表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

俺のバカ弟子

 ここは『降龍山』という人里離れた山奥にひっそりと建つ『降龍寺』だ。

 なんでもこの地には古来より龍が降臨するという伝承があり、この地の名前の由来も、龍が天から降りてくるのを見た、という昔の人間がつけたんだと。

 ただの古い言い伝えならともかく、今になっても天を駆ける龍の姿を見たと噂をする人間もいるらしい。

 寝言は寝て言えと説教のひとつもしてやりたくなるところだが、あながち嘘じゃないのが、それこの噂。

 かくいうこの俺も、その龍のことを知っている。


1


 俺がこの寺に住んでから知ったことだが、寺の朝とは早いらしい。

 毎朝、日の出とともに起きるなんて、寺の坊主とは何を考えているんだか。

 俺? 俺は起きないよ、寝たいときに寝て起きたいときに起きる。

 それが自由に生きるってことだろ。

 太陽の陽気も、気ままに吹く風も、俺の眠気を促進させるための要素に他ならない。

 軽く一年位は惰眠をむさぼりたいところだが、そうもいかないのが現実の辛いところ。

 俺にも事情というものがあるし、この寺には、小うるさい奴もいるからな。

 長生きをしているとだんだんいろんなことがめんどくさくなってくるもんだ。

 だから俺は自分の代わりに働く手足が欲しくて、ひとりの小娘を弟子と言う名目でこの寺に住まわせている。

 最初は何事もにハイと頷くいい子ちゃんだったが、最近は反抗期なのか、この俺にあろうことか掃除を手伝えなどとぬかしやがった。

 しかし俺もこの程度のことでちゃぶ台をひっくり返すほど狭量じゃない。

 これも修行の一環だと教えてやれば、あのバカ弟子のこと、すんなりと納得をした。

 いやー、あそこまで単純で扱いやすいと助かるね、まったく。

 今日も寺のお掃除、頑張ってください。


2


 生き物ってやつは案外不便なもんで、どんなに寝ていても生きているだけで腹が減る。

 ああ、眠い……でも腹が減ったせいで目が覚めちまった……

 おっと、そろそろアイツの来る時間か。

 俺の腹時計に間違いはない。

「起きてください、お師匠さま。朝ですよ」

 はいはい、もう起きてますよ。

「起きてください、お師匠さま!」

 ふふん、起きろと言われて起きたんじゃあ、師匠の名も霞むってもんだ。

 コイツを困らせるのも俺の日課のひとつになっちまって、なんとも楽しい暇つぶしだ。

 さて、そろそろ釣り針に食いつく頃合い。

 では、面倒ですが、起きるとしましょうかね。

「ん? なんだもう朝か……おはよう辰子」

 ちなみに辰子って名前は俺がつけてやった。

 名無しだと何かと不便だからな。

 安易じゃないかって? いやいや、単純は最高ってやつだ。

「……おはようございます、お師匠さま」

 ケケケッ、今日もいっちょまえに悔しがってやがるぜ。


3


 ウチのバカ弟子辰子ちゃんだが、頭は弱いが驚くことに手際は良いときた。

 なんだかんだで俺もあいつを結構重宝している。

 まったくいい拾い物をしたもんだ。

 実を言うとアイツは、散歩中に見つけた拾いもの。

 誘拐じゃないよ、ちゃんと捨てられたのを確認してから拾ったからな。

 なんでも、この地名の由来になった龍の怒りを鎮めるための生贄に選ばれたそうだ。

 我が子を生贄に捧げるなんて、世知辛い世の中だよねぇ。

 まあ、俺にとっては他人の人生なんてジジイのシワくらいどうでもいいんだけど。

 そんなかんなで、ちょうど寺を切り盛りするための人手が欲しかった俺が命のリサイクルをしてやったわけさ。

 罰当たり? いやいや、そんなことで龍さんは怒らないって、俺が言うんだから間違いない!

