背後に憑く霊
何かに憑かれているらしい。
私は道を歩いていたら急に腕を掴まれた。
それは、50歳くらいのおばさんだった。
「あなたの肩に良くない霊が憑いているのが見えるわ。最近、肩が重く感じたことはない?」
いきなりそんなこと言われても困る。
しかし、そのおばさんの言うことも、あながち間違っていない。
最近、肩が凝っていてマッサージ屋さんで揉んでもらったにもかかわらず、凝りがほぐれていない。
そして肩が重たく痛いままだった。
「あの、いきなり何なんですか?」
「あぁ、ごめんね。私ね、霊感があって見えるのよ。あなたの肩にしがみついている女の霊が」
「え? どういうことですか?」
「あなたの肩にしがみついている霊が、悪い感じの霊だから、どうしてもほおっておけなくて、つい声をかけてしまったの。あなたが私のことを無視して帰るのも自由だけど、ちょっとだけでも話を聞いていかない?」
私は最近ついてない。ラッキーかどうかのついてないだ。
最近不幸なことが連続して起こっていたのだ。
自転車に乗ったらパンクする。
階段から足を滑らせて転ぶ。
コーヒーショップでコーヒーを飲んでいたら、店員が足を滑らせてアイスコーヒーを掛けられ、服に染みがついた。
そんなことが立て続けに起きて、体の不調と共にうんざりしていた。
「これから用事とかなければ、そこのファミレスで話を聞かない?」
「あの、私、不幸なことが重なっていて、それの原因がひょっとして……」
「時間があるのね。そう、じゃあ、ついて来て」
おばさんは私の返事を待たずに近くのファミレスに歩いて行った。
私もおばさんの後をついて歩いていく。
ファミレスに入り、ドリンクバーを注文して話を聞く。
「とりあえず自己紹介からするわ。私は野崎夢子。あなたは?」
「私は、今泉です」
「今泉さんね。あなた、最近不幸なことが多いんじゃない?」
「なんでわかるのですか?」
「そりゃわかるわよ。だってあなたの肩に憑いている霊があなたの運気をどんどん吸い取っているもの」
そう言われて、私は最近起こった不幸なことを話した。
野崎さんは、うんうんとうなずいている。全てわかってますよという雰囲気だ。
「その肩の霊ってどんな霊ですか?」
「そうねぇ、30代くらいの女の霊で、この世に未練があるみたいだわ」
「どうして、私に憑いているんでしょうか?」
「それは今ここではわからないわ。ただね、あなたがこのまま肩の霊をほったらかしにしていたら、きっともっと不幸なことが起こるでしょうね」
「例えば?」
「そうねぇ、交通事故にあったりしそうだわ」
「あの、なんとかなりませんか?」
「できるけど……」
「できるなら、お願いします。できるだけ早くこの霊を取ってくれませんか?」
「できるけど、こんなファミレスで除霊なんかできないわ。家に来て祭壇の前で祈祷しないとちょっと無理ね」
「あの、私、今日暇なんです。もし野崎さんさえ良ければ、今日にでもお祓いしてもらえませんか?」
「いいわよ。でも、タダってわけではないわ。お供え物とかも買うから」
「あの、どれくらいでしょうか?」
「そうねぇ、3万円ってところかしら」
除霊の相場がどれくらいか分らないが、交通事故を3万円で回避できるなら安い話だ。
「あの、銀行に行って来ますから、今日お願いできますか?」
「わかったわ。私の家はすぐ近くだから、一緒に行きましょう」
そして私たちはファミレスを出て、銀行に寄り、スーパーに寄り果物と日本酒を買い、野崎さんの家に行った。
野崎さんの家はどこにでもある普通の一軒家で、別に変った感じはなかった。
家に上がり、祭壇の前に座らされ、そしてお経なのか、呪文なのか分らないが、何か唱え始めた。
そのとき、間が悪く、呼び鈴が鳴った。
まだ始まったばかりだというのに……
玄関の方で何か言い争っている。
良くは聞き取れないので、玄関に顔をだしてみた。
そこには男が立っている。
「何なんですか、あなたは!」
「いやー、あなたに用があって来た者です」
「警察呼びますよ!」
「警察呼ばれて困るのはあなたの方ではなくて?」
「なんで私が困るのよ!」
「あなたが霊感商法詐欺だからです」
「何を根拠にそんなこと!」
「俺も見える人でね。あなたが連れ込んだあの女性には何も憑いていませんよ」
男は私を指さしている。
「あなたが仮に見える人だとして、それを証明することはできないでしょ!」
「それを言ったらお互い様だろ」
「とにかく帰ってください!」
