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警備会社の怪

 警備会社というのは24時間、契約者の安全を守るために働いている。

 昼だろうが夜だろうが、泥棒などから家を守るために待機していなくてはいけない。


 しかし、その警備会社が安全でないというのは本末転倒だ。


 というのも、先月から警備会社の事務所が新しいところへ移ったのだ。

 業務が拡大し、働く人も増え、新しく入って来た人もいるため、新しい事務所に引っ越したのだ。

 警備会社というのは全て正社員というわけではない。

 バイトも雇っているし、派遣もいる。むしろそっちの方が多い。


 夜間にはバイトだけに任せるわけにはいかないので、正社員の俺が残っているが、正直、俺はこの新しい事務所が嫌でしかたがなかった。

 上司は昼しか出てこないから、わからない。

 その事務所は夜になると異常が起こる。

 その恐怖の体験をしたことがないから平気な顔をしていられる。


 日勤のときは普通の事務所だ。しかし、夜、12時を過ぎた頃から異常が起こり始めるのだ。

 事務所の中から、どこからわからない異常音がしだす。

 ピシッ、パシッとラップ音が鳴りだすのだ。

 そして、俺はまだ見たことはないが、女の幽霊の声を聞いたという同僚もいる。

 とにかくこの事務所は異常なのだ。

 上司にそのことを相談しても、気のせいだろと取り合ってくれない。


 まぁそれも当然だと思う。

 新しいところに引っ越したのだって、只ではない。

 会社の経営という意味では従業員に我慢してもらった方が安くつく。

 しかも、お化けが出るので警備会社が安全ではありません、というのは笑い話にもならない。


 昨日から夜勤だったが、やはり12時を過ぎたときからラップ音がしだした。

 そのことを上司に相談したが、やはり暖簾のれんに腕押しだった。

 そして今日も夜勤だ。


 当然だが、一人で事務所にいることはない。

 最低でも4人は事務所に常駐している。


 俺はそのメンバーと話をしてみると臆病な方だ。


 また、ピシッとどこからともなく音がした。

 俺は敏感に音のなった方を凝視したが、別に何か見えたわけではない。


「お、今日も始まったか」


 派遣社員の山形は俺とは逆にラップ音ぐらいじゃビビっていない。

 その図太い神経が羨ましく感じる。


 また別の方向から怪音が鳴る。

 今度は天井の方から聞こえてくるが、別に天井に異常がないのは知っている。

 きっとこれは霊の仕業なのだ。


 何かわからないものだから怖い。

 強盗犯とか、そういうのだったら取り押さえる自信はあるが、幽霊は取り押さえることができない。

 だからこそ怖い。


「お、またか。しかし、千葉さんビビり過ぎでしょ」

「だって、幽霊がいるんだぞ」

「別に幽霊がいようが、音だけでしょ。それ以外実害があったわけじゃないし」

「幽霊ってだけで怖いだろ」

「千葉さんそれでも正社員ですか。何かあったときはどうするんですか。千葉さんビビって動けないんじゃないすか?」

「幽霊だから怖いんだろ。実体があったら怖くねぇよ」

「まぁ、そう言うことにしておきましょう」


 バイトの香川を見ても別に怖そうにしていない。

 やはり俺はビビりすぎているのかもしれない。


 そうしているうちに電話が鳴った。


 音に対して敏感になっていた俺は電話の音に対してもビクっと反応してしまった。

 一度呼吸をして、落ち着いて電話を取る。


「はい、総合警備会社です」


 よりによって事件が発生した。

 こういうとき、社員を残して、派遣一人とバイト二人の計三人で出て行かなくてはいけない。

 つまり、俺一人この事務所に残らなくてはいけないのだ。

 時計を見ると12時半。

 まだまだ夜は始まったばかりだ。

 最悪だ。

 これから恐怖の時間が過ぎていく。


 派遣とバイトを送りだし俺は一人留守番になった。

 相変わらずラップ音がする。


 どれくらい時間が経っただろうか。

 時間を確認するとまだ1時。


 事件の現場はさほど遠いところではない。

 往復と現場確認でだいたい1時間半というところか。

 早く仲間が帰ってきてくれるのを待つばかりだ。



 両手を組み祈る。

 ラップ音は止む気配はない。

 時間を見ると2時。

 いきなり蛍光灯が全部消えた。


「ひっ」


 目の前のパソコンの明かりだけが周囲を照らしている。

 本能的に人間は暗闇を怖がる。

 ましてや得体の知れない幽霊がいるのだ。

 俺の心臓は爆発しそうなほど早く鳴っている。


 部屋のスイッチのところまでゆっくり手探りで近づいて行くときにまたパキっと音がした。

 ラップ音だ。

 暗闇、ラップ音、もう勘弁してくれ!


