武者の霊
僕たち5人はキャンプに来ている。
毎年夏に集まってキャンプ場で遊ぶというのを続けている。
今年は女2人に男3人というメンバーだ。
元は男3人に女1人というメンバーだったが、Dが彼女(K)を連れてきた。
それで今年のキャンプは男が僕、D、J、女がK、Sというメンバーになっていた。
今年の企画はDが幹事を務めていて、キャンプ場を選んで来た。
夜になりバーベキューをしながら酒を飲んで楽しい時間が過ぎていく。
Dはいろいろ考えていたらしく、花火を取り出したり、怖い話をして盛り上げてくれた。
その流れで、Dは肝試しをしようと言いだした。
「夜も更けてきたし、怖い話で盛り上がってきたところで、肝試しでもするか」
彼女のKも、それにはのりのりで「いいね! 行こうよ!」と賛成した。
それに対してSは、「止めようよ、怖い話だけで十分でしょ。怖いから行きたくないよ」と反対した。
Jは「肝試しなんかするもんじゃない」と一言で否定した。
二人が賛成、二人が反対、残りは僕の意見次第になった。
Kさんは、「ひょっとして、僕君、怖いのー」と煽られ、つい「怖くねーよ」と返してしまった。
Dはさらに煽ってきた。
「なら肝試しに行っても、怖くないってこと証明してみろよ」
本当は行きたくなかったけど、ここで引いては男がすたる。
「度胸があるところを見せてやるよ」
そうして多数決により5人は肝試しに行くことになった。
僕の隣でJが小さく「どうなっても知らんぞ」と呟いていたのがちょっと気になった。
Dが案内した肝試しの場所は、キャンプ場から少し離れたところにあった。
小さな鳥居があり、石段が山の上に伸びていた。
石段の脇は草が生い茂り、石段はデコボコで歩きづらい。
夏の草の匂いがし、懐中電灯に引き寄せられたのか羽虫が飛んでいる。
鳥居は朱色がところどころ剥げ、見るからに手入れのされていない感じが見てとれる。
懐中電灯で上の方を照らしてみても、先には神社は見えず、思っていた以上に不気味な雰囲気を漂わせている。
虫や蛙の声が聞こえてきている。
夜の鳥居は、明らかに人の入るところではないように感じた。
そこは得体のしれない、人が立ち入らぬ化物の潜む場所の様だった。
Dはきっと明るいうちに下見に来ているのだろう。
別に怖いという雰囲気はみじんも見せずに、「ここが肝試しの会場です」と明るく言った。
KはDの肩にしがみつく様に体を寄せている。
「ここに行くの? 怖いよ」
Sが不安と恐怖で引きつった顔をしながら言う。
僕はSの手を握り「足元がデコボコしているから気をつけて」と精一杯の虚勢を張っていた。
Jは「どうなっても知らんぞ」とまた小さく呟いた。
足を挫かないようにデコボコの階段をゆっくりと登っていく。
石段の隙間からは雑草が生えていて、整備されていない感じが見える。
石段を登り切り、見えてきたのは、小さな神社だった。
賽銭箱は置いてあるものの、薄汚い感じは否めない。
そして境内にも雑草が生えていて、やはり管理が行きとどいている雰囲気は皆無だった。
Sは鳥居をくぐってからずっと、僕の手をきつく握り、体を寄せてきている。
肝試しの恐怖感と、Sの体温を感じてラッキーと思う二つの感情がせめぎ合う。
Sに良いところを見せるために、怖くない体を装う。
Sは「怖いよぅ、ねぇ、早く帰ろう」とそれしか言わなくなっていたので、僕はそのたびに「大丈夫だよ」と声を掛ける。
神社を照らしていた懐中電灯をこちらに向け、Dは「これから神社の周りを一周します」と言って歩き出した。
そこでJが低い声で「待て」と短く言い、Dの行動を止めようとする。
しかし、DとKはその声を無視して先に先にと進んで止まろうとしない。