 いやー、最初は本当に苦労した。

 嗚呼、ガキの子守ってこんなに面倒なんだ、って悟りを開きかけたくらいだし。

 何度、元の場所に返そうと思ったことか。

 それにいつまでたっても赤毛のちんちくりんさは変わらないしな。

 しかし、あいつに師匠呼ばわりさせるのは、なかなかどうして悪くない。


4


 さて、さすがの俺も自分がめんどくさがりだという自覚はある。

 というか、数年前にあろうことかバカ弟子に言われて気づいた。

 だが、そんな俺でも毎日布団の上でゴロゴロしているだけじゃない。

 この寺に安置されている紅龍玉。

 これがまた厄介な玉で、俺の面倒事の一番の種である。

 紅龍玉とは、ただの紅い石っころじゃない。

 この玉の中には莫大な量の……それこそ、この山の頂上から見渡せる土地全部を消し去っちまうほどの魔力が封じ込められているんだな、これが。

 こんな玉がこの世界にはいくつかあって、そのおかげで、この世界は滅亡することもなく平穏に時を重ねているんだとかなんとか。

 で、この紅龍玉ちゃん、頑固そうな見た目とは裏腹に大層神経質な性質で、一日に一回、この俺が魔力の淀みえを調整をしてやらなけりゃ、すぐにへそを曲げちまうときた。

 それにその調整には、俺も自分の力を全力で出さなくちゃいけないから、バカ弟子にそんな姿を見られるのがちょっと恥ずかしくって、いつも「覗いたらお前の命がない」とか適当なこと言って締め出している。

 いや、本当にアイツひとりの命じゃ済まないけど……

 それに誰だって自分の気張ってる顔とか他人にじろじろ見られたらなんか嫌だろ?

 ともかく、こんな厄介なものをとあるジジイに押しつけられたせいで、俺はこんな山奥にひっそりと暮らす羽目になっちまったって訳だ。


5


 この降龍寺に来る人間は概ねふたつの理由に分けられる。

 ひとつ目は、迷い人。

 行き場をなくし、山の中をうろついていたら、たまたまたどり着いたとかそんなん。

 勝手にここでのたれ死なれても困るんで、適当に食料を渡して、とっととお帰り願うことにしている。

 ふたつ目は、野盗だ。

 どこで聞きつけたのか、この寺の紅龍玉を狙ってやってくる。

 紅龍玉は、たしかに見た目はただの宝石だが、前にも言ったように危険な代物だ。

 奴らの手に渡れば、一日と持たずこのあたり一帯は消滅するだろう。

 というわけで、そうならない為に紅龍玉を守るのも俺の役目のうちだが、ただ追い払うだけじゃ芸がない。

 せっかく鴨がネギしょって来たんだから、こちらもいただけるものはいただいておかなきゃ損ってもんだ。

 野盗どもをひととおり締め上げたあとは、命を見逃す引き換えに、奴らがせっせと集めた金銀財宝や食料を根こそぎいただく。

 紅龍玉も守れて、必要なものも手に入ってまさしく一石二鳥。

 奴らのおかげで、俺はここから出ずとも、金や食料が手に入る。

 いやはや、自分の賢さにほれぼれするねぇ。

 え? 野盗どもが来なくなったらどうするって?

 そういうときは村の連中をちょいと脅かしてやれば、次の日には貢物が勝手にやって来てくれる。

 ほんと人間ってのはちょろい生き物だ。


6


 今日の俺の腹は焼き芋を御所望だった。

 自分で作るのは面倒だが、こういうとき弟子って本当に便利だ。

 バカ弟子ちゃんに「焼き芋が食べたい」と命じれば、すぐに作業に取り掛かった。

 さてさて、そろそろ焼けるころか。

 暇だし様子のひとつでも見に行くとしますかね。

 って、なんだよまだ焼いてもいねぇのかよ馬鹿野郎!!

 さっさとしやがれ、俺は腹ペコで飢え死にしそうだ。

 ん? 何やってんだあいつ?

 火も点けずに集めた落ち葉の前で、指を出して目をつむってやがる?

 まさか……やるのか……お前本当にやるつもりなのか!?

 ぷっ! ぶはははははははははははっ!!

 なんてご機嫌な頭をしているんだお前は!? 俺を笑い死にさせる気か!!