 スイッチの手前まで来たとき今度はバサバサバサっと音がした。

 何かファイルか本が落ちたような音だ。


「ひぃぃぃ!!」


 音のした方向を暗闇の中、凝視したが見えない。


 今度はビー、ビーっと音がした。


「何なんだよ! くそっ」


 半分パニックになっていたが、あれは仲間からの無線の音だ。

 とりあえず電気のスイッチを入れて蛍光灯を点け直す。


 明るくなった部屋には当然誰もいなかった。

 いなくて本当にホッとした。

 いてもらったら困るのだが……


 無線の呼び出しに答えると、仲間から案件を警察に移す手続きをし、これから帰るとの連絡だった。


「あの、ちょっといいですか?」

「どうした?」

「千葉さん、そこに女とか連れ込んでません?」


 俺は、嫌な汗をかきながら、ゆっくり後ろを振り向いた。


「だれもいないが、どうしたんだ?」

「無線から女の声が聞こえるんです。あ、ちょっと、何をする!」


 無線の向こうの山形に何かあったらしい。

 そして、無線から声が聞こえた。


「千葉さん、早くそこから逃げてください。部屋の外に行くだけで結構です!」


 今日、夜勤初体験のバイトの声が聞こえた。


「あ、こら! バイト! お前、勝手に指示出しすんな!」


 無線の向こうではバイトが盾ついているようだが、俺は素直にバイトの言うことに従った。

 俺はこんな部屋にいたくないのだ。

 部屋を出て共用廊下に夜の2時に立ちつくした。


 程なく仲間が帰って来た。

 良く見ると新人バイトの頬が片方だけ赤くなっている。

 どうやら山形にぶたれたようだ。


「千葉さん、もうビビりすぎでしょ!」

「無線で女の声がしたって言ったが、俺は女なんて連れ込んでねぇよ。そっちでは女の声が聞こえたんだよな」

「聞こえましたけど、別に声が聞こえただけでしょ。なんか害があったわけじゃないでしょ」


 俺と山形が話している間にバイトが先に部屋に入って行った。

 そして電気を消した。


「え?」

「さっきあれほど自分勝手な行動をするなと言い聞かせたのに。郷に入っては郷に従えとお灸を据えたのにあの野郎ぅ!」


 中から声がする。

 ドアを開け中を確認すると、暗くなった部屋からバイトと幽霊の声だけが聞こえてきた。


「ここで人を驚かせ続けるなら除霊させてもらう。大人しくしているなら目をつぶってやる。どうだ、あの世に旅立たないか?」

「なんで私がそんなことしなきゃいけないのよぉぉぉ! あなたを真っ先に取り殺してやろうかぁぁぁ?」

「本音が出たな悪霊め!」


 山形が部屋に一歩踏み込みスイッチに手をかける。


「電気を点けるな!」


 バイトの鋭い声が飛んできた。

 開け放ったドアから廊下の明かりで、うっすらと影だけが見える。

 そこにはバイトと髪の長い幽霊がぼんやりと見えた。

 俺は幽霊を見てしまったことに恐ろしくなり、その場から動くこともできなくなっていた。


 一瞬その幽霊が消えたかと思うと、バイトの背後に瞬間移動して現れ、背中に手を伸ばした。

 しかし、バイトはそれを予想していたかの様に、体を反転させて裏拳を幽霊の顔面に叩きこんだ。

 幽霊は吹っ飛び机の上のファイルが落ちた。


 そのままバイトは幽霊の白い服を掴み、床に組み伏せ、抑え込んでしまった。

 しっかりと袈裟固けさがためが決まっている。

 完璧に決まった袈裟固めは柔道オリンピック優勝者でも外すことは不可能だ。


「俺の裏をついたと思ったか! こちとらセキュリティは万全でね!」

「ぬがあぁぁ! 殺してやる! お前も、そっちの男も! 男はみんな殺してやる!」


 幽霊は抑え込まれながらも、呪いの言葉を吐き続けていた。


「静かにしていれば良かったものを! 除霊してやる!」


 そう言うとバイトは呪文を唱えた。


「郷にっては郷に従え! 急々如律令きゅうきゅうにょりつりょう! 悪・霊・退・散!!」


 抑え込まれていた幽霊が青い炎と共に消えていった。


「もう電気点けて大丈夫です」


 俺は今見たものが信じられなかった。

 暗い中にいた幽霊や、それが起こしたファイルの散らかり、そして何よりバイトがそれを除霊してしまったということを。


「お前、何者だ?」


 そこにいた三人が皆そう思っていただろう。


「先日からお世話になっているバイトのJです。今日が初の夜勤でした。出しゃばったマネしてスンマセンした!」


 今年のバイトはすごい。俺は驚嘆せずにはいられなかった。

「郷に入っては郷に従え」とは、風俗や習慣はその土地によって違うから、新しい土地に来たら、その土地の風俗や習慣に従うべきだということ。また、ある組織に属したときは、その組織の規律に従うべきだということ。

出典 故事ことわざ辞典

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