「そうはいかないな。こっちはファミレスから付いて来たんだ。あんたたちが座った席の後ろに俺がいたのを知ってるか? そこから尾行してお金を渡したのも見た」
「ちょっと、どういうことですか!?」
私は話がわからず、間に入って行った。
「そっちのお姉さんには別に何も憑いていないよ。まんまと霊感商法に引っかかりそうなところを運よく俺に見つかったのさ」
「霊感商法だなんて、言いがかりはよしてくれ!」
野崎さんは顔を赤くして怒っている。
「え、でも野崎さんは私の言うことを当ててました」
「そりゃ、お姉さんが自分から言ったことを形を変えて復唱していたにすぎない。典型的な詐欺の手口だ。心が弱っている人は簡単に引っかかる」
確かに冷静になって思いだしてみると、自分からペラペラしゃべっていた。
「もう帰ってくれ! なんなんだい! いきなり現れて、私を詐欺師みたいに言って、名誉棄損で訴えますよ!」
「詐欺師が警察に捕まる方が先だと思いますよ」
私はだんだん理解してきた。
男の方が正しいことを言っていて、野崎さんの方が怪しいことを言っているということを。
私は野崎さんに誘導されるまま喋り、そして自分の解釈で霊が憑いていると思いこんでいた。
冷静に考えてみると、野崎さんの方が霊感詐欺をしようとしていて、私はいいカモだ。
簡単に人の言うことを信じてしまっていた。
「あの、野崎さん、さっき渡した3万円返していただけますか?」
「何言ってるんだい! あれはあなたの除霊のために貰った金だ。これからお祓いをするから返せるわけないだろ!」
「いいや、返してもらうぞ」
男の態度は大きく、1ミリも引く気はないようだ。
「ええい! もういいわ! 二人とも出ていってちょうだい!」
野崎さんは私の腕を掴むと強引に引っ張り玄関の上り口まで引っ張り、外へ出そうとした。
あまり唐突なことに私は上り框に足をひっかけ転びそうになった。
男は玄関にズカズカと入り、バランスを崩し転びそうなた私を抱きとめてくれた。
「そうはいかないな! 除霊されるのはあんたの方だ!」
さらに男はわけのわからないことを言いだした。
「え? わたし?」
「そうじゃない! そっちのおばさんだ!」
男は野崎さんの首に手を伸ばし、掴みかかろうとした。
私にはそう見えた。
しかし掴まれていたのは野崎さんの後ろに立つ青白い顔をした男だった。
私はもうわけがわからなくなっていた。
いつの間にか現れた男が、玄関から入って来た男に首を絞められ苦しそうにしていた。
野崎さんは首を絞められているわけではないが、自分の首を掻き毟り、見えない何かをほどこうとしている。
「悪霊に取り憑かれているのは、おばさんの方だ! 除霊をすると嘯いて、金品を撒きあげていたのか、この小悪党が!」
男は「急々如律令」と唱えると、右手が青白く光り出した。
左腕一本で青白い顔の男を吊るし上げている。
「天網恢恢! 疎にして漏らさず! 急々如律令! 悪・霊・退・散!!」
男の右手が青白い顔の男の顔面を覆うように当てられた。
そこから青白い炎を上げて急激に燃えだした。
そして霧が消えるかのように消えていった。
後に残ったのは玄関で気を失い倒れている野崎さんだけだった。
「もう大丈夫だ、お姉さん。このおばさんはじきに目が覚める」
「あの、何があったんですか?」
「それより、さっき取られたお金を取り返して来いよ。俺はここで待っていてやる」
男に促されるままに野崎さんの財布から3万円を抜き取って、野崎邸を後にした。
「何があったんですか? いったい何が起こったんですか? あのよければ、ファミレスでゆっくりお話しできません?」
私は今日起こったことを理解したくて、名も知らない男をファミレスに誘っていた。
「おう、いいぜ。ただしあんたの奢りでならな」
3万円取られるところを助けていただいたのだ。ファミレスで済むなら安い話だ。
ファミレスで、今日起こったことの顛末を聞いた。
私は霊に憑かれているのではなく、単に不運が重なっただけだった。
肩が重いのはデスクワークのせい。
霊がついていたのは野崎さんの方だったということ。
いろいろ驚きの一日だった。
「あの、ところで、あなたは何者ですか?」
「俺は、陰陽師のJっていう」
陰陽師ってすごい。私は惚れちゃいそうになっていた。
「天網恢恢、疎にして漏らさず」とは、天が悪人を捕えるために張りめぐらせた網の目は粗いが、悪いことを犯した人は一人も漏らさず取り逃さない。天道は厳正であり、悪いことをすれば必ず報いがある。




