暗い部屋
大学生になって一人暮らしが慣れた頃、友達と一緒にホラー映画を見ようということになった。
もちろん下心ありありだ。
僕は朝子ちゃんを気にかけていて、友人の佐々木は恵美ちゃんが好きな様だ。
この四人で僕の部屋でホラー映画を見る。
恐怖に駆られた女子は男に体を寄せてくる。
ベタだけど、いいと思います。
7畳半の狭いアパートなので四人入るとさらに狭く感じる。
夜の7時から開始だ。
ビールや軽いツマミを用意し、蛍光灯から垂れた紐を引き、電気を消す。
「恵美ちゃんは怖いの大丈夫?」
「うん。全然平気よ。リンブとか着信アリアリとかも一人で視たし」
「え~、私は怖いよ。一人で見ることできないから今日来たんだし」
佐々木よ、恵美ちゃんの方はあまり期待できそうにないな。
こっちの朝子ちゃんは期待できるが……
僕は心の中で佐々木に手を合わせた。
DVDの再生が始まり、静かな暗い部屋に恐怖感が充満していく。
周りをチラリと見ると佐々木と恵美ちゃんは適度な距離を保ったままだ。
朝子ちゃんは僕の所ではなく恵美ちゃんに寄り添っていた。
あれ、なんか計画と違うかも……
主人公たちが幽霊との遭遇シーンになった。
演出が主人公たちの緊張感を盛り上げる。
BGMも重なり手に汗握る。
「キャー!」
朝子ちゃんだけが悲鳴を上げた。
恵美ちゃんにしがみついている。
恵美ちゃんは朝子ちゃんの頭を撫でながら平然とテレビを視つめている。
今度は朝子ちゃんと二人きりで視ることにしよう。
そうしたらきっとそこのポジションは僕になっているはず……
夜の森の中を懐中電灯で進んでいく主人公達三人。
呪いを解くために、死体を探している。
呪いの影響で仲間の一人が首を吊って死んでいた。
主人公たちに残された方法は、呪いの死体を見取ってやることが必要だとお坊さんに言われた。
息遣いが生々しい。
俳優たちの迫真の演技が見ものだ。
そして森の中の一本の木の枝にぶら下がった死体を見つけた。
懐中電灯で照らされる白い服と長い髪。
そこでカメラが一気にアップになり、死体の目がギョロリと見つめる。
主人公たちは死体を枝から下ろそうと四苦八苦しているうちに、事故で一人が首を吊って死んでしまう。
半狂乱になりながら死体を下ろす。
死体はいきなり飛び起き、一人の首元に噛み付いて首の肉を食いちぎってしまう。
勢いよく飛び散る血液。
逃げ出す主人公。
その死体の目がまたアップになりギョロリと睨む。
来た車にまでたどり着き、一息ついたところでルームミラーを見ると白装束の死体が映り、後部座席から主人公の首を絞めた。
白眼を剥く主人公。
そこで物語は終わった。バッドエンド。
1時間半の映画が終わり、一気に部屋に満ちていた緊張感が緩んだ。
本当のところ僕も少し怖かった。
電気を点け、休憩にする。
「わりと怖かったね」
「ちょー怖かったじゃない。ヤバイって。今日は電気点けてしか寝られないよぉ」
「朝子ちゃんは怖がりだな。大丈夫だって、映画の中の話じゃないか」
「佐々木君はお化けとか信じてないの?」
「信じてないわけじゃないけど、見たことないし」
「本当に出たらどうすんの?」
「大丈夫だよ朝子、私が付いてるから」
恵美ちゃんは朝子の手を握っている。
だから、恵美ちゃんそれは僕のセリフだしポジションだから……
この会の目的は果たせそうに無くなりつつあった。
僕は話を変えるために提案した。
「ピザ取るけど、何がいい?」
「私はミックス、朝子は?」
「私は何でもいいかな」
「俺はシーフードで」
借りてきたDVDは3本ある。時間はまだ8時40分だ。
ピザが来るまでの間ビールを飲んだり、ツマミを食べたり、だべったり自由にしていた。
ほろ酔いの大学生が四人も集まれば、自然と声が大きくなる。
程なくしてチャイムが鳴った。
「ピザだ、ピザ来た」
家主として僕が取りに行く。
キッチンと部屋の間のドアはすりガラスになっている。
そのドアを閉めて玄関の戸を開くとピザ屋さんが立っていた。
「お届けにまいりました、ピザキャットです」
「キャー!!」
「うわぁぁぁっ!!」
「なんなのよぉ!!」
配達員がそう言うと同時に部屋の方から悲鳴が聞こえてきた。
慌てて振り向くとガラス戸の向こうは暗くなっていて、そこから悲鳴がしている。
なんだ? ピザが来たばかりだというのに、部屋を暗くして次の映画を見る準備をしているのか?
それにしてはちょっと悲鳴が大げさじゃないか?
いくらほろ酔いだからって声が大きすぎだろ。
「あの、ちょっとスイマセン、ここで待っててもらっていいですか?」
配達員に断り、ガラス戸を開けると、吊り下げられた蛍光灯の脇にテルテル坊主の大きいものがぶら下がっていた。
一瞬何がなんだかわからなかった。
白い服を着た女だ。
それが天井から縄でつり下がっているのだ。
顔は横からで髪で隠れて見えないが、あれは確実にさっき見た映画の中で出てきた死体だ。
その死体がぐるりと回って僕の方を向いた。
髪の毛の間から目が合った。
「うわっ」
僕は思わず尻もちをついていた。
死体は動こうとしない。
ただぶら下がっているだけだ。
しかも蛍光灯の隣に。
これでは誰も蛍光灯に近づけない。
尻もちをついたまま立てない僕の脇を誰かがすり抜けて行った。
それはピザの配達員だった。
「テレビを見るときは部屋を明るくして離れてみてね! 急々如律令! 悪・霊・退・散!!」
配達員がその死体に触れると青白い炎を纏って消えていった。
配達員は蛍光灯の紐を引き電気を点けてくれた。
「あんた、何者だ?」
「ピザのお届け物にまいりました。ピザキャットです」
最近のピザの配達員はすごい。僕はただひたすら感謝した。
「テレビを見るときは部屋を明るくして離れてみてね」とは、読んで字のごとくである。