 毎日、掃除と料理しかしてないお前が、俺のような術を使えるわけがないだろう。

 まさか、俺の修行なんて戯言を本気で信じていたとは……辰子、なんてお前は純粋無垢な子供なんだ。

 い、いかん、辰子がこっちを見ている。

 あれだけマジにやってる奴を正面から笑うのは、さすがに残酷すぎる。

 なんとか手で隠さなければ……ぷっ、ふふふっ……ダメだ……笑いが止まらん……!


7


 そう落ち込んだ顔をするな辰子。

 お前はある意味俺の期待どおりの結果を見せてくれた。

 そう思いながら、俺はおバカな弟子の代わりに集めた落ち葉に火を点け、辰子の肩をポンと叩いてやった。

 余興はさておき、やっとお待ちかねの御馳走タイムだ。

 辰子から受け取った焼き芋は、なんとも美味そうな匂いを垂れ流していた。

 腹を空かして待ったかいがあったというもの、ここは一思いに一口で食いきってやるとしよう。

「あむっと……うむ、美味い!」

 うまあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあい!!

 くうううう……美味い飯だけは俺を裏切ることはない。

 このために生きてるって言っても過言じゃないよこれ。

「うっ……うっ……お師匠さまのイジワルーーー────!!」

「あ……?」

 わけわからんことを叫んで走り去っていく辰子ちゃん。

 なんだ? あいつ焼き芋が嫌いなのか?

 俺には辰子の奇怪な行動の理由がわからない。

 その日、辰子は俺と一言も口をきいてはくれなかった。

 ちょっとだけ胸のあたりが針でチクチク刺されるように痛かったのは、なぜだろうか。


8


「ったく、なんだってんだ、あのくそジジイ!」

 俺は昨夜、とあるジジイから呼び出しを受け、わざわざ早起きをしてまで山を降りた。

 ちなみにそのジジイは昔、俺に紅龍玉を押しつけた張本人だ。

 何百年ぶりかに呼び出され、せっせと役目を果たしている俺に褒美のひとつでもくれるものかと期待していたが……

「褒美が大福だけってどいういうことだ!? こっちは千年もあの面倒な石を守ってやってんだぞ、もっと気の利いたモンはねぇのか!」

 たが苺大福のチョイスは評価に値する。

 いやいや、そんなことで喜んでいる場合では……いてっ、また段差につまづいた。

 ってか、この石段なげぇんだよ! いちいち上り下りするのめんどくせぇんだよ!!