Jは舌打ちをしてDの後を追う。
僕とSは取り残されているのが怖くなり、Sの手を引いて小走りでJの後ろを追った。
無言で進んでいくDとK、もはや「怖い、怖い」としか言わなくなったS、Sの手を握った僕、さっきから緊張しているJが、ひと固まりになり境内の裏まで来た。
さっきまで聞こえていた虫や蛙の声が止まり、生温かい風がゆっくりと流れた。
夏の暑さなのか、冷や汗なのか、じっとりと首に汗が滲んでいた。
Sの手はさっきより強く握りこんでくる。
いつのまにかJが先頭に立ち歩いていく。
何事もなく境内を一周して元のところへ帰ってこれた。
帰るために神社と反対側の鳥居を照らすと、そこに人影が一人立っていた。
こんな時間に参拝なんておかしい。
しかも、こんな寂れた神社にお参りなんて普通じゃない。
Jは短く「下がれ」と言うと、その人影に近づいて行った。
DとKもさすがに声が出ないようだった。
ただ懐中電灯をJの方に向けて足元を照らしていた。
キラッと光りが反射した。
鳥居の下にいた人が持っていたのは日本刀だった。
遠くても分る。あの長いものはきっと日本刀だと思った。
「今日のところはお邪魔してすみません。そこを通してくれませんか?」
Jは人影に向かって話しかけた。
Jと人影との距離はおよそ5メートル。
向こうの人影はぼそぼそと何かをしゃべったようだが、ここからでは聞き取れない。
そして人影が近づいてきて手に持っている刀を振り上げ、Jに斬りかかった。
Jは間一髪のところでかわし、人影と距離を取る。
「そうか、だったらこっちも手加減はしない」
Jが腰を落とし臨戦態勢になった。
もう一度、人影が刀を振り上げ構えを作る。
剣を持つ者と武器も何もない者。
その優劣は明らかに分る。
じりじりと影が間合いを詰めてくる。
Jは動こうとしない。
剣の間合いに入ろうかという瞬間、Jが先に仕掛けた。
Jは低い態勢のまま影にタックルをした。
剣が振り下ろされるよりも早く影の懐に飛び込み、太ももを刈った。
バランスを崩した影は、後ろに倒れてた。
しかし剣はまだ離していない。
剣を手にJを刺そうと、持ち直す。
その隙をJは見逃さず、腕ひしぎをして刀を手放させる。
影は痛そうな悲鳴を上げていたが、Jはそれを緩めずに力を加え続けた。
そのままJは影に向かって問いかける。
「降参して通してくれますか?」
「コロス」
今度ははっきり聞こえた。
影はそこまでされても戦意を失っていない。
Jは「痛った」と叫び、影から離れた。
なにがあったか知らないが、抑え込んでいたのを離してしまったのだ。
影はその隙を見逃さずJを振りほどき、左手一本で刀を持ちJに向き直った。
もう一度立ったところから仕切り直しになった。
「口で言ってもダメ、力でねじ伏せてもダメ。ならば最後の手段だ。除霊してやる」
Jは宣言すると「急々如律令!」と唱えた。
するとJの手は青白くぼんやりと光り出した。
相手は片手とはいえ未だ剣を構えている。
そしてJは相変わらず無手だ。
しかし、Jはさっきとは違い、腰を落とさずタックルに行くそぶりを見せない。
影が間合いを詰めようと、にじりよってくる。
「急々如律令!」
影に向かって右手をかざすと青い光弾が飛んで行った。
光弾は影の頭部に炸裂し、青白い炎を上げて燃えだした。
影は刀を落とし、頭を抑え、悶絶し始めた。
「敵の攻撃の虚をみずからの実で制す! 急々如律令! 悪・霊・退・散!!」
Jは近づき手刀で影を切り裂いた。
影は叫び声を上げながら青い炎と共に消えていった。
陰陽師ってすごい。僕は我が友ながら頼もしく思った。
「敵の攻撃の虚をみずからの実で制す!」伊藤一刀斎の名言




