なので、音の主を警戒して、ささっと体をそこそこの大きさの石に変えてしまった。
草むらから、一人の男が現れた。
彼(彼女)にはわからないが、人間から見れば、それは明らかにヤクザだった。
目元には切り傷のようなものがあり、腕にはタトゥーが彫ってある。
何がそんなにおいしいのかわからないが、タバコを二本も口にくわえている。
ストレンジャーは、石の姿のままじっとそこにいた。
男は、ストレンジャーの方へ歩いてきた。
ストレンジャー「…」
ストレンジャーはドキドキしている。
すると、男がストレンジャーの方を一瞥した。
ストレンジャーはドキッとした。
男は「おあつらえ向きのいい椅子を見つけた」とばかりに、石の姿のままのストレンジャーに座り込んだ。
ストレンジャーは驚いてスライム型に戻りかけたが、すんでのところで踏みとどまった。
男「…お前、可愛いやつだな」
男がいきなり、しかも「可愛い」と言ったので、ストレンジャーはドキドキしまくった。
が、どうやらストレンジャーではなく、目の前に咲いている花に言ったようだ。
男「俺の彼女もな…お前みたいに可愛かったんだよ」
その花は、ニチニチソウだった。
ストレンジャーは、まだ少しドキドキしながらも、その花について少し感慨深い事があるような気がした。
なんだろう。何か。美しい。運命といっては大袈裟かもしれないが。なんというか。こう…
男は、独り言を続けた。
男「三日前にな…俺の彼女は…死んじまったんだよ」
ストレンジャーは、考えをめぐらせた。
カノジョって、なんだろう。
ストレンジャーには「カノジョ」の意味がわからなかったが、男の悲しげな様子から察するに、「死んじまっ」てはいけない存在なのだということはストレンジャーにもわかった。
男「俺みたいなクズでもな…優しく受け入れてくれたんだよ…あいつは…」
ストレンジャー「…」
ストレンジャーは、最初は彼の事を警戒していたが、今はそんな念は無い。
むしろ、雰囲気に似合わない悲しげな様子に同情すら覚えていた。
何か、声をかけたいと思ったが、流石に石の姿を解く訳にもいかず、困窮していた。
それにしても、何か、思い出しそうだ。
ニチニチソウ…何か…何か思い出しそうなんだ。
男「俺、これから何を支えにして、生きていけばいいのかなあ…」
ストレンジャー「…!」
ストレンジャーは、そこで閃いた。
ストレンジャーは、まず、男にバレないように自分の体の一部を切り離した。
そして、その一部をある種のキノコに変形させた。
するとまたもや自分の一部を、今度は切り離さずに元の青いスライム型に変形させ、そのキノコを持ち上げた。
気付かれないように、そっと、男の頭上に自身の半身であるキノコを持ち上げ…
胞子をばらまいた。
男「…何か…眠く…」
効果はすぐ現れ、男は眠りに落ちた。
ストレンジャーはそれを確認すると、キノコとスライム部分をただちに石に戻した。
男は、夢を見た。
始めに、学生時代の同級生達が、友人達が現れた。
男「お、お前ら…」
友人「久し振りだな、いつ以来だよ?」
友人「連絡取れないから、心配したんだよ?」
友人「お前、ずいぶん変わったじゃないか」
男「あ、ああ…しばらくぶりだ…ホント、会えてよかった…」
友人「でもお前、もう行っちまうんだろ?」
男「…」
友人「…」
男「ああ…もう…行かなきゃならねえ」
友人「急ぐことないのに…」
男「悪いな…もう、切符は買っちまったんだ」
友人「俺らはもうしばらくそっちには行けねえが…元気でやれよ?」
男「ああ」
男はほのかに微笑み、答えると、友人達は見えなくなった。
そして、次に現れたのは男の両親だった。
男「お、親父、おふくろ…!」
父「元気にしてたか」
母「聞いたよ、恋人さんが亡くなったんだって…?」
男「あ、ああ…俺、もうホントどうしたらいいかわかんなくてよ…」
父「苦しかったろうな…」
母「お前がこっちに来るって聞いて、お父さんも、お母さんのとこに来てくれたんだよ」
男「ごめん、親父、おふくろ…俺はもう…」
母「全くあんたって子は…でも、よく頑張ったね」
父「父さんがそっちに行くのは…もう少し待ってくれな。まだ趣味のゴルフがやめられなくてな」
男「ははは…」
沈黙。
男「もう、時間だ」
父「寂しくなるな」
母「こっちに来たら、あんたの好きなナポリタンをたっぷり作ってやるからね」
男「楽しみだ…ありがとう」
そして、父親の姿だけが消えていった。
母「さ、行こうか」
男「ああ」
男が眠りから覚める事は無かった。
ストレンジャーのキノコの毒に侵されたわけではない。
男は、初めから毒を飲んでいたのだ。
ストレンジャーは、初めからそれをわかっていた。
正確には、男がストレンジャーに腰かけたその時から、ずっと。
青酸カリの臭いを、ストレンジャーは把握していた。
男は、毒を飲み、山奥でひっそりと死のうと思っていたのだろう。
ストレンジャーは、それを許さなかった。
神経回路から男の脳に侵入し、次の夢に現れる内容を知った。
だからストレンジャーは、男が青酸カリの毒に苦しみ始める前に、寝かせ、夢を見せた。
夢をストレンジャーが操ったわけではない。
男が、自分でこの夢を見たのだ。
男は、一人ではなかった。
かけがえのない人を失っても、まだ失っていない人の方が圧倒的に多かった。
失ったものを数えるより、失ってないものの数を数える方が、楽しいじゃないか。
ストレンジャーはそれを、死に直面した男にどうしても伝えたかったのだ。
ストレンジャーは、石の形をそっと解き、死んだ男の体をそっと、草青々と生い茂る地に下ろした。
そして、男の体を、静かに自分の体内へしまいこんだ。
ストレンジャーの体は、なんでもしまっておけるのだ。
ストレンジャーは、そっとその場から去ろうとしたが、思いとどまって、目の前に咲いていたニチニチソウも、一緒に体内へしまいこんだ。
ストレンジャーは、やっと思い出した。
ニチニチソウの花言葉は…
「楽しい思い出」
そんな事をふと思い出しながら、ストレンジャーは、男の死を「彼ら」に告げる旅へと出た。