「ああ腹立ってきた! この石段壊しちゃおうかな。いやしかし……よーし次だ、次つまづいたら壊そう……あん?」

 やっとの思いで、大福片手に石段を登りきった俺の目には、なんともご機嫌な我が家の姿があった。

「おーおー、こいつは見事に燃えとるな」

 轟々と、うねりを上げる炎に包まれる我が家、もとい我が寺。

 このままでは、俺の寝床が消し炭になっちまう。

「……知らない人間の匂いが残っているな。どうせ、またどっかの野盗どもの仕業といったところか」

 やれやれと俺は肩をすくめながらも、炎を消すために雨を降らせた。

 天候をちょいと操作するくらい、俺くらいになれば朝飯前だ。

 炎が収まったところで黒こげになりながらもかろうじて形を保っている本堂をのぞいてみると、中ではボロ雑巾のような小娘がひとり倒れていた。


「このバカが、おとなしく隠れていればこんな目に遭わずにすんだろうに」

 ボコボコにされていたのは、情けないことに俺の弟子である。

 おおかた、野盗どもにやられたのだろう。

 外傷はそれなりだが、まだ息はあるようだ。

 殺されなかっただけ、運が良かったといったところか。

 案の定、紅龍玉は何処かへ消えている。

 しかし、この責任は俺と言うよりタイミング悪く俺を呼び出したジジイのほうにあると見た。

 奪われた紅龍玉はともかく、寺の方はあとでジジイに文句を言って直させるとしよう。

 あ、でも紅龍玉持ってかれたって知ったら、ぐちぐちと文句を言われるんだろうなぁ……

「まあ、いいか。いい加減、あの玉の面倒見るのもしんどかったし、またあの石段をまた上るのも嫌だしな」


「……お……ししょ……う……さま……」

 それは意識を失っているはずの辰子の声だった。

 目を覚ました訳ではなさそうだ。

 まあ、うわごとの類だろう。

「ごめ……んなさい……わたし……まも……れ……なかった……」

「もういい、しゃべるな。死にたくなかったらおとなしく寝てろ」

 聞こえていないだろうが、いちおう忠告だけはしておいてやる。

「……ごめ……んな……さい……」

 バカの一つ覚えのようにコイツはごめんなさい、ごめんなさい、と俺への謝罪を繰り返していた。

 いいよ、お前にはそっち方面じゃあなんの期待もしていない。

 俺はもう帰ってきたばっかっで疲れてんだよ。

 早く大福食って、惰眠をむさぼりたいんだ。

 せっかく紅龍玉から解放されたってのによ。


「ごめ……んな……さ……い……」

 何をそんなに泣くほど悔しがることがある?

 いい加減気づけよ、お前もさ。

 弟子もくそもない、自分がただ俺のいいように扱われてきたってことによ。

「おし……しょう……さ……ま……」

「……………………」


9


「まさか本当にあんな山奥のボロ寺にこんなお宝があるとは思いませんでしたね」

「ああ、これで俺たちゃ億万長者。今夜は宴だ! がははははは!!」

「さすがアニキだ! 俺たちゃ、一生アニキについていきますぜ」

「しかし今日の俺様はついている。まさしく吉日だ! がっはっはっは────」


「──吉日? 厄日の間違いだろ」


 大声でバカ話に花を咲かせている野盗どもに向かって、俺はつい声を投げてしまった。

 本当だったら今頃夢の中にいるはずなのに、なんで俺はこんなところまで来ちゃったんだろうか。

「誰だてめぇ!?」

「俺たちになんの用だ!?」

「誰だって言われてもな。俺はただ盗られたもんを取り返しに来たんだが」

「ああん? ああ、キサマ、あの寺の坊主か?」

「別に坊主じゃないが、寺の主ではある」

 後ろの小屋の中にも、人間の匂いはなし。

 外にいるこいつら三人で全員か。


「いちおう確認しておくけど、紅龍玉を持っていったのはお前たちか?」

「ああ、そうだ」

「じゃあ、俺のバカ弟子をやったのもお前らだな?」

「弟子? ああ、あの小娘のことか。ふん、おとなしくお宝を渡せば、あんな痛い思いをせずに済んだものを。どんなに痛めつけても、虫みてぇに俺様の足元に張ってきやがった。気味の悪いガキだったぜ」

「……そうか」

「てめぇも痛い思いをしたくなかったらとっとと帰りな」

「いや、ほんとは正直さ、俺もうんざりしてたんだよ、あんな玉を守るために生きるのにも。だって面倒だし、千年以上守り続けた褒美が大福だからね。神様どんだけケチなんだって話。これじゃあやる気も出ないだろ?」

「はっ? 何言ってんだ?」

「だからさ、次にあの玉が欲しいって言ってきた奴にくれてやろうって思ってたんだ。アレの魔力を人間如きが扱えるわけもないし、地上がどうなろうが俺の知ったことじゃないからな」

「へっ、なんのことかは知らねぇが、望みどおり、あのお宝は俺様たちがありがたくいただいてやるよ」

「ああ、くれてやるとも……お前たちが生きていればの話だけどな」


 ──自分でも不思議だ。


「そういやお前、どうして俺様たちの隠れ家がわかった?」

「そんなの匂いを辿れば簡単だ」


 ──なんで俺はこんなにも。


「匂い?」

「ほんと人間ってのは、めんどくさくて、欲深くて、愚かな生き物だよ。その中でもお前たちは特上だが……」


 ──怒っているのだろう?




「なんたってお前らは、うっかり触れちまったんだからな────龍の逆鱗に!!」




 嗚呼、この姿で人間を襲うのは何百年ぶりだろうか。

 あれ、何十年か? まあ、どっちでもいいか。

 だって今日でまた零に戻るんだ。

「アニキ……あ、あいつの姿が……」

 神のくそジジイにこの地に派遣され幾星霜。

 こんな気分になったのは初めてだ──


”人間風情が”


「あ……あ………」


”現世に存在する七聖龍が一式。この紅龍様を怒らせて、楽に死ねると思うなよ”


「ひ────ひぃあああ!! 龍のば、化け物だあああああっ!!」

「は、早くお宝を持って逃げるんだあ!!」

「お置いてかないでくださいよ、アニキィィ」


”貴様らの血肉骨、何ひとつとしてこの世には残さん。人間を食うのは久々だな。どれ、心行くまで味あわせてもらうとしようか”


「あああああ!! た、たすけてくれえぇぇ────」


10


「よう、おはよう辰子。やっとお目覚めか」

 やっと目を覚ました弟子のバカ面を俺は覗きこむように見た。

「お、おはようございます、お師匠さま……あ、あれ私……」

「師匠を差し置いて、ひとり惰眠をむさぼるとは、いい身分だな」

「……私、たしか怪我をしていたはずなのに……それにお寺も元に戻っています……紅龍玉も……」

「何を寝ぼけたことぬかしている。夢でも見ていたんじゃないのか?」

 夢などではない、すべては現実に起こったことだ。

 ただ、いろいろ面倒なので、コイツには夢だとでも思ってもらっていた方が俺的に都合がいいのだが。

 あの後、野盗どもを始末した俺は、紅龍玉を持って寺に帰ってきた。

 そこで神のジジイを呼び出して、難癖つけて、とりあえず寺だけは焼ける前の状態に戻させた。

 辰子の怪我は、神聖樹の葉というどんな怪我も葉っぱ一枚で一度だけ完治させることのできる、その昔にジジイからくすねた葉で治してやった。

「目が覚めたのなら、さっさと飯を作ってくれ。腹が減ってかなわん」

「は、はい」

 今回のことに関しては俺にも落ち度はある。

 紅龍玉がここにある限り、また同じような輩が来るだろう。

 辰子の処遇に関しても少し考えなきゃならんか。

 というか、ほんとにあの玉捨てちゃおうかな……


「お師匠さま!」

「あん?」

「申し訳ありませんでした!!」

 ……なんでか知らんが、コイツ気づきやがった。

「ひとりで紅龍玉を守れなかったばかりか、お師匠さまのお手を煩わせることになってしまい……私は……私は……」

 ほらな、こんな風に泣きべそをかかれるから嫌だったんだよ。

 しょうがない……

「顔を上げろ」

「し、しかし、お師匠さまにお顔向けすることが……」

「いいから上げろ」

 ここは、師匠らしく仕置きのひとつでもしておくとしよう。

「は──痛ッ!!

 とりあえず、デコピンで勘弁しといてやるか。

「まったくだ。ふがいないにもほどがあるぞ。野盗如きに後れをとるとは、お前はここで毎日何をしている」

「面目次第もございません」

「だが、まあその……なんだ」

「…………?」

「ひとりでよく頑張ったな、辰子」

 言って、辰子の頭を撫でてやる。

 何をやってんだ俺は……

「だが調子に乗るなよ。明日からは二度と今日みたいなことにならないように本格的に鍛え直してやる。覚悟しておけ」

「は、はい! 肝に銘じておきます」


 やれやれ、明日からまた面倒事が増えるな。

 こんなバカ弟子のために世話をやいてやるなんて人間やり過ぎて、俺の頭もどうかしちゃったのかねぇ、まったく。

「はぁ……」

 ……ほんと自分でも不思議だよ。

「お師匠さま? どうかなさいましたか?」

「なんでもない。そういえば、今日は出先で美味い苺大福を土産にもらったから、食後のおやつに食うぞ────ふたりで半分づつな」

 けれど、こんな人生も悪くはないか。

 だって俺は……


”おちちょーちゃまー”


”おししょーさまー”


「──はい! お師匠さまっ!!

 俺はこのバカ弟子と過ごしている時間をすこぶる楽しんでいるんだからな────




           【「私の師匠と俺の弟子」 完 】

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